平成24年5月30日

 

広島地方裁判所 御

原 告 黒 木 秀 尚  

 

1 私は地元上下町で整形外科リハビリテーションクリニックを開業している医師です。この地域で12年間、医師をしています。府中市地域医療再生計画は、地域住民との合意がないまま、医療圏が全く異なる2つの病院を縮小再編統合する計画ですが、北市民病院は旧甲奴郡、神石郡中山間医療過疎地域唯一の中核病院で、無くてはならない病院です。縮小されると地域住民は健康と命の保証がなくなり、安心して住めなくなるため地域が衰退し、やがては故郷が崩壊する危険性が高くなることに関する医学的意見を述べさせていただきます。

2 北市民病院のある地域は、中山間地域であり、高齢化地域です。それはイコール、地域住民が病気や怪我をする割合が高く、しかも症状が急変しやすい地域ということです。車以外の交通手段はほとんどありません。医師などの医療資源の確保も容易ではありません。このため、北市民病院の外来、入院患者の90%以上を占める旧甲奴郡、神石郡という非常に広域な医療圏の中に、開業施設が6施設しかなく、精神科医を除く常勤医師密度も1平方キロメートル当たり0.028人と極端に少ない、医療不足地域です。

  降雪地帯でもあります。都市部(旧府中市)への移動には車で片道1時間もかかります。標高差は約360メートル、冬場は山を下る道路が凍結をします。

  私の患者さんのほとんどは地域住民の方々です。調査をしてみたところ、3週間の調査期間中に来院された患者さんの81.4%が旧甲奴郡、神石郡の住民でした。そして66.7%(272名/408名中)が75歳以上、後期高齢者で、さらに、その68.4%(186名/272名中)は、自力で車を運転して通院できず、送迎が必要とのことでした。

  こうした多くの高齢者の方々が、お互いの地域患者の往来が2%弱で歴史的にも医療圏が全く異なる都市部の旧府中市まで通院するのは無理です。

3 北市民病院は、地域医療を支える中核自治体病院として、かけがいのない機能を果たしてきました。高齢者の入院患者が80%以上を占め、骨折、肺炎、炎症性疾患、悪性腫瘍、脳梗塞、などの疾病で入院や手術をする方々がたくさんいます。平成21年度までの3年間の入院患者総数は2482名です。病床の利用率は毎年90パーセントを超えています。平成21年度と平成22年度の2年間に救急車で搬入された患者は414名、手術患者は364名です。平成21年度1年間だけでも、救急患者の診療は1760名もあります。20名を超える透析患者が通っている病院でもあります。

  非常に需要が高く、利用率も高い病院であることは誰の目にも明らかです。

  これだけの病院に常勤医が5名しかいなかったわけですから、医師が減らされては立ち行かなくなってしまう、医療関係者には一目瞭然、医療関係者でなくとも、容易におわかりになると思います。

4 ところが、今回の独法化・病院統合により、常勤医5名のうち外科医1名が都市部の病院に配置転換されました。中山間地域の医療を犠牲にして、都市部の病院に医師が増員されたのです。一般病床も35床まで減らされました。

  府中市は、平成23年11月から、産育休看護師が生じることが分かっているにもかかわらず、縮小ありきで地域住民と病院内部からの要望を無視して看護師募集は許可しませんでした。そのため一般病床数を52床から40床に縮小して運用せざるを得ませんでした。その結果は、顕著です。平成21年4月から平成23年10月末までの2年7か月の間、北市民病院が消防署へ報告した満床報告日数は0日でした。しかし、40床に縮小された後、平成24年3月末までの6か月間だけで、10日間にもなりました。さらに、35床に縮小された平成24年4月だけで、わずか1か月の間に、満床報告日数は7日間にもなりました。平均在院日数をぎりぎりの15.6日に短縮しても病床数が足らないことは明らかです。当然、救急車の受け入れは制限されます。平成21年4月から平成23年10月までの搬入件数は月平均16.1件でした。これが、平成23年11月以降は11.8件となり、4.3件も減りました。平成24年4月以降は、もっと酷い数字になります。救える命も救うことのできない病院にされてしまったのです。

  現在は、常勤外科医がいませんので、年間70件以上、実施されていた外科手術もできなくなっています。術後管理もままならない非常勤の体制では、外科手術はできない、というのが今の医療の常識だからです。合併症の多い透析患者の容態が急変した場合には、すぐに対応できるよう、常勤外科医が管理をしていましたが、その体制も崩され、何かあっても救急処置が間に合うかどうかわからない状態です。一般外科救急患者の受け入れについても、常勤外科医がいないのですから、当然、相当な制限を受けています。

  52床で運用されていた平成22年度には、1日平均で45.2床の病床が利用されていました。現在の35床では、1日あたり10.2床の入院需要が満たせません。年間3723床が不足します。入院患者1人あたりの平均入院日数が22日ですから、年間に169名もの急性期患者が入院できなくなるわけです。この先、団塊の世代が高齢化します。人口動態を基に推計しても、今後10年間に約1600名もの急性期患者が入院できません。まさに、医療難民化してしまいます。

5 地元で診療を行いながら、いつも、今の北市民病院の状況が頭から離れることがありません。考えるほどに、本当に、身も凍るような気持ちになります。常勤外科医もおらず、ベッドの空きも期待できない。「この患者の症状が重篤化した場合、うつ手はあるのだろうか」、「目の前で今は微笑んでいるこのおばあちゃん、おじいちゃんたち達は、この先、病気になったら、いったいどこに行かされるのか、行くことができるのだろうか」と、暗たんたる気持ちになります。

  北市民病院の医師と看護師はもっと大変です。夜勤を繰り返し、過労状態で働き、神経を削りながら、入院患者を早く退院させることばかり考えなければならない、利用者からの不満や苦情をストレートに受けるのは現場の医師と医療スタッフです。現状では、彼らがどんなに頑張っても、医療需要に応えることは不可能ですし、質や安全を維持し続けることも困難です。地域住民との協議も合意も全くないまま病床数、医師数、診療科目を減らして診療所化する、最悪の結末が見えてきます。また独法化後も、事務職員は公務員のままで市からの出向であるため、非公務員に格下げになった医療職との仲間意識が薄れてきています。

  何も考えていないか、初めから診療所化を狙っているのでなければ、こんな不公平で、不条理な施策は、実行できるはずがありません。  

6 私は、裁判や法律には門外漢です。

  けれども、人の命や身体、健康は何よりも重い、これは私たち医師の職業倫理であるだけでなく、この国では、どこに住んでいても、どんな業界でも、最低限、守られなければならない約束だと信じています。

  今回のような不条理な行政の施策は、何としても改善、是正されなければなりません。どうか裁判官の皆様、当該地域の要である北市民病院が住民の総意である病床数85床、常勤医師6名以上、市の直営で地域のニーズに応じた機能を維持することで、地域住民が安心して住める状態に戻し、国の基盤である地域と故郷を守ることで日本という国を守るためにも、旧甲奴郡、神石郡の弱き住民に対してお力添えを宜しくお願いいたします。

                         以上です。