伝えることさえできない
−アーヴァインとセルフィの場合−
そう。それは冬の日のこと。
セルフィとアーヴァインはふたりでバラムの街まで買い出しに出てきたのはいいが、何せ今日の天気は雨である。加えて言うなら傘がない。ないというより、盗まれてしまったのだ。
車でバラムの街までやってきて、そのまま日用品や食料品など、自分たち以外の人間から頼まれたものも買うため、非常に多量な荷物を抱えることになる。
いったん車に荷物を置き、どこかで休憩がてらお茶でも飲もうとして入ったカフェ。
入り口にある傘たてに自分の傘をいれたのである。帰る際に、それはなくなっていた。
「も〜!世の中、ひどいことする人多いよねっ!!」
彼女にしてはめずらしく、感情をあらわに怒っている。
アーヴァインはというと、車に置いておいたボロボロな黒の何の変哲もない傘だったので、さほど気にしていない。また買えばいいし、何より今、この状況を作ってくれた犯人に感謝したいほどだった。
セルフィがもっていた傘は折りたたみの傘だったため、カフェの席まで持ってきていた。だから被害にはあわなかった。そしてその小さな傘で相合傘をすることになったのである。
長身な彼と割と小さめな彼女では、この小さな傘での相合傘は何かしら苦しいものはあったが、彼は大変ご満悦だ。
「なんでアービンは怒らないのさっ。あたしはこういうことするのいちばん嫌いっ!」
「…まあ、別に気に入ってたものじゃないし、安いものだったし、持っていった人も困ってたんじゃない〜?」
「そんなことないよ〜。ああいうのは平気でやる人が多いんだもん〜。」
まだふくれっつらだ。
せっかくふたりきりで、買い出しのためとはいえ並んで歩いているというのにそんなふくれっつらではちょっぴり悲しくなる。
「それよりも、セフィは濡れてないかい〜?」
「大丈夫だよ〜。アービンも大丈夫?」
「僕はコート着てるし、多少濡れても大丈夫だよ〜。セフィが風邪をひくほうが僕はツライからね。」
「…相変わらず…。」
相変わらず女の子には優しいアーヴァイン。
しかしその優しさはセルフィ以外の女の子にも向けられている。それがなんだかセルフィにはイライラするのである。
「なんだか腹立ってきたわ…。」
「へ!?(あ〜、僕、変なことでも言ったのかな?ど、ど、ど、どうしよう)」
ぷくっとふくらませた頬。
「あ、セフィ。スーパーに着いたよ。さ、買い物買い物。」
入り口に近くにある買い物カゴをカートにのせ、セルフィはA4サイズのメモをとりだす。
「…何か、お菓子ばっかだね〜。」
車で買い出しに行くと言ったのはアーヴァイン。それを聞いたセルフィはついでに買い物したいから一緒に行こうと言い出した。
そしてどこからか聞きつけた仲間たちは「ついでにこれ買ってきて。」とメモ用紙を渡してきた。
ガーデンの食堂にも小さいスーパーみたいな場所はあるのだが、お菓子類が少ないのだ。まして冬限定のチョコレートとか地域限定のポテトチップスなどは置いていない。
そうなると、やはりバラムの街の大きなスーパーにやってくるしか方法はない。
そして暇な日曜日に買い出しにでかけるのである。
「アービンは何買うの〜?」
「ん〜?まあ飲み物と今夜のおかずかな。あ、そうだ。鍋でもやろうかな。そしたらセフィたちもくる?」
「いくいく〜!!あ、リノアたちも誘っていい?」
「おっけーだよ〜。鍋は大勢のほうがいいからね。」
そうなると大量の野菜と大量の肉が必要となる。何せ育ち盛りの年代なのだから。
「そしたら何の鍋がいいかな〜。」
意外、なのかどうかはわからないが、料理は得意であるアーヴァイン。
「あたしね、魚介類いっぱいいれた鍋がいいなあ〜。」
「寒いからキムチ鍋でもいいかな〜。」
「味噌味でもおいしいよね〜。」
「うんうん〜。」
結局は野菜と鶏肉、そしてあさりや牡蠣などの魚介類もカゴの中へ放り込み、味噌で味付けることにした。味噌は寮の部屋においしいのが置いてある。
「なんか、アービンが料理が得意って意外だよね〜。」
「そっかな?スコールだって料理するよ?」
「それも想像つかないけどね〜。あー、料理できる旦那さんっていいよね〜!」
そういえば。
ふと気がつくと日曜の夕方のスーパー。買い物客は家族連れと新婚夫婦らしきカップルが多い。
その中で自分たちも同じように新婚カップルみたいに見えないだろうか?
そう思うだけでふと顔がにやけてしまうアーヴァイン。
「あとは頼まれたお菓子だね〜。しかしカゴもういっぱいだよ。あたし、もういっこカゴをとってくるね。」
ぴゅーっと入り口のほうへ走り出す。
アーヴァインもゼルたちに頼まれたお目当てのお菓子を物色しながらセルフィを待っていた。
しかし、A4サイズにびっしりと書きこまれたお菓子の名前たち。いったいこんなに誰が頼んだのだろう。
「お待たせ〜!えっとお、このチョコレートとポテトチップスにポッキー。それからおせんべと…あ、新製品のチョコレート!これも買おうっ!」
セルフィはカゴにてきぱきと頼まれたお菓子と自分の欲しいものを詰め込む。どこの棚に何の商品があるのかはもうすでに把握しているらしい。
「女の子って…ほんと、お菓子が好きだよね〜。」
「だって女の子の活力じゃん〜。」
頼まれたものもすべてみつかり、それからレジへと移動した。
ものすごく大量の荷物を袋に詰め込み、それぞれ両手に荷物をぶらさげて出口まで来たのだが、まだ雨はやまない。それどころか少し雨足が強くなったような気がする。
「セフィ。僕が車をとってくるから、ここで待っててくれるかな?」
両手に荷物を抱えて移動するよりも効率的だろう。
「わかった。そしたらあたしの傘もってきなよ〜。」
オレンジ色の花柄がプリントされている折りたたみ傘。それをアーヴァインは少しも恥ずかしそうにしないで広げると駐車場へと走って行った。
セルフィは重たい荷物を足元に置き、スーパーの入り口で待つことにする。
入り口近くの屋台のたこ焼き屋から食欲を刺激するかぐわしい臭いの誘惑にも負けず、視線だけあちこち動かしていた。
「そういえば、向かいの雑貨屋さんには男物の傘もあったっけ。」
スーパーの向かいにある、少しアンティーク調の店内にはリノアの好みそうな可愛い雑貨が並んでいる。そこの一角に店の主の趣味なのか、男性用の小物なども扱っていた。以前来たときに確か傘とかもあったような気がする。そう、確か前にここに来たのはリノアと一緒に男性陣へのプレゼントを求めてバラムの街をさまよっていた時だろうか。
その時、短いクラクションが2回鳴った。アーヴァインだ。
ほぼセルフィの前に車を止めると車から降りて、大量の荷物を車の中へと入れようとする。
「アービンっ。ちょっと待ってて!5分で戻るから!」
荷物はすべてアーヴァインにまかせ、傘もささずに向かいの雑貨屋へ飛び込む。
「すいませんっ、男物の傘ってありますかっ!?」
「ごめんね、アービン。お待たせ。さ、帰ろ〜。」
「いえいえ。セルフィ、濡れてるからタオルで拭いたほうがいいよ。確か後ろの座席にあったけど…。」
「あ、いいよ。あたし自分で探すから早く帰ろ〜。」
幸い、すぐにタオルは見つかり、車も発進させる。ガーデンまで15分程度だろうか。
「そういえば、さっき、何を買ったんだい〜?」
隠しようのない大きさのものなので、現在セルフィの腕の中にそれはある。
「あの…あのね。アービンにこれあげるっ!」
差し出されたのは包装紙に包まれた長い棒状のもの。ひとめで傘とわかる。
「はえ?セフィが?僕に?くれるの?」
「…だって今日のご飯のお金だって全部アービンが払ったじゃん。お茶代だってケーキ代だって全部アービンだったよ。」
そりゃあ女の子と一緒ならそれは当然というものだろう。
「ま、僕のほうが稼いでるからね。」
「だーかーら、お礼なの〜っ。文句言わないで受け取ってよ〜。」
「ありがとう、セフィ。」
少し悪ふざけの延長で、お礼のキスをセルフィの頬にする。
「よーし。今夜は鍋パーティだ〜!!」
走り出した車はゆっくりとガーデンへと向かう。
言葉にしないかわりに、気持ちをこうして伝えるから。
いつかは言葉で伝えるから。
今しばらくはこうしていよう?
友達以上、恋人未満の関係はまだしばらく続きそうである。
END
すーさまから頂きました相互リンク記念作品「伝えることさえできない」シリーズの第二弾アーセル作品です!!第一弾のスコリノのように2人っきりで誰にも見てないところでラブラブデートもいいですけど、こういう日常の一幕みたいなほのぼのなデート風景もいいですよね〜。もちろん、このあとはスコールとリノア、アーヴァインとセルフィの4人2対2であったかいお鍋を囲んで談笑したんでしょうね〜(^^)
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