「兄妹のススメ」

将木様



甘えられる相手と、近いと思う相手は違うのだと
そう気付いたのは、結構最近のコトだった


「兄妹のススメ」




桃源郷の外れにある長老の家で所得申告をしていた邑姜は、手際良く説明を終え広げていた書類をまとめる。
「これで今回の報告は全部です。もうすぐ羊の繁殖期ですがそれはまた追々。」
そう言って席を立った彼女に、向かいに座った長老が声をかけた。
「例の新入りはどうしてる?」
「太公望さんのことですか?真面目に働いていますよ。まだまだ監視は必要ですけど。…なにか?」
しげしげと見つめられて邑姜が言うと、長老は顎にたくわえた髭を触りながら答えた。
「あなたとあの者は、よく似ているな。並ぶと兄妹のようだ。」
「─そうですか?」
彼女は少し首を傾げると一礼し、部屋を出て自宅へと向かった。




「邑姜!待っておったぞ早く来い!」
「は?」
門の前で待ち構えていた太公望はいきなり邑姜の腕を掴むと、ずるずると彼女を引っ張っていった。
最初は訳も分からず困惑していた邑姜も、目的地に近づくにつれ状況を察する。
「ほーら、今年の初子だぞ!」
彼女の想像通り、着いた先は羊の放牧されている草原。
太公望の指差した場所には、つい先ほど生まれ落ちたであろう仔羊が、よろよろと不安定に立って母羊に寄り添っていた。
「─む、もう立っておる。そう言えば、そういう生き物だったな。」
忘れてておったわと頭を掻く太公望の隣でしゃがみ込み、邑姜はその母子の様子を見た。
元気に乳を飲んでいる。無事に生まれたことは間違いないだろう。
小さく安堵の息をつくと、邑姜は手を伸ばして仔羊を引き寄せた。
「生まれてすぐに自力で立てるようになって。一年も経てばこの子は一人前です。弱そうに見えて、強いですよね。
…人間が、きっと一番弱い。一生の4分の1も保護されて生きる生物なんて、他に居ませんもの。」
仔羊が嫌がらないのを見て、思わず表情を緩める。
それを見て、太公望は少し笑うと同じ様に羊の頭を撫でた。
「弱いのとは違うと思うぞ。多分、人間は何より甘えたがりなのだ。現に、おぬしは一人でもここにいるではないか。」
「…そうですか?」
「うむ。でも、せっかく甘えることが許されておるのだ。おぬしも今の内にしておいてはどうだ?
 何ならわしに甘えてもいいぞ。」
そう言って勇ましげに胸を叩く太公望に、邑姜は冷ややかな視線を送った。
「そう言うあなた自体、成人しているようには見えませんが。」
「わしはこれでも80を越えておる。究極の若作りこそ仙道のウリなのだぞ。」
霊獣を従えるほどだ。とうにそれ位はいっているであろう事は容易に想像できたが、
だからと言ってかかかかかとお気楽に笑っている姿に甘える気にはならない。
とりあえず無視することに決めて、邑姜は立ち上がった。
「長老に報告しに行ってきますね。」
「うむ。…そう言えば、おぬしとは兄妹のようだとあのオーラじじいに言われたぞ。
それも面白かったかもしれぬのう。」
「80過ぎのお爺さんとですか。幾らなんでも無理がありません?」
鋭く突っ込まれ、細かいことを言うでないわと口の中でぶつぶつと言いながら、太公望はごまかすように羊のほうに顔を向けた。
「…あ」
「なんだ?」
今まで誰に言われてもうそうは思わなかったが、確かに今の表情は自分と似ている。
邑姜は、そう思うと彼の顔をまじまじと見つめた。
太公望は男で、しかも自分の数倍は生きているだろう相手だ。
そんな人に似ているだなんて失礼だと内心思ってもいたのだが、なるほど偏見という目隠しを外すと、彼は自分とよく似ているのだ。
そして初めて、なんとなくさっきの長老の言葉や今の太公望の言葉を考えてみた。
「怠け者でふてぶてしくってセコイ上に悪知恵が働いて。
 違法行為を平気でするせいで私の仕事は増えるし。大体程度というものも知りませんね。」
「…邑姜、おぬしわしに喧嘩を売っておるのか?」
「クマが出来てますよ。」
太公望の悪事を指折り数えていた手を伸ばし、邑姜は彼の目の下に触れると、ほんの少しだけ表情を崩した。
「あなたの仕事はあくまでも羊毛刈りであって世話ではないのですから、別に出産間近の羊に付いてやる義務はないのですよ?
 …お人好しですね。」
「…気が向いただけだわ。」
そう言って顔を背けてしまったのを見て、彼女は軽く吹き出した。
今までいなかった部類の人間。こんな人が、生まれた時から側にいたら…?
「確かに、あなたと兄妹だったら面白かったでしょうね。」




───とりあえず、これは二人が血縁であることが分かる前のお話。