K
俺は物心ついたときから、もう一人だった。
皆、俺を忌み嫌った。
一人の方がいい。他の奴を思いやるなんて、煩わしいと思って
いた。
「まあ黒猫だわ!なんて不吉な!」
「この悪魔の使いめ!」
俺はいつものように大通りを歩いていただけなのに、 見知らぬ
人間に石を投げられ、追いかけまわされた。
裏路地に逃げ込み、なんとか人間達をまいた。
深々と積もる雪に、忘れかけていた感覚を足に覚えた。
走っているうちにどこかに引っ掛けたのか、ケガをしてしまっ
た。
(ケガしちまった。ちくしょう、痛ぇゾ)
そんな時、アンタに出会った。
「君 ケガしてるの!?大丈夫!?」
(なんだコイツ。)
「あ、いきなりごめんね。こんばんは、素敵なおチビさん。
まったく、ひどいことするよね。なにも悪いことしてないのに
。ただ黒猫ってだけで。
僕は絵描きをやっててね。 と言ってもあんまり売れないんだ
けど。
この近くの通りで絵を売ってて、なんか怒鳴り声が聞こえたか
ら。」
アンタは俺と目線の高さ合わせる様にしゃがんだ。
(ホントによく喋る奴だ。一体なんなんだコイツは。)
いままで俺にまともに話しかけてくる奴なんて居なかった。
ましてや言葉の通じない人間で そんな奴が居るなんて、信じ
られなかった。)
「…君には失礼かも知れないけど、僕と君はよく似てる。
僕の家においで、傷の手当てをしなきゃ。よいしょっ」
そう言ってアンタは俺の体をひょいと持ち上げた。
(やめてくれ!)
「あっ!待って!いじめたりしないよ!」
俺は一目散に逃げ出した――孤独と言う名の逃げ道から。
(もう追ってこねぇな。)
人間の感情なんて、一時的なもんだ。 所詮は気紛れなんだ。
どうせ黒猫の俺を、「カワイソー」なんて安直に思って 「優
しい自分」に酔ってるんだ。
(そんな憐れみ、まっぴらゴメン)
アンタは突然後ろから俺を背中からつかみ上げた。
俺は必死でジタバタ暴れた。
「ハイハイ、怒らないの。もう僕はお前を手当てしてやること
に決めたんだ。」
(妙なことになっちまった…。 でもコイツの腕…暖かいや。
)
腕の中でいつの間にか俺は眠りについてしまった。
ハッとして目が覚めた。
「あ、ホーリーナイト、今お前の寝顔書いてたんだ。ちょっと
の間じっとしててね。」
俺は一瞬 記憶と今の区別がつかなくなったが、すぐに正気に
戻った。
(そうか、俺は夢を見てたのか。ずいぶん昔のこと思い出しち
まったな。)
俺がボーっと窓の外を眺め眺めている、それを書くアンタ。そ
れがいつの間にか日常になっていた。
「あ、初雪!」
(おお!?)
「お前がここに来て見た初雪はこれで二回目だね。嬉しいのは
分かるけど、じっとしててね。」
一瞬かなり喜んだ自分を恥ずかしく思いながら、昔のことを思
い出した。
そうだな、アンタに出会う前までは、雪を嬉しく思ったことな
んてなかった。
降り積もっていく雪を見送りながら、俺はまた昔のことを思い
出した。
アンタは、名無しの俺に名前をくれた。
「君に名前をあげるよ、『ホーリーナイト』」
アンタはスケッチブックの端に書いてある、『Holy night』の
文字を指差しながら言った。
「黒き幸 ホーリーナイト。いい名前だろ?」
(ホーリーナイト か。気に入った。)
すきま風のはいる部屋だったけど、アンタとの暮らしは暖かく
て。
俺はアンタが大好きだった。
二人で一つの布団に眠った。
ケンカもした。
並んで雪を眺めた。
アンタの首の辺りに乗っかって、
「猫マフラー」なんてふざけたりしたこともあったな。
全部、一人じゃできないことだった。
いつまでも一緒に居たかった
それなのに
一緒に居たいと願った途端にそれが消えてしまうなんて
多分、栄養失調と何かの病気が重なったのだろう。
ロクに食べるものも食べないで いや、食べられなかったと言
った方が正しいだろうか。
アンタは急に倒れた。
医者に行く金もなく、アンタは弱っていった。
「ろくな世話もできなくてゴメンね…。」
(バカ!こんな時まで俺のことを…。それより自分の体の心配
を…。)
「ゲホッ!ゴホォッ!」
尋常じゃない咳をして、アンタは倒れこんだ。
(死なないでくれ お願いだから)
「もう目も霞んじゃって、よく見えないんだ。
ねえ ホーリーナイト。 最期に一つ頼んでいいかな。」
(お願いだから!最期なんて言うな!)
「走って、走って、この手紙を届けてくれ。
…夢を見て飛び出した僕を待つ、大切なヒトへ。
…頼んだよ。」
それがアンタの最期の言葉。そして最期の笑顔。
(不吉な黒猫の絵など売れるわけがない。
それでもアンタは俺だけ描いた。それ故アンタは冷たくなった
。
手紙は確かに受け取った)
雪の降る山道を、俺は歩いた。
足元の雪が踏まれてサク…とどこか寂しげな音を立てた。
(アンタと一緒に見た雪とは、どこか違うな。)
ゴツンと、頭に割りと大きな衝撃がきた。
「キャハハハ!黒猫だよ。悪魔の使者だ!やっつけるぞ!」
「やっちゃえー!」
ガキどもの投げる小石だった。
(『悪魔の使者』か なんとでも呼ぶがいいさ。俺には消えな
い名前があるから
『ホーリーナイト』 『聖なる夜』と呼んでくれた。
優しさも温もりも全てつめこんで、呼んでくれた。
この世の全てにさえ忌み嫌われた俺にも意味があるとするなら
きっと―…この日のために生まれてきたんだろう。
アンタとの約束だ。俺はどこまでも走るよ。)
風が吹いたら、手紙が飛ばないように走った。
雨が降ったら、手紙を濡らさないように走った。
心ない人間に石を投げられても、蹴られても、追い掛け回され
ても、俺は走った。
そして俺はやっと見つけた。あんたの故郷を。
(ここが…アンタの生まれた場所…
ここからは、山を下るだけ。…頑張れる。)
〈黒猫か… お前が居ると キットろくな事がないから 消え
てくれないかな…〉
ふと後ろに絶大な憎悪を感じ、振り返ろうとしたときに、
頭にゴスッという鈍い音が響き、俺は気絶した。
「ねえ あれ…。」
「ヤダ、黒猫!」
「さっき追い払ったんだけど、全然聞かなかったそうよ。」
「フン、生意気。黒猫のくせに。」
目が覚めると、体中に痛みが走った。
下を見ると、白い雪が自分の血で赤黒く染まっていた。
(…! 手紙…! こんなところで気絶しちまうなんて情けな
い。)
俺は手紙をサッとくわえなおした。
立ち上がろうとするが 体が言うことを聞かない。
足が支えきれない と言う風にガクガクと震え、
容赦なく流れ続ける血とともに体中の力が抜けるようだった。
(立て立て立て! 負けるか畜生!俺はホーリーナイトなんだ
から!)
俺は辿りついた。アンタの「大切なヒト」の家に。
俺は最期の力を振り絞って、カリカリと音を立てて家の扉をひ
っかいた。
「あら?誰か来たのかしら?ハーイ、今行きます!
どちら様です… わっ!大丈夫!?君、血だらけじゃ…。」
(ねえ 俺は、アンタとの約束 ちゃんと果たしたよ。)
「酷い事する人も居るものねぇ…。
ん、手紙?コレを私に?…あ!あの人からだ!」
“今まで音沙汰がなくて、すまなかった。
きっと君がこの手紙を読むときには、僕はこの世に居ないだろ
う。・・・
・・・ 最期に、この手紙を届けてくれた。猫、名前はホーリ
ーナイト。
ホーリーナイトを君が飼ってくれることを望む。
最期まで迷惑をかけっぱなしで本当にすまない。 ”
(俺はアンタの「大切なヒト」がちゃんと手紙を受け取ったの
を見届けたよ。
これで、俺もアンタのところに逝っていいんだな…。)
「――――あなたはいつもそうやって突っ走って…。
でも、あなたらしいわ…。
…ホーリーナイト君だっけ?お前もよく…。」
彼女は手紙から目をはずし、ホーリーナイトを見たが、
そこには永い眠りについたホーリーナイトの姿しかなかった。
「本当に…よく…頑張ったね…。」
血にまみれた体が、朝日に照らされてきれいに光った。
おそらく彼が生まれて初めて浴びた、優しい太陽の光。
絵描きの大切な人は、もう動かない猫の名に、
アルファベットを一つ名前に加えて、庭に埋めてやった。
「聖なる騎士」を埋めてやった。
END
あとがき
またBUMPの曲を小説にしたものです。コレ書くのにかかった時
間三時間半。
よくもまあこんなに集中力が続いたものだと自分で感心しまし
た。
この情熱を少しでも勉強に向ければ…。(笑)
「ワケわかんなーい。」という方に説明すると、
最初の名前、Holy nightのnightの部分の頭にタイトルの“K”
を加えると…。
Kallの感想
(T▽T)←感傷に浸っているのでしばらくお待ちください………
あ、どもKallです。FF小説ではありませんが小次郎さんから頂いた、バンプオブチキンの「K」という
曲の歌詞を、小次郎さんなりの物語りとして小説にされた作品(しかも初小説!)ですが…改めて文章にすると
悲しいですねぇこの曲のお話…うう、思わずUP作業でHTMLエディタで編集しながら涙ぐんでる自分がいたり…。
素晴らしい作品、ありがとうございました〜m(_ _)m
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