≪雨音≫


カシャン
一枚のレコードを取り上げた時、不意に何かが箱からすべり落ちた。
「あり?」
落ちた物を拾い上げる。それは、一本のカセットテープだった。


エスタ大統領官邸内のラグナの私室。
ラグナは、レインの遺品を引っ張り出していた。
レインの遺品は、ウィンヒルの人々が大事に保管してくれていた。
先日、ウィンヒルに出向いた際に、ラグナはすべてを引き取って来たのである。
しかし、いくら気ままな大統領といえども、さすがに魔女戦争終結後の事後処理を投げ出せるはずもなく 今日までダンボールを開ける機会がなかったのだ。
レインの遺品はダンボールでたったの十二箱。
それが二十数年と言う人生の短さに比例しているようで、悲しい。
ウィンヒルの、レインの遺品と、レインの家を管理してくれいていた初老の男性の言葉を思い出す。
「レインさんはな、自分が病気で長くないことを知って、自分ですべての片付けをしたんだよ。家もパブ
も・・・・・・。いつかあんたが引き取りに来るだろうから、渡して欲しいと頼まれてな。」
ラグナがレインの出産にも死にも立ち会えず、十七年間墓参りにも来なかった事を、責めも非難もせず、 老人は遺品を渡してくれた。
ダンボール箱の中身には、レインの洋服や生活用品など一切なかった。
レコードやCD、カセットテープや本、それにオーディオ関係のプレイヤーなどがほとんどであった。
それは、少し寂しかった。
「レインらしいよな・・・・・・。」
不意に、レインがよく口ずさんでいた歌が甦る。
一番、好きな歌よ。
そう言って笑った顔を思い出すと、あの歌が聞きたくてたまらなくなった。
自分も好きだった、あの歌。
レインは音楽が好きで、色々な音楽を自分の経営するパブで流していたものだ。
その為、たくさんのレコードやCDを持っており、遺品の半分ほどはそれで占められていた。
片っ端から、ダンボールの中を探す。
三つめの箱をゴソゴソと探していると、目当てのタイトルが目に飛び込んできた。
「おーっ。あった、あった。」
そのレコードを箱から取り上げた時、一本のカセットテープが床に落ちたのだった。
拾い上げたカセットテープに、ラグナは興味を引かれた。
「ん〜っ。何だコレ?おかしいなあ。」
カセットテープ自体は別に妙でも珍でもない。
現在では滅多にお目にかかれなくなってしまったが、二十年以上前の当時としては、どこにでも売ってあ った物だ。
では、何がおかしいのかと言うと、このテープには、ラベルが貼っていないのだ。カセットラベルにも、
何も記入されていない。
レインは、几帳面な性格で、カセットテープには必ずラベルを貼っていたし、カセットラベルにも必ず、
曲のタイトルを記入していたものだ。
現に、箱の中に納まっている他のカセットテープは全てそうだ。
「あやしいぞ〜っ。」
ラグナは普段、細かい事を気にしない。いや、大きな事でも気にしない性格だ。
ただ、一度気になると、納得がいくまでは気になって仕方がない。
どうしても、何が録音されているのかが知りたくなった。
しかし、ここは科学大国エスタ。性能のいいオーディオ機器はあっても、カセットテープを再生出来る様
な物はなかった。
「う〜ん。」
唸りながら、他のダンボール箱にふと目を留める。
そういえば、あの中に、そんなものがあるかもしれない。
先程見た時は、レコードプレイヤーとCDプレイヤーが目に付いた。
カセットテープが再生できるものもあるかもしれない。
今度は、そっちの箱をガサゴソ探る。
「おっ。やっぱりあったな〜。」
レコードプレイヤーの入った箱の隅に、小さな箱型のラジカセが入っていた。
古くはあるが、壊れているところはなさそうだし、これで大丈夫だろう。
そのままそこに座り込み、カセットテープをケースから取り出して、デッキに挿入する。
プレイボタンを押して、少し緊張しながら待った。
・・・・・・・・・何も、聞こえてこない。
ウィンドウを覗き込むと、テープは回っていなかった。
「何だよ〜、これ。やっぱ壊れてんのかあ?」
ラジカセを取り上げて、振ったり叩いたりするラグナ。
それで直るはずもないのだが、ついやってしまう。
とてもエスタの大統領とは思えない行動である。
しばらくそうしていると、突然部屋の扉が開いた。
「ちょっといいかね、ラグナ君。」
キロスとウォードである。
「・・・・・・・・・。」
「ラグナ君、ウォードが何をしているのか、聞きたそうだぞ。」
二人とも、床に座り込んでいるラグナを見て、呆れ顔だ。
ラグナはちょうどよかったとばかり、二人に助けを求めた。
「いいところに来たな〜。ちょっとこれが壊れてるみたいなんだけどさ〜、ウォード、直せねっかな?」
差し出されたラジカセを受け取ってウォードが調べ始める。
それをキロスも覗き込んでいたが、すぐにラグナに向き直った。
「ラグナ君、これはどこも壊れてなどいない。」
「え〜っ。でも、動かなかったんだぜ。」
「それはそうだろう。これは電池が入っていない、とウォードが言いたげだぞ。」
言われて、ラグナは頭を掻いた。
「な、なんだ〜。電池だな?」
ウォードの手から、ラジカセを受け取る。
「で、お前ら、何か用だったんじゃねーのか?」
ラグナは問い掛けたが、室内に入ってすぐに、レインの遺品を開けている事を見て取っていた二人は、首 を横に振った。
「いや、大した事ではないから、また後にしよう。では、私達はこれで失礼するよ。・・・それから、電
池をすぐに届けさせよう。」
「おっ、さんきゅー、さすがキロスだな〜。」
数分後、今度こそ電池もセットしたラジカセを前にして、またも少し緊張しながら、ラグナは静かにプレ
イボタンを押した。
プツプツという音に続いて流れてきたものは、思いもかけないものだった。


『〜〜〜〜〜かれさま。今日もありがとね。はい、ジュース。』
レイン!?
カセットデッキから流れてきた声は、間違いなくレインのものだった。
あまりの驚きに、呆然とする。
そんなラグナの驚きなど無視して、二十年以上前の自分の声が応えている。
『おっ、さんきゅー。』
『お酒が飲めないなんて、可哀想よねえ。』
『いっじゃねっかよ〜、別に。それにしても、今日は客が多かったなあ。』
『明日お休みだからね。こんな田舎じゃ他に娯楽もないし、お酒飲むのが唯一の楽しみ、っていう人が多 いのよ。』
目の前に、懐かしい光景が広がる。
ウィンヒルで暮らしていた頃。エルオーネの面倒を見て、村のモンスター退治をして、レインの経営する
パブを手伝っていた頃。
パブの手伝いが終わって、ラグナはジュース、レインはお酒を飲みながら交わしていた、何気ない会話。 レインが、録音していたのだろうか。
他愛もない会話が続いている。
少し歪んだ音の隙間から、レインの笑い声が聞こえる。
録音されていることなど、何も知らずに喋っているラグナが可笑しいのだろうか。
テープの中のレインは、ずっと笑っている。
目の前に、レインの笑顔が浮かんでくる様だった。
会話は続いている。
『な、なあ、レイン。』
『なあに?』
『その・・・結婚式なんだけど・・・・・・。』
『まーた、その話?もう、いいって、言ってるじゃない。』
『けど、やっぱりさ・・・・・・。それに、小さくてもいいからしてやれって、キロスもうるさいしさ。
俺もやっぱりしてやりたいっていうか・・・・・・。』
『だ・か・ら、いいの!私は指輪貰っただけで、充分嬉しかったんだから。』
テープの中のレインの声に、そう言ってくれた時の顔が重なった。
『んもー。しつこいわね。あ、そうだ、そんなに言うのなら、今しましょうよ。』
『今!?』
『そうよ。結婚式なんて、自分たちの気持ちが大切なんだから、別にどこでも、いつでも、できるじゃな
い?』
『そりゃ、そーだけど〜・・・・・・。』
『でしょ?だったらいいじゃない、ほら、手出して。』
ラグナの頭の中に、まるで映画でも見ている様にその時の光景が甦る。
言われるがままに、レインの手に自分の手を重ねるラグナ。
その目をじっと見つめて、レインが言った。
『汝、ラグナ・レウァールは、レイン・レオンハートを妻とし、病める時も、健やかなる時も、これを愛
し、これを守り、死が二人を別つまで、生涯愛し抜くことを誓いますか?』
美しい蒼い瞳に見つめられて、ラグナは緊張ながら答えた。
『はい。誓います。』
そのまま黙ってしまったラグナに、レインが笑う。
『ほら、今度は貴方が言って。』
『あ、ああ・・・えーと、汝、レイン・レオンハートは、ラグナ・レウァールを夫とし、えーっと、ヤメ
るときも〜、スコるときも〜・・・・・・。』
ラグナの言葉に、またレインの笑い声が重なる。
『健やかなる時も、よ。』
『だーっ。もう、なんでもいいじゃねっかよ〜。とにかく、誓いますかっ?』
ふふふ、という笑い声に続いて、穏やかな優しい声が響いた。
『・・・はい。誓います。』
『あーっ、緊張して足が攣りそうだ〜。』
ラグナの声にレインが呆れた様に応えている。
『もう、ラグナったら。だから結婚式なんて無理なのよ。えっと、じゃあ、指輪はもうはめてるから、次
は誓いの・・・。』


テープは、そこでブツッと切れていた。
テープが無くなったらしい。
頬に冷たいものを感じて、ラグナは自分の頬に手をやった。
いつのまにか、涙が零れていた。
久し振りに聞いたレインの声。
もう二度と聞けないと思っていた声。

そうだ、レイン、俺、誓ったんだよな。
愛しているよ。あの頃も、これまでも、今も。
だけど、俺は誓いを守れなかった。
お前を、守ってやれなかったな−−−−−−。

「何泣いてるの?しっかりしなさいよ。ラグナ、貴方、男でしょっ?」

不意に、レインの声が聞こえた様な気がして顔を上げた。
涙を拭うと、先程、探し当てたレコードジャケットが目に飛び込んできた。
レインが一番好きだと言っていた歌。
よく、口ずさんでいた、あの歌。
ラグナは立ち上がると、ダンボールの中身を取り出してセットを始めた。
ウィンヒルの、あのパブにあった、古ぼけたレコードプレイヤー。
作業が終わると、レコードをセットする。
レコードを傷付けないように、そっと針を下ろす。
椅子に腰を下ろして、静かに目を閉じた。
ウィンヒルのあの家で何度も聞いたイントロが、優しく、少し切なげに流れ出した。


レイン、俺は誓いを守れなかった。
お前を、守ってやれなかった。
だけど、愛しているよ。
あの頃も、これまでも、今も、そして、これからも−−−−−−。


END


<蛇足>
なぜタイトルが、≪雨音≫なのか?
それはずばり、「レインさんの声」ということで(爆)。
いや〜、ラグナさんでシリアスは難しい!!
今度は息子激ラブなパパの、明るい話なんか書きたいです。(←まだ書く気か!)

この作品にも、イメージソングがあります。大物デュオ、CHAGE&ASKAの「C-46」という曲です。
イメージソングというより、そのまんま・・・・・・。この曲からストーリーを起こしました。
設定とラストは違いますが(^^;
大好きなアーティストの大好きな曲で、こんな駄作を書いてしまい、更にそれをKallさんに押し付ける
始末・・・・・・。

という訳で、逃げます。ダッシュ!!




Kallの感想
シリアスラグナさん、お上手じゃないですか〜(感嘆)難しいといいながらここまで大人のみりき(笑)たっぷりの ラグナさん、なかなか書けませんよ〜、ええ。特に僕なんかまったくもって^^;(絶対にラグナさんを主役にすると シリアスじゃなくてギャグ路線が入ってしまうか、ほのぼのになってしまう)次回作品の息子激ラブなラグナ作品も 期待していますよ〜♪

ところで、予断ですが…途中でラグナさんが「健やかなる時も」を「スコるときも…」といい間違えているのには 爆笑です≧▽≦なるほど、確かにスコールなとき(黙って一人考え事をしてるようなとき)も人間にはありますからね(爆)