伝えることさえできない
A few years later
−Squall & Rinoa−
 
 
真冬の海なんて寒いものだ。
海から吹く風は潮の香りをふくんで少し鼻につくし、ものすごく寒い。
なのに今年も、毎年恒例のようにここに来ている。・・・正確には連れて来させられている、だろう。
それでも来てしまうのは・・・きっと思い出がありすぎるからだ。
 
「ねえねえ、スコール。海、行こっ。」
晩ご飯を終えて、皿洗いをしているスコールの腕をひっぱったのはエプロンをしたリノア。彼女の左手薬指にはまぶしい銀色の光をした指輪がおさまっている。
「今日は曇ってなかったか?」
皿を洗い終え、水道を止めるとタオルを探す。探し物は彼女が持っていた。
「大丈夫!今は晴れてるから!ね、いいでしょう?」
彼女は物分りがいいのか、あまり困らせるようなわがままをいわない。ねだるという行為も時々しかしない。それゆえにこうして「おねだり」をされるとスコールは弱いのである。
「ねえ、ダメ?」
昔から変わらない仕草。少し首をかしげ自分を見上げる大きなふたつの黒曜石の瞳。
ため息にも似た吐息を漏らすと、再びタオルのリノアの手に戻した。
「10分で仕度しろよ。」
そう言われた途端、満面笑顔に変わるリノア。
「うん!すぐ仕度する!!」
ぱたぱたとスリッパの音をさせてエプロンをはずしながら2階へとあがって行った。
明日から1週間ほどは年末年始のお休みに入る。挨拶回りなどもあるから完全な休みというのは正味2日ほどしかない。たまにはリノアのわがままにつきあうのも悪くない。
何より、あんな笑顔が見られるなら海に連れて行くことくらい簡単なことだ。
 
スコールとリノアは結婚して1年が経とうとしていた。
そんなふたりが、というよりもリノアの希望で選んだ家というのが海のすぐ近くの庭付き一軒家だった。
バラムでもやや街から離れた場所にある、ふたりのスイートホームというのはこぢんまりとした海の近くに建てられた割と新しい家だった。街から離れた場所、というのがネックになって買主が見当たらなかったらしい。
この物件を見つけたリノアはスコールに電話で相談してOKをもらうとすぐに契約したらしい。やはり買い物などにはやや不便ではあるものの、日当たりのいい、とても居心地のいい家であることは確かだった。狭いながらも庭もある。それがリノアと、何よりアンジェロのお気に入りであったりもする。
再びぱたぱたとスリッパの音をさせて2階から降りてきたリノアは最後の1段のところで止まっている。
足音に気づいて、リビングに置きっぱなしだったコートとマフラーを手にして玄関に向かおうとしていたスコールは怪訝な顔をしていた。
「何やってんだ?さっさと行くぞ。」
ちょっと腕組をしてリノアは何か思いついた顔をすると、そのままの位置でスコールを目の前まで呼びつけた。
「ちょっと、スコール。こっちこっち。」
訳がわからない顔をして、とりあえずリノアの前までやってくるとリノアはにっこり微笑むと両手をおもむろにあげた。スコールの頭へと。
「これでよしっ。」
きちんと整えられたスコールの前髪をおろし、自分もまとめていた髪留めをとって髪を手ですくと、玄関へと向かった。
「アンジェロ〜?」
アンジェロはコタツ布団の上で丸まって大あくびをしている。今回は行く気がなさそうだ。
「仕方ない。スコール。早く行こっ。」
すでにブーツを履いたリノアは玄関先でスコールが来るのを待っている。
「・・・何だったんだ。今のは。」
スコールの呟きはリノアの耳には届いてないようだ。
軽くため息をつくと、ぱさぱさと目にかかる前髪を左手でかきあげて、コートにマフラー、そして手袋と装備すると、靴を履き玄関の鍵を閉めてから、リノアの後をついていった。
 
「車じゃないのか?」
てっきり、いつも行くバラムの海岸へいくものとばかりに思っていたスコールは車のキーを持ってきたのに、リノアは自宅前の道路で手招きしている。
「たまには目の前の海に行こうよ。」
いつもリノアとアンジェロは散歩コースとして活用しているのだが、仕事が忙しいスコールは目の前にありながらも家の中から窓越しに見るだけであまり自宅周辺を歩くことがない。もっぱら車での移動が多いからだ。
「よしっ。」
スコールが隣までくると、おもむろに指輪をはずし、丁寧にポケットへと押し込めた。
「今日のふたりは夫婦ではなくて恋人同士です。おっけー?」
一瞬、言われたことが理解できず、思いっきり不審そうな顔をしてしまったのだろう。
リノアはそれでもめげずにスコールの腕をとり、腕を組んだ状態で歩き始めた。
「今夜は恋人同士の気分でいさせてね。」
なるほど。そういうことか。
スコールはリノアの腕をはずすと彼女の右手を握ってそのまま夜の散歩へと出発した。
 
 
「あの…ねえ、あれって金星?あのいちばんキレイに輝いてるの!」
「…星座なんか知らんぞ。」
「わたしも詳しく知らないよ。…あっ、ねえあれ北斗七星?」
リノアは指をかざして星の数を数えている。
果たしてこの広大な星空を、ふたり同じものが見えてるのだろうか。
「北斗七星はあっちだろ。いちにい…あれ。八つある…。」
「やっぱりこっちだよ。あれあれ。」
広大な星空を指差しながら、海岸沿いの舗道をふたり並んで歩く。
周りには誰もいない。たぶん、ふたりだけの世界。
ふと自動販売機の前でスコールが立ち止まり、ポケットの小銭をさぐると温かいコーヒーとミルクティーを買った。
「熱いから気をつけろよ。」
「うん…。」
聞こえるのは波の音だけ。それ以外の音はどこかに奪われてしまったような、そんな静かな風景。
「ねえスコール。」
「なんだ?」
「こうしてるとさ、昔のこと思い出さない?」
「昔のこと?」
「そうそう。ほら、髪型同じにしてるとスコールってあんまり変わってないもん。」
まあかなり大人っぽくはなったけど基本的に変わってない、と彼女は言う。
「そうか?リノアは…変わったな。」
綺麗になった、とは絶対に言わない彼。そんなことリノアは百も承知である。
「大人っぽくなった?」
「ああ。」
「綺麗になった?」
「…ああ。」
「ね、何かわたしに言うことあるでしょ。」
「…は?」
まるで言葉が通じない人を相手にしている気分だ。いったいリノアは何を言い出すのか。
「ああ、とかそうだな、とかじゃなくて、ちゃんと言葉にだして、言ってみて。」
大きな目でじっと見つめておねだりする。
正直、スコールは以前のように眉間にしわを寄せてため息をつきたい気分だった。
何を今更言わせようとしているんだ。
「ほら〜。何か言うことあるでしょ。」
「…?…可愛いよ…とか。」
「ぶーっ!とかって何よ。」
「…綺麗だ…?」
「ぶーっ!しかも最後にクエスチョンマークついてるのって何よ!」
「…ヒントをくれ。」
「ヒントないとわからないの?」
ちょっと怒ったようにリノアはミルクティーの缶をゴミ箱へ放りこんだ。
「1年にいっかい、言ってくれるってスコールが言ったじゃない!」
くるりと踵を返すと我が家へと帰る道をひとり歩き出した。
スコールはもたれていたガードレールから離れると、残りのコーヒーを飲み干してリノアを追いかけた。走ればすぐに追いつく距離。
「リノア…っ!」
後ろから抱きしめる。
「…愛してる…。これが正解だろ。」
「ん…もう!やっと思い出した。」
 
ずっと前に、同じ星空の下で交わした約束事。
スコールが口下手なのはとうに知っているがやはり言葉で聞きたいものがある。だからスコールが1年にいっかい、と言い出したのだ。
「その…すまなかった。」
リノアの冷たい頬を手袋したままの手で包み込んで、冷たい唇を重ねた。
たぶんこれで彼女の機嫌も直るはず。
「…来年はちゃんと覚えててよ。」
「わかった。…帰るか。」
また自分の右手の手袋をはずしてリノアの右手にはめると手袋をしていない手をとりコートのポケットへ突っ込むと、再び歩き出した。
「ねえね、結婚するとキスしてもときめかないとかっていうけど、あれ嘘だよね。」
「は?」
「わたし、結婚する前もドキドキしながらキスしてたけど…今だってドキドキするもん。」
それはお互いさまというやつで、でも自らそんなことは言わない。…言えやしない。
「おばさんになってもこうやってキスしてね。おばあちゃんになってもこうやって手をつないで歩こうね。」
「…それはふたりの約束の追加か?」
「そう。覚えておいてねっ。」
にーっこりと満面の笑顔。
こうしてふたりの゛約束事゛は追加される一方なのである。
 
 
よく晴れ渡った夜の空。
 
満天の星空と月明かり。
 
その寒空の下で、つながれた手の熱さだけは何年たっても変わらない。
 
 
やはり想いのすべてを伝えることはできない。
でも伝えなくても伝わることもある。
時々はこうして゛言葉゛で伝えるから、伝えられない時は唇で伝えるから、゛ふたりの約束事゛を忘れてしまった時はどうか思いださせて。
 
その時はきっと、想いを言葉で伝えるから。
だから今は…伝えられないままでいい…?
 
 
END
 
 
後書きという名の言い訳話
 
以前書きました「伝える〜」の続きになります。
年齢など具体的にはでていませんが、20半ばくらいを想定しております。まだ世界で2番目に好きといえる相手はいません(笑)。
Kallさまへご迷惑をおかけしたお詫びもかねておりますが、楽しんでいただけたら幸いです。
そんなわけでここまで読んでくださってありがとうございました。




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おおおおおおお!!いい、実にいいっす!!そしてこういう夫婦像、もろ僕の理想(核爆)いくら年取っても恋人の付き合ってたころの気持ち忘れちゃダメですよね〜。もし、僕が結婚して奥さんからこういう約束事ならいくら作られてもいいな(誰も聞いてないって^^;)ところで、20代半ばのこの2人、やっぱりそのころには結婚してますよね〜この2人。実は僕もちょっとだけですが以前とあるサイトに寄贈した自分の作品で書いたこと有るんですよ〜。そのときは世界で二番目に好きな相手も出来てる設定(笑)でしたが、やっぱりこういう結婚して仲むつまじい夫婦像を想像して書きましたもん。
すーさま、ほんとうに素晴らしい作品どうもありがとうございました〜m(_ _)m