平成25年11月15日更新

現在 本 販売部数:2738冊

CDROM販売数:687枚

署名数:1621名

(前回更新時販売数19年1月2326冊)

(前回署名数1621名)

 

民亊裁判官 堕落は以下の

四つが元凶ということが

わかりました。

 

これが日本の民事裁判(官)の実態。

平成5年からしつこく裁判を続け、20年民亊裁判堕落の原因がどこにあるか求め、

やっと元凶が四つあることがわかった。

民法や民事訴訟法など民事関連法は、すべて正しいことを行うために法が定めているものと国民は信じ、裁判に訴えれば、裁判官は法に基づいて正しい判決が出るものと信じ、生きていたが、裁判をやればやるほど、これはウソだということがわかった。

現実は、裁判官が法に反した裁判、判決をまき散らしても、裁判・裁判官を管理監督している最高裁、国(法務省)はこれら違法な裁判・裁判官を指導・処罰することはないばかりでなく、違法な裁判・判決を行った裁判官を庇護・保護していることがわかった

以下、この事実を広く世間に訴え、子供、孫たちのため、我々が善良な国民が損をしない民事裁判を実現しなければならない。

 

民事裁判を堕落させている四つの元凶

 

第1 虚偽・偽証を行った人間を訴えたら、ウソを訴えた方が悪いという判決を二人の裁判官が行った。

 

1.      証人・本人尋問を行うとき、裁判官は必ず、証人に宣誓の趣旨を説明し虚偽の陳述をした場合の制裁を告げ、「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、また、何事も付け加えないことを誓います。」と宣誓書を読みあげさせ、誓いをさせ、署名をさせたのだから虚偽・偽証に対する制裁を行えと訴えたが、虚偽・偽証(ウソ)を行った被告中国塗料(東証一部上場船舶塗料トップメーカー)及び被告山崎義美中国塗料総務部長らを訴えたら、虚偽・偽証(ウソ)を言った人間より、訴えた方が悪いという判決を広島地裁、第1部1E係衣斐瑞穂裁判官(平成25年4月1日最高裁調査官に栄転)が同年8月28日に民事第3部3C係上田賀代裁判官(4月1日京都地裁に転勤)が同年9月5日それぞれ裁判史上最も勇気ある悪のため、歴史に残る判決を行った。

これから控訴審が広島高裁民事第2部、第4部で行われるが、仲間の裁判官仲間を庇う高裁も期待することはできないだろうが、2倍の上告費用を払い上告する最高裁も、訴えた人間の方が悪いという判決を出すことができるのか、徹底的に戦うこととした。何度でも、虚偽・偽証(ウソ)を行った人間より、訴えた人間の方が悪いとするのか、何度でも再審を訴え続けることとした。

2.      この事件は、知的財産高等裁判所(以下、知財高裁という)第3代所長中野哲弘及び現知財高裁第2部総括塩月秀平が2年4カ月も行った裁判で、中国塗料及び総務部長山崎義美らが行った虚偽・偽証(ウソ)の事実が判決によって証明されたので、虚偽・偽証を訴えたが、前記裁判官らが何も審議らしい審議も行わず、たった4回で結審し、前記の判決を行った。

3.      証人又は本人尋問を受けることになれば、善良な市民ならば、裁判官に「虚偽を陳述した場合、制裁を行う、良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、また、何事も付け加えないことを誓います。」という宣誓書を読まされたら、ウソを言うことはできない。

平気でウソを言える者は、証人尋問でいくら虚偽・偽証を行っても、裁判官が制裁を与えることはないということを熟知している弁護士から証人・本人尋問では、いくらウソを言ってもかまわない、ウソを言っても裁判官は、制裁を行うことはないから、どんなウソを行ってもかまわないと入れ知恵を受けた者か、予めこのことを知っている者だけである。

4.      私が訴えた被告中国塗料船舶塗料に関するシステム(以下、「船舶情報管理システム」という)裁判は、大阪地方裁判所(平成19年(ワ)第11502号事件)、知的財産高等裁判所(平成20年(ネ)第10064号事件)で、被告中国塗料総務部長山崎義美は、陳述書、証人尋問で、控訴人が子会社に出されて昭和60年から一人で「船舶情報管理システム」の開発・運営に取り組んでいたことを熟知しながら、平成22年8月6日付「陳述書」で @被告中国塗料は、控訴人に「船舶情報管理システム」の開発をさせていない、 A控訴人が開発したという「船舶情報管理システム」は、被告中国塗料には存在しないという虚偽主張をしつこくぶれることなく、終始一貫行なった。

また平成22年10月22日の証人尋問では、 @原告はプロジェクトの事務局的で、プログラムの開発者ではないという偽証、 Aプロジェクトが存在したという偽証、 B「信友、中国塗料技研」にはプログラム開発者はいなかったという偽証、 C船舶情報管理システムを開発したのは田中電機工業だという偽証、 DNECに2000万円程度で開発させたという偽証、 ENECシステムとIBMシステム(原告開発)とは関係がないという偽証、 FIBMシステム、NECシステムを廃棄したという偽証、 G中国塗料船舶情報管理システムは市販されているという偽証、 H船舶情報管理システムは創作性がない、一般的なアイデアだという偽証、 I「船舶情報管理システム」が開発されたのは平成2年だという偽証を行った。

5.      過去、民事裁判ではウソを言って処罰された者はいないということを聞き、真実かどうか突き止めるため中国塗料の虚偽、偽証教唆、総務部長山崎義美の証人尋問での偽証を訴えたら、やはり訴えた方が悪いという判決だった。控訴人が予想した通り訴えた方が悪いという判決だった。私は大勝利だと思っている。

最高裁も、地裁、高裁どおりとして、私の上告を却下できるのだろうか。

最高裁が地裁、高裁判決を擁護すれば、再審を何度でも訴えてやる。

6.      事裁判は訴えられた被告が裁判費用を払うことはない、訴えた人間が裁判費用ばかりでなく、被控訴人の虚偽・偽証を虚偽・偽証だと証明しなければならない。

アメリカでは訴えられた側に証明責任があるが、日本では訴えた側に証明責任があり、被告の虚偽・偽証(ウソ)を虚偽・偽証(ウソ)だと証明しなければならない。

被告は虚偽・偽証をいくら行っても金も、労力もかからないが、訴えた者は、被告の虚偽・偽証を証明しようとすれば費用も、労力も、時間もかかる。まして訴えた方が悪いという判決が出れば、原告は控訴料も、上告料も払い、訴え続けなければならない。

7.      平成25年8月28日衣斐瑞穂裁判官判決も、平成25年(5月9日)9月5日上田賀代裁判官らは、いずれも被告は刑事事件として処罰を受けていないから、違法にはならないとしたが、原告が訴えたのは、裁判官が法廷で制裁を行う、良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、また、何事も付け加えないと被告証人に誓わせたものだから、刑法169条での有罪判決とは関係はない。

あくまでも民亊裁判官が証人に、ウソを言った場合は制裁するからウソをつかないよう宣誓させ、署名させ行った尋問であるから、ウソを言った場合は、処罰するのは民事裁判官の問題で、刑事事件の問題ではない。

私は過去、被告中国塗料代表取締役、藤原三彦及び加藤正二両名を偽証罪で平成11年2月15日広島地検に告訴したが、広島地検は民事裁判の法廷での偽証は、民事裁判官が処理するものだと受理しなかった。

 広島地裁判決を受け、私は受理されないことを承知で再度広島地検に中国塗料総務部長山崎義美偽証罪で告訴することとする。また中国塗料を偽証教唆、共同謀議で、控訴審が開始するまでには告訴状を広島地検に提出するよう努め、控訴審に証拠として提出する。

8.      裁判官は高い給料をもらい、悪のため、裁判を行っているが、こんな民事裁判の国は世界にはない。国民が何もできないと思い込んでいるから、こんな裁判官ばかりがまかり通る民事裁判官の国になってしまった。

悪貨は良貨を駆逐する、朱に染まれば赤くなるというが、まったく悪にまみれた我国裁判官たちには、善良な国民のため、裁判・判決を行うなどの意識は全くなくなってしまった。困ったもんだ。

9.      平成5年から20年も民事裁判に取り組んでいる私がこれで良いのかと徹底的に訴え続けることとした。どうか一人でも多くの人が私の取り組みに賛同し、応援してください。

 

第2 裁判官が故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた判決を行っても、裁判官に責任はない。国が賠償するもの。」という最高裁判例は、裁判官を堕落させているもので許されない。

 

1.      知財高裁「中野哲弘第3代所長」、第2部総括裁判長「塩月秀平」らは2年4か月14回も裁判(口頭弁論・弁論準備・証人・本人尋問など)を延々と行い、判決は、一度も審議しなかった「子会社の発意(命令)」に原告が開発したものだから著作権は子会社のものという大阪地裁判決どおりだった。

2.      年金生活者で平成5年から31年勤めた会社にだまされ、裁判を続け、蓄えも、マンションも、退職金も、ゴルフ場会員権も売り、裁判を続けている私を裁判のたびに東京に出向き、弁護士との打合せなどで371日間も東京で生活を強いられた。

3.      大阪地裁はたった4回の口頭弁論で結審し、職務命令の下に私が開発したものだから著作権は子会社のものだという判決だった。

4.      相手の中国塗料は、「私に開発させていない、私が開発したというシステムは中国塗料には存在しない」という主張を取り下げていない状況では、子会社命令(発意)の下に開発されたという「職務著作」判決はありえない。

5.      控訴審で事実、「会社命令(発意)」があったか、私が開発したものが中国塗料にないのかを確認すべきだろうと訴えた。

6.      子会社(役員、休眠会社では代表取締役)では、開発は私一人で、代表取締役(雇用者)も社員(被雇用者)も同一人では、「会社命令(発意)」が存在しない状況で、職務著作が成立するかどうか十分審議するよう訴えた控訴審だった。

7.      しかし、控訴審は2年4か月14回も裁判を行いながら、裁判官達(中野哲弘も塩月秀平)は、ただの一度も審議を行わないだけでなく、一言も「職務著作、発意(命令)」について発言することはなかった。

8.      こんなバカとしか言いようのないお粗末、呆れる判決を行った「中野哲弘、塩月秀平」ら二人に無駄な裁判のたびに広島から東京に出向いた費用、東京での371日間の生活費など費用12,393,425円の内金500万円を国家公務員の職権乱用による加害行為を原因とした賠償請求を平成23年1025日東京地裁に訴えた。

9.      私の訴えに中野哲弘第3代知財高裁所長は、私の上告に平成24年2月28日、最高裁が私の上告を棄却した平成24年2月28日、「裁判官が、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた判決は、国が賠償するもので、裁判官に責任はない。」という回答書を出し、12日後に知財高裁所長を退任し、日本大学法科大学院教授に天下った。

 支援者の中には、中野哲弘所長は、私が訴えたから2年足らずで退職したのだという人もいる。

10. 国賠償判決もこの答弁書のとおりで終わった。このような呆れる裁判・判決を行っても、恥ずかしいと感じなくなった裁判官たちは哀れとしか言いようがない。

11. 控訴審、上告審を行っても費用が掛かるばかりだから控訴はやめて、判決を出した村上正敏裁判長裁判官に国賠償10万円、裁判費用1千円の裁判を起こし、金をかけず裁判を続けている。

12. 中野第3代所長には危険予知感覚が全くないとしか言いようがない。腐っても日本を代表する第3代知的財産高等裁判所所長である。私はこの答弁書をチラシにして日本大学法科大学院に出向き配る予定だ。大学院教授である中野哲弘教授には、その影響を考えることができなかったようだ。法科大学院教授としてまた元第3代知財高裁所長として恥ずかしいだけでは済まないだろう。

 

第3 究極の堕落は、最高裁上告棄却定文。

判決は、事実も間違っている、法令にも違反しているのだから、もう一度裁判をやってくださいと、地裁の倍の費用をかけ最高裁に上告したら、「事実誤認、単なる法令反を主張するものだから、上告の事由にならない。」という棄却定文で何十年も却下決定を行っている。

 最高裁は、下級裁判所裁判官たちに「事実誤認、法令違反判決をいくらやってもかまわないと促している。」。

こんな最高裁が民事裁判の頂点にあるような国は他にあるのだろうか。最高裁は、「事実誤認、法令違反判決を行ってはならない。」と下級裁判所裁判官たち徹底的に指導・管理し、世界に恥ずかしくない民事裁判を実現しなければならない。

 

1.     私が上告を最初に行ったのは、自作本「阿修羅になったヤス―日本のきしみと悲鳴が聞こえる」を出版し、中国塗料が本と私を訴えた名誉棄損罪を不起訴処分にし、民事裁判の負けた汚名晴らし、再審請求を行った際に最高裁から届いたのが、この棄却文だった。

2.     そこで、私は裁判所前でこの棄却文の顛末をパネル板に貼ったところ、私のところに来た文章と同じだという人たちから、これが最高裁の上告棄却定文だということを知った。

3.     私を応援してくれる弁護士の先生に意見を聞いたら、最高裁だからどうしようもないだろうと言われ、この棄却定文を変えるには市民が訴えることしかないと確信した。

4.     その後も上告を行う度に、また特別抗告を出す度に、この定文が届く。

5.     今も、最高裁に訴えると、「事実誤認、単なる法令違反を主張するものだから、上告の事由に当たらない。」と棄却定文が届くが、理解できない。

6.     最高裁が上告などを受け付ける際、「事実誤認、単なる法令違反」は最高裁は受理しませんと伝えることなく、上告料を取っているのは、詐欺以外の何ものでもない。

7.     これでは裁判官はいくら「事実誤認、法令違反」判決を行っても良いことになる。この棄却定文ほど、社会常識、社会良識に反するものはない。

8.     最高裁に「事実誤認、法令違反」の根絶をはかるよう求める。

 

第4 裁判所、裁判官は脅しに弱い。

被告に脅されたら文書提出命令をひっこめ、被告を勝訴させた。こんなことが信じられるだろうか。こんなことでは、国民の信頼は得られない。

 

1.      第3代知財高裁所長だった中野裁判長は、私の裁判(第2回口頭弁論)で、中国塗料に、「控訴人に対する「船舶情報管理システム」又は「船舶塗料に関するデータベース」に関するプログラム開発・製作又は運営を依頼の有無(業務上の指示を含む)、依頼ないし指示の具体的内容、当該プログラムの開発・製作・運営の経緯および完成の有無、甲22〜38(控訴人が主張する船舶情報管理システムの内容を示す書類)について、当該書類又はこれに該当するシステムないしプログラムについての認識の有無、これらと上記1のシステムとの関係、甲39〜70(控訴人から被控訴人関係部署宛文書・一覧表は甲38)の各文書について、受領の有無及び当該書面作成の趣旨(上記1における依頼ないし指示の存在を前提に)被控訴人において現在使用している「船舶情報管理システム」(平成8年9月に日本電気株式会社に発注、平成9年3月及び6月納品)の発注の経緯及び内容、控訴人の開発・製作・運営したプログラムと被控訴人において現在稼動しているシステムとの対応関係の有無及びその理由」 等について、「釈明命令」を発令し回答を求めた。

2.      中国塗料は、平成21年2月26日準備書面Uで、「釈明命令」に対し、「控訴人に対して「船舶情報管理システム」又は「船舶塗料に関するデータベース」関するプログラム開発・製作または運営を依頼した事実はない。田中電機工業株式会社の協力を得て、1990年(平成2年)に一応の完成を見て被控訴人に納入された事実はある。この過程における控訴人の関与の有無・程度については、控訴人の知るところではない。信友に業務委託した本システムの開発は、田中電機工業株式会社の協力を得て、1990年(平成2年)に一応の完成を見て被控訴人に納入された事実はある。この過程における控訴人の関与の有無・程度については、控訴人の知るところではない。釈明命令の趣旨に沿うべくその受領の有無を確認するため、原本を被控訴人の社内および倉庫を探すも、保存期間経過により廃棄処分されたものと思われ、見つからなかったので、回答不能である。控訴人が開発・製作又は、運営したと主張するプログラムと、被控訴人において現在稼動しているシステムとの対応関係はなく、控訴人が開発したと主張する「船舶情報管理システム」なるものは、被控訴人内には存在しない。と回答した。

3.      この回答に、私や私の弁護士は証拠類を提出し、厳しく文書提出を求め、裁判長も私たちの主張を受け入れ、中国塗料に対し、文書提出を求めた。

4.      中国塗料は文書提出に抵抗したが、結局裁判長の求めに応じ文書の提出を行ったが、提出されたものは、事実とはことならうデッチアゲばかりだった。

5.      私たちは中国塗料が出したデッチアゲ資料を全て暴き、事実の文書の提出を求めたら、中国塗料は、平成22年3月18日「求釈明申立書」なるものを提出し、「裁判所は、不適法と思われる控訴人の主張を野放しにするばかりか、控訴人の主張にただただ盲目的にしたがっている。このような弁論主義に悖る訴訟指揮に被控訴人は異議を唱えてきたのは至極当然のことである。 遺憾ながら、御庁は、この異議を黙殺し、控訴人の求釈明をすべて受け入れるかのごとく、被控訴人に対して、根拠も明らかにすることなく、NECが被控訴人の受注に基づき作成した「船舶情報システム」に係る資料の提出等を求め続けているが、被控訴人としては「第2」に掲げる諸事項が明らかにされないことには、これ以上は応ずるか否かについての検討すらでき兼ねる。」という文書で裁判所を脅し、その後は、一切の文書提出を拒否した。

6.      真実を糾明する裁判で、このような裁判所に対する脅しで文書提出を拒否した中国塗料を勝訴させることはありえないと信じたが、裁判所は私の訴えを却下した。

7.      このような裁判が尋常であろうか、裁判所は中国塗料の何を恐れているのだろうか、いくらお金を貰ってこのような判決を出したのだろうか、聞いてみたい。

 

こんな民事裁判を堕落させている元凶を取り除かねば、民事裁判はよくならない。

 

以下は、原告平成13年以来配っているチラシで訴えている民事裁判堕落の構造的原因である。ぜひ読んでいただきたい。

裁判官は、法律に違反して判決を書くのは当然。

勝たす者を決めて裁判をやっている。 

強い者、大きい者が正しいと判決する。 

個人や弱い者に正義は通用しない。 

良い裁判官に当たるのは宝くじと同じ。 

判決は、裁判官次第で変わる。 

民事裁判では勝てる方程式は、無い。 

提出された証拠類も、読まず、審査せず、証人申請も、理由も無く却下する。 

ウソを言っても、咎めようとしない、ウソがわかっていても正しいとする。 

判決は、自分のため、訴えた者のためではない。 

判決に対し、無責任・気楽だと書いた裁判官もいた。 

弱い個人には控訴・上告・再審はない。今の民事裁判は一審制、一審判決がすべて。 

控訴してもすぐに結審・判決する。 

間違った判決を変えない(裁判官仲間主義)。 

後から来た裁判官は、先の証拠も、審議も無視し、判決を行う。 

大銀行や生保など大会社は裁判官の天下り先。 

民亊裁判官は勝たす相手に有利な和解案で和解させる仕切屋・談合屋。 

団子3兄弟、一卵性三つ子の裁判村では本人訴訟で勝つのは難しい。 

最高裁は2倍の金をとり、「違憲をいうが単なる法令違反、事実誤認だから上告の事

由に該当しないという棄却定文で個人の上告を棄却する。 

上告棄却定文。裁判官が故意または過失により違法に損害を与えた場合は国が責

任を負うもの。ウソを訴えた方が悪いという判決、決定は民事裁判を堕落させている

元凶。

民事裁判官に憲法がいう良心はない。 

 

ずさんな民事裁判で、人生を潰され、平成13年から民事裁判に対する活動をはじめて、わかったことは、前頁4つの欠陥構造だった。私には、この民事裁判の欠陥構造を訴える権利がある。人間をやめ阿修羅になったヤスは、死んでも裁判を続ける。

最後に、マスコミ各社に以下のことを申し上げる。 日本のマスコミは、くだらない刑事事件はこれでもか、これでもかと取り上げる。 その姿は、ただ刑事事件の単なるやじ馬、そのものである。 民事裁判を取り上げないのは、民事不介入によるなどと、もっともらしい理由を挙げるが、これは理由にはならない。マスコミ各社が民亊裁判でも悪いものは、悪い。これはおかしいと事件を直視し、報道すれば、日本の民事裁判がこれほど悪くなることはなかったはず。マスコミは民事裁判をもっと報道すべきだ。

 

以下の方々「阿修羅になったヤス」を買って、書いてくれました。

 

Ø       北尾トロ著裁判長!懲役4年でどうすか(平成6年7月10日発売 「文春文庫」 定価 本体629円+税 40万部を越えるベストセラー)

ヤスの取り組みについて、イラスト入りで、面白おかしく、好意的に書いてくれました。裁判傍聴を書いた本ですが、私の章だけは、私の本のこと、裁判所前での私の取り組みを11頁にわたり写実風に好意的に面白く書いています。この本を読んだ人が、「ヤスさんだ!本に署名してください、一緒に写真を」と云って本を買ってくれた若い二人連れもいました。

「裁判所前で抗議する人々」

 そんな気持ちで味のある自己主張を展開する単身抗議者を探すこと半年、ついに条件を満たすオヤジが現れた。

オヤジの名は原敏恭。通称ヤス。以前から、ときどき姿を見かけてはいたが、もうひとつ興味を惹かれなかったのは、本を並べて売っていたからだ。抗議活動のように見せて、実は宗教か何かの勧誘じゃないかと警戒していたのである。

でも、チラシを受取って熟読。考えが変わった。このオヤジ、自らの民事裁判記録をまとめて自費出版し、たった一人で販売しているのだ。怪しい団体の影はない。

値段は分厚い本にもかかわらず1900円。自費出版では原価割れかスレスレのはずだ。少なくとも金儲けのためじゃない。では、何がオヤジを行動に駆り立てたのか。・・・

裁判の敬意は詳細で面白い。・・・

裁判所という権力側の敵に立ち向かい、売られた喧嘩は買い、困った人の相談役にもなる。それが将来の世の中を変えることにつながると信じるヤス。

なぜこんなに自信満々なのかは相変わらずわからないが、なんだか胸をうたれるものがある。・・・

 

Ø       勢古浩爾著思想なんかいらない生活(平成16年6月10日発売 ちくま新書 定価 本体820円+税)

 「良いものは、良い、悪いものは悪い。」ということは、思想に関係ないと訴え続ける私の取り組みを的確に書いてくれています。感謝しています。

(267頁)

 日本の民亊裁判の改革を求めて、1人で戦い続けている原敏恭という人がいる。現在(たぶん)66歳、ひとりの戦いは11年にも及んでいる。彼は法曹家でも、ジャーナリストでも市民運動家でもない。元は普通の会社員である。31年間勤めた船舶塗料会社を相手に民亊裁判を4年6ヵ月にわたって戦い、世にもずさんな審理で敗訴したという経験を持っている。・・・

 原氏はマンションを売った資金で自費出版した大部の本の中でこのように書いている。

 現代の日本では、集団が行う権力の横暴に直面し、個人として戦う人間が、少ない。間違いに対し、物言わぬ人が増え、戦わない人達ばかりになったことが、日本を、これ程悪くしてしまった。一人でも多くの人が、 悪いものは悪い。 と言わなければ、日本はますます駄目になってしまう。(『猛烈サラリーマンの反乱』日本の民亊裁判を考える会刊。定価1900円。ちなみに付言しておく。私は原氏のシンパでもなんでもない。この本は霞ヶ関の高裁前で一人キャンペーン・街頭販売をしていた原氏から偶然購入したものである)。・・・

 原氏の批判の矛先は当然、裁判官の資質や裁判制度のあり方にも向けられている。かれが配付するチラシ(およびかれのHP)には、「判決は、裁判官次第で変わる」「民事裁判では勝てる方程式は無いに等しい」「裁判官は強いもの、大きいものが、正しいと判決する」「一度下した判決は絶対で、裁判官仲間しか見てない裁判官」、「とどめは、あると思うな最高裁」などとある。かれのような普通の人間に批判されるなど、裁判官の恥でなければならないが、勿論かれらはそんな無力一個人の批判など歯牙にもかけない。・・・

かれは「サラリーマンでなくても、55歳近くになれば、自分の老後の人生設計を考えるものだ。しかし、自分には、このとんでもないばかばかしい出来事で、蓄えも、老後の人生設計も、なくなってしまった。この会社のお陰でとんでもない人生の終盤を迎えてしまった」といっている。たしかにそのとおりだろう。本来なら、今ごろは悠悠自適の老後生活を送っていたかもしれないのに、会社一番、自分一番のとんだバカ者たちのために、全く意想外の生活を余儀なくされてしまったのだ。・・・

 

Ø       早稲田大学浦田教授(憲法学の大家)が私の本を買い、その後1万円分追加購入し、購入した本を早稲田大学法律情報文献センタ、法学部院生読書室、法学部学生読書室に私の名前で寄贈し、私宛に礼状がきました。

 

Ø       雑誌ダカーポ498号(2002年9月4日)

「訴えてやる!勝ってなんぼの裁判&法律入門」には、

中国塗料顧問弁護士小山雅男の遺産事件は、遺言公正証書の権威を失墜させものだから懲戒処分するよう広島弁護士会、日本弁護士連合会に訴えたが、懲戒処分に当たらないとしたことは、弁護士会の懲戒委員会の名称を『仲間救済委員会』と変えろという私のコメント記事が載りました。

 

Ø       雑誌「広島ビジネス界」2000年10月号

「渾身の一冊『猛烈サラリーマンの反乱』 

原 敏恭(元中国塗料勤務)著

執念が生み出した一冊の本がある。本のタイトルは『猛烈サラリーマンの反乱』サブには「阿修羅になったヤス―日本のきしみと悲鳴が聞こえる」

「内容をかい摘んで紹介すると、中国塗料株式会社(本社・広島県大竹市)で31年間、会社一筋にサラリーマン生活を送った著者が、独立を志した平成5年の退職当日にそれまで同氏が中心となって開発・運営してきた業務を、退職後に設立する新会社に委託するという会社との約束を反故にされ、やむなく会社を提訴するという、通常のサラリーマン生活では滅多にない“特異な体験”が綴られている。・・・・

五百八十五頁とボリュームはあるが、長年勤務した会社を訴えるまでに追い詰められていく過程や心情、覚悟を決めたその生き様、通常関わることのない民事裁判の時系列の流れなど、思わず引き込まれる迫真の内容である。・・・

内容そのものは別世界の突拍子もない話ではなく、同じサラリーマンとして生計を立てているものに置き換えて考えれば、誰の身にも降りかかってくる可能性のある話だということが、一気に読破してしまう要因の一つかもしれない。・・」

 

平成13年以来裁判所前で民事裁判について訴え続けています。

4枚のパネル板(157cm×90cm)

 

パネル板には次のものを貼り、訴えています。

パネル板を作りなおしたので、ぜひ読んでください。

 

またパネル板の前で配ったチラシは100万枚を越えます。

東京の裁判官でヤスを知らない人はいないとも言われています。

 

このパネル板に貼っているものを読むだけで、

民事裁判に対する知識・免疫が出来ます。利用してください。

 

u    日本経済新聞が平成8年10月28日から11月13日まで9回連載された『サラリーマン433話 55歳の反乱』の拡大・コピー。

@    独立阻む会社を提訴(平成8年10月28日)

A    社長特命、難題に挑む(10月29日)

B     突然の異動 独立決意(10月31日)

C    最後通告、会社去る(11月1日)

D    怒りから戦う気力(11月4日)

E    反対の中、提訴準備(11月5日)

F    長引く裁判に焦り(11月9日)

G    敗訴、認定に不満(11月12日)

H    伴りょは戦友だ(11月13日)

これだけやっても大阪高裁の3人の裁判官は、私の訴えを「失当」とし、地裁判決を追認し、付加した判決文は小学生でも書けない支離滅裂なお粗末な追加判決文も貼っている。

u     日本経済新聞が最初の連載が好評だったので、翌年(平成9年)9月29日から連載した『サラリーマン446話 続・55歳の反乱』@からFまでと日本経済新聞が中国塗料の抗議に屈し、連載を7回で中断し、謝罪記事『続・55歳の反乱」取材班から』の拡大と連載中断と謝罪記事に至った経緯を貼っている。

@    控訴棄却 やがて怒り(平成9年9月29日)

A    裁判への不信感のこる(平成9年10月2日)

B     信義問えず「なぜ」(10月3日)

C    気が付けば妻と2人(10月4日)

D    怒りの炎 収まらず(10月6日)

E    記録なくとも記憶に(10月7日)

F    一個人で組織に挑戦(10月8日)

 

「続・55歳の反乱」取材班から (11月月25日)

 

 

u    中国塗料顧問弁護士小山雅男が行った私の妻の従兄弟の叔母の自筆遺言書を無効とし、小山弁護士自身が証人、遺言執行人になり、赤の他人にすべての遺産を相続するという遺言公正証書を作り、現金1830万円余を下ろし、私や相続人たちから下ろした現金を戻さされ、その後私から広島弁護士会、日弁連に懲戒請求された事件について、「阿修羅になったヤスPART2―路上はヤスの法廷だ」に事件について書いています。

 

 

u    「阿修羅になったヤスPART2―路上はヤスの法廷だ」 抜粋

 

第 一 章 世の中で一番ばかばかしい買い物、民事裁判

不良品に買値の1.5倍、更なるクレームには2倍の費用を払い、訴えても不良品は変わらない

31年勤めた会社の元社長、前社長、現社長らの悪質なたくらみに遭い、許せない、と長年お付き合いいただいていた日本の弁護士界をリードする岩城弁護士(現日弁連常務理事)にお願いし、これ以上はない、という裁判をやってもらったが負けた。

その後、自分で作った本を売り、裁判をやり、わかったことは、今の民事裁判官たちには、証拠も法律も関係ない。あるのは裁判官たちの独断・偏見、最初に判決ありき、ということだった。

地裁で証拠、事実とかけ離れた判決を受けた者は、高裁は3人による合議制だから、地裁のように一人の裁判官の独断と偏見による判決ではない、きちんと審議が行われ、正しい判決が出るものと信じ、地裁の1.5倍の裁判費用を払い、高裁に控訴する。この時点では、まさか地裁で負けた判決を、高裁でひっくり返すことが、奇跡に近いこととは思わない。しかし金と時間・労力をかけ、訴えても高裁は、1回か、2回の裁判で終わり、判決は、地裁(原審)どおりで終わる。

高裁は、ろくな審査もせず、お粗末な地裁判決に上塗りするから、高裁判決が地裁判決以上に論理性も、整合性もない、文章としても成り立たないお粗末な、あきれるものになる。

高裁が終った時点で、最高裁への上告を考えても、自分の味方と思った弁護士からも「上告してもダメですから、諦めなさい」と云われ、大半は上告を断念する。諦めきれず、何とか上告をやってくれる弁護士を捜し、あるいは本人訴訟で地裁の2倍の金を払い、最高裁へ訴える。

最高裁には、憲法違反を書かなければ、提出した高裁で2週間足らずで棄却される。

憲法違反を書き、書類的に揃った上告状(上告理由書、上告受理申立理由書)であれば、最高裁から「原裁判所から下記事件記録の送付を受けました。今後は、当裁判所で審理することになりますのでお知らせします。なお、審理する上で書面を提出してもらう必要が生じたときは連絡します。事件番号は『平成〇〇年(〇)第〇〇号です」という通知が来て、ようやく最高裁にたどり着いた、これは最高裁の単なるリップサービスではない。これからは書いてある通り、きちんと審理が行われ、正しい結果が出るもの、と期待に胸を膨らませ、喜ぶ。しかし1ケ月から数ヶ月後「本件上告(抗告)理由は、違憲をいうが、その実質は原判決定の単なる法令違反・事実誤認を主張するものであって、同項に規定する事由に該当しない」という棄却文がきて、驚く。

地裁、高裁判決は、いずれも法令違反、事実誤認だから、もう一度裁判を、判決をやり直して欲しい、と最高裁に訴えたのに、なぜ上告の棄却理由が「単なる事実誤認、法令違反を主張するものであって、同項に規定する事由に該当しない」となるのか理解ができない。この棄却文は自分のところだけに来たものと思ったら、最高裁が20年以上前から上告を棄却している棄却定文だということを知った。

平成23年9月30日岩手県一関市の上段さんの控訴審判決(21年7月28日)に対するニコンの上告も「単なる事実誤認、法令違反を主張するもので、事由に該当しない」という棄却定文だった。

今もこんな棄却定文がまかり通っていることを国民は知らない。マスコミも、弁護士も最高裁がこんな棄却定文を送っていることを知っていても問題にしない。こんな日本の司法が良くなるわけがない。

本にも上告理由は、「本来法令違反であるはず注:中野次雄著「判例とその読み方」より)」、と書いてあるではないか、どういうことなのか、どうしても納得できなくなり、もう一度訴えてみた。

結果は、1ケ月以上経って「最高裁判所のした決定に対しては、更に不服を申し立てることは許されない」という通知が来て、すべてが終った。ここまで11年かかった。裁判になったときは55歳だったが、この棄却文を受け取ったときは66歳、来年平成24年2月には74歳になる。ここまでやって個人が訴える民亊裁判が最高裁で受理されることがないということが、ようやくわかった。

「最高裁判所の判断が国の判断・意思表示として最終的・確定的なものだ」そうだ。

地裁の2倍の金を美味しくいただきましたが、「判決に対する法令違反、事実誤認を訴えていますので、棄却いたします」。天才バカボンのオヤジの決めセリフ「それでいいのだ」では訴えた者は、たまらない。しかし、いくら考えても、事実誤認、法令違反の判決は上告理由にならないのか、わからない。

民訴法338条9項には「判決に影響を及ぼすような重要な事項について裁判官の判断にの遺脱があったこと」は、再審事由だとしている。

裁判官は間違った(事実誤認、法令違反)判決を行ってよいとはどの法律書にも書いていない。

最高裁は、上告を受け付ける際、金を取る前に「事実誤認、法令違反判決は、上告を受けません」と伝え、また書いたものを渡し、金をとるな、と叫びたい。常識では、事実誤認、法令違反判決は、憲法違反だ。常識と異なった最高裁判断は、国民にはっきり知らす責任がある。

事実誤認、法令違反判決は憲法違反だからもう一度裁判をやってください、と上告したら、上告の事由に該当しないと棄却するのに地裁の倍の費用を取るのは、まちがいなく詐欺である。

次のことも詐欺になるだろう。

最高裁が金を取り、受け付け、理由書提出を求めている最中、下級裁判所が判決を行う

平成20年8月13日、最高裁判所第1小法廷担当書記官から「原裁判所から下記事件記録の送付を受けました。今後は、当裁判所で審理することになりますのでお知らせします」という記録到着通知書が届いた。この記録送達は後述のとおり、著作権確認訴訟で審議らしい審議もせず、たった4回の裁判(口頭弁論)で結審し、判決を行うとした田中俊次裁判長に対する「忌避申立て」を行い、却下され、「即時抗告」を行ったが、却下され「特別抗告」を7月4日に訴え「特別抗告理由書」を提出するよう通知が届き、理由書を7月22日に提出し、送られた送達通知書だ。理由書を提出した7月22日は、地裁判決当日だった。

大阪地裁が判決期日を7月22日だと通知したのは7月14日、特別抗告理由書提出を求める前に判決期日が決まり、判決が行われた。地裁裁判官は、最高裁が特別抗告を受理することは絶対ないから、判決期日を決め、通告し、判決を行なった。

一方では、最高裁への理由書提出を求め、提出された理由書について、最高裁から「当裁判所で審理することになりますのでお知らせします」という送達通知を出している。矛盾している。裁判所(高裁、最高裁)も、矛盾と思わないから長年やっているのだろう。多くの人が、おかしいと思っている。 

裁判は判決で終わるもの、終わっている裁判に最高裁が金を取るのは詐欺だろう。最高裁だから詐欺をやっても良い、という理由があるなら、言ってみろ、と言いたい。最高裁が下級裁判所裁判官を管理監督しているのなら、下級裁判所判決は、最高裁判断後に判決を行うのが当然だろう。世の中、上に立つものが、お粗末なら、下が良くなることはない。こんな最高裁では民事裁判がよくなりっこないし、国民の信頼は得られない。何度でも云う、ずさん・無責任民事裁判の元凶は最高裁である。

 

 民事裁判で味わった幻影 ・ 失望

@ 判決は、裁判の後に書かれるものと思っていたが、最初に勝ち負けが決まっている、とは!

A 判決は、裁判官が証拠・証人に基づいて判決を下すものと思っていたが、証拠・証人を採用するも、しないも、裁判官の自由。判決に都合の悪い証拠は、採用しない、とは!

B ウソをウソと証明すればウソだと判定するのが裁判官だと思っていたが、誰でもわかるウソを正しいとする判決を書く、とは!

C 本人・証人尋問でウソを言ったら処罰する、と宣誓させたのだから、ウソを言ったら処罰してくれると思っていたが、過去民事裁判でウソを言って処罰された者はいない、とは!

D 弁護士が率先してウソを言うとは思わなかったが、弁護士が次から次、後先も整合性もないウソをつき、そのウソを裁判官が唯々諾々と判決に採用する、とは!

E 裁判官は、判決を書く人と思っていたら、単なる仕切屋、談合屋、示談屋だった、とは!

F 裁判官が出した和解案が不当だから、と判決を求めたら、和解案を棚上げし、相手側全面勝訴の判決を出す、とは!(裁判官の和解案を拒否した者に対する見せしめ)

G 正しい判決が出ると思い、控訴したが、1.5倍の裁判費用を取りながら、原判決の通り控訴人の訴えは「失当」という。控訴審はただ一審判決の追認だけ、とは!

H 事実が間違っているから、もう一度裁判を行って欲しいと証拠を揃え、費用をかけ、再審を訴えたら、間違いだらけの判決を出した裁判官たちが却下する、とは!

I こんな公平を欠く裁判官は代えて欲しいと費用をかけ忌避申立を行ったが、まったく取り合わず、忌避申立の最中、申立てを受けた裁判官が裁判を続け、判決を下す、とは!

J法令違反、間違った判決だからもう一度裁判を、と最高裁に訴えたら「単なる法令違反、事実誤認を主張しているものだから上告(特別抗告)の事由に該当しない」、という定文で何十年も棄却し続けている、とは!

K訴え続け、わかったことは、こんなずさん・無責任民事裁判官たちを増殖させている元凶が最高裁判所であった、とは!

L 更にわかったことは、裁判所から文書提出命令を受けても、出したくなかったら、裁判所を脅せば、裁判所はさらに提出を求めることはなく、勝たしてくれるとは。

満足度18%の民亊裁判

平成13年2月14日の新聞各社記事には、民事訴訟に対する満足は18%と書かれていた。

82%もの人が、民事訴訟に不満を持っている。さらにその記事には、「公正さにも疑問」と見出しもついていた。この新聞記事が出た同年6月12日、司法制度改革審議会の最終意見が発表された。

その改革のほとんどは、刑事裁判に関するもので、民事裁判を変える方向のものは、ただ、「民事裁判の充実をはかり、審議期間の半減を目指す」、というもので、82%もの国民が不満を持っている民事裁判の現状を、今後どのように改善するとはまったく触れてなかった。

刑事裁判では、警察・検察が証拠を調べ、起訴し、刑法に照らし、裁判が行われるので、ある程度(完全ではない)の正当性は確保される。しかし民事裁判では、訴えた原告と訴えられた被告の間にいるのは、裁判官だけ。裁判官の恣意・独善・偏見、勝手気ままに判決を下している。

民亊裁判では、「正しいことが正しいと判決されるものではない」ということは、裁判でひどい目に遭った者だけが知っている。世間は、「裁判官は正しい判決を行っている」と思っているから、裁判に負けた者が腹いせに裁判批判をやっている、としか思わない。

「目には目を、歯には歯を」は、紀元前2500年前ハムラビ王が制定した最古の法典だが、これは、ハムラビ王が弱者のために制定したもの、と言われている。

私は、騙した奴に仕返しをして、何が悪い、との思いで、平成9年7月高裁判決後、負けた顛末を書いた本を出し、訴えられた名誉毀損罪を不起訴処分にし、やられたことは倍返し、と裁判所や相手側中国塗料の東京本社に出向き、チラシを配り、本を売り、訴え続けている。こんなことをやっている人間は、日本に私しかいないことがわかった。日本にも一人ぐらいは、こんなことをするバカな奴がいても良いだろう、と続けている。続ければ何かが必ず変わる、と信じ、訴え続けている。

平成13年3月7日、広島の裁判所の前でチラシを配っていたら、本を買ってくれた弁護士の先生が「今の民事裁判は、原さんが本で書かれているように、裁判官次第。弁護士として情けないが、今の民事裁判では勝てる方程式は、無いに等しい。と依頼者に言わざるをえない。勝てると信じた裁判も、裁判官次第で負ける。私は依頼者の訴えが正しい、と思っても、依頼者に貴方の訴えは、私も正しいと思うが、民事裁判では、裁判官の判断次第。この本を読むと、その辺がよくわかるので読んで欲しい。と原さんの本を依頼者に読んで貰っています。非常に役立っています」と云われ、私の思いが間違っていないことを、確信した。

 

ずさん・無責任民事裁判官たちを育てる環境

1 勝ち組(お小姓組)、負け組(左遷組)のあいだにいるのは平目裁判官

裁判官は司法試験に合格し、2年間の司法研修所で成績の良い者が裁判官になる。このような優秀な人間が猛烈な出世競争を行っているのが裁判官の世界。自分が下した判決が高裁、最高裁で覆れば、左遷される。裁判官を管理統制している最高裁事務総局の管理基準では、「判決は権威あるものでなければならず、地裁判決が高裁で覆るようなものであっては絶対ならない」としている。

判決が覆った場合は、どちらかの裁判官を左遷させる。全国に1000ヶ所を超える裁判所があり、冷や飯を食わす場所には事欠かない。それゆえ、裁判官はお互い仲間のため、間違った判決にも目をつぶり、仲間を庇う裁判官仲間主義の土壌が出来上がっている。

そして一番の勤務評価基準が処理件数である。裁判官は人より1件でも多くの裁判を処理するため、精を出している。訴えの吟味より、簡単、安易・気楽に、左遷されないため、仲間を庇ったずさん・無責任判決を出し続け、お小姓組(出世組)になるため精を出している。

 

裁判官の出世主義について、江波戸哲夫著「官僚大研究」は、次のように書いている。

 

1章 物言えば唇寒し裁判所 

 元最高裁判事‥谷口正孝に会った時、‥谷口は驚くほどの率直さで、現在、最高裁について抱いている思いを話してくれた。

「私は、裁判官は自らの良心と法に従って堂々と判決を下すことにだけ心を傾けていればいいと、常々思ってきたのですが、そんな話しをしたら、小田中(聡樹・東北大教授、司法行政に詳しい)君に“あなたがおかしい。自分の知っている良心的で、いい論文を発表しているような判事は地方の裁判所ばかりを回っている。”と言われてしまいました。確かに立身出世主義を書きたてるような風潮が裁判所内部にあって、それに勝ち残れなければ昇給や任地に大きな差が出るということであれば、裁判官は自己保身するようになって、長いものに巻かれろと言うことになるのでしょうね」。

「最近の若い陪席判事など、自らの良心と法どころか裁判長の顔色ばかりうかがっている者もいるようですな。こういう風潮の中で、若い諸君に向って“冷遇されても構わんじゃないか、勇気を持って頑張れ”とはとても言えない。公平な人事を保証するために、第三者委員会のような制度を作った方がいいのかもしれないですね」と。

最高裁判事までがここまであっけらかんと認めている裁判官出世主義が、今の裁判官の世界であることを、どれだけの人が知っているのだろうか。これでは「正しいことを正しい」と判決する裁判官に巡り会えるのは、宝くじに当たるようなもの。こんな裁判に高いお金を払い裁判を買う国民はたまらない。

 

2 今の裁判制度では社会・生活常識のない欠陥裁判官しか育たない。

裁判官には書記官、調査官、事務官が裁判官に仕え、裁判官の指示に従い、裁判官のいいなりに仕事を行なう。ときには裁判官の指示で調書の改ざんまで行なうとまで云われている。裁判官の住むところは官舎で、一般市民との接触がない人たちである。

阿部晴彦弁護士は著書「犬になれなかった裁判官」で次のように書いている。「他人との接触といえば、それは裁判官という職業的地位・立場、いうなれば『権力的地位・立場』に基づいた場合に限られていく、一般市民からはかけ離れた人たち(人種)である。・・市民の感情がわからない」。

民法は、社会常識の中で良識部分が法律になったものと思う。それゆえ、民事裁判官に求められるものは、社会常識・良識、そして人間性である。市民生活・常識がわからない裁判官たちが市民生活の「きしみやあつれきから生じる民事事件」を裁くことは出来ない。

「法曹ギルド」の隠された大犯罪」(山口宏、副島隆彦共著「裁判のカラクリ」)には、

‥日本の裁判における「法曹ギルド」(裁判官・検察官・弁護士の法曹三者からなる機能団体)の、隠された大犯罪についてである。

「どうやら、弁護士たちは、自分の客が、「これは、弁護士先生を信頼して、正直にお話しすることなのですが‥‥」としゃべったことを、なんと相手方の弁護士、あるいは、検事にまで、こっそり漏らしているようなのである。さらには、裁判官にまで筒抜けになっていることが多いらしい。これが本当なら由々しき事態である。日本の裁判制度の根幹に関わる大スキャンダルである。法曹三者としては、絶対やってはいけないことのはずなのだ。が、実際には、頻繁に起きている。

私たち一般国民も、滅多にないが、仕方なく裁判に関わることがある。自分が抱えこんだ苦しいもめごとを、せっかく信頼できそうな弁護士を捜し出して依頼して、自分の権利と正義の実現を求めて、裁判所に訴えたのに、裁判が始まってしばらくすると、どうも自分の弁護士が相手方の弁護士と直接連絡を取り合っているようなのだ。「この件については、これぐらいの金額で、手を打ちませんか」と.電話で話しあっているのである。どうも、日常茶飯事でこの裁判外の弁護士同士による勝手な取引が行われているらしい。

これらは、「裁判外の和解」の手続とも異なる。何故なら、当事者双方(原告、被告)は、何も知らされていないのだから。

「裏でつながる弁護士、検察官、裁判官」

民亊事件においてだけではない。前述した通り、刑事裁判においても、この悪事は見られる.。犯罪容疑で起訴された被疑者(刑事被告人)弁護士が、それとなく検察側とつながることが多いのである。それだけでも問題が、さらには、裁判官にまでも話しがつながっている場合が多い。

まさか、そんな、と耳を疑う人が多いだろう。しかし、これが、現行の日本の裁判制度の最大の秘密なのである。私たちは警戒心を持たねばならない。‥日本の法曹ギルドは、この法曹悪事を、深刻に反省しなければならない。代理人弁護士は、絶対に、依頼人を裏切ってはならないのだ。すでに多くの法律関係者が、いまの事態が、危機的状況にまで来ていることを知っている。ここに、日本の裁判制度の真の崩壊の危機が横たわっている。といっても過言ではない」。

 

3 裁判官の給与と管理

給与について、先の安倍晴彦弁護士は、「犬になれなかった裁判官」で 

「憲法の定め(憲法80条2項)により減給はされないが、短期間に定期的、あるいは差別的に不定期に昇給する仕組みになっている。‥給与・昇給が人事政策に取り入れられ、餌に、鞭に使われていく。‥そして一部の裁判官を昇給させ、一部の裁判官を昇給させないという昇給の差別が行われている」と。

また、朔立木著「お眠り私の魂」では、

「同期で任官した新任者は、初めは全く同じ新任級で出発し、判事5号、4号まではあまりひどい差なしに上がって行きますが、それ以上になると露骨な差が付けられます。その上の3号になるのに、同期のものより5年も遅らせたりするのです。号は累進的に割高になっていきますから、我々の期で言うなら、良いところにいる者と、悪いところにいる者とでは、月額にして30万円の開きになっています。裁判官が公式の会合を開くとき、その席次の順は、司法修習の期の順でもなければ、裁判所での地位の順でもなく、受けている号の順なのです。誰がいつこんなことを決めたのでしょう。何とも露骨な、「正義の殿堂」のイメージとはあまりにも違う、金で順位をつけるしきたりです。ひどい差別を受けている者が言ったそうです。給与が少ないといって妻に責められるのは、まだ我慢する。でもこの席次で後輩たちが次々と自分を追いぬいて、上席に座っていく、この屈辱にだけは耐えられない。‥今の最高裁当局の「訴訟促進」キャンペーンは凄まじいもので、裁判官の勤務評定である「裁判官考課調査」で、まず重視されるのが、その裁判官が一年に何件、事件を処理し、判決を書いたか、という数字です。だから、誰でも判決の件数をこなしたい一心では変わりはないのです」と。

シェイクスピアもリヤ王の中で云っている。「犬に位階を与える。人それに従う」と徳川時代も綱吉は、人の上に犬を置き、お犬様として人を従わせた。

給与・転勤・官舎に加え処理件数が勤務評定の最重要基準としたら、原告と被告の間に裁判官だけしかいない民亊裁判で、判断基準どちらが正しいかではなく、自分の出世にどちらが影響するかを基準に判決を書くようになるのは当然だろう。

憲法76条3項がいう「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみに拘束される」と職務の独立と自由を保障されている正義の番人たちの姿とは程遠い民事裁判官たちの姿だ。これだから民事裁判は上に行けば行くほど、不良度合いがひどくなる。

国民から金を取り立て、不良品を撒き散らしているのが、日本の民亊裁判官たちだ。

 

 

 

 

Copyright 1999 TOSHIYASU HARA

発行所
日本の民事裁判を考える会事務局
電話082-542-7500
730-0823 広島市中区吉島西2-8-19-303