<天体観測>
時計の針はまもなく午前2時を指そうとしていた。日中は呆れるような暑さだったが、夜になって
気温は下がり、涼しい風が頬を通り過ぎて行く。待ち合わせ場所であるバラムガーデンの入り口に到着した
スコールは、肩に担いでいた大きな物をゆっくりと下ろし、相手の到着を待った。心地よい虫の音以外、特に
耳に入ってくるものはない。このままでは手で持てないからとベルトに結びつけてきたラジオを手に取り、電源を
そっと入れると、ちょうど天気予報が流れてきた。どうやら今夜いっぱい、雨は降らないらしい。壁に寄りかかって
夜空を見上げ、スコールはゆっくりと微笑んだ。
時計に目をやると、ちょうど午前2時になったばかりだった。不意に、自分が来た方向からパタパタと音がして、
スコールはそちらに目をやった。水色の服を着て黒い髪をなびかせながら走ってくるのは、まぎれもなくリノアだ。
しかし、その手には大きなバッグが握られている。星を見に行くだけにしては、あまりに不釣合いな大きさだった。
「おまたせ〜!よいしょっと。」
抱えてきたバッグをリノアが地面に下ろす。
「そのバッグ、いったい何が入ってるんだ?」
「え?あ、これ?おなかが空いた時のお菓子でしょ?蚊に刺されないための虫除けスプレーでしょ?
足元真っ暗でも困らないように懐中電灯と、それから地面に寝転がる時、汚れないようにビニールシートと…」
そう言いながら楽しそうに指折り数えるリノアを見て、スコールは思わず失笑した。
「ちょっと星を見に行くだけだぞ?そんな大げさな荷物を持ってこなくたって…」
「ふ〜ん、スコールだって人のコト言えないんじゃない?そこに置いてあるの、天体望遠鏡でしょ?
『ちょっと』星を見に行くにしては大げさだと思うんだけどなぁ〜?」
首を傾けて上目遣いに覗き込む姿は昔のままだ。
「これはガーデンの資材置き場にあったのを持ってきただけだ。」
「そうですかね〜。ま、いっか。さ、行こ行こ♪」
たわいない話をしながら歩いていると、あっという間にバラム海岸へ着いた。寄せては返す波はとても穏やかで、
まるで2人の気持ちを反映しているかのようだった。リノアが用意してきたシートを広げたので、スコールはその上
に望遠鏡を置いた。腰を落ち着けたところで、天体観測が始まった。
「わぁ〜、星がいっぱい見える。晴れてて良かった〜。」
シートに大の字で寝転びながらリノアがつぶやいた。スコールは腰を下ろしたまま手を後方につく格好で空を見た。
「ねぇねぇ!あそこの星、何て言うのかな?すっごい光っててキレイ!なんか三角形みたい!」
リノアが指差しているあたりには3つの星がさん然と輝いている。
「あれは『夏の大三角形』と呼ばれる星だ。一番上にあるのが琴座のべガ、左下が白鳥座のデネブだ。
右下に見えるのが、わし座のアルタイル。いわゆる彦星ってヤツだ。直径は太陽の1.7倍もあるんだぞ。」
「え〜!?あんなに小さく見えるのに、そんなに大きいの!?」
「かなり離れてるからな。地球から17光年離れてる。」
「よく知ってるね。」
「ママ先生の受け売りだけどな。昔…孤児院にいた時、みんなと一緒によく見てた。」
「そっか、だから知ってるんだ。」
「そういうことだ。星の話の続き…知りたいか?」
「うん、知りたい!」
「じゃ、続けるぞ。」
「はーい、スコール先生♪」
「一番上に見える琴座のベガは、全体で4番目に明るい星だ。だからあの3つの中でも一番光って見えるだろ?
青いダイヤモンドと呼ばれたりする美しい星だ。望遠鏡で見るとキレイなのが良く分かるぞ。」
「ホント!?見たい見たい!」
そう叫ぶと同時に、さっきまで寝そべっていたリノアは跳ね起きた。
彼女の要求に応えるため、スコールはベガがはっきりと見えるように位置とピントを合わせた。そして、自らが
座っていた位置を右側にずらし、望遠鏡の正面にリノアを座らせた。
「わぁ〜、本当に青く見える…まるで宝石みたい…」
望遠鏡を覗いているリノアの口から感嘆の言葉がもれる。
「だろ?こっちは織姫星として有名だな。でも、地球の歳差運動のために12000年後には天の北極の近くに
移動して、北極星として輝くようになる。」
「はい、先生!質問!ベガってここからどれくらい離れてるの?」
望遠鏡から目を離し、スコールの方に向き直ったリノアが右手を勢いよく挙げて言った。
「25光年だ。」
「25光年…ってコトは、光が地球に届くまでに25年かかるの!?」
「そういうことになるな。」
「……あ、じゃあさ、スコールの誕生日にまた見に来よう?」
「え?」
「スコールが生まれた日のベガの光、一緒に見ようよ!」
「悪くないな。」
「やった〜♪今度はお菓子じゃなくてお弁当作ってくるね!」
「それ、ちゃんと食べれるの……イテっ!」
からかい終わるよりも先に、リノアの右手がスコールの腹部を直撃した。
「食べれます〜!もう『手先の器用さは絶望的』なリノアちゃんは卒業したんだから!」
「そうなのか?そう言えば、腹パンチは強度が増したな…アーヴァインが今これを受けたら失神するぞ。」
「まだ何か言った?」
「…何でもない。」
これ以上は自分の身を危険にさらす…そう思ったスコールは、抵抗を断念した。
「うーん、スコールに色々と教えてもらっちゃったし…私も何か…あ、スコール、七夕伝説って知ってる?」
「彦星と織姫の話か?昔聞いたけど、ハッキリとは覚えてない。」
「じゃあ、私が聞かせてあげるから聞いててね!」
夜空に輝く天の川のほとりに、天帝(天の神様)の娘で、 織姫と呼ばれる美しい天女が住んでいました。
織姫は、父の言いつけを守って、毎日機織りに精を出していました。
天帝は娘の働きぶりに感心して、 「お前はよく働くから、いいお婿さんを見つけてあげよう。」と言って、
天の川の反対側に住んでいる働き者の彦星という牛飼いの青年と結婚させることにしました。
こうして織姫と彦星は、新しい生活を始めました。
しかし、結婚してからの織姫は毎日遊んでばかり。機織りをすっかりやめてしまったのです。
彦星も、牛が逃げても気づかずに織姫と遊ぶのに夢中です。 天帝も最初のうちは大目にみていましたが、
いつまでもそんな有様が続いたので、すっかり腹を立ててしまい、2人の所へ行くと、
「お前たちは最近怠けてばかりではないか。やっぱり元のように別々のところに置こう」 と言いました。
そして、織姫と彦星は再び引き離されてしまったのです。
2人は、川を隔てて、遠くを眺めるだけで、会うことは出来ません。
織姫は泣きながら機を織り、彦星は牛の番をしながら涙をこぼしました。
それを見た天帝は、「かわいそうだから、1年に1度だけ、会えるようにしてあげよう。」
と、7月7日、七夕の夜にだけ、2人が会うことを許してあげました。
七夕の晩になると、カササギという鳥がたくさん飛んできて、天の川の上にずらりと並んで、
ちょうど橋のようになります。 織姫と彦星は、その橋を渡って、1年に1度だけ出会って遊ぶのだそうです…
「…と、こんな感じかな?」
「よく覚えてるな…さすが、本好きだけはある。」
「こういうお話、好きなんだ。だってロマンチックじゃない?」
「確かに、ロ〜〜マンチックだ。」
「それ、サイファーの真似…?」
「そうかもしれない。」
「……あんまり…似てない。」
クスッと笑われ、スコールは恥ずかしさのあまり眉をひそめた。
「悪かったな。」
「ゴメン。笑うつもりはなかったの!でも、スコールがまさかそんなことすると思わなかったから…」
口元がまだ笑っている。笑っているというよりは、必死に笑いをこらえているといった感じだ。
スコールの眉間のしわがますます深みを増したところで、リノアが空を見上げて言った。
「ねぇ、スコール。わたしとスコールがこうやっていつも一緒にいるの、織姫と彦星は見てるかな?」
「見えてるさ…もしかすると、嫉妬してるかもしれないな。」
「じゃ、もっと見せつけちゃお〜っと♪」
そう言うと、リノアはスコールの腕にしがみつき、頭を彼の肩にもたれかけた。
「おい…」
嫌そうな科白を吐いていても、顔は正直。照れ笑いを浮かべながら、スコールはリノアの方に目をやった。
「でも、1年に1度しか会えないんだね…」
再び空を見上げてリノアがつぶやく。
「お互いが生きていれば会えるんだ。1年に1度だけだとしても、会えないよりはいいさ。」
「それはそうだけど…わたしだったら、きっと我慢できないな。
ね、スコールだったらどうする?もし、1年に1度しか会えなかったら。
それも、7月7日に雨が降っちゃったら。」
「そうだな…飛空艇で飛んでいく。」
「飛空艇がなかったら?」
「泳いででも行くさ。」
「いくらスコールが泳ぐの上手でも溺れちゃうんじゃない?」
「それはない。俺はSeeDだ。それに…あの時、宇宙でも死ななかったんだ。」
「リノアだって知ってるだろ?」
「そうだね。じゃあ、わたしは天の川の端で、スコールが無事に来るの、待ってるね。」
「あぁ。…ん?」
頬に冷たさを感じて見上げると、あんなに晴れていた空はいつの間にか曇り、たくさんの雨粒が
我先にと地上に落下してきていた。
(雨…?)
今夜いっぱいは降らないだなんて、予報ハズレもいいところだな。そんな予報で良いのなら、俺にだって
出来るぞ。そう思いながら、スコールは眉間にしわを寄せて空を睨みつけた。
「だーいじょうぶ!わたし、傘持ってきたから!リノアちゃん、ダテに大きなバッグは持ってきてません♪」
得意そうな笑みを浮かべたリノアだったが、脇に置いたバッグをゴソゴソとやり始めるやいなや、唇が
すぐさま『へ』の字にゆがんでしまった。
「…あれ!?ない、ない!どうしよう!?置いてきちゃったのかな…」
そうこうしている間にも、雨足はいっそう強まり、止みそうな気配は全く無い。
「仕方ない、もう戻ろう。荷物を持ったらガーデンまで走るぞ。」
スコールは望遠鏡を担ぎ、荷物をまとめたリノアの手を取ると、ガーデンの方へ駆け出した。
カードリーダーをせわしく通過し、2人は乱れた呼吸を整えようと必死になった。髪からはひっきりなしに
雫が落ち、床を濡らしている。呼吸が規則的になってきたのを見計らってスコールがリノアの方に目をやると、
瞳が潤んでいた。いくら濡れたとはいえ、どうやら雨のせいではないらしい。
「どうした?」
「ゴメンね。わたしがちゃんと傘持ってきてたら、こんな濡れたりしなかったのに。」
「気にするな。天気予報だって今夜は雨は降らないって言ってたんだ。リノアのせいじゃない。
それに…夏だからな。濡れたおかげで涼しくてちょうど良い。」
「ちょっと無理してない?」
「してない。」
「そうですかねぇ〜?」
「そうだ。」
「…ありがとう、スコール。でも、ホントにゴメンね。」
胸の前で両手を合わせて申し訳なさそうにするリノアに、スコールは微笑みながらうなずいた。
「明日、晴れるかな?織姫と彦星、会えるかな?」
「晴れるさ。リノアが明日の夜までに77個てるてる坊主作ったら…な。」
「ホント!?頑張って作らなきゃ!」
「(本当に作る気なのか?)じゃあ今日はもう遅いから、寝た方がいい。」
「うん。」
「よし、行くぞ。」
両手で望遠鏡を肩に担いで先に1人で歩き出したスコールの背中に、後ろから声が降ってきた。
「ねぇ、スコール。わたし、このバッグ片手で持てるんだけど。」
「…は?」
「スコールも、さっきそれ片手で持って走ってたよね?」
「何だよ?」
「右手がさみしいなぁ〜って。」
「…?」
なおも困惑するスコールにしびれを切らしたのか、リノアは唇をとがらせて言った。
「もう、スコールの鈍感!手つないで帰ろうって言いたいの!」
「…悪かった。でも、腹の探り合いは苦手なんだ。今度からはハッキリ言ってくれ。」
「ふつう、女の子に『手をつなぎたい』だなんて言わせないでしょ?それに…もう何年も一緒にいるんだから!
それくらい気づいてよね!」
「ごもっとも…」
さっきまでしょげていたかと思えば、今度はむくれだした。リノアは本当に表情をクルクル変える。空模様の
予測が難しいのと同じように、リノアが次にどんな表情をするかは、スコールでさえも予測できないかもしれない。
スコールは革製のグローブをはずし、望遠鏡を右肩に乗せると、左手を後方に差し出した。
その手を、バッグを左肩にかけたリノアが右手でしっかりと握る。二人はゆっくりと寮へと歩き始めた。
女子寮の入り口までリノアを送った後、スコールは濡れた望遠鏡を片手に自室へと戻り、眠りについた。
「あ、おはよう、スコール!ほらほら、外見て!晴れてるよ!」
「今のところはな…でも、昼過ぎからはどうなるか分からない。」
「大丈夫、夜までには間に合うもん♪」
「もしかして、本当に作ってるのか!?」
「うん!だって、1年に1度だもん!会わせてあげたいじゃない?」
スコールはそこの短冊に願い事書いて!よーし、あと48個…頑張るぞ〜!!」
冗談に決まってるだろ…?喉まで出かかったその言葉を、スコールはゆっくりと飲み込んだ。
漆黒の空に キラキラ輝く天の川
大地に落ちる天の川の雫を集め
織女の織る美しい布にも似た短冊に願いを込めて
水鏡に映る 揺れる天の川
今宵 2人が逢えますように…
END
<後書き>
いや〜、久々に書きました。1人称か、セリフメインの小説しか書いたことがなかったので、今回は
スキルアップを兼ねて、視点はスコールでもリノアでもない3人称+情景描写を取り入れてみました。
読んですぐに気づくと思いますが、イメージソングはバンチキの『天体観測』です。天体観測、七夕、
そしてスコールの誕生日と、夏ネタをふんだんに盛り込んだら、逆に盛り込みすぎたという感じもする
のですが…アニキ、リクエストにはお答えできているでしょうか??
もう片方のリクエストも書きますので、完成したら読んでくださいませm(_ _)m
Kallの感想
まずは、UPが遅れてすいませ〜んm(_ _)mK2さんより頂いたスコリノ天体観測ネタです^^
仕事で忙殺されてた8月末、これ頂いたときはホント感謝感激雨あられモノでした。めっちゃ癒されました。
そして、深夜に思わず窓から夜空眺めてましたよ(笑@皆さん、やるときは蚊に刺されぬようご用心を←数箇所刺されたヤツ)
そうそう、途中の天文学ネタ、七夕のお話と夏の大三角形(中学とかの理科で習ったはずですよ、皆さん。僕も調べて思い出した
ので強くはいえませんが・爆)のネタとか事実の資料に基づいていることは掲示板のカキコでK2さんもおっしゃってましたが…
そういうのって大事っすよ。物語にリアリティ持たすには、一般常識からそういうトリビアなもの(違?)までしっかりと
裏づけして書くと、このようにいい小説になりますよっていうお手本っす♪
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