・                 
お礼のページ
NHKTV「オウイ 1000人日本列島」で 日本中のお茶の間のテレビに 「近松発祥の地 ながとへどうぞ」と テレビショットが 随時 流れこんでいます  
http://ww2.enjoy.ne.jp/~eiichimより  
 
鳥越文蔵博士からの電話連絡

 「来年の山口県きらら博のメインイベントの一つに 世界的に記念碑的な会議になる 世界中の学者を一堂に招いた「集大成の近松国際シンポジュウム」の開催が決定 来年のその時のその瞬間を予定して 山口県と県立山口大学を中心に 準備が すでに着々と進行中・・・・・」
 宇宙衛星で 全世界に国際シンポジュウムの実況放送を放映します
 私的には無数に近い鳥越教室のお弟子さんたちで すでに近松長州生誕に態度変更された大學教授 助教授が 西欧の大學や全国各地に かなりおられますが 公表はしません。
 全世界はその集大成以後  いっせいに
「生誕の第一次史料のある」長門国生誕の東洋のシエクスピア 文豪近松門左衛門」の新しい近松研究時代が活性化します
 
 二十一世紀の山口県から 今の山口県をみつめよう 二井関成山口県政スローガン
☆「過去から今のわたしを回顧するのでなく 在るべき未来の自分から 今在るべきわたしを回顧しよう」 
                                   
ハイデッガーの実存哲学゛
☆ 可能性への挑戦 「いのりけ祈りによって 神は永遠に変わらない 変わるのはいつも祈る自分なのである 
                     エロスを孕む愛と美の実存神学の氏神 キルケゴール

☆ 未来に現実化することは いますでにわたしたちの裡に実在している 実存詩人 リルケ

資料提供ほか ご支援いただき ありがとうございます こころからお礼を申しあげます 歴史研究者 作家 宮原 英一  敬白
古い上着よ サヨウナラ さみしい夢よ さようなら
  
   文化庁指定「ちかまつのふるさと」関係
 山口県 山口県教育委員会 山口県文化振興課 山口県生涯教育センター
 長門市 長門市ライオンズクラブ。長門市商工会議所青年部街づくり委員会 長門市卿土文化研究会。 東京近松応援団
 
入会歓迎]
 中央の知名文化人をかこむ東京近松応援団(ホームページは末尾のリンクのページ参照)会報
 [事務局・山根光恵さん
入会歓迎]  
 稀少価値のこの近松ホームページのURLは 世界各地でで自由にリンクされ 連鎖方式で どこまで ひろがつているか だれもわからないままに 無限に拡がりつづけています
 

 
 順不同

県立山口図書館。
山口大学図書舘、
山口県立大学図書館。
美祢市市立図書館。
長門市市立図書館。
山口県地方史学会。
萩市郷土資料館
山口県史学会。
県下各地の教育委員会と図書館 
萩市萩史料館
豊田町。
豊田町近松顕彰会。
下関市教育事務所。
豊浦郡教育振興会。
美祢郡美東町教育委員会。(生まれ故郷)
美祢郡秋芳町教育委員会
ほか県下各地の教育委員会
山口県警美祢警察署 各種統計ほか

テレビラジオ 
 NHKTV&NHK山口放送局
 KRYTV山口放送局 
 TYSTV毎日山口放送局 
 YABTV朝日山口放送局 
 FM山口ラジオ放送                               
新聞社
 共同通信東京本社文化部 
 毎日新聞山口支局。
 朝日新聞山口支局。
 読売新聞山口支局 
 中国新聞山口支局 
 西日本新聞山口支局 
 県紙山口新聞
 宇部時報 
 長門時事 
 日本経済新聞山口支局
 
「歴史読本」編集部 
「関西文学」編集部 
「文芸山口」編集部
文芸誌「燭台」 編集部 
「西日本文化」編集部
旅客航空会社日本エアシステム機内誌「ARCUS 」 編集部
山口県広報課 県外広報誌「私の地球」編集部
山口県広報広聴課 「ふれあい山口」

毎日ペンクラブ山口 
朝日カルチャーセンター下関 
歴史研究会東京本部&山口県本部
山口高等学校同窓会本部
近畿地方山口高等学校同窓会本部 
関西地方山口県同郷人会本部
全逓信労働組合 

鳥越 文蔵博士 当時早稲田大学坪内逍遙記念演劇博物館長  現山口県立大教授
篠田 正浩氏  映画監督 (映画「心中天網島」 主演篠田夫人岩下志摩氏)でカンヌ国際映画祭ブルーリボン賞受賞)
故司馬遼太郎氏 作家
故田中澄江氏 作家
古川  薫氏 作家 
和田  健氏 詩人
福田百合子氏 中原中也記念館長 当時山口女子大学国文科教授
竹野 静雄氏  二松舎大学教授 当時 山口女子大学国文科教授
大塚 博久氏 当時 山口大学教育学部教授
故山中 鉄三氏 山口県短歌人主宰 当時徳山大学教授 山口高校恩師
尾崎 秋信氏  山口高校恩師 
故吉田建勲雄氏 テレビ山口締役社長 
竹下 尚子氏 山口放送ラジオ本部 制作部次長
故堀口 勇氏 千葉県 美祢キリスト教会初代牧師 本年七月二八日昇天
 第二の人生の出発にあたり「キリストに在る文士たれ」とお祝いのことばを賜る 
檜隈 幸子氏 歌人
故羽仁 雅助氏 元美祢市立桃の木小学校校長 超高齢につき著者に研究依頼 長門市
利重  忠氏 地方史家
宮野 修治氏 俵山女流歌舞伎主宰 俵山温泉協会理事
小林 知吉氏 山口県外海水産試験場 専門研究員
三上 雅武氏 関西 作家
高瀬精一郎氏 演劇評論家 前進座
牛尾  一氏 美祢市長
伊能智恵子氏 大阪「まんだ」編集部
故吉兼弘二氏  友人
溝部茂広 友人
藤本 貴司氏  友人
故船石陸雄氏 豊田公民館長
吉井 朱美氏 タウン誌編集部
有沢裕紀子氏 当時 短大生
坂田 文江氏 詩人
村田 華舟氏 画家 椙杜家関係者 宇部
堀   勇氏 古文書史家 椙杜家関係者 萩
椙杜アヤ子氏 椙杜親介家の末裔
富岡 行昌氏 唐津松浦党研究会
古川  工氏 佐賀文芸 当時玄海原子力発電所展示館副館長
中野 真琴氏 作家
故沢 忠宏氏 海事史研究家
藤田 寛治氏 当時図書館長
小野美佐子氏 長門市「近松茶屋」経営 前東京近松応援団事務局
山根 光恵氏 東京近松応援団事務局  
山根 宏氏  下関海峡メッセ世話人
進藤 狂介氏 東京 高校時代からの親友 
小林 綱明氏 下関市長府観光協会 
小林 唯男氏 親友
真鍋篤一郎氏 親友 
林 ゆみこ氏 県外広報誌「わたしの地球」編集長
瀬戸  諒氏 文芸誌「海虹」編集長 
井手久美子氏  同上 下関カトリック教会
故入江和好氏 下関市港湾局
秋本よし子氏 長府「心亭」
権田  潤氏 共同研究者 親友 東京
山下 孝夫氏 大坂 西鶴研究
原本 直紀氏 アトリエ芝居小屋
原  康子氏 東京 日本人形協会副会長

唐津近松寺
豊田神上寺
尼崎広済寺
内日泰栄寺
赤間神宮 宮司水野直房氏
亀山八幡宮 
長門市赤崎八幡宮
赤郷八幡宮宮司 故宮原茂昭氏 親戚
長門市 湯本大寧寺 
日本基督教団美祢教会
日本基督教団聖霊派 米沢市米沢興譲教会 田中信生牧師 
山口県秋吉基督教会

尼崎市市民局近松課。
園田女子学園大学近松研究所、
尼崎市立中央図書館  
萩本  進氏 尼崎市近松記念館長
石伏 龍斎氏 広済寺住職 
樽谷 清一氏 尼崎倶楽部・(双方の文化経済交流について助言)
北  和子氏 はなみずき誌 

三谷 松里氏 関西ペイント勤務 

井上神父 英知大学教授
高木シスター 英知大学教授
謝 氏 尼崎市近松応援団「さえずり」関西崇正会副会長
松本 満子氏 尼崎市まちづくり推進委員 美祢市出身 

療養生活
 渡辺 一郎氏 前主治医
 中元 克巳氏 現主治医 美祢市医師会会長  同窓の親友 創作史料提供
 小林正仔氏 創作資料提供 歯科医
 美祢市立病院創立市民運動署名事務局長として 運動開始十四年目に つい
に実現した 美祢市立病院の医師 看護婦さんたち 
 
 そして感謝をささげます 
「・・・・むかしむかしの俺たちのこと 深い森をきりひらき 畑をたがやし 橋をつくり このくにを創ったのはおれたちだ。・・・強いこの腕とこの体で このくにを創るのは、おれたちだ!(七O年代フォークソング)}」
と。宣伝カーで 歌いつつ 署名や運動をよびかければ 少しは自分じぶんには不利になっても 一人の父親として 母親として ひとりの市民として みんなのために たちまちにして 勇気をふるいおこして 圧倒的多数で がっちりと 支えつづけてくれた 草もう屈起のたましいを秘め ふだんは会社で 田畑で 黙々とはたらいている このくにをきすいてきた主人公 無数のひとりひとりの 勇気ある、不屈で英雄的な男性と女性たちに・・・    
                            
 たとえ市民病院ひとつでも 何回かは途中で「本当にもう駄目なのではないか」と 挫折もしかかる 
 このくにを壊すのでなく 営々と「創ってゆく」創造のために要する歳月の長さと苦労の大きさを思いつつ 
 神はその独り子イエス子を与えたほどに この世 日本を 日本の男を女を 日本人の男として 日本人のの女として 愛された。
 神がその独り子イエス子を わたしたちのこの世間に つかわしたのは 日本を 日本の男を 日本の女の 日本の世を「さばくため」ではない。
 み子を信じるものが  日本の男性として、日本の女性として 一人もほろびないで 世界に特有な日本の歴史と伝統によって はぐくまれ、生き生きと 美しく輝いて 長生きして 永遠の生に生きるためである。 
                         ヨワネ伝三章十六節 
 


 
                  アイディンティティと歴史    

 わたしたちの「自己確認」にとっては いかなる実在しているものも、歴史ほどに重要ではない
                ヤスパース(実存心理学者)
 わたしたちが、自分の余暇を、もっとも上手に利用する方法は 過去の華々しい事物と親密になり、あらゆるものが、ほろびてゆくというような 不幸を、熟視することである。
 わたしたちが現在、経験していることは 歴史の鏡により、一層よく理解される。歴史かつたえるもの。それはわたしたち自身により、生きたものになる。
 わたしたちのくらしは 過去と現在の相互の照明により 進歩する。
 接近して、自分の身をもって観察しよう。
 個々のものごとを 注視することによってのみ、歴史はほんとうに、わたしたちと関わりをもつようになるのだ。
こともあろうに 発泡スチロールの仏像を拝んでいたオーム真理教の数万のわかものたちの出現 単に近松史料の出現だけではありません 高さ数十メートルもあった「もと出雲大社」の出土 高さ百数十メートルもあった古代高層建築の はば五メートルの巨大な柱跡などの足もとからの出現など  以前に実在していたこのくにの 底の浅いい西欧文明はとうてい足もとにもおよばぬ わたしたちの心の深層にひそんている古代高度文明の実在の発見 これまでの常識・既成観念が自分の足もとからくずれてゆく  他人はともかく 「自分が」生きてゆく たしかなよりどころが何もない死にいたる病い 漠然とした意味のない不安」(キルケゴール)の時代。現代は「マサカ そんなバカな・・・・・」と思わず絶句する どんな事が いつ どこから 起きても ちっともフシギではない} といわれる たしかなよりどころがない不安な時代  歴史はラセン階段のように 五十年周期で一段上の原点にたちもどりつつ進化してゆく  「価値観が混乱しきった第一の戦後」 日本社会党書記長の浅沼稲次郎を 刺殺したのも 「危険な十七才」の少年でした
 
わたしたちの「自己確認にとって」は いかなる実在しているものも、歴史ほどに重要ではない
 歴史はわたしたちに 人類のもっとも広大な地平をさししめし、わたしたちの生活の基礎となっている、
伝統の内容を わたしたちに もたらす。
 歴史は現在的なものごとへの基準を わたしたちに教える。
 歴史は、いま自分が生きている時代の 無意識のさまざまな拘束から、わたしたちを解放してくれる。
 そして人間を(さばくのではなく) その
最高の可能性と その不滅の創造性において見ることを 歴史が わたしたちに 教えてくれるのだ。             
                                                       ヤスバース「哲学十二講」より
「若き日の近松門左衛門」一六二ページより


               変化にすばやく対応してゆける人 抵抗するしかない人


 
彼等にとって、新しい観点をとりいれることは これまでの考えかたの大部分をすてさり あたらしい考え方をもとめる 苦しい道への旅に、たつことを意味した。
 変化がおきると 自己の安全を脅かすように思い 人はその変化を怖れる。
 これが産業あるいは企業の場合 人々は 「いままでの所得」「いままでの仕事」「友人」「いままでの地位」「認められること」「技術」「出世の機会」「気持ちのよい、いままでの執務状態」「事務所の権利」「たやすい仕事」「能力」「いままでの習慣」など 真に現実的な満足を「失うのではないか」と怖れる。
 そして もはや創造的な貢献のために 努力することをやめ 「言われたこと以外は なにもしないロボット」となってしまう。        
        ☆ ほとんどの大学が使用している 創造工学の古典的な国際的テキスト。岩波書店刊 ファンヘンジ「創造性の開発」より    
 
「抵抗するしかない人」が だれとだれであるかは 観客民主主義時代の 岡目八目の市民には すぐわかります。 
 
 
逆にいうらなら  たとえば文化庁公認による新しい近松の故郷というあたらしい観点により得られる「新しい所得」「新しい仕事」「新しい友人」「新しい地位」「新しく認められること」「新しい技術」「出世の機会」「気持ちのよい執務状態」「新しい事務所の権利」「たやすい新しい仕事」「新しい能力」「新しい習慣」により 新しい満足を得て 生き生きかがやく人が 全国や西欧各地に 無数に出現します
        列車にのりおくれないように
  いまの内に 近松門左衛門長州生誕説の唯一の決定版・・・
「わかき日の近松門左衛門(2000円)」は直接のご購入は著者宅0839-52-1424i に直接お申し込みください    

             クリックしてください
                目次ページにもどる