地方独立行政法人府中北市民病院に求められる地域医療提供体制(統合1年後の実情から) 平成25年7月20日

府中北市民病院診療圏域に必要な地域医療提供体制―地方独立行政法人府中市病院機構発足1年の状況を加味した提言-        平成25714  

      黒木整形外科リハビリテーションクリニック  院長  医学博士 黒木 秀尚

はじめに

 医療は教育などの社会的共通資本と同様、弱い人間が地球上に誕生してから今日まで集団で人間としての社会生活を営み今日のように繁栄するために必須のものである事は歴史が証明している。医療の基本理念は「弱者救済」、「命より大切なものはない」、「命は絶対平等で、命に格差があってはならない」であり、公共性、公益性の観点からも医療に経済的観念を持ち込んではならない。しかし人間は時に間違いを犯すことがあることから、医療においても医療関係者が尊い医療の理念を遵守するためと、人間として自らを規制するために世界医師会総会リスボン宣言で「すべての人は、差別なしに適切な良質の医療を継続して受ける権利を有するという患者の権利を保障し、医師は、自らの良心に従い、常に患者の最善の利益のために行動すべきであると同時に、それと同等の努力を患者の自律性と正義を保証するために払わねばならない。医師および医療従事者、または医療組織は、この権利を認識し、擁護していくうえでの共同の責任を担っている。法律、政府の措置、あるいはいかなる行政や慣例であろうとも、患者の権利を保障ないし回復させる適切な手段を講じるべきである」と定めている。また世界の医師が遵守すべき医師憲章として下記の基本3原則を掲げている。すなわち①患者の利益追求(患者の利益優先。市場、社会、管理者からの圧力に屈してはならない)、②患者の自立性(医師は患者の自己決定権を尊重する)③社会正義(医師は、医療における不平等性や差別を排除するために、積極的に活動する社会的責任を持つ)である。以上の観点から府中市地域医療再生計画は中山間医療不足地域の医療資源を赤字という経済的な理由で医療資源の潤沢な都市部に奪っていき医療の理念に反した根本的に間違っている計画といえる。すなわち当計画を容認している医師だけでなくこの医療計画に関係したすべての人々、医療組織、行政組織、議会、首長は今一度医療の原点に立ち戻って計画を考え直さなければならない。また府中市地域医療再生計画は公立病院改革ガイドラインを基に作成されているが、自治体病院府中北市民病院と非自治体病院であるJA府中総合病院を統合対象とした全国でもあまり例がない再編統合計画で、さらに広島県で初めて地方独立行政法人化したことと、具体的な事業内容、原価計算、事業採算等の説明が全くない事から実験的な計画ともいえる。すなわちこの計画は一言で表現すれば「医療の理念に反し、弱者に犠牲を強いる実験的な計画」といえる。いずれにしても当計画が広島県地域医療再生計画を協議する場で認可されたことが間違っている。最初のスタートラインに戻って医療の理念に即した真の地域医療再生計画になるよう再協議をすべきである。

次に人間として最低限上記の医療理念に即して物事を判断しなければならないという観点のもとに具体的な資料をもとにした意見を述べさせていただきます。

(1)  統合前の府中北市民病院の実績から判断した地域医療提供体制

平成23年度府中北市民病院診療圏域に必要とされる地域医療提供体制に関しては、平成24年1月26日広島県知事への要望書に明記しており、府中市、広島大学医学部、広島県と府中地区医師会にも同じ要望を提言しているので、このホームページ上のリンク先である「広島県知事への要望書」を参照してください。 

(2)地方独立行政法人府中市病院機構後1年間の実績から判断した地域医療提供体制

平成2441日府中市は地域住民の声を全く無視して国の施策である公立病院改革ガイドラインに即した地方独立行政法人府中市病院機構を強行発足させました。府中市のいう大義名分は「赤字と医師不足を解消して2病院を残すため」というものでしたが、平成2111月にこの府中地域医療提供体制計画が公表されてから今までに具体的な事業内容、原価計算、事業採算等の説明と政策情報公開が全くありませんでした。また地域住民との協議と合意も全くありませんでした。そのため府中北市民病院診療圏域の旧甲奴郡、神石郡地域住民は中山間医療不足地域唯一の救急中核病院である府中北市民病院が、当計画の役割分担どおりかかりつけ医的な日常診療と、入院は都市部の後方支援病院とするこの計画によって長年先人の汗と涙の努力で構築されていた既存の「命と健康の保証が」無くなり、地域の宝を子孫に伝えられないため地域が崩壊するのではないかという切迫した危機感を抱きました。それで命の絶対平等と医療の地域格差防止を求める住民運動を4年にわたって継続しています。

 さて、上下町と旧府中市の病院が経営統合し府中市病院機構となって13か月が経ちました。先に述べた府中市の目標が達成出来ているのでしょうか。逆に当計画によって縮小された府中北市民病院は赤字額も増え、さまざまの形で弊害が多発して病院崩壊が始まっているのではないのでしょうか。一般的に経営効率化のため地方独立行政法人化された縮小病院の赤字額が増加していけば、廃止か民間移譲が待っています。民間移譲の場合指定管理者化が最も可能性がありますが、そうなると不採算医療は必ず制限されますから今以上に地域の医療ニーズに合わない不十分な医療機能の病院になってしまいます。その結果府中北市民病院の場合中山間医療不足地域唯一の救急中核病院としての機能が無くなり、安心安全に住めなくなるため地域が寂れ限界集落化に拍車がかかり地域(故郷)が崩壊します。

 統合前の平成2210月に地域医療を守る会総会が上下町民会館で開催された折、地域住民は下記の事柄を危惧しました。すなわち①救急入院が出来なくなり遠方の病院に搬送される。たらい回しの可能性も大きく重症者は死亡する。②基本的な手術も出来なくなる。不便な遠方の病院に紹介となる。③医師、看護師は少ない人数で過重労働(過労死)となり、辞めていく可能性が大きい。④病院職員は大幅にリストラされる。⑤病院の経営が益々苦しくなりさらなる縮小化(診療所)の可能性が大きくなる。⑥中、長期的には安心安全に住めなくなるため地域は衰退崩壊する。しかし悲惨なことに中、長期的な危惧を除いたこれらの危惧はことごとく的中しました。府中北市民病院の一般病床数は52床から一気に35床まで縮小され、常勤外科医師が府中市民病院に配置転換となったため常勤医師数が4名に減少しました。看護師は平成23年度11月から3名の産育休看護師が発生しましたが府中市が看護師募集を禁止していたので、夜勤をする看護師の過重労働が発生し平成253月に2名の夜勤看護師が離職しました。平成247月から看護師募集を許可しましたが非公務員型のため応募がほとんどないのが現状です。平成24年日本看護協会も一般病棟の看護師の1か月当たりの夜勤時間数と離職率との間には正の相関があったと調査結果を公表しています。さらに平成254月からは内科常勤医師がさらに1名減となり常勤医師数はわずか3名となっています。府中北市民病院は既に崩壊しているといえます。

 これから平成24年度の府中北市民病院の実績を述べていきます。平成24年度の外来患者数は延べ47,450人でその地域別内訳は上下町67%、甲奴町15%、神石高原町12%で合計96%となり、統合前と同じく府中北市民病院の診療圏は旧甲奴郡、神石郡であることと、多くの患者が利用する需要が多い病院であることが分かります。また平成24年度の入院延べ患者数は20,454人で、その地域別内訳は上下町58%、甲奴町16%、神石高原町16%で合計92%となり、外来患者同様地域別患者割合は統合前と同じです。一般病棟入院患者数は669人(病床利用率89.1%)で病床数が一気に17床縮小されても縮小前平成22年度の700人と比べても遜色はなく需要が多い病院ということが再認識できます。しかし少ない病床数で多くの需要を満たすために一般病棟施設基準13対1で認可平均在院日数の24日が15.0日と極端に短く医師、看護師の過重労働が発生しています。救急車搬入件数は154件、拒否件数は28件で、内訳は福山消防117件(拒否件数12件)、備北消防37件(拒否件数16件)でした。常勤医師1人当たりの救急車搬入件数は38.5件となり、平成21年度の40.3件(242/6人)と比べ遜色がなく救急の需要も多いことが分かります。手術件数も整形外科医師1名で90件と例年通りで需要が多いことが分かります。ただし外科は常勤医師がいないため9件にとどまっています。以上のように府中北市民病院診療圏域には需要が多く、適切な機能と規模が維持されれば黒字化の可能性が高い地域といえます。

 統合前府中北市民病院の一般病床一日平均利用数は45.1床で10年後の平成32年も人口動態推計から44.2床必要であることは医学的に証明されています。そのため平成24年度から一般病床が35床に縮小されると年間169人の患者が入院出来ず医療難民となることが予測されました。府中北市民病院の医療地域連携は歴史的、地理的、文化的に世羅中央病院か三次中央病院です。そこで世羅中央病院への上下町、甲奴町、吉舎町住民の患者動向を調査したところ、外来患者数は縮小前の平成22年度が676人でしたが、平成24年度は1583人に増加し増加率は2.34倍でした。同じく入院患者数は51人から109人に増加し2.14倍でした。救急車搬入件数は17人から50人に増加し2.94倍でした。そのうちCPA患者が0人から2人に増加していました。上下町住民だけの世羅中央病院への患者動向は外来患者数は約3.5倍、入院患者数は約9.8倍、救急車搬入患者数は0人から26人に増加していましたがCPA患者はありませんでした。三次中央病院へ上下町の患者動向は外来、救急患者数は例年通りでしたが、入院患者数は65件から87件と1.34倍増加していました。念のため御調総合病院も調査をお願いしましたが、例年通りで増加はありませんでした。いずれにしても多くの患者が医療難民化して止む無く世羅中央病院や三次中央病院に行っていることが医療機関の調査からも判明しました。

 病院収益は医師・看護師数、病床数が縮小されたため当然減少し平成24年度の赤字は地方交付税補てん前で29000万円に増加しました。おおざっぱにいうと統合前に比べ1か月当たり約1000万円赤字が増加している状況です。統合前は平成21年度の決算が1900万円の赤字、22年度が92万円の赤字でしたが、平成21年度から国の不採算地域医療に対する特別交付税9800万円が府中北市民病院にも認可され、全額繰り入れられていれば余裕の黒字経営でした。それが縮小された平成23年度には1億3800万円の赤字に増大し、平成24年度は補てん前の額で2億9800万円と赤字が増大しています。以上のことから統合後も府中北市民病院は旧甲奴郡、神石郡中山間医療不足地域唯一の救急中核病院であり、需要が多いことから、経営的にも85床常勤医師数6名以上、公務員型が妥当であることが実証されました。すなわち府中市が無理やり2病院を統合縮小したために黒字化が可能であった病院がたった1年間で崩壊してしまったのです。

 府中北市民病院診療圏域で実際に発生した弊害事例を調査したところ、産育休看護師問題で一般病床数が52床から40床へ縮小された平成2311月から多くの弊害が発生していました。内容別では救急車受け入れ困難で拒否され困った、急性期一般入院患者受け入れ困難、時間外救急を診てもらえない、早期退院を迫られる、一般外科救急患者受け入れ困難(まむし咬傷等)、一般外科手術が困難なため遠方の病院で手術、乳がん検診が無くなった、透析患者の不安、医師・看護師の過重労働、多忙と過労のための公共医療サービス・接遇の低下、職員の将来に対する不安の増大、離職、地元で最期を迎えることが出来ない、遠方の病院への通院が大変(精神的、身体的、経済的)、診てもらえないという風評被害発生、職員の家族も過重労働が発生、医療の地域格差が発生(命と健康の保証が無くなるので安心安全に住めない)と多岐に及んでいます。また直接弊害を訴える地域住民は地域柄少ないのですが、聞き取り調査を行うと平成24年4月から11月中旬まで黒木クリニックを受診した患者の中から無作為に抽出した約360名に縮小されてからの弊害を聞き取り調査したところ、155名(43%)の人が縮小されてからの弊害を体験したり聞いたりしていました。水面下で多くの弊害が発生していることが分かります。

中山間地域では高齢者が多いため病気や怪我になりやすく急変しやすい特徴があります。広域で交通過疎地域でもあり自分で車を運転して遠方の病院まで行くことが出来ない交通弱者も多いのが実情です。都市部の府中地域と中山間過疎地域の上下地域、すなわち救急車で1時間以上かかる生活圏域・診療圏域の全く異なる2つの地域を同じ地域とみなしている点が根本的に間違っています。そして東京23区の面積に匹敵する診療圏域600Km2の中に診療所がわずか6施設しかなく医師密度も1平方キロメートルあたり0.028人と超医療不足のため、中核病院がないと診療所も機能しない状況下にある中山間医療不足地域のなけなしの医師、看護師を先の役割分担に応じて医療資源の豊富な都市部の病院に配置転換する当計画は医療の理念、医の倫理、人の道理・社会の道理に反する行政主導の間違った地域医療再生計画です。また中山間過疎地域は求人困難地域でもあり、病院が非公務員型になると医師はもとより看護職員及び医療職員の人員確保が非常に困難な状況に陥るという実態もあります。以上のことから広島県の無医地区の77%が集中する中山間医療不足地域・府中北市民病院診療圏域に求められる地域医療提供体制は、統合前と同じく病床数85床、常勤医師数6人、市の直営公務員型が必要であると結論づけられる。

newpage32.htmlへのリンク