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近松の史料 ありがとうございました。
日本放送協会出版部からの「近松門左衛門という人」のなかに 「武士を捨て 父が京都で 多数の殉教の死を見たたからである」と 書いたのですが 御史料によって 近松と毛利秀包とのゆかりの程がよくわかり よろこんでおります。
いつか岩国にいったときに 近松の誕生地があると聞き、「どうして 山口県に」」と思っていましたが これもよくわかり 感謝申しあげます。(筆者注 近松の祖先は 岩国のちかくの椙杜郷の椙杜家である。田中女史が いつ岩国を訪ねられたか、聞き漏らしたが すでに椙杜郷出身の近松の誕生が 岩国市民に根をおろして定着していたことを 岩国を訪ねられた田中女史によって 知らされ深く感動した)
わたしはいま 中原中也をよみつつあり、毛利秀包の吉敷が 先祖の領主の地であったことに 興味をもっています。
秀包がかって領した福岡県からは隠れキリシタン千名近くがあらわれました。
なお夫の母の実家は 島根県のキリシタン大名で 先祖は尼子に滅ぼされました。キリシタン大名毛利秀包と同様だったようです
田中澄江 |
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