≪白想幻影≫


ドール。
かつての神聖帝国の名を残すこの街は、今は各国の富豪たちが別荘を構える高級リゾート地だ。
とは言っても、気候の温暖さや街の景観の良さから若者や家族連れにも親しまれ、割と手頃な値段で宿泊 できるホテルなどもある為、バラムには及ばないまでも観光地として人気が高い。
ドールへ向かうには陸路、海路共にあるが、何と言っても海路が発達している。
船舶所有者専用のプライベートハーバーから、もちろん一般の港湾施設まで、その充実ぶりは海のど真ん 中に位置すると言ってもよいフィッシャーマンズ・ホライズンを凌ぐ。
そのドールのパブリックポートのひとつに、到着したばかりの船があった。
まだ桟橋にタラップを下ろす作業をしているその船の甲板に、夕陽を浴びてひとり佇んでいる女性の姿が ある。周囲の乗客の目が、遠巻きにではあるが、その女性に釘付けになっていた。
整った細面の顔に、瑠璃色の瞳。細身の長身をアイボリーのツーピースに包んで、金色の髪を後頭部で束 ねて腰まで垂らしている。いかにも知性的な雰囲気のその女性は、かなりの美女だった。
船旅の後だというのに疲労の色もなく、海からの微風に髪をなぶらせている。夕陽の中に佇むその姿は、 まるで一枚の名画のようでもあった。
彼女を見慣れた人間でも、この光景には見惚れずにはいられなかっただろう。
女性の名は、キスティス・トゥリープと言う。まだ若いが、才色兼備の女性SeeDとして、各国首脳陣に名
を知られている女性だった。
下船許可が降りると、キスティスはいつも通りきびきびとした足取りで船を降りた。だが、船を降りてか
らそんな必要はないのだと気付いて自分で苦笑し、歩調を少し緩めた。
SeeDたちに春の休暇が申し渡されたのはもう一ヶ月以上も前のことだ。四月から五月にかけて、交代で二 日間だけではあるが、有休が与えられる。その連休を、キスティスは一人旅に使うことにしたのだった。 少し遠いが、予約したホテルまで歩いて行くことにする。リノアが教えてくれた山すそにあるホテルは、 景色が綺麗なことで有名らしい。リノアは最初、自分が頼んでおくから、父親の所有する別荘に泊まって はどうかと提案したのだ。しかし、友人との旅行ならともかく、一人で別荘に泊まるのは寂しい。結局謝 絶したキスティスにリノアが薦めてくれたホテルは、これまで何度かドールを訪れたことがあるキスティ スも、名前しか知らなかった。だがせっかくだからこれまで泊まったことがないホテルもいいかと予約を 入れたのだった。
ホテルはあまり大きくはないが、神聖ドール帝国時代の名残を残した重厚な建築様式で、外見の堅牢さに 比べて、内装は意外に明るく、雰囲気も良かった。
案内された部屋に足を踏み入れて、キスティスは思わず感嘆の声を上げた。
窓から、海とドールの街並が一望できるのだ。ちょうど夕陽が沈む直前で、赤く染まった海と街並みが、
えも言われぬ美しさだった。
「・・・・・・ドールの夕方ってこんなに綺麗だったのね・・・。」
そんな感想をもらして、キスティスはジャケットを脱いだ。
「さすがにちょっと疲れたわね。」
ノルマ分の仕事は昨日までできっちり片付けておいたというのに、今朝起きたら色々と気になることが出 てきて、結局休暇の初日を半分もつぶしてしまったのだった。その上、列車に比べると船旅は疲れる。
「とにかく今日は早めに休んで・・・・・・。」
荷物を簡単に片付けた頃に夕食が運ばれてきた。
一人旅も、友人たちとの旅行とはまた違っていいものだが、食事の時だけはさすがに寂しい。
もともとそんなに空腹だったわけでもないので食事は簡単にすませ、バスルームに入る。
シャワーを浴びてバスルームから出てくると、冷えたワインを片手に窓辺に座った。
ドールの夜景が窓いっぱいに広がっている。ガルバディア辺りと違ってけばけばしい電飾などは少なく、 街並の明かりが、派手さはないものの柔らかな夜景を描き出している。
しばらくそうしていると、ここのところほとんど休みらしい休みがなかったせいもあるのだろう、どっと
疲労感に襲われた。
それに無理して逆らおうとはせずベッドに入ると、キスティスはすぐに眠りに落ちていった。


翌日、キスティスはきっかり六時半に目を覚ました。
たまの休みなのだからもっとゆっくり寝ていればいいのにと、SeeD体質の抜け切らない自分に自分で呆れ る。もう少し眠ろうと目を閉じたが、なかなか眠気はやって来ない。何度か寝返りを繰り返した後、結局 諦めてベッドから起き出した。考えてみれば、昨夜は結構早い時間に眠りに就いたのだから、当然であっ た。シャワーを浴びると、窓に歩み寄って部屋のカーテンを開けた。
「あら・・・・・・!」
西向きの窓なので朝陽はあまり差し込んでこないが、朝陽を受けて輝く海面とドールの街並は、昨日の夕 景や夜景とはまた違って美しい。
窓を開けると爽やかな朝の空気が流れ込んでくる。
その空気を胸いっぱいに吸い込んでから、窓から離れようとした時、遠くの海岸が目に入ってきた。
「・・・思えばあれが全ての始まりよね。あれからもう一年経つのね・・・・・・。」
ちょうど一年ほど前、ここドールでSeeD実地試験が行われた時、上陸時と撤退時に利用した海岸である。 あれからしばらくの間は、スコールたちB班をしつこく追跡してきたX−ATM092(通称ブラックウィドウ) の残骸が残っていたが、今は跡形もなく片付けられていた。
世界中に衝撃を残した魔女戦争から、まもなく一年が経とうとしている。
世間一般においてその衝撃が和らいでからも、キスティスや仲間たちは立ち直ることに時間を要した。
リノアは魔女になったことで相当なものを背負わされたし、仲間たち、特にスコールは、そもそもティン
バーに派遣されたのが自分たちでなければリノアは魔女にならずにすんだのではないかと思い詰めた。 仲間たちのそんな苦しさを救ったのは、一番苦しい思いを抱えたはずのリノアとスコールだった。
おそらくお互いの存在によってそれぞれ答えを見出したのであろう。リノアの明るさとスコールの不器用
な優しさに、仲間たちは、それぞれの再会や出会いを悔やむことなく、心から喜ぶことが出来た。
思えば、ここでの実地試験でスコールたちが合格したことが全ての始まりだったかもしれない。
スコールたちが実地試験に合格し、SeeD就任パーティーがあり、彼らがティンバーに派遣されて、そこか ら魔女暗殺計画、そして魔女戦争へと繋がっていったのだ。
だが、どれだけ苦しい思いをしたとしても、キスティスはやはりこうなったことをよかったと思う。
あのまま幼い頃の思い出や仲間たちのこと、イデアのことも忘れたままだったよりは。
リノアを魔女にしてしまったことは、今でもどう悔やんでも悔やみきれないのだが、それでも一年の間に
仲間たちと過ごした日々はとても大切に思える。仲間たちとの再会やリノアとの出会いがなかった人生な ど、今では想像も出来なかった。
「色々あったわよね。」
ふふふ、と思わず笑みがこぼれる。この一年は、これまで過ごしてきた十八年と比べて大きく変化した。 魔女戦争終結後の事後処理。それが一段落した頃には、世界各地である宗教団体によるテロが続発して対 応に追われ、その討伐軍に部隊の指揮官として参加した。その事後処理が終わる頃には、世界各国からSe eDの依頼が絶えず、毎日忙しく働いた。教員免許も再取得した為ますます忙しくなったが、それでも不思 議と嫌気を覚えたことは一度としてなかった。
そして何よりの変化は、仲間たちと楽しく過ごす時間が出来たこと。忙しい中も、お祭り好きのセルフィ
やリノアが色々なことを企画して、仲間たちを楽しませた。
夏祭りや海水浴、学園祭、クリスマスやニューイヤーのカウントダウンパーテーィー、雪が降ったら雪合
戦をしたり、花見に行ったり、メンバーの誰かが誕生日を迎えたらパーティーをしたりした。
日常生活でも、みんなで食事をしたり飲み会をしたり、シュウやセルフィやリノアと買い物に出かけたり
することもあった。そんな毎日は、キスティスにはこれまであまり縁のないことで、最初は戸惑ったりも
したが、とても楽しかった。
そうやって、仕事もプライベートも充実した日々を過ごしてきたキスティスだったが、ただひとつだけ心
にかかることがあった。
半年近くも前から。
今回の一人旅は、その心にかかる場所への旅だった。


ドールから徒歩で小一時間ほどのところに、小さな村がある。
ウィンヒルに似た、風と緑のあふれる村。
その村から海へ下りることのできるなだらかな丘陵の途中に、一本の木蓮の樹が立っている。
バラムより少し寒いせいだろう。開花の時期が遅く、今、ちょうど白い花が満開だった。
その日。春の陽が少しだけ西に傾き始めた時間。
木蓮の花々の下にひとつの影があった。
細い長身にまとっているロングワンピースの黒と、背中に下ろされた長い髪の金色が対照的で美しい。
樹の下には、小さな墓石が立っていた。
【Sean Pendrell】
「ごめんなさい、遅くなって・・・・・・。」
金髪の女性、キスティスがそう言いながら持っていた白百合の花束を墓石に供えた。
ショーン・ペンドレルはキスティスと同期のSeeDだった男だ。多くの講義を共に学んだ学友でもある。
と言ってもキスティスよりは二歳年長で、十六歳の時にガーデンに入学し、一年足らずでSeeD試験を一発 合格したという俊秀だ。彼は、少し変わった人物だった。
ガーデンに入学した理由にしてからが変わっていた。そもそも十六歳という年齢で入学してくるのも珍し
いのだが、彼はSeeDや軍人になりたいわけではなく、ジャーナリスト志望だった。ティンバーに住んでい
る時に、ガルバディアの侵攻で両親を失くし、その後のレジスタンス狩りで二人の兄を失くしたというシ
ョーンは、その世界の在り方に疑問を持っていた。戦いにも疑問を抱いていた。情報統制によって世間一 般に知らされない事実があることに憤りを感じ、世論から世の中を変えていく為にも、ジャーナリストに なりたいのだと言っていた。
その考え自体は立派だとは思ったが、ガーデンで育ち、SeeDや軍人を真剣に目指す者たちに囲まれて育っ たキスティスは、初めは本気で腹立たしさを覚えずにはいられなかった。
なぜ、SeeDを目指すわけでもないのにガーデンに入学したのかと、詰め寄ったことがある。
彼は気負いもせず、かと言って卑屈になるわけでもなく、穏やかな口調で答えた。
『僕はひとつの考え方に凝り固まりたくはないんだ。多くの人に会い、多くの考え方に触れたいんだよ。
戦う側の人のこともちゃんと知っておきたい。それに、戦いそのものを否定するわけじゃないんだ。力は
大事なものだ。大切なものを守る為に必要な時もある。だからと言って、戦いが完全に正しいとも言えな いけれどね。強いものがより強い力を持つ時、悲劇が起こる。僕はそういう悲しいことが少しでも減らせ るように多くのことを学び、多くのものを見て、それを少しでも多くの人に知ってもらいたいんだよ。』
その答えは、キスティスの問いに対しては明確な回答というわけではなかったが、キスティスに衝撃を与 えた。ショーンは、ガーデンにいる同じ年齢の生徒やSeeDに比べて、とても大人びていた。キスティスは 知らず知らずのうちに、彼から多くのことを学んだ。
SeeDになってからも、時々同じ任務に就いたり、ガーデン内で会うことがあれば話すこともあった。
そしてSeeDになってからちょうど一年後、ドールでの任務にふたりで派遣された。
任務終了後、ドール側の不手際で任務完了書の発行が半日遅れ、そのままドールで半日の休暇を取ること になった。その時、話があるからとここに誘われたのだった。
この村は、ショーンが生まれ育った村だった。ティンバーよりも、ここの方が自分の故郷だと思うと目を
細めていた。
今とちょうど同じ頃、木蓮の花が咲き乱れていた。
『僕はこの任務を最後にSeeDを辞めることにした。』
まだ二十歳にも達していないのに、あっさりと言い切ったショーンに、キスティスは驚かされた。
『ティンバー・タイムズの記者として働くことになったんだ。正直、二十歳まではSeeDを続けるつもりだ
ったけれど・・・・・・せっかくのチャンスだからね。』
その頃のキスティスは、あれだけ望んでいたSeeDになったにも関わらず、自分でも理由の解らない焦燥感 と苛立ちに苛まれることが時々あった。
SeeDの任務で失敗したこともなく、上司や先輩から優秀だとの評価をもらい、それでも心を蝕むそれは、 今にして思えばSeeDになったことによって目の前に掲げるべき目標を失い、先の見えない自分自身の未来 への不安だったように思う。
そんなキスティスには、穏やかに、だが曇りのない真っ直ぐな瞳で話す彼は、尊敬できる眩しい存在であ ると共に、その焦燥感や苛立ちを一層掻き立てる存在にも映った。
『そう、素晴らしいわね。おめでとう。頑張ってね。私も早く、貴方みたいにひとりでも大丈夫な、しっ
かり生きていける、そんな立派な人間になりたいわ。』
半分は本気そう思っていた。だが、半分は内心の苛立ちをぶつけるように言ってしまっただろう。
おそらくそれに気付いたであろうショーンは、しかし怒らなかった。
『ひとりでも大丈夫なのが立派な人間なのかな?』
『だって、そうでしょう。』
『キスティスはいつも緊張しているね。』
前の会話からつながっていないような、わけの分からないその言葉はキスティスをますます苛立たせた。
『どういう意味?緊張なんかしていないわ。』
『気付いていないんだね。でもいいことだよ。そのままでいるといい。だけど、時々は肩の力を抜かなく
ちゃいけないよ。自分がぼろぼろになってしまうからね。・・・・・・キスティス、ひとりでも大丈夫な
のが立派な人間じゃないよ。君にも、きっと解る時が来る。その時、君は今以上に強く、素敵な人になっ
ているだろうね。』
彼の話は、キスティスには要領を得ないことも多く、この時もそうだった。
『何が言いたいの?話はそれ?それなら、私はもう戻るわ。』
怒ったように踵を返しかけたキスティスの腕を、ショーンが掴んで引き留めた。
『怒らせたかな?でも、まだ一番大事な話がすんでいないんだ。もう少し付き合って欲しいな。』
苛立ちを抑えきれずに、手を振り払って向き直ると、ショーンは静かに言った。
『僕は、君が好きだなんだ。』
予想もしていなかった言葉に、驚いて目を見開いたキスティスの瞳を、ショーンは照れもせず見返した。
『君に他に好きな人がいることは知っているけれどね。・・・・・・ひとつ年下の、とても綺麗な顔をし
ているけど無愛想な、ガンブレード使い。』
キスティスは、仲のいいシュウにすらそのことを話していなかった。どうして彼が知っているのかという
疑問と、たった少しの動揺が、彼にも伝わったらしい。
ショーンは、少しだけ笑った。
『僕はずっと君が好きだったからね。分かるんだ。』
『今日はね、君に予約を入れておこうと思って。』
またしても、言われた言葉の意味を掴み損ねて戸惑うキスティスに、ショーンは穏やかな口調で続けた。
『君はとても素敵な女性だし、これからもっと素敵な女性になるだろう。僕は、これからジャーナリスト
として世界中を飛び回る間、自分を磨いて、君に相応しい男になるように努力するよ。そしたら、もう一
度君に告白しに来るから、それまで他の誰の告白も受けないように、予約を入れておきたいんだ。』
それまでキスティスは多くの男性に告白を受けてきたが、こんな告白は初めてだった。
照れもせずに淡々と語るショーンの言葉に、キスティスの方が赤くなって俯く。
『・・・・・・どうしてそんなことがしれっと言えるの・・・?』
呟くように言った言葉に、彼はどんな顔をしただろうか。あの時顔を上げることが出来なかったキスティ
スには、二度と知ることは出来ない。
『しれっと言っているように見えるのかな?これでも、人生でこんなに緊張したことはないっていうくら
い、緊張しているんだけどね。ただ、恥ずかしくはないよ。自分が思っていることを正直に言うだけだか
ら。』
普通はそれをとても恥ずかしがる人が多いと思うが、ショーンは違ったようだ。
『最も、そんな約束で君を縛るつもりはないけれどね。だけど絶対、君が惚れ込むような男になるよ。』
普段、大言壮語を吐くことのない彼が、微笑と共に、相変わらず淡々と言ってのけた。
その後、一週間もしないうちに、彼はSeeDを辞めてガーデンを退学した。
ショーンはその言葉の通りに世界中を飛び回り、間もなく彼の記事がティンバー・タイムズに載るように
なった。彼の記事は、いつも冷静で事実に沿っており、なおかつ自分の考えもしっかりと埋め込まれてあ った。キスティスは、ショーンの記事は必ず読んだ。
彼はいつでも、正しく物事を見ようとしていた。様々な状況や多くの人の考えに触れ、それに足掻いても 溺れることはなかった。政府や軍隊にとって辛辣とも言える記事の多さのおかげで、彼は‘要注意人物’ とされたようだが、それでも彼は自分の考えを貫き通し、一年を経ずして有名な記者になった。
それほど忙しい中でも、ショーンは時々キスティスに連絡をくれた。
キスティスが教員という目標を見付けた時は、心から応援してくれたし、教員免許を取得した時には、喜 んでお祝いまで送ってくれたりした。
キスティスが教員免許を剥奪された時も、まるで知っていたかのように電話がかかってきた。
スコールに冷たくあしらわれて、落ち込んで部屋に戻った途端、電話が鳴ったのだ。
重苦しく教員免許の剥奪を告白したキスティスに、ショーンの口調はむしろのんびりしていた。
『僕はそれでいいと思うけどなあ。』
あまりの淡白な口調に、どう反応していいか分からなかったほどだ。
『キスティス、僕は君が未熟だとは思わないけれどね。ただ、君は何でもよく出来る。学生時代は成績優 秀だったし、SeeD試験だって教員免許試験だって、一発で合格した。だけどね、世の中そんな人間は稀な んだよ。君が完璧に近くたって、君に教わる生徒たちはそうじゃないんだ。一生懸命勉強しても、苦手科 目の単位を落としてしまったり、SeeD試験だって何回も落ちる子の方が多い。君は、そういう気持ちを理 解する機会を与えられたんだよ。そう思ったらどうかな。それが分かれば、キスティスならもっといい先 生になれる。教員免許は半年経てば再取得も出来るんだし、しばらくは教員という立場を離れて生徒と接 してみるのもいいと思うよ。』
ショーンの言葉は、いつもどこかキスティスに軽い怒りを覚えさせたが、それはいつも的を射ているから
だった。少し落ち着いてみれば、結局その通りだと納得する。この時の言葉も、キスティスには傷口に塩 を塗りこまれたように感じた。なまじ、スコールの冷徹さよりも堪えた。
それで、少々冷たい態度で電話を切ってしまったのだ。
しかししばらくすると、それが今の自分に一番あったアドバイスだったのだと解ったのだ。状況が落ち着
いたら、お礼を言おうと思っていた。
だが結局、ショーンと話したのはそれが最後になった。その後の魔女戦争を経て、キスティスはますます 忙しくなり、ショーンもジャーナリストとしての名が高まる一方で、なかなか連絡を取り合う時間がなか
ったのだ。
そして、例の宗教団体によるテロ騒動がひとまず落ち着いた頃、キスティスはひとりの男性の訪問を受け た。ショーンのジャーナリスト仲間だったという彼は、キスティスにショーンの死を告げた。
ガルバディアでの取材中に爆破テロに巻き込まれたらしい。報道で、怪我を負ったことは知っていたが、 その後病院で亡くなったということだった。
ショックで言葉を失くしたキスティスに、男は彼の遺品だと言ってジッポを渡した。
遺体は、ショーン自身の希望によって、ドール近郊の村の木蓮の樹の根元に葬られたという言葉と共に。 キスティスは、自分でも意外なほど大きなショックを受けた。そしてますます意外だったのは、それほど のショックにも関わらず、涙が一滴も出なかったこと。
しばらく経つと、最初のショックは薄らいだが、哀しみは増すばかりだった。
墓参しなければと思いつつ、なかなか行く気になれず、忙しさにかこつけて日を延ばし延ばしにした。
だが先日、ガーデンの中庭の木蓮の樹に、白い花が満開になっているのを見た瞬間、どうしても彼に会い たくなったのだ。
「やっと、来れたわ。」
呟くようにもれたその声は、寂しさと哀しみをないまぜにしながら墓石に落ちた。
それを感じ取ったように、木蓮の花が揺れる。
まるで、キスティスに語りかけるかのように。
「あんなこと言っておいて、さっさと死んじゃうなんてずるいわね。おかげで私、貴方以上のいい男を探
さなければならなくなったじゃないの。」
おどけるように言った声にも、哀しみが滲んでしまう。
無理に明るい声を作ることをやめ、キスティスは屈み込むと、その細い指先で墓石の名前をなぞった。
「色々、ありがとう。私ね、解ったのよ、貴方が言っていたこと。私、頑張らなきゃ、頑張らなきゃ、っ
ていつも肩肘はってたわ。それに気付いたの。貴方は、それを分かっていたのね。」
墓石の冷たい感触が、キスティスの言葉に応える。
「『ひとりでも大丈夫なのが立派な人間じゃない。』って言ってたことも、解ったの。大切な人がたくさ
ん出来たのよ。助けて、助けられて生きてるわ。ひとりじゃなくて、一緒に頑張って、休むことも覚えた
の。だから・・・・・・あの時貴方が言ったように、私、少しは強くて素敵な人間になれたかしらね?」
墓石に、不意に雫が零れ落ちた。自分の頬に手をやると、訃報を受けてからこれまで一度だって出てこな かった涙が流れていた。
「・・・木蓮の花・・・・・・綺麗ね・・・・・・。」
風は、いつの間にか止んでいる。
それでも、頭上の木蓮の花は微かに揺れていた。
涙を流すと、不思議と少しだけ、哀しみが和らいでいくような気がした。
キスティスは、木蓮の樹の下、静かに泣いた。
・・・・・・・・・どのくらいそこでそうしていただろうか。
涙は止まったものの、そこを去り難く思って立ち上がれずにいると、突然強い風が巻き上がってキスティ
スの髪をさらった。
見上げると、特徴のある赤い機体。エスタよりバラムガーデンに貸し出されている、ラグナロクだ。
村から少し離れたところに着陸すると、ハッチが開いて人影が飛び出してきた。
手を振っている人影は、セルフィとリノアだ。
「キスティス〜、迎えに来たで〜。」
驚いて立ち上がり、丘を半分ほど登ったところで、ふたりが駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「えへへ〜、驚いた?あのね、ドールでの任務があるチームを乗せてきたの。デリングシティで任務が終 わったスコールたちを迎えに行ってね。」
「それで、キスティス今日帰る予定やって聞いとったから。」
相変わらずのふたりの口調とその笑顔は、キスティスに不思議な温みをもたらした。
ふたりの笑顔に惹き込まれるかのようにキスティスの顔にも微笑が浮かぶ。
「そうだったの。ありがとう。一緒に帰るわ。」
いつものキリッとした印象とは違った、柔らかいキスティスの微笑に、リノアとセルフィは女ながらドキ
ッとさせられた。
「・・・今更だけど・・・キスティスって、ほんとに綺麗よね〜。髪下ろしてるとこ初めて見ちゃった。
ガーデンでもお休みの日とか、たまにはそうしてたらいいのに〜。」
「そのワンピースがまた、似合うとるよなあ。かえって色気あるっちゅーか、なんちゅーか・・・FCの
子たちが見たら鼻血吹くんちゃう?」
「「ね〜!」」
顔を見合わせて声まで合わせたふたりに、キスティスは苦笑した。
「もう、ふたりとも。じゃあ、帰りましょうか。私、あそこに荷物置いてるから、取って来るわ。先に戻
っててくれる?」
そこから見えるか見えないかのような、木蓮の根元の荷物を指し示す。
「一緒に持とっか?」
「いいの、荷物は少ないから大丈夫よ。先に行っててちょうだい。」
いつの間に降りたのか、ラグナロクの機体にスコールが寄りかかっている。
ゼルとアーヴァインはふたりで話し込んでいたが、キスティスが視線を向けると、笑いながら手を振って
きた。それに笑顔で応えると、リノアとセルフィに背を向けて再び丘を下った。
墓石の元にもう一度屈むと、しばらくそのまま木蓮の樹を仰ぐ。
麗らかな春の陽の光。雲ひとつない明るい青空。
柔らかく吹き抜ける、緑色に染まる風。咲き誇る、白い木蓮の花々。
それは、出逢った時から変わらなかったショーンと同じ優しさで、キスティスを包んでいた。
キスティスの端正な顔に、木蓮の花よりも美しい笑顔が咲いた。
その笑顔を見ることが出来たのは、そこにいたたったひとりの人物だけ。
キスティスはゆっくりと顔を墓石に近付けると、柔らかに接吻けた。
その一瞬、そこだけ時が止まった。
時が動き出すと、立ち上がって荷物を持って歩き出す。
三歩目を踏み出したところで、半分だけ振り返った。
「また、来るわね。」
そして今度こそ丘を下ろうとしたキスティスの目の前に、ふわりと白いものが舞った。
何かを感じたような気がして、思わず手のひらで受け止める。
それは、ひとひらの純白。
木蓮の花の、真っ白な花弁だった。
キスティスは木蓮の樹を見上げると、微笑んだ。
「ありがとう、ショーン。」
そしてその花弁を、壊れ物を扱う時よりも丁寧な手付きでハンカチに挟むと、もう振り返ることなく丘を
登った。
ショーンと共に、彼女にとても大切なことを教えてくれた仲間たちのもとに。
そして、明日からまた彼女を待っているであろう日常のもとに。
「さあ、また明日からお仕事頑張らなくっちゃね。」
急に、いつもの‘有能なSeeD’そして‘先生’であるキスティスに戻った表情の、彼女らしい言葉に、木
蓮の花がもう一度笑うように揺れた。


END


で、出来た・・・けど、けど・・・・・・ちっがーう!!
実はこの作品はKallさまのリクエストを頂いて書いた作品なのです。リクエストは「キスティス、春の一
人旅」だったのですが・・・・・・「キスティス、春の墓参り」になってしまいました(核爆)。観光と
か全然してないし(汗)。本当にお墓参りしただけ(滝汗)。こんなの旅じゃない・・・・・・。
この作品は、第一稿は自分で気に入らなかったので破棄し、第二稿は暗すぎたので改め、第三稿なんです ね。時間をかけた割にちょっと、ねえ。・・・・・・どうでしょうか?
ショーンはもともと、キスティスに素敵な恋人が出来て欲しいなと思い、そのうち書くつもりで想定して
いたキャラだったのですが、殺しちゃったよ!!気に入ってたキャラなのに。ショーン、ごめんね。
キスティス、そのうちいい恋人作ってあげるからね。ってことで、お許しください。

イメージソングは、小田和正氏の「言葉にできない」です。





Kallの感想
切ねぇ…切ねぇよ、ARSLANさんっT△T(感涙)ショーン、いいオリジナルキャラっす〜><
僕が女性で身近にショーンが居たら惚れてるな(笑)しかもキャラの性格だけじゃなくて、キスティスとの
関係の展開、最初は、同じSeeDを目指す優秀な先輩への尊敬。しかし、実は彼がSeeDが最終目標
じゃなくてジャーナリストが目標と知って問い詰めたときに感じた年齢だけではない大人なイメージへの憧れと興味、 そしてSeeDを辞める告白のときに、キスティスが自分の気持ちに気付かない(気付いたとして知らないふり?) でいた、一人の男性として意識した感情…そのすべてが最後の「ありがとう」にこめられてる…
(↑すいません、勝手に言いたい放題言ってしまってますね^^;・爆)
第三稿まで書いていただくほどに、難しいお題(ちなみに、僕が同じ「キスティスの一人旅」というお話をもらうと たぶん、ほのぼのな風景描いて終わってしまいそうです・爆)だったのに、本当にありがとうございました〜m(_ _)m