時の夜想曲(ノクターン)
ドアの隙間から廊下に誰もいないのを確認してそっと部屋を出る。
「なるべく足音を立てないようにしないとね。」
小さな声で自分に言い聞かせるようにそうつぶやくと少女はゆっくりと目的の場所に向かう。途中、何度か見回りの教師に見つかりそうになりながらも彼女は無事、目的の場所にたどりついた。そこはガーデン寮内にあるシード専用の個室棟、それもその一番奥の廊下の突き当たりの部屋。
「や〜っとついたぁ。」
見つからずにここまで来れたことで少し安心したのか彼女の顔に少し笑みが戻る。部屋のドアノブに手をかけて回してみるが鍵がかかっていて開かない。
「ちゃんと鍵掛けるようになったのね。でも、これがあれば・・・・」
そういうと彼女はポケットから何かをとりだした。それはすこし雑な作りの小さな鍵。
「どうか、これで開きますように・・・」
彼女がその鍵をドアの鍵穴に差し込んでゆっくり回すとカチャリという鍵の開く金属音がした。
「やったぁ、さっすがゼルね。こんど食堂のパンおごってあげなくっちゃ。」
周りに誰もいないのを確認してそおっとドアを開けると素早く部屋の中に入って鍵を閉める。
「ふふっ、見事に侵入成功。まだまだ甘いぞ、スコール君。」
と、見事に部屋に忍び込んだ少女、リノアはその部屋の主であるスコールに注意するような口調で独り言を言った。もちろん部屋の中にスコールの姿は・・・・ない。見回りの教師に見つかるかもしれないので灯りはつけない。それでも、窓から入ってくる月明かりで部屋の様子は手に取るようにわかる。部屋の中は前に忍び込んだ(というより鍵が開いていたのだが)ときとほとんど変わっていない。あまりスコールがこの部屋にいることがないのも原因だが元から彼が必要最低限のモノしか置いてないからというのもあるみたいだ。
「やっぱりこの部屋眺めがいいよねぇ〜。」
窓から見える満天の星空やバラムの夜景、満月の写る夜の海を見ながらふと思ったことを口にしたリノア。しかし、ゼルに頼んで合い鍵を作ってもらってまでここに来たのは夜景を見るためではない。
「ここにきたらちょっとは気が紛れると思ったんだけど、やっぱだめか〜。」
もう一ヶ月スコールに会っていない。本当なら今日帰ってくるはずだったのだがクライアントから任務の延長の申し入れでさらに一週間は帰って来れなくなってしまった。これは待ち続けて我慢の限界だったリノアに行動を起こさせるのに十分な出来事だった。
「あっ、せっかく帰ってきたら一緒に作ろうって約束したのにっ!!」
スコールの机の上にある作りかけのジグソーパズル。それはスコールが仕事に行く前にリノアが買ってきたもので帰ってきたら一緒に作る約束だったのだが・・・・
「もうほとんど出来ちゃってるじゃない・・・約束破るなんてっ、スコールのバカぁ!!」
まだ使われていないパズルのピースを鷲掴みにすると床に投げつけた。気を落ち着けようともう一度窓の外の風景を見る。星空と月は相変わらずだったが、夜が更けるにしたがって街の灯りは大きな影を落とされていくかのように一つまた一つと消えていく。しばらく見ているうちになんとか気を落ち着けることは出来た。
「・・・・・もう寝よおっと。」
そのままスコールの部屋のベッドで横になって目を閉じる。けど、なかなか寝付けない。理由は前にもここで本を読んでスコールを待っていて気になった時計の音。起きあがって時計を手に取るとベッドにうつぶせになって時計とにらめっこを始めた。
「む〜、お前のせいで眠れないじゃないの。」
そういったところでどうにもならない。時計は相変わらず正確に時を刻んでいる。
「あーあ、もっと時間が早く進まないかなぁ、そしたらスコールにも早く会えるのに・・・・?!時間・・・そうだ時間圧縮!!。」
時間圧縮・・・・リノア達が倒した未来の魔女アルティミシアが自分の思いどおりの世界を作ろうとして使った時間を操る秘技。
「魔女の力を持つ私ならもしかして・・・・。」
”使えるかもしれない”、そんな思いがリノアの脳裏によぎる。しかし、どうやれば出来るのかやり方がわからない。それに、もしわかったとしても制御できずに暴走したらアルティミシアのときのような、いやもしかしたらそれ以上の惨劇が起きるかもしれない。リノアの中で”スコールに会いたい”という気持ちと”時間圧縮は使ってはいけない”という気持ちが葛藤している・・・・・
「だめっ、やっぱり私早くスコールに会いたいっ!!」
リノアは魔女の力、ヴァリーを解き放った。解放された魔力の一部がリノアの背中に白い翼となって物体化してリノアの体が浮き上がる。
「ごめんね、みんな。でも私、どーしてもスコールに早く会いたいの。」
誰に謝るのでもないのにそうつぶやくとすぐに目を閉じて精神を集中させる。リノアの周囲の空間が少しずつ陽炎のように揺らめき始める。やがてそれはスコールの部屋全体に広がっていく。
「お願い・・・時間を、時間を早く進めてっ!!」
次の瞬間、カメラのフラッシュがたかれたかのように部屋全体に閃光が広がる。もちろん部屋の中にいたリノアはその光の奔流に飲み込まれた。数秒後、光が消えた部屋にリノアの姿は無かった。
ほんとはね…ずっと思ってたの。
どうしてここに、スコールはいないんだろうって。
…どうして会えない時間ばっかり、こんなに長いんだろうって。
「!?」
その部屋にいた人間の中で、その異変を察知できたのは一人だけだった。いや、世界中探してもそう多くはないだろう。…多分、前回同じ感覚を意識的に味わったものしかわからない、何かがひずんでいくような感覚。
反射的に、スコールは椅子を倒して立ち上がった。これからの任務の詳細を語っていたクライアント側の担当者が不審な表情を向けたのが目に入る。一瞬説明しようと口を開きかけたスコールの目の前で、彼の姿は掻き消えた。いや、歪んでいく空間に阻まれたというべきか。おそらく彼の側でもスコールの姿が消えたように見えるだろう…スコールだけでなく、周りのもの全てが。
(…何が起きてる?)
この感覚から思い当たるものは一つしかない。…考えてスコールは慄然とした。そんな馬鹿な! 魔女は…アルティミシアは確かに倒したんだ!! もう起こるはずなんてない……時間圧縮。
周りの景色は既にどろどろに溶けて、全てが渾然一体になりかけている。どうすればいいのか、スコールにもわからなかった。今は前回とはまるで違う状況なのだ。『愛と友情、勇気の大作戦』があるわけでもないし、第一、自分の存在を信じてくれる仲間もいない。…いや、それよりも…。
(何故?)
何故なんだ?
何故こんなことが起きる?
どうして何の前触れもなかった?
そこまで考えたとき、しかしスコールはあたりの様子が少し変なことに気がついた。…前回と違う。時間を圧縮するにあたり出現するはずの、時間の軸が見えない。…時間の流れという一律であるはずのものを捻じ曲げるときには、必ず行為者がそれに干渉できる位置にいることが求められる。未来から過去を圧縮するときには、『未来』が『過去』の延長線上、同じ軸の上になければならない。『圧縮』という、時間を具体化する術を使うならば、その軸も具体化されるはず…というのが、前回の一件の際、この研究の第一人者であるところのエスタのオダイン博士の説明であった。もちろんスコールたちには何がなんだかわからなかったし、やはり同じくであったろうラグナに「そんなことはど―でもいんだよ!」とあっさり中断させられた説明だったが、その時間軸とやらに沿って未来まで行けたのは事実である。というよりも、それがなければ時間の中を移動するなど考えられない。
ならば、これは…。
(時間圧縮…じゃないのか?)
次第に周囲の景色の揺らぎが収まっていく。…やはり違うのか。
(じゃあ、なんなんだ?)
安心するにはまだ早い。思わずガンブレードを握り締めたスコールの目の前で、そのとき突然、凄まじい量の光が爆発した。
どうしてあなたに会えないの?
どうしてこんなに離れているの?
…会えないからこんなに。
…情けないほど苦しくて。
「……ここは」
舞い上がる花びら。遠い潮騒。
スコールの上を覆うのは天井ではなく、黒い夜の空だった。室内にいたはずの彼は今屋外にいて、満ち足りた月の光を浴びている。白いその明かりは辺り一帯を照らし出していた。かなり明るいそれのおかげで、スコールはここがどこか判別することができた。…知っている場所だったのだ。
「…孤児院の、花畑…」
呆然と呟く。
バラムからでもセントラまで行こうとすれば一日二日かかるのだ。セントラへ行く交通手段は船しかないから、実際はもっとかかると見たほうが良いかもしれない。スコールがさっきまでいた場所からは鉄道に出ることがまず必要だから、余計に時間がかかるはずである。なのに…たった一瞬だった。
濃密な花の香りが、海からの優しい風にそっと吹き散らされる。髪をそっと揺らすその風を受けながら少しずつ冷静になったスコールは、何が起こったか、そしてこの先に何が待ちうけているのかなんとなく悟った。
(…マジかよ。でも、なんでこんな…)
…さっきから疑問符ばかりだ。スコールは苛立って前髪をかきあげた。それはあまりいい予想じゃない。できれば外れて欲しい。しかし、外れるわけがないことを、スコールは半ば確信していた。
彼をここに連れてくるのは、連れてくるだけの力を持つ者は、たった一人しかいないのだから。
ぐるりと辺りを見まわす。…人影はなかった。ただ花のみが海風にそよいでいるだけである。
「…リノア」
スコールはその名前を呼んだ。姿はないが、絶対に彼女はここにいる、と、そう思った。
確信と言えるほどに、強く。
「リノア…いるんだろ?」
…答えはない。花びらが風に巻き上げられて宙を舞う。
「……来いよ」
その瞬間、もう一度狂暴な光が弾けた。
光のせいで網膜が灼かれて、一瞬視力を失う。ぎゅっと一度目を閉じてゆっくり開くと、白く霞みながらもなんとかモノが判然としてきた。波の音のする方向にある暗い空間が海。色を失った花びらたちが群れ飛ぶのも何とか見える。…だんだんはっきりしてゆく視界の中で、スコールは目の前の存在にようやく気がついた。…さっきまでは確かに花しかなかったその場所にうずくまっている。華奢な手足を抱えて、丸くなって座っている。見慣れた姿のその背中には…真っ白な翼。
「…リノア…」
ぼんやりとその名前を呼んだ。想像した通りの人間が現れたことに疑問は抱かなかった。スコールがここに飛ばされたのなら、彼女は必ずここへ来るはずだ。が…。
…あれはリノアなのか?
不意に、そんな疑問がスコールの脳裏に浮かぶ。そんなの当たり前だ、あれは良く知ってる…俺の良く知ってるリノアで…。
…ほんとうに?
……じゃあ、このプレッシャーはなんだって言うんだ…。
目の前のリノアは視線を上げようとしない。俯いたまま微動だにしないその背後で、二枚の白い翼がゆらりと動いた。彼女を包み込む。…聖なるものというよりは、まるで二匹の獰猛な獣のように。
スコールはそれから目を離さなかった。…というより、離せなかったのだ。いくつもの戦いの経験が、目の前のリノアにシグナルを発している。何か、強大な力が重くのしかかってくるようだった。動けない。足がすくんで、一歩も踏み出せない…。嫌な感覚が背筋を伝う中で、それでも思考だけは不毛に回転し続ける。…これは、いつものリノアじゃない…そう、ちょうどあのときと同じ…。そこまで考えて、スコールはぞっとした。あのとき…そう、未来で剣を向けた。
……魔女。
目の前のリノアがゆっくりと顔を上げた。生気のない人形のような動作で、緩慢にスコールを眺める。…目が違う、とスコールは思った。あれは…何も映ってない。なんの感情もない。空っぽだ。
リノアがどこにもいない。
(…なんで…?)
立ちすくむスコールの前で、ゆっくりとリノアの唇が動く。感情のない瞳で、能面のような表情のない顔で発された漏れるような微かな声が、潮騒にかき消されながらも僅かにスコールの耳まで届いた。
「…スコール…どこ?」
「どこ……探してるのに」
「……こんなに、探してるのに」
「!!」
思わずスコールは息を呑んだ。あれはリノアだ! …なら、これは…。
――魔女の力の、暴走?
「…リノア!!」
もしそうなら…今ここで止めておかないと大変なことになる。必死で威圧感を払って、スコールは大声で呼びかけた。が、反応はない。真っ白な羽根が、警戒するように動く。スコールは小さく舌打ちすると彼女の前に膝をついて、腕を伸ばして片手で抱き寄せた。もう一方の手でリノアの頬に触れると、そのぼんやりしたままの瞳を自分の方に向ける。目を逸らさないように、その大きな瞳を真っ直ぐ見つめた。
「リノア、俺だ。わかるか? …ここにいるから。もう探さなくていい……聞こえるか?」
「……」
彼女の大きな漆黒の瞳に自分の姿が映る。…そのこと自体は見慣れていた。彼女はいつも自分を真っ直ぐにみつめるから。でも…こんな切ない気持ちでそれを見るのは…多分、これが初めて。
「リノア……頼むから」
…いつもなら澄んだ感情のきらめきを映す彼女の瞳には、薄い膜がかかったままで。自分の声は届かないまま、得体の知れない何かに隔てられて地に落ちる。
そんなリノアは…とても遠くにいるようで。
存在を確認するように、華奢なその身体を引き寄せて…抱きしめた。
…だから、その声は幻聴のようだった。
「……スコール?」
腕の中から小さく名前を呼ばれて、スコールは慌てて身体を離す。視界に入ったリノアはきょとんと不思議そうな顔でスコールを見上げていた。
――白い羽は消えていた。
「…リノア」
「な、なんでそんなカオするのよ〜。わたし何か変なことした? …っていうか、スコールなんでここにいるの?」
「…それは俺が訊きたいんだがな」
口を開いた瞬間から…呆れるくらいいつものリノアだ。安堵とともに脱力して肩を落とすスコールをよそに、リノアは「えっ? ここどこ??」などと辺りを見まわしている。
「どこって…あんたが」
「あ…!! ここ、あそこだよね!! 約束したの、ここに帰って来るって……あ」
そこで不意にリノアは息を飲んだ。口元に手を当てて黙りこむ。
「…? どうした…うわ!」
そして不審に思って尋ねたスコールの上着をグイッと引っ張る。危うく崩れかけたバランスをなんとか保つスコールに、リノアは真剣な声で尋ねた。真剣というよりは…どこか怯えたような調子で。
「わ、わたし…何かやっちゃった!? ねえ! みんな大丈夫かな!?」
「リノア、落ち着け! 大丈夫だ…大丈夫だから」
そう言うと、スコールはもう一度リノアを抱きしめた。…言葉で上手く説明できる自信はなかったから。
…やがて、腕が背中に回される感触がした。腕の中で、リノアが「……怖かったよう」と呟くのが聞こえた。
「…ありがとスコール。もう平気だよ」
しばらく経って、リノアがそう言って顔を上げた。本当に? と視線で問うスコールに向かってにこっと笑って見せる。…いつも通り、とは言うにはどこかぎこちない笑い方だったが。
「…一体どうしたんだ?」
「ん…」
スコールの問いかけに、リノアは決まり悪そうに髪をいじり始めた。どう言おうか考えているらしい。そして、そろそろスコールがもう一度何か言おうとしたとき、ようやく口を開いた。
「……やっぱり、最初に謝っとこう。えーと…ごめんなさい」
「?」
突然頭を下げられてもなんのことだかわからない。当惑するスコールに、しかしリノアは次の瞬間、とんでもないことを言ったのだった。
「わたしね、時間圧縮しようと思って」
「……は!?」
「だってわたし、魔女じゃない? きっと出来ると思って」
それは……出来るとか出来ないとか、そういう問題じゃないだろう!? よほどそう言いたかったが、衝撃のあまり言葉が出ない。
「それにねだってね…時間を圧縮すれば、早くスコールに会えると思って…」
「なんでだよ!?」
「スコールがいない時間を短くすればいいと思ったんだもん」
「……っ!!」
…返す言葉もなく、スコールは再びがっくりとうなだれた。……一体なんなんだその発想は!! というか…何かが根本的に間違っている。
「……リノア」
「なに?」
「あんた……時間圧縮って、わかってるか?」
「え?」
突然訊かれて、リノアは慌てて考えた。え…時間を圧縮するってことは…その分短くなるんじゃないの? 違うの??
「そうじゃない…」
しかし、リノアの言葉はあっさり否定される。
「時間を圧縮するってことは…不合理に時の流れを変えるってことだろ。…普通の人間は時間を支配できないから、時の流れが変わると存在できなくなる。できるのは魔女だけだ。…過去に存在をなくした者は、その先の時間には存在できなくなる」
スコールの言葉を聞いて、リノアは難しい顔をして考えこんだ。首を傾げて、眉根を寄せて…そして、少しして照れたように笑う。
「つまり…どういうこと?」
…ああやっぱり。
「…リノアが時間圧縮を少しでも行った場合、その先の時間に存在できるのはリノアだけってことだ。他は何一つ残らない…俺も含めて」
「うそ!?」
「だからアルティミシア倒さなきゃいけなかったんだろ…」
リノアは愕然とした顔でスコールをみつめる。その手から力が抜けて、がくんと下に落ちた。
「…わたし……じゃあ、もしかして…思いっきりとんでもないこと、しちゃった…?」
「もしかしなくても…多分、今ごろ大騒動になってるぞ」
幸い時間圧縮は起こらなかったようだが…。そこまで考えて、スコールは先程のリノアを思い出した。多分…暴走してたおかげで助かったんだろう、とスコールは思った。時間圧縮を行うまでの力の指向性がなかったというわけか……。
「……それで、ね。時間圧縮しようと思って、魔女の力をちょっとだけ解放しようとしたの…」
リノアの話はまだ終わらなかった。
「でも、なんだか…すっごく強く引っ張られるような感じがして、どうしていいかわからなくなって…ああ、失敗したって思ったの。周りがみんなあのときみたいに…アルティミシアの世界からこっちに帰ってくるときみたいになったから、わたし…ここに帰ってこなくちゃいけない、って思った気がする」
「ここ?」
「ここだよ。…スコールと、約束したから。ここまで来れば、絶対スコールが助けてくれるって…思った」
「……」
それで俺がここに飛ばされたわけか。スコールは少し考える。…一旦世界の法則を全て捻じ曲げたリノアが願ったことは、ここでスコールと会うことだけだったとするなら…。
「…ねえ。…他の場所は大丈夫かな? みんな平気かな?」
心配そうな口調でリノアが尋ねてくる。
「多分…だけど、大丈夫だと思う。俺とあんたがここまで移動したこと以外は、別に影響もない…はずだ」
確認したわけではないから、不確定な言い方になってしまうのは仕方がない。それでもリノアは安心したように顔を輝かせて「良かった〜!!」と大きく安堵の息をついた。
「……良くないぞ」
「え?」
…どこか不穏な声音のスコールの言葉に、安堵の気持ちも一瞬でどこかへ飛んでいってしまう。きょとんとスコールを見返したリノアは、その直後思いっきりスコールに叱責されてしまったのだった…。
「…あんた一体何考えてるんだ! あんたが時間圧縮なんか使ったら、大問題になることくらいわかってるだろ!?」
「だ、だからごめんなさいって…」
「謝ったって済まない。今ごろ世界中大騒ぎだぞ…ガーデンだってリノアがいきなり消えたことを隠すのに精一杯だろうし、エスタからも何か言ってくるかもしれないし」
「エスタ? なんで?」
「リノアの出来そこないの時間圧縮、オダインの研究施設あたりでどうせ感知されてるだろうからな…」
くそ、なんとか誤魔化さないと…リノアを危険だと判断されたらお終いだ。スコール自身がガーデンにいて対応できたらいいのだが、まだ任務が途中だし。…どう考えても上手くいきそうになくて、スコールは頭を抱えた。……大体、なんでこんなことになったんだよ! そこのところも、きつく問い質しておかねばなるまい。
「ごめんなさいごめんなさい〜!! もうしません絶対にやらないから」
「リノア」
スコールに怒られてようやく事の重大さを把握したリノアは必死で謝る。しかし、それはスコール自身のの声によって遮られた。慌ててスコールを見つめ返したリノアだったが、次の瞬間いたたまれなくなって俯く。……こんなに怒られるの、もしかして初めてかもしれない。
「…何でこんなことしたんだよ」
特に声を荒げるわけでもないスコールの口調が、それでもリノアには辛かった…自分が何をしたのかわかってしまった後ならなおさら。スコールは感情的に叱ったりするタイプじゃないから、これで当たり前なんだろうけど……いっそ怒鳴られた方がましだ。
「俺の任務が延びたから? 一週間、長く帰れなくなったから?」
「……うん」
小さく答えたリノアの耳に、スコールが大きく息をつくのが聞こえた。なおも身体を小さくして、リノアは顔を上げない。珍しく殊勝にも、このままでいるつもりだったのだ。
「リノア…。…そんなの仕方ないだろ。別に好きで帰らないんじゃない、仕事なんだ。それに…一週間だぞ? たった一週間だけだ…」
「……!!」
……しかし、その一言にたまりかねてリノアは顔を上げる。
「たったじゃないよ!」
…悪いことしたのは自分だし、それを理解してもいたから、素直に怒られようと思った。それは仕方のないことだし、そうやって怒ってくれることはある面ありがたいことだとも思う。でも…でもそれは違うのだ。自分に非があるとわかっていて、なお聞き逃すことの出来ない、それは一言だった。
「全然たったじゃないんだよスコール。…すごく長くて、とても怖いんだよ」
「……リノア」
「別にわたしだって、スコールがいなくて寂しいとか、確かに思うけどそれだけでわがまま言ったりしないよ。スコールはお仕事なんだし、離れて会えなくて寂しいのはわたしだけじゃないって思うし」
「おい、リノア…」
スコールが少し驚いた顔でリノアを見つめた。しかしリノアはそれを気にせず続ける。
「でもねスコールのお仕事って…SeeDなんだよ? どんな任務でも、どこに行っても絶対生命がかかっちゃうの。そんなことないって言うかもしれないけど、馬鹿みたいかもしれないけど、いつもいつも思うの。…スコールが、もう二度と帰ってこないんじゃないかって」
「ちょっと待てよ…」
「そりゃわたしだっていつもそんなことばっかり考えてるわけじゃないよ。スコール帰ってきたら何しようかとか考えるのは楽しいし、だから任務が終わる日を一生懸命数えたりするんだけど、でもね…だから、お仕事が延びたりするとすごく怖いの。何かあったのかなとか、嫌なトラブルだったらどうしようとか」
「リノア、もういい…」
「そしたらどんどん嫌なことばかり浮かんでくるの。スコール、怪我とかしてないかなとか…ちゃんと無事に帰ってきてくれるかなとか…もし…もしこの一週間の間に…スコールがいなくなっちゃったらどうしようとか。…そしたらね、スコールの部屋に行ってみてもダメなの。スコールが、あの部屋にいるところが思い浮かばなくなっちゃうの。全部全部、ずっとこのままスコールの帰りを待ち続けるだけなんじゃないかって思う。ちくたくいう目覚まし時計も作りかけのパズルもそこで待ってるわたしもみんな」
「もういい! リノア、わかったから!」
リノアの言葉を無理矢理打ち切るようにスコールは強く言って、リノアの肩を掴んだ。リノアはまるで小さな子供みたいに首を振って抵抗する。
「わかってないよ! スコールは…っ」
しかし、リノアはそれ以上続けることは出来なかった。
…柔らかな感触に唇を塞がれて。
呆然と言葉をなくしたリノアをそのままスコールが抱きしめる。状況についていけず、なすがままに彼の腕の中に納まったリノアの耳に、囁くような声が聞こえた。
「…わかったから…だから…。……泣くなよ」
――初めて、リノアは自分の頬を伝う涙に気がついた。
「…夜が明けたら、帰ろう」
「…うん、そだね」
東の空がゆっくりと白み始めた。腕の中のリノアの頬は既に乾いていて、白々とした朝の光に輝いている。涙の痕をそっとなぞるスコールの手に自分の手を重ねて押さえると、リノアは少し目を伏せた。
「…また、しばらく会えないね」
「…少し、帰りが延びるかもしれないしな」
「え!? なんで!?」
思いもかけない言葉にリノアが弾かれたように顔を上げる。非難の色を見て取って、スコールは「仕方ないだろ…」と言い返した。
「誰かが任務途中に一気にここまで飛ばしてくれたからな…契約違反だ」
「あ! …そっかスコール、お仕事中だったっけ…」
ようやくそこに思い至ったらしいリノアはそう言うと、不意に不安そうな眼差しでスコールを見上げた。
「だ、大丈夫なの? 契約違反って…」
「大丈夫なものか」
憮然とスコールは呟いた。
「SeeDの任務放棄っていうのは…多分、前代未聞だろうな…」
「ど、どうなるの〜スコール…?」
「…どうって。…そうだな、減俸、ランク降格は確実として…悪くすれば懲戒免職」
「…え…と。…ってことは、辞めさせられちゃうのSeeD!?」
リノアが息を飲む。そんな彼女に苦笑を見せてその髪を撫でながら、「まあ、そこまでなりはしないだろうけどな」とスコールは言った。
「でも…わ、わたしシドさんに言うよ。わたしのせいだって」
「いいよ別に。そこまでには多分ならないって言ったろ。それに…」
そこでスコールは言葉を切った。不審そうな顔をするリノアに向かって僅かに意地悪く笑う。
「俺がSeeDじゃない方がいいんだろ?」
「そ、そーゆーことじゃないの! そりゃSeeDの仕事って危ないけど、わたしのせいでスコールが辞めさせられちゃうのは絶対嫌だし…。…もう! わたしが悪かったわよ。意地悪」
むくれるリノアに小さく笑って、スコールは立ち上がる。リノアに手を貸して立ち上がらせたとき……東の空から、一条の光が二人を照らした。
急に明るくなった空の下で、花たちがその色合いの鮮やかさを際立たせる。吹いてきた海風に舞い散る花びらをに目を奪われていたリノアは、ふと傍らに立つ彼を見上げた。リノアの視線を感じたのか、同じようにそれを見ていたスコールも彼女の方を振り向いた。
「ねえ、スコール」
スコールの正面に回りこんでリノアは言った。
「わたし、今度は迎えに行かないから。だから、待ってるね。…ちゃんと帰ってきてね」
本当は、それだけが言いたかったんだけど。
でも、帰ってこれるかどうかなんて、きっとスコールにもわからないから。
…困らせたく、なかった。
しかし、リノアはにっこり笑ってそう言った。…どうしてだか、この場所でなら、素直に言える気がした。
「……前に、リノアが言ったろ?」
「…え?」
スコールの台詞にリノアは戸惑った。わたしが何を言ったって? 不思議そうなリノアの前に、スコールはそっと手を差し出した。そして、リノアの胸にかかったチェーンを取り上げた。…いや、チェーンに通した、あの指輪を。
「リノアが、言ったんだ。これを返すまでは、いなくなるわけにはいかない…って。…だから、俺も返してもらう。今はまだ、リノアに預けたままだけど、必ず返してもらいに…帰るから」
「……」
リノアは驚いたようにスコールを見上げていたが…やがて、理解したようにゆっくりと笑った。
その笑顔をゆっくりと抱きしめた。
…俺が死ぬときは、最後の瞬間までこの顔を忘れないだろう、と思いながら。
どうも…やっとこさ終わりましたですね(爆)。相変わらず長いだけですみませんです〜…。
こんなもので御礼になっているのか甚だ不明ではありますが(汗)。しかも出だしのKallさまの文章をかなり台無しにしてる気もひしひしとするのですが(大汗)。その上まとまりを欠いた駄文で申し訳ないです〜〜〜…。(←もはやどうしようもない)。
素晴らしいリクエスト小説を頂きまして、本当にありがとうございました。これからも是非是非、このHPを発展させていってくださいませ〜。応援しております(余計なお世話…爆)。
20000206 わかこ 拝
☆★☆
ども、Kallです。うう〜(感涙)さすが僕の小説の師匠(←僕が勝手に師匠と崇め
ているのですが・苦笑)!!この作品、僕が息詰まっていたところを「Passed Lovers」
のお礼にとわかこさまが続きの執筆を申し出でてくださり素晴らしい小説に仕上がっております。時間
圧縮をやってまで(失敗しましたが)スコールに会いたかったリノアの切ない気持ちと
その気持ちを理解して優しく慰めるスコール・・・いや〜、序盤の僕が書いた微妙なコメディ路線(爆)が
見事シリアスでハッピーなエンドを迎えております。わかこさま本当にありがとうございましたm(_ _)m