『阿修羅になったヤス』―日本のきしみと悲鳴が聞こえる―

販売部数:2783冊(在庫:200冊程度)

(前回更新時販売数22年1月15日2703冊)

 

阿修羅になったヤスPART2『路上はヤスの法廷だ!』

―民事裁判(官)のからくりがわかり、免疫ができる―眼には眼を、やられたことは倍返し―

CDROM販売数:665枚

(前回更新時CDROM販売数:623枚)

私から手渡しで購入し、読むと、あきらめず戦い続ける力が湧いてきます。

どうか読んでください。使ってください。

本・CDROMを買い、私の取り組みを応援してください。

ご注文はhon-ashura@do.enjoy.ne.jpにお願いします。

 

平成23年11月30日

(28日に続き、語句・文章直しを行いました。)

 

 

許せるか こんな会社 こんな裁判

戦いは終わらない

間違った判決では裁判は終わらない

 

大阪地裁判決後、知的財産高等裁判所控訴審に追われ、

2年ちかくホームページを直すことができませんでした。

今年23年3月15日訴判決を受け、その後5月16日に上告しました。

まだ、最高裁から上告棄却決定通知が来ていません。

確認のため10月26日最高裁に出向きました。

現在最高裁第3小法廷寺田逸郎判事(父親が寺田治郎最高裁長官、赤レンガ組み、

ミスター法務省と言われている)の下で審議が行われていました。

首の皮がまだ繋がっています。奇跡が起ればと願っています。

 

また私が訴えた職務著作について、裁判・審議を全く行わず、2年5ヶ月、

15回も判決と無関係の裁判を行い、73歳の年金生活者の私を

広島から東京に出向かせ、371日間も裁判のため東京で生活させ、

無駄な金を使わせ、私をもてあそんだ中野哲弘知財高裁所長、塩月秀平部総括裁判に

国家賠償裁判―国家公務員の加害行為を原因とした損害賠償請求事件―

の支払を求めた訴状を10月25日東京地裁に提出しました。

民事37部担当で裁判が行われることが決まりまし。

長かった著作権確認裁判の区切りがついたのでホームページを直しました。

著作権確認裁判の地裁から控訴審をかなり詳しく書きました。

自分でも驚くほど長くなってしまいました。

面倒でも読んでもらえれば幸いです。

 

 

       平成のロシナンテ

 

 

 

民事裁判にドイツのように市民が名誉裁判官として参加する制度を目指し、署名(2000名以上)を集め、小泉首相に送りました。その後も、歴代首相宛に取り組みましたが、集まる前に首相が代わるので、鳩山首相でやめました。

日本の政治の停滞をこの署名集めで味わいました。

首相公選制になり、政治家がある程度の期間、仕事するようにならなければ、署名集めは無駄だと悟りました。

何か良い方法があれば教えてください。

 

 

「阿修羅になったヤス―日本のきしみと悲鳴が聞こえる」

書店では売ってはいません。私から直接買っていただくことで結びつきができ、戦う力が湧くと信じています。残り少なくなりましたが、読んでください。

 

この本に書いている中国塗料という会社は、平成23年3月期売上(予想)は、965億95百万円、経常利益91億14百万円、国内船舶塗料シェアは55%とも豪語している日本一の船舶塗料トップメーカー(世界第2位)です。

 

私はこの会社に昭和37年から社長たちの悪質極まりないやり方で私が開発した船舶塗料のデータベースをタダ取りされ、平成5年1月末放り出され、退職するまで31年近く勤めました。

 

この会社のやり方を許せず、退職後中国塗料を「契約準備段階における信義則上の注意義務違反に対する損害賠償」で訴え、平成5年9月から平成9年7月29日まで、神戸地裁尼崎支部、大阪高裁で争い、いずれも負けました。

しかし地裁、高裁いずれの裁判も、私が完璧に勝っていることは、本を読むとわかります。

 

あきれる裁判・判決を許すことができず、その顛末を、実名で克明に書き、自費出版し、中国塗料に私と私の本を名誉毀損罪で訴えさせ、潰し、民事裁判で負けた汚名を晴らし、平成13年から東京、大阪、広島の裁判所の前でチラシを配り、本を売り続けています。

 

中国塗料が私にやった悪質なやり方

平成4年11月20日当時の加藤社長に私が開発・業務運営を行っていた同社の船舶塗料のデータベースシステムを私が退職・独立したら業務委託してくれるよう頼み、快諾をもらったので、独立を決意し、翌年1月末で退社、独立することとしました。

ところが私の退職当日、現会長の山住哲夫(当時管理本部長)が「業務委託は行わない。言った言わないのことはこれで終わりにする。不満なら裁判でも何でもやって証明しろ。システムは著作権法で保護されているものだから他所でやることは許さない。」と文書、口頭で通告し、私が開発したシステムをタダ取りし、私を会社から駆逐し、私と私の家族を奈落の底に落とし、私のその後の人生をこの会社との戦いに追い込みました。中国塗料との戦いは、続いています。

 

退職後、私は長年お付き合いをしていた弁護士法人中央法律事務所の岩城弁護士(元日弁連常務理事)に解決を頼みました。

岩城弁護士は、中国塗料に話合いを求めましたが、中国塗料は拒否し、裁判になりました

 

結果は、とんでもないあきれる判決で地裁も高裁も負けました。

 

地裁(神戸地裁尼崎支部)判決(裁判官渡邉壮)

加藤社長は証人尋問で「原さん(私)の後任子会社社長の中尾には、原さんが下請けの話しを言ってきたら相談に乗るよう指示していた。仕事も用意していたが、原さんが勝手に裁判に訴え会社は迷惑している。また開発されたシステムは、原さんの頭の中にあるものだから、他所で同じものが作られても仕方ないと思っている。独立妨害などもしていない。」という私に開発を依頼し、開発・業務運営のすべてをやってもらっていた、また後任子会社社長には下請けの話を原さんが言ってきたら相談に乗るよう指示していた、という社長本人がシステム開発を私に依頼した、業務委託を後任子会社社長に支持していたことを認めた尋問調書を証拠として採用しないとし、私を敗訴しました。ただでこんな判決を書けるものでしょうか、疑いが残ります。

 

大阪高裁 控訴審

私はこの地裁判決をひっくり返すには、大新聞に書いてもらうことと大阪高裁控訴審中に日本経済新聞社に出向き、私の退職から裁判の顛末を「サラリーマン55歳の反乱」として9回連載してもらいました。

この連載記事に弁護士の岩城先生も驚き、この記事を大阪高裁に証拠として提出する際、私に、「大新聞がここまで書くことは珍しく、高裁は合議制だから、このように大新聞が取り上げた事件はきちんと判断するものだ、期待して良いです。」と言われ、期待しました。

 

しかし大阪高裁 裁判長裁判官 笠井達也、 裁判官 孕石孟則、小川浩 たちが平成9年7月29日に下した判決(※注)は、私の訴えを失当としたうえ、「被告代表者加藤正二の本人尋問の結果によれば、同人は、原告が船舶情報管理システムの開発に最適任であると考え、原告にその開発業務を指示し、原告が信友株式会社や中国塗料技研株式会社に出向する際にも右開発業務を主目的にするよう指示したことが認められ、また、原告が退職の挨拶に来た際にも退職後の原告を援助する旨の発言をしたことは、前記のとおりであり、右発言が原告に船舶情報管理システムの開発業務を退職後の原告に委託するという期待をいだかせるものであったといえばいえなくもない。しかしながら、右発言の内容は極めて抽象的であって、船舶情報管理システムの開発業務の取扱いに焦点を合わせたものでもなく、被告の社長として長年被告のために仕事をしてきた原告に対する退職に当たってのいわばはなむけの言葉と評価すべきものであるので、加藤社長の右発言があったからといって、原告と被告との間で右業務委託について契約締結の準備段階に入ったということはできない」退職に当たっての「はなむけの言葉」で4年6ヶ月の裁判を片付けました。

 

原敏恭ほどの男が、社長のはなむけの言葉程度で裁判をやるものか、人をバカにするにもいい加減にしろ、この高裁判決文を歴史に残してやる、裁判の顛末を克明に、実名で書き、中国塗料に名誉毀損罪で訴えさせ、潰し、民事裁判で負けた汚名を晴らしていると、再々就職先(T電機工業、社長付け、情報管理部長)を1年で退職し「阿修羅になったヤス―日本のきしみと悲鳴が聞こえる―を原稿・校正・編集・版下まで自分で作り、マンションを売り、ローンを支払った残りの資金で自費出版し、中国塗料に名誉毀損罪で訴えさせ、これを潰し、この本を売り続けています。

 

※注:高裁判決を書いた小川浩裁判官は、平成22年4月1日から横浜地裁部総括裁判官です。こんなお粗末な判決を書いても裁判官は出世しています。本を買ってくれた人が本に書いている小川浩裁判官は横浜地裁裁判長でとんでもない裁判官だと教えてくれ、検索した結果です。

 

  注:現在最高裁上告中の船舶塗料データベースの著作権確認訴訟で、中国塗料は私に船舶塗料データベースの開発をさせたことはない、私が開発したと主張するデータベースは中国塗料には存在しないと主張し、しかもこの高裁判決を中国塗料証拠(乙2号証)として出しました。何を証明したいのか、わからなかったが、しかしこの著作権確認裁判に負け、中国塗料がこの地裁・高裁判決を証拠として出した意図は、こんなお粗末裁判でも勝っているのだ、さっさと勝訴判決を出せという知財高裁への脅し証拠であったことがわかりました。中国塗料はたいした会社です。

 

先の裁判で裁判官に多くの証拠類を出しましたが、受け入れられず、相手側中国塗料の証拠もない、ウソばかりが正しいとされ、55歳までの蓄え、豊かなものすべてを中国塗料と裁判で失い、ただ戦うことだけの残りの人生になりましたが、これも天恵・ボケ防止と続けています。

 

中国塗料は、本が出た翌月、ねらいどおり、名誉毀損罪で私と本を広島地検に訴えました。

地検の若い検事は、民事裁判に勝った地場代表企業が訴えた名誉毀損罪は何としても起訴し、有罪にするとがんばり私を尋問しましたが、1年3ヵ月後の平成12年12月25日中国塗料の訴えを不起訴にしました。

 

中国塗料の訴えを不起訴にした翌年平成13年3月から東京、大阪、広島の裁判所前でチラシを配り、本を売り続けています。

本を売ることで、このようなあきれる判決を下した裁判官たちのお粗末を世間に訴えています。

 

悪質なウソを正しいとした判決では「裁判・戦いは終わらない」ということを悟りました。この思いを裁判所、中国塗料に思い知らせるため、平成9年7月29日高裁敗訴以来がんばっています。

お陰様でチラシを配り、本を売り続けることであきれる民事裁判の実態を知ることができました。

 

裁判の建前は、真実の追究です。間違いは、本人があきらめないかぎり、訴え続けらます。

 

以下の方々「阿修羅になったヤス」を買って、書いてくれました。

 

Ø       北尾トロ著裁判長!懲役4年でどうすか(平成6年7月10日発売 「文春文庫」 定価 本体629円+税 40万部を越えるベストセラー)

ヤスの取り組みについて、イラスト入りで、面白おかしく、好意的に書いてくれました。裁判傍聴を書いた本ですが、私の章だけは、私の本のこと、裁判所前での私の取り組みを11頁にわたり写実風に好意的に面白く書いています。この本を読んだ人が、「ヤスさんだ!本に署名してください、一緒に写真を」と云って本を買ってくれた若い二人連れもいました。

「裁判所前で抗議する人々」

 そんな気持ちで味のある自己主張を展開する単身抗議者を探すこと半年、ついに条件を満たすオヤジが現れた。

オヤジの名は原敏恭。通称ヤス。以前から、ときどき姿を見かけてはいたが、もうひとつ興味を惹かれなかったのは、本を並べて売っていたからだ。抗議活動のように見せて、実は宗教か何かの勧誘じゃないかと警戒していたのである。

でも、チラシを受取って熟読。考えが変わった。このオヤジ、自らの民事裁判記録をまとめて自費出版し、たった一人で販売しているのだ。怪しい団体の影はない。

値段は分厚い本にもかかわらず1900円。自費出版では原価割れかスレスレのはずだ。少なくとも金儲けのためじゃない。では、何がオヤジを行動に駆り立てたのか。・・・

裁判の敬意は詳細で面白い。・・・

裁判所という権力側の敵に立ち向かい、売られた喧嘩は買い、困った人の相談役にもなる。それが将来の世の中を変えることにつながると信じるヤス。

なぜこんなに自信満々なのかは相変わらずわからないが、なんだか胸をうたれるものがある。・・・

 

Ø       勢古浩爾著思想なんかいらない生活(平成16年6月10日発売 ちくま新書 定価 本体820円+税)

 「良いものは、良い、悪いものは悪い。」ということは、思想に関係ないと訴え続ける私の取り組みを的確に書いてくれています。感謝しています。

(267頁)

 日本の民亊裁判の改革を求めて、1人で戦い続けている原敏恭という人がいる。現在(たぶん)66歳、ひとりの戦いは11年にも及んでいる。彼は法曹家でも、ジャーナリストでも市民運動家でもない。元は普通の会社員である。31年間勤めた船舶塗料会社を相手に民亊裁判を4年6ヵ月にわたって戦い、世にもずさんな審理で敗訴したという経験を持っている。・・・

 原氏はマンションを売った資金で自費出版した大部の本の中でこのように書いている。

 現代の日本では、集団が行う権力の横暴に直面し、個人として戦う人間が、少ない。間違いに対し、物言わぬ人が増え、戦わない人達ばかりになったことが、日本を、これ程悪くしてしまった。一人でも多くの人が、 悪いものは悪い。 と言わなければ、日本はますます駄目になってしまう。(『猛烈サラリーマンの反乱』日本の民亊裁判を考える会刊。定価1900円。ちなみに付言しておく。私は原氏のシンパでもなんでもない。この本は霞ヶ関の高裁前で一人キャンペーン・街頭販売をしていた原氏から偶然購入したものである)。・・・

 原氏の批判の矛先は当然、裁判官の資質や裁判制度のあり方にも向けられている。かれが配付するチラシ(およびかれのHP)には、「判決は、裁判官次第で変わる」「民事裁判では勝てる方程式は無いに等しい」「裁判官は強いもの、大きいものが、正しいと判決する」「一度下した判決は絶対で、裁判官仲間しか見てない裁判官」、「とどめは、あると思うな最高裁」などとある。かれのような普通の人間に批判されるなど、裁判官の恥でなければならないが、勿論かれらはそんな無力一個人の批判など歯牙にもかけない。・・・

かれは「サラリーマンでなくても、55歳近くになれば、自分の老後の人生設計を考えるものだ。しかし、自分には、このとんでもないばかばかしい出来事で、蓄えも、老後の人生設計も、なくなってしまった。この会社のお陰でとんでもない人生の終盤を迎えてしまった」といっている。たしかにそのとおりだろう。本来なら、今ごろは悠悠自適の老後生活を送っていたかもしれないのに、会社一番、自分一番のとんだバカ者たちのために、全く意想外の生活を余儀なくされてしまったのだ。・・・

 

Ø       早稲田大学浦田教授(憲法学の大家)が私の本を買い、その後1万円分追加購入し、購入した本を早稲田大学法律情報文献センタ、法学部院生読書室、法学部学生読書室に私の名前で寄贈し、私宛に礼状がきました。

 

Ø       雑誌ダカーポ498号(2002年9月4日)

「訴えてやる!勝ってなんぼの裁判&法律入門」には、

中国塗料顧問弁護士小山雅男の遺産事件は、遺言公正証書の権威を失墜させものだから懲戒処分するよう広島弁護士会、日本弁護士連合会に訴えたが、懲戒処分に当たらないとしたことは、弁護士会の懲戒委員会の名称を『仲間救済委員会』と変えろという私のコメント記事が載りました。

 

Ø       雑誌「広島ビジネス界」2000年10月号

「渾身の一冊『猛烈サラリーマンの反乱』 

原 敏恭(元中国塗料勤務)著

執念が生み出した一冊の本がある。本のタイトルは『猛烈サラリーマンの反乱』サブには「阿修羅になったヤス―日本のきしみと悲鳴が聞こえる」

「内容をかい摘んで紹介すると、中国塗料株式会社(本社・広島県大竹市)で31年間、会社一筋にサラリーマン生活を送った著者が、独立を志した平成5年の退職当日にそれまで同氏が中心となって開発・運営してきた業務を、退職後に設立する新会社に委託するという会社との約束を反故にされ、やむなく会社を提訴するという、通常のサラリーマン生活では滅多にない“特異な体験”が綴られている。・・・・

五百八十五頁とボリュームはあるが、長年勤務した会社を訴えるまでに追い詰められていく過程や心情、覚悟を決めたその生き様、通常関わることのない民事裁判の時系列の流れなど、思わず引き込まれる迫真の内容である。・・・

内容そのものは別世界の突拍子もない話ではなく、同じサラリーマンとして生計を立てているものに置き換えて考えれば、誰の身にも降りかかってくる可能性のある話だということが、一気に読破してしまう要因の一つかもしれない。・・」

 

 

同時進行型CDROM  

阿修羅になったヤスPART 2 路上はヤスの法廷だ!

―民事裁判(官)のカラクリがわかり、免疫ができる――目には目を、やられたことは倍返し―

 

読んでください。これが民事裁判の実態です。この実態を知ると知らないでは大きな違いです。

付録をダウンロードし、裁判などに使ってください。

CDROM(税込み1000円) 

 

このCDROMの特徴は、裁判の進展、新しい情報など、常に更新していることです。

このような同時進行CDROMが作れるのは、私がやっていることだからです。

購入し、私の取り組みを応援してください。

 

 

CDROM付録類

大阪地裁:「訴状及び証拠説明書」「地裁準備書面類(1)〜(9)」及び「証拠説明書」

「裁判官忌避申立書」「同即時抗告」「同特別抗告」「裁判官罷免請求」「裁判官更迭請願書」「中国塗料山住社長本人尋問申立及び尋問事項(13頁)」「地裁判決」

知財高裁 控訴審:「控訴状・理由書」「釈明命令(中国塗料に対する中野哲弘裁判長)

「準備書面類(1)〜(15)及び証拠説明書」「上申書 2通」「陳述書(1)〜5)」「本人及び中国塗料証人山崎義美尋問調書」「控訴審判決」

 

中国塗料提出文書類:「中国塗料答弁書及び準備書面T〜[」「求釈明申立て書」

この「求釈明申立て書」で中国塗料は裁判所を脅し、文書提出命令を拒否し、裁判に勝ちました。裁判所からの文書提出命令が出ても、脅せば提出をまぬがれ、裁判に勝つという事実を誰が信じますか。

 

上告:「上告理由書、上告受理理由書及び要旨」(平成23年5月16日提出、6月14日最高裁到達)

最高裁第3小法廷、担当超大物寺田逸郎裁判長父親が最高裁長官、親子2代最高裁判事、ミスター法務省といわれている超大物判事)履歴など。

 

国家賠償裁判:控訴審判決を行った中野哲弘知財高裁所長、塩月秀平知財高裁総括裁判長を訴え

た「国家公務員の課が外交委を原因とした損害賠償請求」「訴状及び証拠説明書」

 

 

阿修羅になったヤスPART 2 路上はヤスの法廷だ! 23−11月23日現在

 

「まえがき」 

先の判決を受けるまで、裁判官は正義に基づいた正しい法の運用を司るものと信じていた。

いくら貰ってと思う判決を下され、裁判官たちに疑いの目を向けた。裁判所でチラシを配り、本を売ることで、いろいろな裁判・判決を知り、悪に加担した不合理な判決を撒き散らしている民事裁判官たちがけっこういることを知った。

この元凶を突き詰めると最高裁にある、ということが確信できたので、これを書いた。

最高裁はいくら間違った不合理な判決でも、20年来事実誤認、法令違反を主張するものだから、上告の事由に該当しない。」という棄却定文で民事事件の上告を却下し続けている。

裁判官たちがいくら事実誤認、法令違反の間違った判決を下しても最高裁が咎め、是正することはないということを裁判官たちは熟知しているから、安心して不当判決を撒き散らす。

今の最高裁には民事裁判を正しい方向にしようなどという気はまったくない。それゆえ民事裁判官たちはますます堕落する。誰かがこの司法の恥部・秘め事、ブラックホールを公にしなければ、民事裁判は悪くなるばかりだ。

 

第1章 世の中で一番ばかばかしい買い物。民事裁判で味わった幻影 ・ 失望  

    判決は、裁判を行った後に書かれるものと思っていたが、最初に勝ち負けが決まっている、とは!

    判決は、裁判官が証拠・証人に基づいて判決を下すものと思っていたが、証拠・証人を採用するも、しないも、裁判官の自由。判決に都合の悪い証拠は、採用しない、とは!

    ウソをウソと証明すればウソだと判定するのが裁判官だと思っていたが、誰でもわかるウソを正しいとする判決を書く、とは!

    本人・証人尋問でウソを言ったら処罰する、と宣誓させたのだから、ウソを言ったら処罰してくれる、と思っていたが、過去民事裁判でウソを言って処罰された者はいない、とは!

    弁護士が率先してウソを言うとは思わなかったが、弁護士が次から次、後先も整合性もないウソをつき、そのウソを裁判官が唯々諾々と判決に採用する、とは!

    裁判官は、判決を書く人と思っていたら、単なる仕切屋、談合屋、示談屋だった、とは!

    裁判官が出した和解案が不当だから、と判決を求めたら、和解案を棚上げし、相手側全面的勝訴の判決を出す、とは!(裁判官の和解案を拒否した者に対する見せしめ)

    そして、裁判官は脅されると、文書提出命令を引っ込め、相手側を勝たすとは!

    民訴法に書いていることを裁判官自身が実体のない空文にしているとは。

 

などの現状とそのバックグランド(構造)を私の裁判、各種情報を基にまとめたもの。

 

第2章 路上はヤスの法廷だ ヤスの手作り宣伝カー『平成のロシナンテ』

カラーコピーできるポリエチレンシールをA3サイズまで、日本経済新聞記事、民事裁判の欠陥・現状、本「阿修羅になったヤス」、CDROM「路上はヤスの法廷だ!」の宣伝ポスターなどをカラーコピーし、赤外線防止ラミネートを施し、貼ったヤスオリジナル宣伝カー。

今までこのロシナンテに這っているものを読んで本を買ってくれた人もたくさんいます。

 

中国塗料との裁判(その3)「著作権者確認訴訟」現在控訴審、上告までを追加、訂正中

現在のCDROMは、地裁判決まで。控訴審の顛末、上告の状況、判決を下した中野哲弘知財高裁所長、塩月秀平部総括裁判官に対する国賠償裁判の状況などは、これから追加します。

注文をいただいたときには、追加しているものをお送りします。

著作権確認裁判の状況については、後述する「著作権確認訴訟」を読んでください

 

あきれる三つの民事裁判 

その1 ひとつの事件に二つの(犯行)時間があっても問題ないというふたつの判決 

控訴審判決文「第3 当裁判所の判断 3(4)

ところで、原告は、本件と同一事実に関して、・・・被告が本件訴訟において提出した捜査関係記録については、その信用性について疑問がある旨の主張し、原告及び○○が市長室に入室した時間や○○がY警察署に架電し、電話を替わった市長が警察官の出動を要請した時間などについて、前訴判決と本件判決の事実認定が異なるのであれば問題であるなどと主張しているところ、当裁判所は、前訴判決は、Y市を相手とした訴訟であって、本件の被告と当事者が異なり、証拠関係も異なるのであるから、当裁判所の判断が前訴判決と事実認定において食い違う点があったとしても何等問題が生じないと言うべきである。」 ひとつの不退去罪、現行犯逮捕事件にふたつの犯行時間があってはならないだろう、と訴えた裁判で、「訴えた相手が違うから、事実認定において食い違う点があったとしても何等問題が生じない、と言うべきである」、と堂々と書いた判決文だった。

こんな判決をくだす裁判官が世の中にいるか、とあきれ、驚き、無性に腹が立った。控訴したが地裁判決どおりと棄却された。最高裁に上告したら、「本件上告理由は、違憲及び理由の不備・食違いをいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、明らかに上記各項に規定する事由に該当しないと棄却した。

Yさんは二度と裁判はしないと言った。

 

安宅夏夫先生(文芸評論家、日本文芸家協会員、日本ペンクラブ会員)解説

全部デタラメ「日本の民事裁判」

本書は、全頁圧巻ですが、というと形容矛盾になりますが、その通りなのです。その「眼目」は以下です。

最高裁が出し続けている「上告棄却理由」の文言についてです。このことで本書は、現行の日本の民事裁判が、国民の心を踏みにじるデタラメなものであることを暴いた画期の書ということになります。・・ 

 

 

 

著作権確認訴訟について

 

「システムは、原に開発させたことはない、原が開発したというシステムは中国塗料にはない、子会社「信友」、「中国塗料技研」がT電機工業に発注し、作らせたものだ。」という中国塗料のたくらみを完璧な証拠で潰していくさまを読んでください。

 

また潰されても、潰されても、なりふりかまわずウソをつく中国塗料のしつこさを、またこのようなウソばかりつく中国塗料を勝たした裁判所の実態を知ってください。

 

私があきらめれば中国塗料も、裁判所もたくらみが成功したでしょうが、阿修羅になったヤスは、諸捨、すべてを捨て、あきらめずやり返すので、中国塗料も、裁判所も失敗だったことを知るでしょう。

 

著作権確認訴状を提出まで

中国塗料との最初の裁判(平成5年9月から平成9年7月29日まで)は、前記のとおり、残念ながら地裁、高裁とも負けた。

 

その後、中国塗料藤原元社長、山住前社長らを被告とした株主代表訴訟を本人訴訟(平成16年12月22日から19年9月28日控訴審判決まで)で行い、本人訴訟で戦う方法を学んだ。

 

平成16年8月頃、支援者のKさんが自分の裁判(私用メールによる上司批判等を理由とする解雇。グレイワールドワイド事件)が載っていると送ってくれた労働判例No870 2004.7/15には、日亜化学工業「職務発明と特許法に基づく「相当の対価」請求 終局判決」という記事も載っていた。

 

読んで、これは中国塗料で私が8年間、おんぶにダッコで開発・業務運営のすべてを行っていた同社の「船舶情報管理システム」は職務著作にはあたらない、その著作権は私のものという訴えを起こすことができると判断し、訴状を書くこととした。

 

訴状を書きあげ、弁護士に見てもらうため岩城弁護士に平成18年9月26日送ったところ、自分は著作権専門でないから、専門の弁護士に見てもらおうと思うが、時間をもらいたいという電話が入り「急ぎませんから」と答えた。

 

12月13日先生から届いた手紙には、「・・・お送りいただきました職務発明の件についてのご連絡が遅くなり、申し訳ございません。原さんもご苦労されましたように、なかなか難しい分野の業件、・・・これを手がけられる弁護士は極めて限られているとのことですので、本人訴訟という特権(?)という立場を生かし、裁判所受付(書記官)、裁判官の教えを受ける姿勢で臨まれるのが最良の方法ではないかとのことです、・・・少しでも良い結果を得ることが最良の選択でもあります。」と書いてあり、本人訴訟でやることとした。

 

広島地裁に訴状を持参したら、大阪地裁だということで平成19年9月21日大阪地裁に出向きねばり何とか受理してもらった。

 

大阪地裁裁判

地裁裁判は、19年12月13日から田中俊次裁判長、西理香、高松宏之裁判官の下で始まった。しかしたった4回の口頭弁論で終結され、負けた。

 

中国塗料がたくらんだこと

職務著作に該当しないという私の訴えに、中国塗料は「私にシステムの開発を行わせていない、原が作ったというシステムは、中国塗料には存在しない。システムは子会社信友がT電機工業に作らせたもの。その後平成8年に2000万円弱でNECに発注し平成9年に納入されたシステムを使用している」と主張を行った。

 

先の裁判で中国塗料社長も、中国塗料代理人小山弁護士もシステムは私が作ったということを認めていたことを、なぜ中国塗料がこのような答弁書を出し、主張するのか、はじめは理解できなかった。

 

こんな間抜けな答弁は、先の裁判で提出した証拠類で徹底的に反論、反証できるが、その前に私が作ったシステムが中国塗料にあるのか、ないのかを主張すれば裁判所はきちんと裁判・審議するだろうと思った。

 

それで私の作ったシステムが中国塗料になければ、訴えを取り下げるから中国塗料が使っているシステムは、私が作ったものかどうか、裁判所は確認すべきと訴えた。

 

当然の主張だったが、驚くことに田中俊次裁判長は、システムが存在しなくても、判決は書きますと第3回口頭弁論から言い始めた。

 

私は田中裁判長に、金の貸し借りの裁判で、金を貸した、借りたは関係ないという判決はありえないでしょう。システムがなければ、当然私は訴えを取り下げます。あるか、ないかの確認が先決だと訴えたが、第4回裁判で強引に結審し、5月27日午後1時15分「判決言渡し」と一方的に宣言し、裁判を終了させた。

 

この裁判官が私を勝たすことはない、どうせ負ける判決なら、徹底的にやってやると、5月9日大阪地裁に出向き、裁判官を代えるよう裁判官忌避申立てを行った。

 

忌避申立てが通ることがないことはわかっているが、忌避申立てを行えば、判決は即時抗告棄却まで延期しなければならないこと、さらに特別抗告を行えば、場合によっては特別抗告の決定まで延期される。また忌避を受けた裁判官の勤務評定に影響するとも言われているので、ダメモト承知でやり返しました。

 

また5月16日には、裁判官訴追委員会に田中俊次裁判長裁判官罷免請求書を、19日には更迭願いを最高裁事務総局長宛に送った。また弁論再開も申し入れた。

 

21日忌避申立て却下通知が届いたので6月5日、即時抗告を行った。

その間5月23日書記官から判決言渡しは即時抗告の決定が出るまで延期された、弁論再開ではないという電話が入った。

 

7月1日即時抗告却下決定がきたので、7月4日特別抗告を最高裁に送った。理由書は追って提出とした。理由書の提出期日は7月23日だった。

書記官から7月14日、判決言渡しを7月22日に行うという通知が届いた。

 

最高裁が地裁の2倍の裁判費用を取り、受理し、特別抗告理由書の提出を求めているときに、判決を行うという通知を、しかも1050円の切手を貼り特別送達で送りつける。切手代は訴えた者が予納したもの。1枚程度のものを高い切手を使わず普通で送ってくれと申し入れていたので、なんでこんな高い切手を使ったのかと電話したら、規則だと言われた。

 

最高裁が2倍の特別抗告料を取り、特別抗告を受理し、理由書を2週間以内に出せ、と通告しながら、忌避申立ての審議を受けている下級裁判所が判決言渡しを行うことは、最高裁が受理しない特別抗告料をとったら詐欺だ。

 

憲法79条、76条、14条、32条に違反し、特別抗告の事由に該当する。これは憲法違反だから最高裁は本特別抗告を受理しなければならないと特別抗告理由書に書いたが、馬耳東風、馬の耳に念仏、カエルの顔に小便。暖簾に腕押し、無視され、裁判は再開されず、判決が下された。何のための特別抗告なのだろう。

 

地裁判決

平成20年7月22日判決は、主文は棄却だが、裁判所判断(判決理由)は、システムが著作物であること、開発したのは私であること、また「共有著作物であれば判決する用意はある。」と書いてあった。しかし、システムは「明示、黙示の発意(命令・管理)」もあり、職務著作に該当するから、著作権は信友、中国塗料技研のものとしていた。

 

中国塗料は、私にシステム開発をさせてない、原敏恭が開発したというシステムは中国塗料に存在しないというだけで、職務著作についての主張は一切行っていない。

また職務著作の絶対的条件である「明示、黙示の発意(命令・管理)」などいう主張もなく、審議もされなかった。

 

「明示・黙示の発意(命令・管理)」が存在したというのは、裁判所が中国塗料を勝訴させるため勝手に創造したもの。中国塗料にとりこんなありがたい裁判所はない。

いくら貰って中国塗料のためこんな判決を書いたのだろうと思うのは当然であろう。

中国塗料は裁判所に足を向けて寝れないだろう。

 

私は中国塗料小山弁護士が係わった遺産横領事件の顛末を著作権裁判とは関係はないが、「準備書面(2)(被告代理人小山弁護士人格について)(被告代理人が証人、遺言執行人になった遺言公正証書事件)」として、第2回口頭弁論前にあえて裁判所に提出していた。

 

準備書面に書いたことは、小山弁護士が妻の従兄弟の叔母の遺産について叔母の自筆遺言書があるのに、小山が証人、遺言執行人になり叔母の自筆の署名もない遺言公正証書を作り、現金1837万円余を下ろし、遺産横領事件で訴えると通告したら、3日後に現金を戻し、叔母の自筆遺言書通りで解決し、その後、私が広島弁護士会懲戒委員会に懲罰を求めたが、懲罰にあたらないとされたので、やむなく日弁連に「異議申出」を行ったことなど事件の顛末を徹底的に書いて提出した。

 

裁判長は、事件と関係ないので審議しないとしたが、小山弁護士はこの準備書面に一言も発言せず、黙って下を見ていた。

 

こんな準備書面を裁判所に出されたら、弁護士なら私を名誉毀損で訴えるものだろう。小山弁護士は「阿修羅になったヤス」を名誉毀損で訴えたのだから、訴えることはできるはず。中国塗料は決算報告に毎期「法令遵守」を謳っている。顧問弁護士の人格が糾弾されてはならないこともわからないかと、小山弁護士の顔を見てた。

 

私は、田中裁判長が準備書面は採用しなかったので、高裁(知財高裁)には送られていないと思っていた。平成23年10月26日最高裁に裁判記録の閲覧・コピーに出向いたら、最高裁に送られていました。最高裁に送られているということは不特定多数の事務官、書記官、裁判官がこの準備書面を見た可能性がある。私は今後もしつこくこの事件をあらゆる機会に書き続ける。そして小山弁護士が私を訴えれば、この事件をさらに公にできると思っている。

 

知的財産高等裁判所 控訴審 (平成20年10月29日〜23年3月15日)

控訴状は平成20年7月25日に、控訴理由書は私で書き、9月8日に提出した。

 

控訴理由書で訴えたこと

「第2 以下の重要事項について原判決には不備がある。よって控訴審では以下の事項をについて、十分な審議を行い、適正な判断を求める。

1.控訴人が昭和60年から平成5年1月末まで当時の被告中国塗料加藤社長の特命で開発、運営のすべてを控訴人が行っていたシステムは、被告中国塗料には存在しないという被告中国塗料主張が事実であるか。

2.被告中国塗料使用中のものは、平成8年9月に日本電気株式会社(以下、NECという)に金1982万6985円で発注し、平成9年3月と6月に納入されたものだという被告主張(被告答弁書、準備書面)が事実であるか。

3.被告中国塗料株式会社発行(T電機工業株式会社宛)『基本ソフトウエア保守・サービス契約解約申入書』発行日は、平成10年7月27日となっているが、平成10年7月までは被告中国塗料は1BM機種を使用していたのではないか。

4.被告中国塗料が使用中のものは、控訴人が開発し、IBM機種で稼動させていたものを、被告がNEC機種に金1982万6985円で変換させた変換料で、被告中国塗料は控訴人が開発したものを現在も使用しているという控訴人主張が事実か。

5.被告中国塗料は、控訴人開発システムを昭和60年からIBM機種に毎日膨大な船舶塗料に関するデータ(船舶情報、塗装仕様書、塗装記録情報、成績管理情報、入渠管理情報など)を入力していたはずだが、被告主張平成9年3月、6月NECシステム稼動時、稼動後どうしたのか。

6.被告中国塗料は、平成5年1月末、控訴人退職後NECシステムが平成9年3月、6月納入・稼動するまで、あるいはIBM機種基本ソフトウエア保守・サービス契約解約申入書』発行日(平成10年7月27日)まで、被告中国塗料は控訴人が開発したシステムを使用していたのか、または使用していなかったのか。

7.控訴人開発システムを使用していなかったのであれば船舶情報、塗装仕様書、塗装記録情報、成績管理情報、入渠管理情報などはどのように対応していたのか。

8.職務著作が成立するための要件は、著作物作成につき法人などの発意がなされ、その企画段階で従業員の意見を聞くことはあっても、最終的には法人等が具体的な判断を下していなければならない、また法人等の発意、雇用関係、職務上の作成などの諸要件の充足を厳密に吟味しなければならないとされているが、被告中国塗料船舶除法管理システムは、控訴人が発意し、被控訴人中国塗料は、退職まで、被告中国塗料は、控訴人が言うとおりの費用を子会社、外注先に払い、すべて控訴人におんぶに抱っこでシステムを開発・運営させていたもので、「著作物の作成につき、その企画段階で従業員の意見を聞くことはあっても、最終的には法人等が具体的な判断を下していなければならない。」などという法人等発意は一切なかったという控訴人主張に、被告中国塗料は、船舶情報管理システムを控訴人に開発させるに当たって、法人としての発意をどのように控訴人に行っていたか、また控訴人に具体的判断・指示、管理・監督をどのように行っていたか。

9.被告中国塗料代表取締役山住哲夫社長に対する尋問を認め、事実究明を行うこと。

10.控訴人は中国塗料株式会社(以下中国塗料という)の社員ではなく、子会社中国塗料技研株式会社の社員で、平成5年2月に子会社中国塗料技研株式会社を退社したという被告主張(被告答弁書、準備書面)が事実であるか。

 

理由書提出後書記官から第1回口頭弁論までに代理人を決めるよう求められた。

代理人弁護士を付けなければ1回の裁判で片付けられる可能性が強いこと、また地裁判決理由が負けてはいなかったので、控訴審は代理人を立てて戦うと決めていた。

 

弁護士になる前はシステムエンジニアだった若い意欲ある弁護士先生を椎名麻紗枝先生に紹介してもらい、訴訟代理人をお願いした。

 

第1回裁判前に、システムは「職務著作」にあたらないという準備書面(1)を出してもらった。

 

控訴審は、第11回(平成22年7月21日)まで中野哲弘部総括裁判長、その後判決まで塩月秀平部総括が担当しました。裁判官は第9回(22年3月17日)まで森義之、渋谷勝海、その後は清水節、古谷健二郎裁判官で行われた。

 

中野哲弘裁判長は、著作も「新・裁判実体系」など多くの本を出している日本を代表する実務派裁判官で、地裁を本人訴訟裁判でやった裁判になぜこのような大物裁判官が担当したことに驚いた。

中野哲弘 知財高裁 所長履歴

平成22年8月21日 知財高裁 第3代目 所長

平成17年4月1日  知財高裁 部総括

平成17年1月28日 東京高裁 部総括

平成15年4月1日  宇都宮地裁 所長

平成13年8月24日 青森地裁 所長

昭和63年4月1日〜平成5年3月31日 検事

 

第1回裁判(口頭弁論)(平成20年10月29日)

現在控訴審は1回で終わると云われている。弁護士も、私も心配しながら平成20年10月29日第1回口頭弁論を迎えた。

 

私は第1回口頭弁論のため、10月4日から東京に出向き、1500枚以上の傍聴依頼チラシを6日から配り、23日には司法記者クラブ15社へ、取材要請状を傍聴依頼チラシ、CDROMを添え持参しました。

 

当日、傍聴席は私を応援してくれている人29名、中国塗料側2〜3名、裁判所関係かマスコミ関係か不明3名でほぼ満員だった。

傍聴には、安来市から、上州赤城村から、鎌倉、千葉市から駆けつけてくれた。

 

中国塗料小山弁護士もまた裁判官も、広島から訴えた個人の裁判に、これほどの傍聴人が集まったことに、驚いた様子でした。特に裁判長は一度法廷に入り、傍聴席を見て、また後の扉の中に戻った。傍聴席から早く出てきなさいと声がかかった。

 

私が平成13年から東京の裁判所に出向き、チラシを配り、本を売ってきたことがこの傍聴に繋がったと思った。

 

岡弁護士は10月27日に裁判所に提出した「準備書面(1)」、「訴えの変更申立て書」、「中国塗料代表取締役 山住哲夫」及び「私、原敏恭」尋問申出書に対する提案趣旨、調査官による調査(民訴第92条の8)の要請などをまじめに訴えた。

 

裁判長は、私にいつまで被控訴人が私のシステムを使用していたか、という陳述書を12月19日までに提出すよう、被控訴人は私の陳述書に対する反論書を1月20日までに提出するよう求め、中国塗料も了解した。

 

また裁判長からは、大阪地裁裁判(一審)で3月27日結審後裁判所に提出した準備書面(1)から(9)について裁判所は採用(陳述)されていないが、取り下げるか、陳述するか、と求められたので陳述します、と答えた。

 

第1回控訴審は結審されず、裁判所もキチンと審議する姿勢で第2回裁判日時も決まり、安心した。

 

第2回裁判(口頭弁論)(平成21年1月29日)

第2回裁判で中野裁判長は、中国塗料に「釈明命令」というものを出した。

これは皆に読んでもらおうとチラシにして裁判所前で配った。

親しい弁護士の先生がめったに裁判所が出すものではない、ヤスさん先が明るいよ、と言ってくれ、喜んだ。

 

「釈明命令」文面は次のとおり。

被控訴人は、平成21年1月8日付け準備書面Tにおける「控訴人が開発したと主張する「船舶情報管理システム」なるものは、被控訴人内には存在しない。」との主張に関し、平成21年2月27日までに別紙の事項を明らかにせよ。

平成21年1月29日

知的財産高等裁判所 第2部 裁判長裁判官     中  野  哲  弘

 

これは正本である。

平成21年1月29日

知的財産高等裁判所第2部 裁判所書記官 増茂留美

 

別紙

1.    控訴人に対する「船舶情報管理システム」又は「船舶塗料に関するデータベース」に関するプログラム開発・製作又は運営を依頼の有無(業務上の指示を含む)

2.    (上記1における依頼ないし指示の存在を前提に)

(1)  依頼ないし指示の具体的内容

(2)  ア 当該プログラムの開発・製作・運営の経緯および完成の有無

  甲22〜38(控訴人が主張する船舶情報管理システムの内容を示す書類)について、当該書類又はこれに該当するシステムないしプログラムについての認識の有無、これらと上記1のシステムとの関係

  甲39〜70(控訴人から被控訴人関係部署宛文書・一覧表は甲38)の各文書について、受領の有無及び当該書面作成の趣旨

(3)  被控訴人において現在使用している「船舶情報管理システム」(平成8年9月に日本電気株式会社に発注、平成9年3月及び6月納品)の発注の経緯及び内容

(4)  控訴人の開発・製作・運営したプログラムと被控訴人において現在稼動しているシステムとの対応関係の有無及びその理由

 

中国塗料は以下の回答を平成21年2月26日付準備書面U(全文)出行った。

 

 御庁の被控訴人に対する平成21年1月29日付け「釈明命令」に対しては、以下のとおりである。

1 釈明命令第1項について。

(1)船舶情報管理システム(以下、「本システム」という。)とは、被控訴人の顧客が使用している船舶塗料に関する履歴であって、船舶毎に何時・どのような塗料をどの程度塗ったかを明らかにするものである。

(2)被控訴人は、その100%子会社である信友株式会社(以下、{信友}という。)に対して、被控訴人の費用負担において本システムの開発についての業務委託をしたことはあるが、控訴人に対して「船舶情報管理システム」又は「船舶塗料に関するデータベース」関するプログラム開発・製作または運営を依頼した事実はない。

(3)信友に業務委託した本システムの開発は、T電機工業株式会社の協力を得て、1990年(平成2年)に一応の完成を見て被控訴人に納入された事実はある。この過程における控訴人の関与の有無・程度については、控訴人の知るところではない。

2 釈明命令第2項について。

(1) 釈明命令第2項(1)について。前項の通り、被控訴人より控訴人に対して、具体的に依頼ないし示(指示か?)を行った事実はない。

(2)釈明命令第2項(2)アについて。第1項(2)(3)のとおりる。

(3)釈明命令第2項(2)イについて。控訴人が甲第22号証〜甲第38号証で主張する内容は、控訴人が信友において行った作業についてのもののようであるが、これが第1項(2)(3)により被控訴人に一応の完成を見て納入された本システムに内包されているかどうかについての具体的認識はない。

(4)釈明命令第2項(2)ウについて。甲第39号証〜甲第70号証の各文書については、釈明命令の趣旨に沿うべくその受領の有無を確認するため、原本を被控訴人の社内および倉庫を探すも、保存期間経過により廃棄処分されたものと思われ、見つからなかった。 よって、同文書の被控訴人における受領の有無については確認できない。なお、当該書面の作成者は控訴人であるので、被控訴人において書面作成の趣旨についての回答は不能である。

(5)釈明命令第2項(3)について。信友への業務委託により一応の完成を見て使用を開始した本システムは開始当初より完全なものとは言い難く、また、その後の被控訴人の営業規模の拡大に対応しきれなくなるとともに、システムとしても陳腐化するに至ったため、被控訴人は、これらの問題点を解消する船舶情報管理システムを整備する必要にせまられて、新規に日本電気株式会社に対して発注を行ったものである。

(6)釈明命令(4)について。上記のとおりであるので、控訴人が開発・製作又は、運営したと主張するプログラムと、被控訴人において現在稼動しているシステムとの対応関係はなく、控訴人が開発したと主張する「船舶情報管理システム」なるものは、被控訴人内には存在しない。 以上

 

この回答のウソが余りにひどいので、先の裁判(社長が業務委託を私に約束したかどうか)で平成6年7月15日に行われた中国塗料代表取締役会長加藤正二本人調書で、現小山雅男弁護士と当時の私の代理人岩城弁護士の尋問内容、「加藤社長本人が私に開発を依頼し、期待に沿うようやりつつありました。」と証言していること、また私がT電機社長に開発を発注したもので、中国塗料がT電機に開発を発注したものではないこと、先の控訴審終了後、T電機工業に「社長付」「総務統括部情報システム部長」として平成9年10月から1年間就職したこと、そのときの私の役職名刺を証拠として提出する、T電機工業を1年で辞めた理由は、本を出し、中国塗料に名誉毀損罪で訴えさせ、これを潰し、民事裁判で負けた汚名を晴らすため、T社長の了承を得て、退職したということを訴えた「準備書面」を4月3日付で提出した。 

 

また岡弁護士は4月6日付「準備書面(3)」で「被控訴人は,控訴人作成の船舶情報管理システムがないと主張するのみで,一向に積極的な立証を行うことをしない。そこで,控訴人としては,まず,被控訴人側に対して,被控訴人が日本電気株式会社が作成したと主張する被控訴人が現在使用している船舶情報管理システムのデータ仕様書や画面仕様書の提出をしてもらうため,裁判所に文書提出命令を発令していただくよう求めたい。」とした文書提出命令申立書(1)及び(2)を提出した。

 

第3回裁判(口頭弁論)(平成21年4月9日)

第3回裁判で中野裁判長は、文書提出命令申立書に応じ、中国塗料にソースプログラムを出するよう求め、また証人尋問も行うと伝えた。

 

第4回裁判(口頭弁論)(平成21年6月18日)

第4回裁判前に中国塗料は「控訴人の平成21年4月7日付け文書提出命令申立書(1)に係わる文書は、民事訴訟法220条1号〜3号の何れにも該当しないため、被控訴人に当該文書の提出義務はない。よって、被控訴人は、その提出はしない。」という「準備書面V」を提出した。

 

裁判で中野裁判長は、「民事訴訟法220条には4号もあります。4号はイからホまで、被控訴人は4号のどの項に該当するか述べていません。4号についてどのようにお考えですか。4号のどの項に該当するから提出義務はないのか回答してください。」小山弁護士に伝えた。

 

中国塗料小山弁護士は、「六法全書を持参していない。六法全書を見せていただきたい」と言い、さっさと六法全書のあるところに行き、六法全書を自分の席に持ってきて開き、4号については知らなかった、確認し、回答します、と答え、傍聴席から笑いが起こった。

 

裁判後のミーティングで傍聴者から弁護士が重要な民訴法220条文書提出条文を知らないはずはない、あの弁護士は演技をしたという言葉にみんなが納得した。

 

結局中国塗料小山弁護士は7月15日までに提出すると答えた。

また裁判長は私に、本人尋問の必要性をまとめた「陳述書」をいつ出せるかと聞き、私は10日には出すと答え、6月中に出すことが決まった。

 

第5回裁判(口頭弁論)(平成21年8月27日)

中国塗料7月17日付準備書面Wには、「控訴人の平成21年4月7日付け文書提出命令申立書(1)第1項「文書の表示」につき、被控訴人内に(1)(2)は存在するが、(3)は存在しない。」たったこれだけしか書かれていなかった。これが民訴法220条文書提出の条文に対する準備書面だった。中国塗料はいつも決算報告書に、法令を遵守すると謳っている。この会社の法令遵守とは何か聞きたい。

裁判所もなめられたものだと思った。

 

第5回裁判は4時からだったが3時30分から17階の別室で協議を行い、その後、4時から法廷を開くと裁判所から連絡があったと弁護士から連絡を受け、出向いた。

 

3時30分から45分まで若い右陪席裁判官が中国塗料小山弁護士に民訴法220号4号イからホ号に該当しなければ、提出義務を負いますと何度も言ったが、小山弁護士は、「あるか、ないか」を回答することと思った。私はコンピューターのことはわからない、会社に聞いてお答えすると「おとぼけ一辺倒」だった。

 

裁判官は、プログラム作成に私がどのように係わったか、わかるもの(T電機工業にいつどのようなプログラムをどのような仕様書・指示書でいくらの価格で発注し、T電機工業はいつ納入したか)を提出するよう求め、その後、裁判長にも入ってもらいます、と部屋を出て行き、3分程度で裁判長、左陪席らが入室した。

 

裁判長も小山弁護士に、民訴法220条4項に基づききちんと回答することを求め、小山弁護士はコンピューターに詳しくないので、システムの存在だけを回答すればよいと思っていたと、また同じ答えを繰り返した。私にはT電機工業へのシステムの発注方法・納入・検証・稼動などの履歴を出すよう求めた。私は難しいことだが、満足なものが出せるかどうか、やってみますと答えた。4時になり法廷に移動した。

 

法廷で、中野裁判長は、中国塗料小山弁護士に、民訴法220条4項に基づききちんと回答することを求めた。小山弁護士はコンピューターに詳しくないのでシステムの存在だけを回答すればよいと思っていましたとまた同じ答えをくりかえした。

 

裁判長は文書提出をいつ出せるかと聞き、小山弁護士は9月中に出すと答えた。

 

私は、あえて発言を求め、被控訴人代理人は、裁判所「釈明命令」に「準備書面U」で、「控訴人に対して「船舶塗料に関するデータベース」に関するプログラムの開発・製作又は運営を依頼した事実はない」と答えているが、私が今回提出した甲第132号証「船舶基本情報相関図」、甲133号証「船舶情報管理システム 体系・機器・担当者・業務の流れについて」で私がどのようにシステムを開発、業務を行っていたか、詳述しました。しかし被控訴人は一切反論していません、ということは私が中国塗料船舶情報管理システムの開発、業務運営を行っていたことを認めるということかと聞いたら、小山弁護士は準備書面でないから答える必要はないと答えた。

 

答えないことはわかって聞いたこと、意地悪く、それでは準備書面で回答を求めますから回答してくださいね、と言ったら、黙って下を向いていた。都合が悪くなると、だんまり、無視、これがこの弁護士の常套だった。

 

第6回裁判(口頭弁論)(平成21年10月15日)

第6回裁判前に、中国塗料のウソを証明するため10月2日付で新たな証拠(甲136号、甲137号、甲138号)を付け、準備書面(5)を裁判所に提出した。

 

証拠甲136号は、中国塗料がシステム開発はT電機工業に開発させたもので、私が開発したものではないと繰り返しているので、T電機社長に、プログラムは私が書いた仕様書、指示書に基づき見積を私に出し、私が認めた価格で受注し、プログラムを納入し、私が検収後、代金が支払われていたという証明書に署名、押印してもらい、裁判所宛に提出してもらった。中国塗料も、まさかT電気工業社長がこんな証明書を裁判所に出すとは、予想もしなかったことだろう。

 

証拠甲137号証は、私がコンタクトしていたT電機工業プログラマーほかの名刺14名分をコピーし提出した。この名刺の社員の何人かとは今もパソコンでわからないことがあると教えてもらっている。

 

証拠甲138号は、352頁にわたり私が書いた「中国塗料船舶情報管理システム」操作説明書で、私が退職前の平成4年12月17日付で社長ほかに送ったもの。機器操作から画面操作、出力操作など私が作ったシステムすべてを網羅しているもの。

 

中国塗料が現在使っているものは私が作ったものではない、別のものだという主張を繰り返しているが、私が作った船舶塗料のシステムとは別のものを作ることは不可能だということがこの説明書から証明できたと信じている、

 

この準備書面(5)及び提出した証拠類で中国塗料のウソを完璧に潰したと思ったが、ウソがばれるとまた違うウソをつく中国塗料と代理人弁護士だから、また新しいウソをつくのだろうと思いながら10月2日準備書面(5)を裁判所に提出した。

 

当日弁護士から中国塗料乙3号証から6号証の6まで昭和61年から63年までの資料と準備書面Yが送られてきた。送られたものは、昭和61年から63年の稟議書、システム計画書、見積書などだった。

 

中国塗料は、今まで裁判所の「釈明命令」に「釈明命令の趣旨に沿うべくその受領の有無を確認するため、原本を被控訴人の社内および倉庫を探すも、保存期間経過により廃棄処分されたものと思われ、見つからなかった。」と答え、また私が中国塗料準備書面Uに書いていることは、これもウソと証拠をつけ反論したら、中国塗料は「準備書面Uに関する資料はない」と「準備書面V」書いていた。また中国塗料は平成5年から9年7月29日までの先の裁判でも、文書提出命令申立書に、文書はない、と何も出さず、文書提出を拒みながら、23年前の稟議書、21年前私が書いた「新造船受注システム計画書」を私の名前を削除し、製作者「信友株式会社」として出してきた。この会社は先の裁判でも同様なウソを連ね、裁判をなめきったやり方で、勝っている。民事裁判がしっかりしていれば、これで勝負あった、というところだが、今の民事裁判では勝ちパターンになっている裁判でも、どうなるかわからない。

 

23年も前の昭和61年から63年資料類を出したということは、船舶情報管理システムに関する資料は、私が書いたものを含めすべて持っているということがはっきりした。今まで私が準備書面、陳述書で提出を求めたものは、すべてを出すよう準備書面(6)で訴えた。

 

当日の法廷で裁判長に、私が書いた準備書面(5)(6)についての旨説明をさせてくださいと求め、了解を得て用意していた趣旨説明書を読み上げ。またこの趣旨説明書を傍聴者全員にも配った。

 

岡弁護士は、被控訴人はソースプログラムを1画面しか出していないが、すべてを出すよう求めた。

裁判長は、中国塗料にソースプログラムすべてをいつ出せるかを聞き、中国塗料は、1ヶ月と答えた。私は、コンピューターに出力させれば1日か2日程度で終わるもの、1ヶ月もかからないと申入れ、2週間以内に出すことが決まった。

 

裁判長は、被控訴人が出した後、いつ準備書面が出せるかと私に聞き、私は被控訴人がすべてのソースプログラムを出すとは思っていない、控訴人は今後ともきちんとプログラムの提出を求めるので、被控訴人は出して欲しいと訴えた。また中国塗料から出されたソースプログラムについては、私が今回提出した甲138号証「中国塗料船舶情報管理システム操作説明書」に書いてあるものと比較し、私が開発したものはどの部分か、追加された部分などを精査し、準備書面を2週間で出しますと答えた。

 

第7回裁判(口頭弁論)」(平成21年11月26日)傍聴席から尋問席へ

中国塗料が11月17日付で裁判所に提出した「準備書面[」には、「「控訴人の平成21年10月8日付け準備書面(7)、及び控訴人の平成21年11月11日付準備書面(8)に関して、以下のとおり陳述する。1.控訴人の平成21年4月7日付文書提出命令申立書(1)に係る文書については、被控訴人は乙第7号証の1乃至乙第24号証としてすべて提出した。控訴人は、さらに、控訴人主張に係る設計図等を提出せよなどというのであるが、被控訴人がこれに応ずる由もない。・・・・」と、これ以上文書は出さないと書いてあった。

 

前回第6回裁判(口頭弁論)で中国塗料はすべてのソースプログラムを出すことが決まり、10月20日付で中国塗料は乙10号証〜18号証の2まで178頁分を出したが、塗料、塗装そして成績に関するものはまったくなかった。私は弁護士を通じ求めたところ、中国塗料は、11月6日付で19号証〜24号証まで340頁分が出てきたが、内容をバラバラに切り刻んだもので、連続性がなく、如何にごまかそうとしたものだった。

 

岡弁護士に内容がわかるものを出させて欲しいと頼み、弁護士が「準備書面(8)」を裁判所に提出し、中国塗料が提出したものが、この「準備書面[」だった。

 

裁判長は、被控訴人側「証拠乙第10号証から乙第18号証の2まで」及び「準備書面[」まで、控訴人「準備書面(8)及び(9)」について陳述を行い、その後意見を私たちに求めた。

 

岡弁護士は被控訴人が提出したものは、控訴人準備書面(8)(9)で述べている通り、画面の添付もなく、内容不明、これがすべてという被控訴人主張には、納得できない。画面転移図等などNECシステムの内容がわかるものの提出するよう求めたいと訴えた。

 

続いて私は、「小山弁護士はコンピュータシステム関する知識に乏しいと繰り返している。傍聴席に中国塗料のコンピューター部門の責任者の「山崎」という社員がいるので、答えるよう求めます。」と言ったら、山崎は目をつむり、寝たふりをした。

 

私は 「被控訴人は「準備書面[」で、これがすべてと言っているが、システムと言うものは繋がったものをいうのもの、こんな細切れ、切り刻んだものをシステムとは言わない。すべてかどうか答えなさい。」と強い声で言ったが、彼は目を開けようとしなかった。

 

隣の部下が「眠っています。」というので「眠るということは大物だが、きちんと答えなさい。あなたには答える責務があります。」と声を荒げ、言ったら、裁判長が「声が大きすぎますと」注意したので「ごめんなさい、しかし、彼には答える責任があります」と言い、着席した。

 

その後、裁判長が「控訴人主張について、お答えくださいと「山崎」に言ったら、彼は目をパッチリ開け、コボルがどうの、NECに作らせたもので内容はわからない、オフコン仕様なのでなど」と言ったので、私は提出されたものの画面は、パソコン仕様でオフコン仕様ではない、画面の後に添付されているものはまったく画面と関係のないものばかり、整合性のあるもの出しなさい、ウソを言いなさんな」と、攻めた。

 

裁判長は「これから別室で協議いたします。被控訴人代理人及び「社員」の方、控訴人は16階第2協議室に移動してください。」と宣言し、法廷を閉廷し、16階協議室に移動した。

 

裁判長は多分、私が声高で傍聴席の山崎とやりとりすることや、裁判長自身もつられて傍聴席の者とやりとりすることは「まずい」と判断し、別室で行うこととしたのだろうと思った。

 

傍聴の人たちは戸惑ったようだったが、皆さんに説明し、了解してもらい、裁判後いつものように日比谷公園カフェテラスで報告・反省会を行いますので、そちらで待っていてくださいと頼んだ。何人かが「原さんがんばって」と声をかけてくれた。

 

16階協議室には、3人の裁判官に加え、コンピュータ関係の技官も加わり、山崎への質問が行われた。法廷では裁判長だけが発言していたが、協議室では右陪席裁判官ばかりでなく左陪席裁判官、技官も積極的に山崎に質問した。左陪席裁判官がコンピュータ関する知識がなみなみでないのに驚いた。さすが日本で唯一つの知的財産高等裁判所と感心した。

 

こちらの岡弁護士は弁護士になる前はシステムエンジニア、そしてすべてのシステムをゼロから作り、システムの隅から隅まで把握している私、このような知識を持った6人が「山崎」に質問するのだから、彼のウソは木っ端微塵だった。時間は40分近く行われた。

 

裁判所は、中国塗料が現在使用しているNECシステムの内容を完全に把握することが一番重要と判断しているので理解できるものを裁判所に提出してください、裁判所は提出されたもので中国塗料コンピュータ画面(NEC)の確認を行うとも伝えた。

 

今回傍聴席から連行(あえて連行という)された山崎という社員は、以下の通り元藤原社長、現山住会長らが私に行った「詐欺による解雇」「中国塗料船舶塗料データベースのタダ取り」後、このシステムを動かしている実行部隊の責任者である。

 

「山崎」という社員について、私は自費出版本「阿修羅になったヤス」、453頁「サラリーマン55歳の反乱」付記、「@独立を阻む会社を提訴(平成8年10月28日)」で、「自分が主人公で、全国紙に連載されるなど思いもしなかったので、実際、新聞を見ての感激は、筆舌を越えるものだった。早速当日午前、被告会社は、代理人弁護士が「このような一方的な記事を書かれたので、朝から得意先を始め、あちこちから電話問い合わせ等で大変迷惑している。即刻中止し、訂正記事を出さなければ、しかるべき法的手段をとる」との申し入れを新聞社に行なった。そして、夕方には、総務課長(山崎)から「原さんの言い分ばかり記事にしないで、中国塗料の言い分も記事にして欲しいので、出向きたい。との申し入れがあった・・・」と、また現在発売中のCDROM「路上はヤスの法廷だ!」では、「平成14年、15年、16年、17年株主総会に「いつも株主からの質問等は届いていません」と私が出した株主としての質問状を無視し、株主総会の司会をやる社員であると書いている。

 

「山崎」は会長の山住、小山弁護士同様平気でウソをつく許せない社員である。

広島から出張旅費で出てきて、法廷で寝たふりをし、会社の恥をさらした。

 

前回から社員の「山崎」が傍聴席にいので、今回もいてくれと願っていた。彼を傍聴席から釣り上げ、予想以上の成果を得て裁判だった。

 

その後裁判は、中国塗料コンピューター部門の責任者「山崎」を中心に進められた。

裁判所もNECの確認なくしてこの裁判は進まないと言ってくれた。奇跡の扉が開く予感が強まった第7回裁判だった。裁判は「下駄を履いて見なければわからない」と言いますが、このまま裁判が進めば、勝訴への道を走ると確信した。

 

支援者に送った裁判報告には、「昨年10月29日第1回控訴審から今回まで7回、東京に出向き、毎回4週間近く東京での生活を乗り越えることができたのも、宿をタダに近い値段で貸してくれる方、週末車を預かってくれる方、多くの方の支援のお陰。現在控訴審は、「1回で結審、判決という時代に、これだけ公正な裁判が7回も行われ、これから「証人尋問、検証」が行われる裁判になったのも、皆さんのご支援の賜物です。裁判は一人でできないことを教えてもらいました。」と書いた。

 

第8回裁判(進行協議)(平成22年1月27日)

中国塗料が1月14日付で出してきたものは、「原価管理」と「受注予量」というシステムで「船舶情報管理システム」とはまったく別のものだった。

 

私が作ったシステムは、「訴状」「控訴理由書」平成21年11月17日付「準備書面()」にも書いているように、世界のどの造船所で、これから作られる船は、どこの船会社のどのような船で、どの部分はどのメーカーのどの塗料が塗られることに決まったか、どの船のどの部分の塗料が未だ決まっていないか、中国塗料が受注した新造船用塗料はどのように塗装されたか、塗装された塗料の成績はどうか、また現在動いている世界の船のどこの部分にどのメーカーのどのような塗料が塗られているか、その成績はどうか、船の塗料が次に塗り替えられるのはいつか、また塗られた塗料の成績はどのようなものか、次に塗る塗料はどの塗料が最適か、また、どのメーカーのどのような塗料か塗られることに決まっているか、決まっていないか、成績の悪い塗料が塗られた船はどれかなど、新造船建造時の塗料から現在就航している修繕船の塗料について、一隻、一隻の塗料に関する履歴管理で、世界の船の一隻、一隻の船舶塗料についての戸籍簿で、原価計算、販売予量システムではない。

 

また中国塗料が11月6日付で出した乙第20号証(83頁)の1頁目「メイン、本船概要・入渠情報、前回塗装仕様、入渠成績、入渠成績図、今回塗装仕様、塗装日程・記録、下地処理実施図、使用塗料・電気防食、AF使用量内訳、次回推奨塗装仕様、社内用」という端末機「初期画面」をみつけたが、これに対応する操作画面はなく、まったく無関係のものがついていた。

 

この乙第20号証初期画面に対応する操作画面が提出されれば、私が作ったシステムと対比できるので初期画面に続く操作画面の提出するよう求めた。

 

裁判長は中国塗料山崎に持参していたプログラムファイル(約1400頁程度)のコピーとすべての操作画面をビデオに撮り、2月末までに提出するよう求め、中国塗料は了承し、中国塗料が出したものに、私は3月17日第9回裁判までにその検討結果を出すことが決まった。

 

第9回裁判(進行協議)(平成22年3月17日)

第9回裁判は正念場と位置づけ32日付で「上申書」を提出した。

上申書には、@平成19年9月21日大阪地裁(知財部)「訴状」提出から判決まで、A平成20年7月25日付「控訴理由書」提出から平成22年1月27日第8回裁判までの経緯、B潰されても、潰されても出し続ける中国塗料の「ウソ」の数々、C私の民事裁判改革への取り組み、D私が裁判所前で平成13年から配り続けている「チラシ類」、E控訴審での「傍聴チラシ類」、F支援者ほか、日経連、マスコミ、塗料業界、船主・造船各社、弁護士などへのメールの発信日時とその内容などを証拠として付けた。

 

2月27日から東京に出向き、中国塗料から届いた証拠類を3月1日弁護士事務所に出向き、受け取った。てっきりプログラムとビデオが来たものと思ったら、中はプログラム仕様書(500ページ)とCDROMだった。

 

CDROMに入っていたものは、新造船受注情報、塗装仕様発行システム、成績管理システムの一部入力画面とメニュー画面だけだった。

 

「プログラム仕様書」は、すべてNECソフトウエア中国が中国塗料にプログラム納品時に付けたもので、プログラム納品年月日が書かれていた。

中国塗料が発注時にNECに出した発注仕様書はなかった。

 

船舶塗料に関する知識がないNECソフトウエア中国がいきなり、納品時に「プログラム仕様書」を自分で作れるわけはない。IBMシステムを下敷きに、プログラムを作り、納め、納める際、私が証拠甲138号で裁判所に提出した352頁にわたる「中国塗料船舶情報管理システム」操作説明書を参考にこの「プログラム仕様書」を作ったものだということが理解できた。また「プログラム仕様書」を詳細に見ると随所にすり替えていたところがあった。

 

裁判長は私たちが要求するものを提出するよう中国塗料に求めた。

中国塗料は3月中に控訴人から要求が出たら、4月中に出すと答えた。

 

ここ3回の裁判で中国塗料が出した資料から「マスタプログラム類」「出力類」「主要システム類」すべて、私が作ったものの丸写しであることが、はっきりした。もし中国塗料が正直に出したら、NECシステムは私がIBMで開発したシステムの丸写しであることがさらに確認できると思った。

 

≪3月18日付 あきれる中国塗料「求釈明申立書」≫

中国塗料小山弁護士は、裁判翌日広島の事務所から午前9時41分に以下のような裁判所を脅した「求釈明申立て書」を裁判所、私の弁護士にファックスした。

 

内容は、

「 2. 被控訴人が使用してきた「船舶情報システム」は、平成8年9月、被控訴人において日本電気株式会社(以下、[NEC]という。)に発注し、平成9年と3月にNECより検収を経て納品されたものである。要するに、この船舶情報システムは、控訴人が開発したものではない。

3. ところが、控訴人は、当審において、「現在被控訴人において、稼動している船舶情報を管理するシステムは、控訴人自ら企画・設計し、プログラムに著作権を有する本件船舶情報システムを移植したものに過ぎず、実質的に同一のものである」と主張するに至っているが、その根拠が全く明らかとされていない。控訴人の前項の主張からすると、現在、被控訴人内で稼動している船舶情報管理システムは別物であるが実質的に同一であるというのであるから、著作権法112条に基づく同システム使用の差止請求とかいったことになるべきでもので、同システムについての著作権確認ではない。

4. 前項につき、御庁は、控訴人に対して以上の点につき釈明を求めることもなく、不適法と思われる控訴人の主張を野放しにするばかりか、控訴人の主張にただただ盲目的にしたがっている。このような弁論主義に悖る訴訟指揮に被控訴人は異議を唱えてきたのは至極当然のことである。

遺憾ながら、御庁は、この異議を黙殺し、控訴人の求釈明をすべて受け入れるかのごとく、被控訴人に対して、根拠も明らかにすることなく、NECが被控訴人の受注に基づき作成した「船舶情報システム」に係る資料の提出等を求め続けているが、被控訴人としては「第2」に掲げる諸事項が明らかにされないことには、これ以上は応ずるか否かについての検討すらでき兼ねる。

2 求釈明の申立

船舶情報管理システムというプログラムは市販されてきているところ、控訴人が開発したと主張する船舶情報管理システムのプログラムは、市販のものとの比較において控訴人のどのような思想、意思が表現されているのかを明らかにされたい。」

 

ウソがばれたら、ウソを棚に上げ「裁判所が控訴人(私)の言うことを聞くから悪い。裁判所は中国塗料の言うことを聞け、聞かなければ今後は裁判所の言うことは聞かない。」という裁判所を脅した「求釈明申立て書」だった。

 

こんなものを裁判所に出して、この会社は勝てると思っているのかと、この弁護士の神経・常識を疑った。

まさかこんな脅迫に裁判官が屈服するとは思いもしなかった。

欧米ではこんな脅しを裁判所に行ったら即刻収監だそうだ。日本の民事裁判官の正義・良心・務めとは何だ、こんなことは許されないだろうと考える。

 

船舶塗料メーカーは日本に4社しかない。たった4社しかない船舶塗料に関する膨大なシステムを何億もかけ、ソフトを作り、売るところはない。

 

3月29日、市販品を裁判所に出すよう書いた準備書面(12)を小山弁護士事務所に持参し、受領書を貰い、裁判所に送った。

 

プログラム仕様書、CDROM操作画面、ソースプログラム」について、中国塗料への提出要請を4月23日付「準備書面(13)」で行った。

 

 

「第10回裁判(進行準備)報告 (平成22年5月17日)

中国塗料小山弁護士のこれ以上は出さないとも受取れる「求釈明申立書」を受け、心配し、岡弁護士に中国塗料は出さないつもりではないのか、と電話した。

弁護士は、裁判で決まったことだから出すはずという返事だった。

 

今年の大型連休は29日から始まるので4月24日(土曜)広島を発ち、東京でスタンバイした。4月26日(月曜)、30日(金曜)、連休明けの5月6日(木曜)、10日(月曜)と確認したが届かなかった。心の隅には中国塗料は絶対出さない(出せない)という思いはあったが、ひょっとしたら4月30日に送り、5月6日に配達されるように送ったのではと思いながら待った。

 

5月7日岡弁護士に裁判所の対応を聞いてもらったら「森義之、澁谷勝海両陪席裁判官が代わった、中野裁判長裁判官は代わらない、担当裁判官は清水右陪席裁判官で清水裁判官」と聞き、裁判官は敗訴させるために代わるということも聞いていたので、いやな予感が頭をよぎった。

「清水裁判官は、裁判所もあのような「求釈明申立書」で、裁判で決まったものを出さないとは思わない、被控訴人代理人に確認します。ということだから、10日には連絡があるでしょう。また清水裁判官は、控訴人は、被控訴人「求釈明申立書」に対する意見を準備書面として出してもらいたいということですから、準備書面を書いてください、」という弁護士の言葉だった。

 

早速「求釈明申立書」に対する反論準備書面にとりかかり、弁護士に校正を受け、11日付で準備書面(14)を裁判所に持参した。

 

準備書面(14)には、「@システムが市販品というのであれば、市販品を裁判所に証拠として提出することを強く訴える。A中国塗料は現在使用中のNECシステムは私が開発したものではないという主張を繰り返すだけで、証拠らしい証拠も出さず、ごまかし証拠ばかりを出し続けているが、出されたごまかし証拠からも、内容は私が作ったものをNECに丸投げし、作らせたものだということが随所で明らかになっている。B私が作ったものが中国塗料になければ、私は訴えを取り下げると云っているのだから、中国塗料は現在使用中NECシステムを正直に裁判に出し、私が作ったものではないということを証明しなければならない。」と訴えた。

 

準備書面(14)提出後、翌日から裁判所でのチラシを配りには、「裁判を正す会」冨嶋会長から頼まれた千葉法務大臣宛署名(国連の人権救済制度「個人通報制度」―日弁連チラシ)集めにも取り組んだ。そしてこの「求釈明申立書」についても、「中国塗料は裁判所が私の言いなりになっていると裁判所に噛み付きました。」というコメントを書き加えたチラシを作り、配った。

 

「求釈明申立書チラシ」を受取った人の多くが、こんな「求釈明申立て書」を裁判所に出して、この会社が勝てるわけがない、ヤスさんこの裁判はあなたが絶対勝つ、と言ってくれた。また応援してくれている弁護士は、「田舎弁護士だからこんなことを裁判所に書いたのだろう、東京の弁護士だったら絶対書かない。」とも言った。

この「求釈明申立て書」チラシは効果があるので判決当日まで配った。結局中国塗料からは何も出さなかった。

中国塗料は判決まで人証、山崎の陳述書以外、何も出すことはなかった。

 

当日中野裁判長は以下のことを決めた。

@ 6月15日午後1時30分から裁判所は中国塗料東京本社に出向き、現在中国塗料が使用している「船舶情報管理システム」について調査に出向く。

A 控訴人は裁判所に調査して欲しいリストを来週水曜日までに提出する。

B 裁判所は調査結果について6月30日に伝える。

C 秋には証人尋問を控訴人及び被控訴人についても行う。

D 控訴人は著作権法第27条について「準備書面」を出すこと。

 

裁判長は「被控訴人証人尋問については、ここにおられる社員の方でよろしいか、」と聞いたので、「山崎社員は、私が退職後使っていたオペレータ(山本)を自分の部隊に取り込み、入力作業の監督をしている立場で、私が作ったシステムについて、最初から関与してはいない。私が当時の社長の加藤さんから開発を要請されたときのコンピューター部門の責任者は、加藤社長も先の裁判で証言している通り、現中国塗料会長の山住で、彼は私の退職当日、決まっていた「船舶情報管理システム」の業務委託を破棄した当人であるから、被控訴人側証人尋問は山住会長以外に適任者はいない。ぜひ山住会長に対する証人尋問を実施していただい、」と頼んだ。

 

第10回裁判後、6月15日裁判所に行ってもらう「検証(調査・確認)」項目に取り掛かり、23日(日)弁護士に校正原稿を送り、26日裁判所に「上申書」として提出した。中国塗料に送ると細工するから、送らないので欲しい、と裁判所に伝えてもらい、提出した。6月3日岡弁護士から、裁判所は原さんの「上申書」を中国塗料に送らないわけには行かないので、送ることを了承して欲しい、と云ってきましたがどうしましょうかと電話があったので、提出した以上は裁判所がどのようになさろうとご自由です、と答えました。

 

第11回裁判(進行準備)報告(平成22年7月21日)

6月15日裁判所が行う中国塗料東京本社「検証」結果については、裁判所は6月30日までに出すと中野裁判長が言ったが、結局何も出なかった。

 

第10回裁判で岡弁護士は、著作権法27条(二次著作物)に関する「準備書面」を6月4日までに出すと言ったが、しかし6月2日になっても何の連絡もないので、確認メールを送ったら、翌日電話で「差止め請求」「損害賠償請求」への訴え変更してもらわねば、書けないと言ってきた。

 

私は、「そのようなことを突然言われても困る、とにかくメールで理由を送ってください」と電話を切った。岡弁護士からのメールは夜9時前に入った。内容は、やはり「差止め請求」「損害賠償請求」へ訴えの変更を行ってもらわねば、準備書面は書けないというものだった。

 

私は5月17日(月)第10回裁判後も5月28日まで東京にいた。その間、裁判所前でチラシを配り、本を売り、裁判所が6月15日中国塗料東京本社で行う「検証項目」について岡弁護士の校正をもらい5月26日「上申書」として提出した。また「上申書」についても裁判所から先方にも送っても良いか、私に了解を取るよう言われたと電話してきたときも「訴えの変更」しなければ書けないとは言ってなかった。

 

岡弁護士が「著作権法27条」に対する準備書面を提出すれば、証拠関係裁判は終わる状況になっていたもの。なぜ突然、「差し止め訴訟や損害賠償請求に変更しなければ辞任する」と言い出したか理解できなかった。頭に浮かんだことは、世間で言われているよう。今大事なことは裁判所の要求に一日でも早く応えること、弁護士が書かないなら自分で書くしかないと覚悟した。

 

裁判所に「私の代理人は第10回裁判で著作権27条については3週間で出しますと答えたが、訴えの変更をしなければ書けない、代理人を辞任すると言ってきたので、これから私が書きます。ついてはお時間の猶予をお願いします。準備書面提出後東京に出向き、新しい先生をさがします。決まり次第、新しく決まった先生に「著作権法27条に関する補充書」を書いてもらいます。」と電話を入れ、了解してもらった。

 

ゼロからのスタートだったが書きあげ、7月5日付で裁判所に送った。

この準備書面(15)を読めば、新しく代わった左右陪席裁判官も、これから新しく弁護をお願いする先生にもこの裁判の状態が良くわかるものができたと思った。

 

この準備書面を先の裁判でお世話になった岩城弁護士に送り、今後の裁判を引き受けて欲しいと頼んだら、この時点で代理人を代えることは望ましくない、今一度話しあいをしなさいという常識的返事が返って来た。岡弁護士を紹介してくれた椎名麻紗枝弁護士に相談することとし、アポイントを頼み23日午後3時が決まり、7月18日から東京に向かった。7月21日裁判には一人で出た。

 

当日の裁判で中野裁判長は、「控訴人代理人が裁判資料閲覧に来ました、代理人は控訴人弁護を続けたいが控訴人が言うことを聞いてくれないのでこんなことになったと話された。代理人は弁護を続けたい意向です。控訴人はこの時点で代理人を変更されないほうが良い、解任することは考え直す方向で話し合いされたら如何でしょうか。」と言われ、まさか岡弁護士が私の準備書面を閲覧するなどとは思いもしなかったし、また中野裁判長がこのようなことを言うことにも驚いた。

 

私は、岡弁護士とはここまで二人三脚でやってきて、裁判の大詰めを迎えることができ、本当に感謝しています。しかし、裁判所から訴えを変更しろとも云われていないのに、訴えの変更しなければ、弁護を下りるなどと言われ、辞任を覚悟しました。

金曜日3時に紹介してくれた弁護士に会うことになっていますので、中野裁判長のお言葉も踏まえ、対応させていただきますと答えた。

 

23日椎名弁護士と面談し、裁判長の言葉を伝え、先生から岡弁護士が裁判を続ける意志があるかどうか聞いてもらうようお願いした。結果は、引き続き弁護を行う意思があるということだったので、安心した。翌週も裁判所でチラシ配りをする予定だった、暑さで体調を崩し、岡弁護士が弁護を続けることが決まったと思い、日曜日夜半、急遽広島に戻った。

 

広島に戻りメールを開いたら、岡弁護士は弁護を行うようには思えないものだった。

椎名先生に岡弁護士との面談状況を聞いてから返事することとし、先生に再度面談内容を聞き、岡弁護士は弁護をやる気でしたということを再度確認し、7月28日岡弁護士にメールした。

 

岡弁護士はこの私のメールに翌日22時24分、私は,裁判所に対し,控訴人弁護を続けたいが,ということは言っていません。」というメールが返ってきた。利害関係のない裁判官が、勝手にそのようなことを言うことは考えられないと、返信したら、弁護を辞退するとのメールが8月3日に入った。

8月4日裁判所に解任通知を送り、岡弁護士とのコンビが終わった。

 

勝訴が確実に近づいた時点で、突然一方的に訴えの変更をしなければ準備書面は書かない、辞任すると、なぜ言ったか、今も不思議でならない。

 

弁護士知財ネットワーク東京会員245名に送った資料

新しい弁護士をさがすため、インターネットで知的財産専門弁護士を検索したら、「弁護士知財ネット」という全国組織があることがわかった。知財ネット東京会員弁護士は245名もいたのでびっくりした。これだけ沢山の弁護士全員に依頼状を送れば、一人ぐらいは弁護を引き受けてくれる弁護士が現れるだろうと東京会員全員に依頼状を8月18日に送った。

 

依頼状に同封したものは、本裁判関連資料を収録したCD(@「訴状」及び証拠説明書、A地裁提出準備書面(1)〜(9)及び証拠説明書、B地裁判決、C控訴状・控訴理由書及び証拠説明書、D中国塗料、答弁書、準備書面T〜[、釈明申立書、人証申出書、陳述書、E控訴審提出控訴代理人及び控訴人準備書面類(1)〜(15)、F控訴人陳述書(1)〜(4)、G控訴審裁判報告(1)〜(10)、H中国塗料加藤正二会長尋問調書、I上申書(2通)、J重要証拠類(甲133、甲143〜146)、K裁判所「釈明命令書」、L控訴人本人尋問事項、M控訴人代理人解任までの往復メール類、N弁護士知財ネット東京会員宛要請状、Oその他文書提出命令申立書など、P裁判期日一覧、QCD収録裁判資料説明書など)、そして同封印刷物として、@弁護士知財ネット東京会員宛要請状、ACD収録裁判資料説明書、B8月作成配布チラシ、C中国塗料「求釈明申立書」、D裁判期日一覧など。 

 

ここまでやれば何人の弁護士が手を上げるだろうと思ったか、手を上げた弁護士はいなかった。弁護士は依頼要請を受けた場合には受けるか、断りの回答をすることになっているようだが、辞退通知がきたのは、たった43名だった。残り200名を越える弁護士は無視した。弁護士の品格が落ちている証拠を垣間見た思いがした。

このネットワークは何のためにあるのだろう。

 

9月13日から東京に出て「弁護士をさがしています。」というチラシも配った。

 

この第11回裁判で控訴人(本人)、被控訴人(証人)双方尋問が10月27日午後1時40分から4時30分まで行われることが決まり、大変喜んだ。

 

その後小山弁護士から人証申出書、証人山崎義美の陳述書が提出された。

内容は、「@私が作った「船舶情報システム」は、中国塗料に存在しない。A中国塗料が使用していた「船舶情報管理システム」と控訴人が開発・運営したと主張するプログラムとは何らの関連性もない。」という従来主張の繰り返しだった。証人尋問で徹底的に潰してやると思った。

 

第12回裁判報告 中野裁判長が代わった。(平成22年9月29日

今回弁護を引き受けてくれた尾崎弁護士は、私の本を弁護士会館前で9年前(平成13年)に買ったとのこと。本を買った当時は現役の検事で、その後平成14年から地方に転勤し平成18年釧路地検検事正で退官、東京に戻り弁護士事務所を開き、裁判所に出向いたら私がチラシ配りを続けていることに驚き、声をかけたそうだ。

 

私はそんなに前に本を買ってくれた方とは思わなかった。弁護を引き受けてくれた際、私の人柄、人格を承知しているので引き受けたと話してくれた。先生には裁判所で会うたびに私の裁判経過を報告し、いろいろアドバイスをいただいていた。

この度は東京に出向く前(9日)に弁護要請状と関係資料を送りお願いした。

 

水曜日15日、先生に事務所に出向き、お願いした。

先生はコンピューターには詳しくないので固辞されたが、尋問事項、証人尋問に対する反論準備書面、そして最終準備書面などすべて私が原稿を書きます、先生は社会正義、法律的解釈・常識などの観点から私の原稿を直してください、裁判は10月27日証人尋問後、結審のための口頭弁論が開かれ、結審し、来年早々には判決が出るものと思われますと、頼み、引き受けてもらった。

 

アパートに戻り、ヤフーで調べたら、経歴は、昭和23年生まれ、現在62歳、経歴は、京都大学法学部卒業後、昭和47年防衛庁入庁、昭和51年検事に、「連続企業爆破事件」などの捜査にかかわる公安部検事、平成18年釧路地検検事正で退官、菊水法律事務所開設、現在NHK集団訴訟弁護団弁護士、政治問題解説などとあった。

 

元検事の大物弁護士が、10月27日午後1時40分から4時30分まで行われる証人尋問を尋問のプロがやってくれるのだから、鬼に金棒と思った。

 

面談の際尾崎弁護士は、原さんは裁判に負けけたらどうしますかと聞いたので、私は「コンピュータデータベース裁判で雇用者が職務著作で勝ったケースはほとんどないが、私の裁判は、負けようがないところまで中野裁判長が裁判を進めてくれています。私を負けにするには勝たす以上の理由付けが必要です。どんな負かし方をするかも興味があります。負けたら本を出し、中野裁判長ほどの裁判官がこんな裁判をやって、こんな理由付けを行い、私を負けにしたと本に書きます。」と答えた。また、辞任した岡弁護士対する気持ちはどうですかと聞いたので「私には、岡弁護士が問題ではない、裁判に勝つことだけ、去った人にかかわる時間もありません。」と答えた。

 

9月29日(第12回)裁判は、4時30分からだったが、30分以上遅れ裁判官たちが入ってきた。しかし中野裁判長の姿はなく、塩月秀平裁判長に代わっていた。第9回で右陪席、左陪席も代わり、今度は裁判長。これはてっきり私を敗訴にするため、裁判所の仕組んだとがっかりした。そのときの私の顔は引きつっていたと尾崎弁護士は裁判後言っていた。

 

私は裁判長が代わったので10月27日の証人尋問もなくなるのでは、また延期されるのでは、あるいは2時間50分という時間が短縮されるのではないかと心配した。

 

裁判長は、次回証人は1時40分から4時30分までと決まっています、控訴人、被控訴人どちらから始めるか、時間割をどうするかを決めます、と言って、被控訴人は1時40分から3時10分まで、残り時間4時30分まで控訴人と決めた。

 

裁判後、書記官に中野裁判長がお代わられましたが、どちらに行かれましたか、と聞いたら、「知財高裁所長になれました。」、「それでは知財高裁から無関係になったというのではないですね」、「私の裁判についても関係はありますね」とたずねたら「はい、関係されています。」と答えてくれた。私の顔がいっぺんにほころんだと尾崎弁護士が下の喫茶店で話してくれた。

 

尾崎弁護士は、裁判官も官僚ですから11回も所長がやった裁判を裏切ることはしないでしょう、中野裁判長のほどの方ですから、判決をすでに書き終え、後任裁判長に渡しているか、あるいは判決を自分で書かれるかもしれませんと話してくれました。

 

インターネットで調べたら、中野裁判長は8月21付けで、日塚原知財所長が定年退官後任所長になっていた。塩月秀平裁判長の履歴は以下のとおりだった。

 

塩月秀平 知財高裁 部総括 履歴

平成22年8月21日 知財高裁 部総括

平成19年5月14日 大阪高裁 部総括

平成17年8月5日  徳島地裁 所長

平成17年4月1日  知財高裁

平成8年4月1日   東京高裁

昭和63年〜     最高裁 調査官

悪名高い最高裁調査官という履歴が気になった。悪い予感が当たった。

 

第13回裁判報告(平成22年10月27日)中国塗料証人「山崎義美」及び本人尋問

傍聴には埼玉大学名誉教授「岬暁夫教授」ほか沢山のサポータでほぼ満席だった。

 

小山弁護士、尾崎弁護士の私への尋問について

中国塗料小山弁護士が私に行う尋問は30分となっていた。

 

小山弁護士は、昭和61年、子会社信友に「船舶情報管理システム」の開発を行わせるという中国塗料稟議書を問題にした。

 

これは私が原稿を書き、中国塗料船舶企画室に稟議させたもの、その他「船舶情報管理システム」に関する中国塗料稟議書のすべては私が原稿を書き、船舶企画室に稟議をさせていた、中国塗料には「船舶情報管理システム」に関する稟議を書ける者はいない、すべて私が書いたものだ、と答えたら、次に、あなたが作ったシステムは給料をもらって作ったものだから、職務上の著作物になるものになるものでしょう、と言うので、中国塗料は未だ私に「船舶情報管理システム」の開発をさせたことはない、原が作ったというシステムは中国塗料には存在しない、という主張を取り下げていない、私が作ったものはない、と言っている被控訴人に職務著作について答える責務はない、被控訴人は、被控訴人「船舶情報管理システム」は控訴人の私に作らせたもの、現在使用しているものは控訴人が作ったものだということをここで認めるのであれば、職務著作について控訴人は「訴状」「控訴理由書」でも主張しているので十分答える用意がある、被控訴人はこの「訴状」「控訴理由書」に対し、職務著作について今まで一切反論を行っていない、私に作らせたもの、現在使用しているシステムは私が作ったものだ、ということをこの場で認めるのか、と言ったら、これで質問を終わります、とさっさと着席し、裁判官がこれで被控訴人は終わりですか、言ったら、終わります、と答え、小山弁護士の尋問は終わった。5分もかからなかった。

 

裁判官は、それではこれで本日の尋問は終わります、と言った。尾崎弁護士は、一応尋問は4時30分までとなっているので、控訴人の被控訴人山崎証人に対する尋問が残っているので、続けさせて欲しい、と言ったが、認められず、尋問は終了した。

 

尾崎弁護士は私への尋問で、「控訴人は裁判所の前で平成13年から民事裁判を訴えた活動をされている。このようなことに取り組んでいる人は、あなた以外にはいない。あなたはこれからも活動するのですか」と聞いてくれた。

 

民事裁判を孫や子供たちのために少しでも良い方向にすることが私に与えられた使命と取り組んでいます。今後とも訴え続けますと答えました。裁判への影響を考えれば私の答えが良かったかどうかはわからないが、先生のこの質問に感謝している。  

 

⇒TMさんメール(傍聴された方からのメール)

 原 敏恭 様

昨日は証人尋問を傍聴し、閉廷後簡略な挨拶をさせていただきました。正義の体現者である原さんにお目にかかれて非常に光栄であると共に、大変貴重な勉強をすることが出来、ご招待を感謝しております。

原さんのご雄姿も法廷で直に拝見し、その本質を掴む直観力、緻密な論理構成力、強靭な推理力を実地で強烈に感得いたしました。特に被控訴人側の代理人弁護士とのやり取りで見られた鋭い切り返しと、相手の弱点に即座に踏み込む動きは、剣士の太刀筋を見るような思いがして、弛緩した精神の持ち主でしかない相手方弁護士などは到底敵ではないと感じた次第であります。

僅か1回の傍聴ですが、これを聞いただけでも、普通の理性を持った人間ならば原さんの勝訴は動かしようがないと確信いたしました。

その要点は次の二つです。

私も商売上インターネット上にささやかなWEBサイトを運営しております。ここにおいてシステムとコンテンツは全く別物で、システムはどのような業者でも千差万別、無数の変型物を提供してきますが、コンテンツだけは私自身が一から作らなければ何も生まれません。そしてこれはコンテンツを知り得ないシステム開発業者には全くタッチできないことであり、さらにこのコンテンツがなければシステムは一秒も一ミリも動きません。

小さなWEBサイトでもこのような状態でありますから、原さんが8年も掛けて作られた大掛かりなプロジェクトであれば尚更のことです。このようなことはほんの少しでもコンピューターに関わった者であるならば、自然法則のように自明の理であって、証明の必要すらありません。

次にコンテンツの著作権でありますが、日本の著作判例や学説に照らしても、職業別電話帳(タウンページ)や判例百選のような簡単な編纂物にすら編集著作権が認められております。編集著作物を構成する個々のデータが周知のものであるとか、簡易なものであるといったことは編集著作権の成否に関係ありません。そうであるならば、原さんが心血を注いで完成された膨大な船舶管理情報を集約した高度なデータベースに著作権が成立するのはこれもまた自明の理であって、この点が議論になるほうが不可思議です。

この国に本物の裁判所があれば、この二点に焦点を絞り、ソフトとハードの違いとか、データベースの個別情報の性質がどうであるとか、小会社からの発注の意味が何なのかとかいった、本質的論点とは関係のない派生的挟雑物を排除し、数回の弁論と簡単な証拠調べを経て、1年ほどで原さん勝訴の結論しかあり得ません

しかしながら、水も漏らさぬ完璧な主張と明白な証拠を何百ページも積み重ねても、穴だらけの戯言を記した数枚の紙切れを出してきた相手方に軍配を上げるどうしようもない裁判官に何度も煮え湯を飲まされた経験を持つ私としましては、今度の新任裁判長がこのような多くの愚物判事ではないことを祈るのみであります。

中国塗料側は職務著作の抗弁を捨てて、戦術を著作権の全否定に絞っているようですが、これは刑事裁判に喩えれば、執行猶予を狙わず、実刑か無罪を選ぶ背水の陣を敷いたようなものと考えられます。

しかし休憩時間中の小山弁護士と山崎証人の様子を見ていると、決死の覚悟を決めた人間が醸し出す気高さや緊張感は微塵も感じられません。そこには裁判所が一流企業を負かすはずがないという、愚劣で安直な思い込みの上に乗っかった下卑た品性しか露呈しておりませんでした。原さんの放っておられた凛然とした香気の対極にあるもので、吐き気すら覚えるものでありました。

・・・それではこれから寒さに向かう折から、十分ご自愛の上、大きな勝利に向けてご健闘されることを心よりお祈り申し上げます。

 

以下の準備書面(16)で中国塗料山崎証人が行った虚偽証言を徹底的に潰したが、裁判官には通じなかった。

 

平成22年12月14日付準備書面(16)

第1 はじめに

証人尋問が行われたら、被控訴人は新しい主張(言訳)すると確信していました。今回証人尋問が行われ、被控訴人中国塗料山崎義美証人(以下、被控訴人山崎証人という。、)が行った証言は予想通り、以下の虚偽証言でした。このような虚偽証言を得られたことは、証人尋問が行われことによるもので、厚く御礼申し上げます。

本裁判は、地裁は4回の口頭弁論で結審し、証人尋問も本人尋問なく判決を受けましたが、控訴審は平成20年10月29日から始まり、10月27日証人、本人尋問まで口頭弁論、弁論準備など13回開かれ、12月22日結審を迎えました。

控訴人は控訴審で控訴理由書に始まり、準備書面は(15)まで、陳述書は(5)まで、2通の上申書、控訴審で提出した証拠類は、甲第116号証から150号証まで裁判所に提出し、被控訴人が現在使用中の中国塗料船舶情報管理システムは、控訴人が昭和60年から中国塗料技研を退職した平成5年1月末まで開発しIBMで稼動させたシステムであると訴えました。

被控訴人主張は、「中国塗料船舶情報管理システムの開発を控訴人に命じたことはない、控訴人が開発したと主張する船舶情報管理システムは被控訴人には存在しない、子会社信友に開発させた船舶情報管理システムは信友がT電機工業に昭和61年に発注した新造船受注システムに関するもので、平成2年に納品され、IBMで稼動していたが、納品当初から満足なものではなかった。よって平成8年9月、NECに金1982万6985円(消費税込み)で発注し、平成9年3月と6月に同社により検収を経て納品されたものを使用している。NECに開発させたというシステムは、IBMシステムとは全く異なったもの。」という地裁主張を控訴審でも取り下げることもなく、控訴審でも繰り返しました。

しかし主張を行っても提出した証拠類は、整合性もなく、行き当たりばったり、被控訴人主張とはかけ離れたものばかりでした。

裁判所は控訴人の求めに積極的に応じ、第2回口頭弁論で被控訴人に「釈明命令」発令し、その後控訴人文書提出命令申立書に対しても控訴人要求証拠類の提出を求めていただきました。しかし被控訴人が裁判所の証拠提出に応じ提出した証拠類は、ただシステムを隠すことに苦心しただけ、整合性もなく、行き当たりばったり、支離滅裂としか言いようのないものばかりでしたので控訴人はIBMシステムとNECシステムとの差異がはっきりわかる証拠を提出するよう裁判所に要請し、そして被控訴人が提出した証拠類を詳しく調べ、被控訴人がNECに作らせたと主張するものは、すべて控訴人が提出した甲第22号証「船舶情報管理システム総合メニュー」から甲第37号証の4「船主及び傭船者別船名リスト出力表」まで、そして甲第138号証「被控訴人船舶情報管理システム操作説明書」とほとんどすべてが合致し、IBMシステムをNECに変換させたものだということが明白になり、被控訴人に反論するよう証拠類の提出を強く求めました。

裁判所は、この控訴人の訴えに被控訴人は応じるよう求め、被控訴人に提出を確約させましたが、被控訴は「前項につき、御庁は、控訴人に対して以上の点につき釈明を求めることもなく、不適法と思われる控訴人の主張を野放しにするばかりか、控訴人の主張にただただ盲目的にしたがっている。このような弁論主義に悖る訴訟指揮に被控訴人は異議を唱えてきたのは至極当然のことである。遺憾ながら、御庁は、この異議を黙殺し、控訴人の求釈明をすべて受け入れるかのごとく、被控訴人に対して、根拠も明らかにすることなく、NECが被控訴人の受注に基づき作成した「船舶情報システム」に係る資料の提出等を求め続けているが、被控訴人としては「第2」に掲げる諸事項が明らかにされないことには、これ以上は応ずるか否かについての検討すらでき兼ねる。」という常識では到底考えられない「求釈明申立書」を裁判所に申立、証拠類の提出を免れました。

このような経過を経て証人、本人尋問が10月27日に行われました。

10月27日に行われた証人尋問で山崎証人は、中国塗料という会社を代表していると証言し、被控訴人代理人及び控訴人代理人の尋問に以下のとおり新たな虚偽の証言を行いました。

 

第2 山崎証人が新たに行った虚偽証言・主張 (山崎証人尋問調書による)

1.中国塗料船舶情報管理システムを開発したのはT電機工業だという証言

「4頁13行から」

「それで結局は被控訴人から委託を受けた信友が、更にT電機工業に発注するという流れですね。」   『はい。そうです。』

「5頁下から6行目から」

「ただ、実際に信友の指示を受けて作られたのは、T電機工業という会社になるわけですね。」  『はい。そうですね。』

「9頁下2行目から10頁14行目まで」

「となると、信友において、その開発をする、そういう役割を担っておったのはだれですか。」  『T電機工業です。』

「信友においてはいない。」 『いないと思いますけど、開発者ですね。』

「中国塗料を代表して今お答えになっているんだけど、それでいいんですか。T電機工業だと。」 プログラムの開発者はT電機というふうに申し上げているんです。信友の中にプログラマー、開発者というのが、プログラムを作る人間がいましたかという先生の御質問と理解してますけど、・・・そういう意味合いでは信友には、この件に関していなかったと思いますけど。』

「12頁下から7行目から13頁7行目まで」

「じゃ、T電機工業が開発したとあなたは主張するそのシステムと、NECのシステム、今年の8月まで使っていたということですが、そのシステムは関連性があるんですか、ないんですか。」 『関連性ですか・・・大きな意味からしたら、関連するでしょうね。船舶の履歴を管理すると言う意味合いからで。』

だって中身は同じじゃないですか。 『中身は異なります。』

2. 中国塗料船舶情報管理システムは、「特殊なプログラムではない、画面とか帳票についても創作性は感じられない。一般的なアイデアの内容」という証言

「5頁下から12行から7行目まで」

原さんが開発されたと主張する船舶情報管理システムですが、それについては、どのようにお考えですか。 『まあ私も少しはプログラムをかじったことありますけれども、特殊なプログラムではない、画面とか帳票についても創作性はそう感じられないと思います。私も数多くのプログラムを作りましたけれども、一般的なアイデアの内容だろうというふうに思います。』

3. 被控訴人山崎証人は、中国塗料船舶情報管理システム=新造船受注システムだけのシステムだという証言

「1頁下から10行目から2頁1行目まで」

乙第5号証の3を示す

「新造船受注システム計画案」というのがありますが、これを見られたことがありますね。」   『はい。』

「1枚目に「信友株式会社」と書いてありますが、これと被控訴人とはどういう関係になりますか。」 『私の記憶であれですけれども、昭和61年の9月に、私どもの社内の稟議規定に基づいて外注委託契約というものを稟議に起案して、決済をされております。それが中国塗料は信友に対して新造船受注管理システムを外注するという内容の起案だと思いますけども』 

「7頁13行目から」

『逆にそういう新造船のデータというのは、まあ他のデータベースに基づいてされるようになったというふうに思っています。』

「14頁下から4行目」

『先般、裁判官のほうが私どもの会社で見られたときも、新造船情報は別システムでやっているというふうに、私どもは回答しております。』

4. 船舶情報システム開発プロジェクトの事務局だったという証言

「5頁2行目から7行目まで」

船舶情報管理システムに関して、原さんはどういうかかわりを持たれたかはどうですか。 『先ほど申し上げたように、我々が言うシステムプログラマーとか開発者ということではなくて、その船舶情報管理システムのプロジェクトと言いましょうか、それの事務局的な役割であったというふうに思っております。』 控訴人が事務局だという証言は、被控訴人山崎証人は、9頁に6回、11頁に1回、12頁に1回、13頁に2回も、証言している。また、事務的役割という証言も9頁に2回行っている。

5. 平成8年9月、NECに金1982万6985円で発注し、平成9年3月と6月に同社により検収を経て納品されたものを使用している。という陳述書関連証言

「15頁3行目から」

中国塗料はこれだけのシステムを2000万円で発注し、納入させたというようなことを言ってますよね。  『はい。』

その2000万円というのは1から始めて2000万円ですか。『はい、そうです。』

トータル。『開発プログラムだけだったら、8000万は行っているんじゃないですかね。』

6. 現在被控訴人が使用している「船舶情報管理システム」は、今年8月に富士通に作らせたもの。それまで使用していたNECシステムはすべて廃棄したという証言

「6頁下から12行目から1行目末まで」

そうすると平成8年9月でしたか以降は、NECに発注した船舶情報管理システムを被控訴人は使ってきたと。  『はい。』

そのシステムは、今どうなっておるんですか。そのシステムは、今年、平成22年の8月をもって、システムを廃棄いたしました。』

その後はどうなっていますか。『現在は、富士通の、プログラムではないですが、富士通の制作によって、一般的に言うウェブ配下で動いているシステムを作っております。』

そうすると、NECに発注をお願いした船舶情報管理システムは、平成8年からというと14年くらい使ったということですかね。 『はい。』 

 

以上中国塗料山崎証人の証言は、明らかに悪質な虚偽証言です。

控訴人が被控訴人山崎証人の証言が虚偽だと裁判所に主張しても、控訴人の独断と偏見による一方的主張だと受取られかねません。いろいろ考え、控訴人主張が事実だということを証明できるシステム・プログラムソフトに精通している人に被控訴人山崎証人尋問調書を読んでもらい、意見書を裁判所に提出してもらうこととしました。

幸い控訴人応援者には実際にシステム開発にかかわっている人が何人もいますので3人の方にお願いしました。

お願いした方々は快く私(控訴人)の願いを引き受けて、書いてくれたのが甲第152号証の1から154号までの裁判所宛て意見書です。

控訴人は、これら甲第152号証から154号証を引用しながら、被控訴人山崎証人証言が虚偽であることを以下のとおり証明します。

裁判所において、公正な判断をお願い申し上げます。

 

第3 前記被控訴人山崎証人の証言が悪質な虚偽であるという立証

1.中国塗料船舶情報管理システムを開発したのはT電機工業だという証言

甲第153号証を書いてくれたMKさんと控訴人との関係は、意見書1頁1項「中国塗料船舶情報管理システム開発時原さんと私との関係」で述べているように、平成2年から控訴人が中国塗料を退職する平成5年1月末まで、T電機工業で直接プログラム作成に携っていた人物です。

直接担当者が、T電機工業が中国塗料船舶情報管理システムのシステムを開発することはできない、これはT電機工業だけではなく、どこの会社が中国塗料船舶情報管理システムについて、プログラム作成仕様書もないユーザー独自のシステムプログラム開発を請け負っても、プログラムを作ることはできない。

控訴人がシステム外注仕様書を書き、それに従い、T電機工業がプログラムを作ったものだということをT電機工業社長が裁判所に提出した甲第136号証からも明白です。

被控訴人山崎証人は、T電機工業社長がこのような証明書を証拠として提出していること、控訴人尋問で承知していると証言しながらのこの証言です。神経を疑います。日本一の船舶塗料メーカーの総務部長として失格です。

甲第153号証を書いてくれたJMさんも、意見書2頁2.(ア)以下で

IBM製のオフコンで作られた「船舶情報管理システム」を「設計」したのは原さんである。尋問調書の中で山崎さんは、「(IBM製のオフコンで作られた)船舶情報管理システムに、原さんはどういうかかわりを持たれたか?」という質問に対し、「事務局的な役割」と返答され、システムを開発したのは、「T電機工業」と返答されています。しかし、システム開発というものは、どういうシステムを作るかという「設計書」が必要で、その設計書なしに、プログラミングと呼ばれる、コンピューターが理解できる言語を記述していく作業を行う事はできません。

船舶情報をどのようにシステムで管理するか、それを決める事が一番重要なことであり、それを決めたのが原さんであることは間違いありません。もし、違うとすれば、中国塗料や山崎さんは、設計した人を正式な場で証言しなければなりません。システムの設計書ができあがれば、それに基づきプログラミングすればよく、T電機工業が行ったのはこの作業です。いわば、システム開発の一部に携わっただけで、T電機工業1社でシステム開発を行ったわけではありません。」

と書いてくれました。

船舶塗料に関する特殊なシステムプログラム(被控訴人山崎証人はプログラムが特殊ではないと主張するが、後述するとおり紛れもない特殊なプログラムである。)をプログラム制作会社に外注する場合、発注元がプログラム外注仕様書を出さず発注することはありえないことを十分承知でこのような証言を行うことは、虚偽の証言そのものです。本来なら法廷での虚偽の証言として処罰されるべきものでしょう。

2.中国塗料船舶情報管理システムは、「特殊なプログラムではない、画面とか帳票についても創作性は感じられない。一般的なアイデアの内容」という証言に

被控訴人山崎証人はあたかもシステムに精通しているような文言を使い、システムには創作性もアイデアもないものだと証言していますが、中国塗料船舶情報管理システムが特殊であることは、控訴人訴状、控訴理由書、準備書面(1)、陳述書(1)、そして証拠類甲第22号証「船舶情報管理システム総合メニュー」から第37号証の4「船主及び傭船者別船名リスト出力表」まで、そして甲第138号証「被控訴人船舶情報管理システム操作説明書」そして甲第38号証から第70号証から船舶塗料という特殊な分野のコンピュータデータベースであることは歴然としています。

今回提出したTMさん甲第152号証の1及び2、MKさん甲第153号証、JMさん甲第154号証においても、この点を分かりやすく書いてくれました。

TMさんは、意見書全編で、中国塗料船舶情報管理システムは控訴人が作成した高度な創作性があるシステムで、本件「船舶情報管理システム」をテキストデータの段階から立ち上げた控訴人のみが著作権者であると断じています。

また、MKさんは、「原さんが作られた「中国塗料船舶情報管理システム」は、新造船用船舶塗料、修繕船用船舶塗料の受注のための塗装仕様書の発行、受注後どのように塗装されたか、その後の塗装された塗料成績管理まで船舶塗料に関する情報を網羅したもので、膨大なもので、船舶塗料という特殊な分野のものです。一般的な関係書物、資料があるものではなく、一般的なアイデアの内容とは、到底言えるものではありません。」「画面とか帳票についても創作性はそう感じられない」と証言されていますが、当時の画面は24行×80字と限られた文字数の中で表現しなければならず、何を持って創作性が感じられないと言われるのか理解できません。山崎証人はソフト開発の経験があるとのことですが、どのようにすれば創作性があると考えられているのですか。」と書いています。

そしてJMさんは、(イ)「船舶情報管理システム」は原さんの「独自性」が反映されている。」の項で

「 尋問調書の中で山崎さんは、「船舶情報管理システムについては、どのようにお考えですか?」という質問に対し、「特殊なプログラムではない、画面とか帳票についても創作性はそう感じられないと思います。」と返答されています。しかし、原さんはシステムに関する部署に在籍していたわけでもないのに、船舶情報管理システムの設計を依頼されています。つまり、中国塗料のような大会社でも、原さん以外の人では、船舶情報管理システムを設計できなかった、という事です。原さんの業務経歴や思考力、判断力があってこそ、船舶情報管理システムが完成し、中国塗料の経営を支えていたのです。船舶情報管理システムの独自性を評価する際、画面や帳票などの見た目で判断するのではなく、いかに船舶塗装に関する幅広い知識を持っていないと設計することができないかに、注目するべきです。その結果、このシステムが原さんによる独自性を持ったシステムである事は間違いありません。」

と書いてくれました。

皆さんが中国塗料船舶情報管理システムは、控訴人が開発した創作性に富んだシステムであると証明してくれています。

被控訴人中国塗料加藤社長もこのシステムを開発、構築できるのは中国塗料には控訴人以外いないと、自宅で3時間かけ開発を頼んだ。システムについては満足していると、先の裁判での証人尋問で言明しています。

被控訴人山崎証人は中国塗料船舶情報管理システムが簡単、安易なシステムだから著作権法が定義しているデータベースに該当しないということを暗に主張していると思われる悪質な証言です。

このシステムは船舶塗料という特殊な分野での膨大なシステムであることを中国塗料被控訴人山崎証人は十分承知しながら、このような悪質な証言を行っているのです。

明らかに「良心に従って真実を述べ、」という宣誓に違反する虚偽証言です。

3. 被控訴人山崎証人は、中国塗料船舶情報管理システム=新造船受注システムだけのシステムだという証言

被控訴人山崎証人は、船舶情報管理システムはあたかも新造船受注システムだけのシステムだという悪質な証言を行っています。特に「14頁下から4行目」『先般、裁判官の方が私どもの会社で見られたときも、新造船情報は別システムでやっているというふうに、私どもは回答しております。』という証言も悪質です。

6月15日に行われた中国塗料東京本社への裁判所に検証に対しては、新造船情報だけでお茶を濁し、一件落着だったと控訴人の僻みかもしれませんが受け取りました。

船舶塗料の売上の主体は、新造船塗料ではなく、修繕船であることは、被控訴人山崎証人も控訴人の尋問でも以下のとおり認めています。

被控訴人山崎証人尋問調書27頁3行目から

「 船の法廷償却というのは大体18年から20数年、その間、修繕船の塗料はどんなに長いインターバルっていいますけど、効力が長い塗料であっても、5回以上は修繕船の塗料を塗るわけです。新造船は1回しか塗りません。だから新造船と修繕船の売上比率は、通常1対4と言われます。それは否定できませんよね。修繕船のほうが4倍あると、これはあなた、ご存じないですか。」

「だから申し上げているのは、日本国内において修繕船の塗料と新造船向けの塗料の比率が、異なっておりますよということを、私、申し上げたんです。日本国内のヤードさん、造船所さんにおいて、修繕船の入渠率が落ちております。そういうことを申し上げているわけです。」

・・・新造船を受注するため、船のどの部分にどのような塗料をどのような方法で、どれだけ塗るか、という「新造船塗装仕様書」をユーザーに見積書と共に提出し、ネゴを行います。このとき技術部が発行するのが「新造船塗装仕様発行システム」を使い、作成するのが新造船用塗装仕様書です。・・・新造船塗装仕様書は、造船所以外、船会社、その他関係先に発行されます。

一方動いている船(修繕船といいます)の塗料受注のために必要になるのが、「修繕船塗装仕様書発行システム」です。このシステムを使い「修繕船塗装仕様書」を発行し、造船所に入渠する船にどのような塗料がどれだけ塗装されるかを見積書ともにユーザー(船会社)に提出し、受注し、塗装されます。修繕船が次、いつ造船所に入り(入渠)するかは、「入渠予定リスト」から3ヶ月先まで把握し、対応します。

塗装された塗料の成績を管理するのが「成績管理システム」です。成績管理システムで重要なのは、新造船で塗られた塗料の成績を管理するシステムが重要で、これは「修繕船入渠管理システム」とは区別し、乙28号証CDでも新造船立会報告として区別して管理しています。

・・・修繕船が入渠するたびに管理するのが、「修繕船入渠管理システム」で乙20号証、初期画面、乙28号証「修繕船立会報告」が該当するものです。

その他11頁末まで「チェック項目検索システム」、「入渠予定リスト」、「受注・シェア管理類」、「塗装実績・履歴管理類」、その他各種出力類についても詳述しているとおりです。新造船受注システムは本システムの入り口です。

被控訴人「船舶情報管理システム」は、作られる船にどのような塗料を受注したか、受注した塗料はどのように塗られたか、塗られた塗料の成績はどのようなものであったか、修繕船にどのような塗料がいつ塗られるか、塗られた修繕船塗料の成績はどのようなものであったかなどの履歴が瞬時に分かるように管理したシステムで、この履歴管理の輪を有効に回すことでユーザーの信頼を得て、受注拡大を図るシステムで、新造船受注システム=船舶情報管理システムではありません。・・・・

4. 船舶情報システム開発プロジェクトの事務局だったという証言

控訴人が作ったものではないという主張に控訴人が昭和60年から信友に出向し、その後平成4年に中国塗料技研に替わり、何の仕事をしていたのかという控訴人代理人の尋問に対する証言です。

開発を依頼した加藤社長も、その後社長になった藤原も控訴人が船舶情報管理システムを開発、業務運営していたことを前訴裁判調書で認めている事実を承知の上での証言です。しかも先の裁判で尋問を行ったのは、現在被控訴人代理人を行っている小山弁護士であるということを忘れてはなりません。

幸い甲第153号証を提出してくれたMKさんは、T電機工業で控訴人が書いた仕様書のプログラム作成に従事した当人です。

MKさんは、意見書3頁、4項で 

「 原さんはプロジェクトの事務局だったと中国塗料山崎さんは証言されていますが、これも間違いです。原さんが本人尋問調書で証言されているとおり、中国塗料船舶情報管理システムは原さんがシステムを構築し、すべての外注のための仕様書を書き、T電機工業に原さんの仕様書とおりのプログラムを作らせたものです。プロジェクトの事務局だったという中国塗料山崎さんの証言ですが、プロジェクトはありませんでした。原さん一人がシステムを構築していたものです。このことは原さんの仕事にかかわったT電機工業プログラマーすべての者が証言します。原さんはシステムエンジニアであり、プロジェクトマネージャーです。 」

と明白に否定してくれています。

また、TMさんは、3頁で下から7行目か

「 私の経験から合理的に類推させてもらいますと、知的財産高等裁判所 平成20年(ネ)第10064号事件で問題になっております「船舶情報管理システム」においても同様な高度の創作性が注がれているのは当然で、そうでなければシステムとしてまともに稼動することはあり得ません。こういった作業は外部から見えにくいため、経験のない者には「作品検索システム」のテキストデータを集める作業は単純肉体労働のようなもので、著作権を云々できないだろうとの誤解を生むでしょうが実態を知らない者の戯言です。本件の被控訴人側の証人が控訴人のことを開発の事務局的仕事をしていたなどの言葉はこの戯言の部類に属する典型例としか考えられません。」

と切り捨てています。

被控訴人山崎証人の証言も、被控訴人代理人も悪質です。

5. 平成8年9月、NECに金1982万6985円で発注し、平成9年3月と6月に同社により検収を経て納品されたものを使用している。という陳述書関連証言

システムエンジニアであった元控訴人代理人岡弁護士は、平成20年10月27日付準備書面(1)4頁6行目、

「 第2 被控訴人中国塗料の主張について

原審は判断を回避しているが,被控訴人中国塗料の「平成8年9月,被告において日本電気株式会社に金1982万6985円(消費税込み)で発注し,平成9年3月と6月に同社により検収を経て納品されたものを使用している。」という主張について,以下述べる。」

「 1. 控訴人が開発したシステムは,甲第22号証 船舶情報管理システム総合メニュー画面から甲第38号証 中国塗料技研船舶情報管理システム各種発信文書類(平成4年7月7日付技研第4号から平成5年1月25日付技研第77号まで一覧表)の通り膨大なシステムであることは明らかである。     

2. 控訴人が開発したこのシステムは,世界のどこの造船所で建造される船のどの部分にどのメーカーのどんな塗料が塗られることに決まったか,まだ決まっていないか,現在どのような受注作業を行っているか,その成果はどうか,また現在動いている船に塗られている塗料はどのメーカーのどんな塗料か,その成績はどうか,次回いつ塗り替えられるかなど,船舶塗料に関するすべての情報が他社を含め瞬時にわかるようにした船舶塗料基幹システムであり,プログラムマスター類を含め,膨大なものあることは控訴人が原審で提出した証拠からも明らかである。

このような膨大なシステムがたった2000万足らずでできるものでないことは,システムに携わったものであれば,瞬時わかるものである。

3. すなわち,こういった会社のニーズに合わせたシステムの開発においては,パッケージシステムなどと違って,技術者1人当たり1月いくらで請け負うという場合が多いところ,その請負契約の相場は100万円〜200万円/人月(1人当たり1月100万円〜200万円)(控訴人代理人は平成8年ころから数年間システムエンジニアをしていたことがあり,その知見から)である。この相場に従うならば,2000万円のシステム開発ではシステムエンジニア2〜4人で5か月程度でシステムができあがってしまう計算になるが、被控訴人中国塗料が本件船舶管理システムと同等のシステムを日本電気株式会社が作成したとするには,証拠上明らかなシステムの規模からいってあまりに乖離がある。

このように,被控訴人中国塗料の「このシステムと別個のものを2000万円足らずで開発し,現在使用している」とする主張はまったく虚偽としか言いようがない。

もし,虚偽でないというならば,被控訴人は,どのような契約内容でどのようなシステムを日本電気株式会社に発注したのかを明らかにしなければならないし,もし日本電気株式会社に相場と違う低料金でシステム開発してもらったというならば被控訴人中国塗料はその証拠を提出しなければならない。

それがなされないならば,被控訴人中国塗料の主張は排斥されなければならないが,控訴人としては,現在も控訴人開発の本件船舶情報管理システムが被控訴人中国塗料によって使用されているかを裁判所によって積極的に確認していただきたいので,なるべくなら調査官による調査を求めたい。

4. 仮に,日本電気株式会社が作成したものを現在使用していたとしても,それは本件船舶情報管理システムを他のコンピューターに移し替えたり,ささいな仕様変更をしたりした程度であり,現在被控訴人中国塗料が使用しているシステムは控訴人作成にかかる本件船舶情報管理システムであることに何ら変わりはない。

なぜなら,控訴人が開発したシステムのうち,マスター類,船舶基本情報,塗装実績,塗装仕様発行システム,新造船受注システムなどは61年末には一応完成し,入力・出力を行っていたもので,控訴人が退職する平成5年1月末までには膨大なデータ量になっていた上,その他退職する平成5年1月末まで控訴人が開発した成績管理システム,修繕船管理システム,店所別,造船所別入渠予定,建造予定線表などにも被控訴人中国塗料は,毎日膨大な船舶塗料に関するデータを入・出力していたはずであり,蓄積されたデータを被控訴人中国塗料が廃棄することはありえないからである。

5. したがって,控訴審裁判所には,2000万円足らずで被控訴人中国塗料が日本電気株式会社に作らせたものがどのようなものか,被控訴人,中国塗料が主張する平成9年3月,6月日本電気株式会社システム稼動後どのようにしたか,などを確認していただきたい。」

 と訴えたが、被控訴人はこの控訴人代理人の主張を無視した。

 そしてJMさんは、3頁下から9行目からに、

「 また、尋問調書の中で山崎さんは、NECに船舶情報管理システムの開発を発注する際、一から開発するにもかかわらず、2000万円で発注したと証言されています。

これだけの規模のシステムを開発するとなりますと、システム設計だけで膨大な時間がかかり、全体のコストが2000万円で納まるはずがありません。もし、2000万円で発注が可能だとしたら、それは、既に稼動しているIBMのシステムを模倣し、同じようなものをプログラミングするだけでよい、という場合です。この場合は、システム設計が不要ですので、トータルの金額を抑える事ができたのでしょう。

中国塗料が、NECにシステム開発を発注する際の発注仕様書を提示する事を拒んだのも、IBMのシステムを模倣するだけでよかったため、発注仕様書と呼べるような書類が無かったためだと予想できます。

とすれば、重要なのは、IBMのシステムを設計した人は誰なのか、という事であり、先にも述べましたように、それは原さんである、という事なのです。」

と書いてくれました。

 システムは控訴人が開発し、IBMで稼動させていたものをNECがマイクロソフトWindows環境下に移し変えただけたから、この程度の金額だったということが可能だったのです。しかし、被控訴人山崎証人は、また費用は8000万円とも答えていますが、この意味をどのように理解すれば良いでしょう。

 システムがなければプログラムが作れないことは当然で、プログラム作成料よりシステム作成料のほうが高いことを被控訴人も知っています。8年間にわたって構築した控訴人のシステム作成料が含まれていないのは、どうしてでしょうか。

 被控訴人山崎証人は、発注仕様書はあると証言しましたが、NECは加工(応用)プログラムから納品し、入力プログラムが納入されたのは10ヶ月後だという事実から、発注仕様書があるという証言は明らかに虚偽です。

6. 現在被控訴人が使用している「船舶情報管理システム」は、今年8月に富士通に作らせたもの。それまで使用していたNECシステムはすべて廃棄したという証言

控訴人が被控訴人の悪質なもくろみを理解できたのは、この証言です。

被控訴人は平成19年12月5日答弁書以来証人尋問まで、NECから富士通にシステムを変更した、NECシステムを廃棄した、などという主張を一切行わず、当日被控訴人山崎証人が突然証言したものです。

 被控訴人山崎証人が裁判所に提出した平成22年8月6日付陳述書2頁3行目に「これが当社が使用していた「船舶情報管理システム」です。」としていたので、控訴人代理人が、なぜ過去形になっているのか、と尋問したときの回答でした。

 この回答で控訴人は、被控訴人が控訴人船舶情報管理システムをIBMからWindows95環境下でNECに移行させたシステムをサーバーに取り込み使用しているということが瞬時に理解できました。

そして、被控訴人山崎証人が『先般、裁判官のほうが私どもの会社で見られたときも、新造船情報は別システムでやっているというふうに、私どもは回答しております。』という証言から、6月15日裁判所を迎えた検証では、富士通パソコンを使用し、NECから富士通に切り替え、NECはすでに廃棄している旨の説明を行ったのだろうと解釈しました。

サーバーにシステムを取り込んでいるので、端末側パソコンはどのメーカーのパソコンでも良くなっていることは理解できたが、このことをどのように訴えれば、裁判所が理解できるような準備書面が書けるか、考え続けました。

広島に戻り、まず、元T電機部長のMKさんに中国塗料被控訴人山崎証人の尋問調書が出たら、控訴人の考えが正しいか、どうか検討して欲しい、控訴人の考えが正しかったら意見書を書いて裁判所に出して欲しいと頼みました。

中国塗料被控訴人山崎証人の尋問調書が出で、これは他の人にも頼んだほうが良いと思い、JMさん、そしてTMさんにもお願いしました。

皆さんが、控訴人推察が正しいという意見書を裁判所宛書いてくれました。 

甲第152号証から154号証として裁判所に提出します。どうか、甲第152号証から154号証までをご審議いただき、正しいご判断をお願い申し上げます。

第4 まとめ

全世界の造船所で、建造予定の新造船塗料の受注のために営業マンが「新造船受注情報システム」で受注業務を行い、建造される船にどのような塗料をどのように塗るかという塗装仕様書発行するための業務を技術部が行い、建造中の船に塗装されている塗料が規定通り正しく塗装されているかを確認、記録、報告するためにインスペクター業務を立会者が行い、これから入渠予定の船にはどのような塗料をどれだけ塗る予定かという修繕船塗装仕様書発行を営業員、技術部が「修繕船塗装仕様書発行システム」から行い、入渠した新造船保証ドック(ギャランティドック)や修繕船の塗装成績がどのようなものであったかを立会し、「成績管理システム」に従って報告書を作成し、履歴管理するのが被控訴人「船舶情報管理システム」です。

被控訴人の社員たちばかりでなく、代理店もこの船舶情報管理システムを全世界でいろいろなメーカーのパソコンを日夜使用し、業務を行っているのです。

控訴人が開発、運営に取り組んでいた被控訴人「中国塗料船舶情報管理システム」というのは、被控訴人における船舶塗料業務すべてを標準化したシステムで、換えがたいシステムです。

被控訴人が控訴人からタダ取りしたシステムを守るため、懸命に次からつぎ、ウソをつき続けるのも、システムの効果と価値を十分認識している証拠です。

しかし、ウソをつく者は、ウソに溺れ馬脚を現すというたとえのとおり、8月に富士通に切り替えた、NECシステムは廃棄したという被控訴人山崎証人の証言ですべてが明らかになりました。神がいるなら神に感謝します。

この船舶情報管理システムを使用しているから被控訴人の売上、シェアが拡大(私がシステムに取り掛かったときの売上が220億円程度、シェアは30%、現在売上900億円以上、シェア55%との豪語)している事実があるのです。

裁判所において、証拠に基づいた公正な判断が行われることを祈願いたしております。 以上

 

尾崎弁護士は私の準備書面(16)及びMK、TM、JMさんらの裁判長宛意見書をふまえ、以下の最終準備書面を裁判所に提出し、職務著作という判決はありえないし、許されない、と訴えた。

 

平成22年12月15日付控訴人代理人尾崎弁護士最終準備書面

    一審判決は、原敏恭(控訴人)のシステムは、著作権として保護されるものであると認めながら、それが中国塗料株式会社(被控訴人)に存在するか否かについては判断せず、仮に存在するとしても職務著作であるとして請求を棄却した。そこで控訴人は、「@原の著作物が中国塗料に存在し、現在も中国塗料が使用していること。Aその著作物は、職務著作ではない。」という主張を掲げて控訴した。

    本控訴審においては、異例ともいうべき13回の口頭弁論または進行協議、準備期日を実施したが、被控訴人が職務著作について新たな主張をすることはなかった。

かかる経緯のもとにおいては、控訴審が、職務著作という理由で控訴棄却することは有り得ないと確信するし、決して許されない。

なぜなら「仮に控訴人のシステムが存在するとしても職務著作である」という一審判決を是認するのであるならば、ただ一回の口頭弁論で足りるからである。

    控訴審、証人尋問において、中国塗料は、

T 中国塗料が控訴人に開発を命じたこともない。

U 控訴人のシステムは中国塗料には存在しない。

V 昭和60年から使用していたIBMのシステムは控訴人が開発したものではない。

W IBMのシステムは、子会社信友を経由してT電機工業に発注されものである。

X 信友にはシステムエンジニアは存在せず、T電機工業がシステム、プログラムすべてを作ったものである。

Y 控訴人がシステム開発に関与したのはプロジェクト事務局の役割を担っただけである。

Z その後平成8年9月、NECに2000万円程度IBMとはまったく別個のシステムを発注し、平成9年3月と6月に同社により納品されたものを使用していた。

[ 平成22年8月には中国塗料は富士通にNECとは別個のシステムに変え、NECのシステムは廃棄した。

と主張した。上記の各論点については、控訴人及び弁護士になる前システムエンジニアだった前代理人弁護士が完膚なく論破し尽くしている。

控訴人代理人は前代理人の後を引き継いだものであるが、システムは控訴人がすべて構築し、T電機工業にプログラムを外注していたことはT電機工業社長証明、及び今回提出したT電機工業MK元部長の意見書においても明白に事実である。

さらにMK以外、控訴人サポーターTK、JMらのシステム開発従事者の意見書からもシステムは控訴人が開発した事実は明にされた。

控訴人代理人は、平成22年9月29日から急遽代理人を引き受けたが、システムの論点について主張する必要はまったくない、しかし、原審判決、「仮に存在するとしても職務著作であるとして請求を棄却した。」点について、訴える。

被控訴人が控訴審で職務著作についてまったく主張を行っていない。また裁判所も13回行われた口頭弁論、進行協議、弁論準備において、職務著作について審議は一切行っていない。

中国塗料の代理人弁護士は、控訴人に対する尋問においてのやりとりも、次のようなもので、控訴人に何を尋問しているか、理解できない。

(代理人)「仕事で職務上行ったことが、なんであなた個人のものになるかという質問です。」 (控訴人)「私の訴状には、それから控訴理由書についても、職務著作のことも書いています。ところが被控訴人は、私に命じたものではない、私が作ったものはないという主張をずっとしてきているわけ、今まで小山弁護士代理人、それから山崎も、職務著作権のことを言いましたか。一つも言わないで、ここの席で今突然言うのはどういうこと、私、答える必要ないですよ。私のものがあるんですか、ないんですか。」 (代理人)「原審でも職務著作についての主張はしています。まあいいです、それは。」 (控訴人)「どこでしているんですか。」 (代理人) 「書面に書いています。私の書面に、そこはいいんです。じゃあ今の答えは、なしでいいんです。ないんですね。」 (控訴人)「ちゃんと答えています。あるか、ないかを認めてください。私のものがあるんですか、ないんですか。」

というもので、裁判所においてもこのようなやりとりが職務著作に関するやりとりと理解できるものではない。

このような状況での結審であるから、前述のとおり控訴審が、職務著作という理由で控訴棄却することは有り得ないと確信するし、決して許されない。

結審を迎えるに当たり、控訴人代理人は、技術的論証は、控訴人準備書面(16)及び3人の裁判所宛意見書で十分満足しているが、裁判所が控訴審で審議を行わず、地裁職務著作判決の踏襲を行うことはないものと信じるが、あえて、本準備書面で申し上げるものである。  以上

 

第14回 結審のための裁判(口頭弁論)(平成22年12月22日)

以下の結審報告メール、手紙を支援者の方に送った。

今回結審にあたり裁判所は、先の裁判で中国塗料及び私に「最終準備書面」を12月15日までに提出するよう求め、私は「準備書面(16)」を14日に提出し、弁護士は職務著作及び裁判総括に関する「最終準備書面」(いずれも同封)を15日に提出しました。そして中国塗料から出る準備書面を待ちました。しかし、中国塗料は準備書面を出さず、結審しました。

 

中国塗料は、私の尋問での主張に対し、また私が準備書面(16)で徹底的に叩いた中国塗料証人山崎が主張したウソ(前回報告ご参照)などの補充を最終準備書面で主張しなければならなかったのですが、準備書面を出しませんでした。裁判常識では考えられないことです。裁判を諦めたからか、裁判をなめきっているからなのか、理解できません。

 

尾崎弁護士は、「地裁判決は、システムは原が作ったものと認めたが、職務著作だからと原を敗訴にしたが、中国塗料は控訴審で、職務著作だという主張を一切行っていない、また裁判所も職務著作についての審議を行っていない、職務著作という判決を行うならば、1回程度の裁判で良く14回も行う必要はない、職務著作という判決を行ってはならない」と訴えました。

 

裁判所も職務著作という判決は書かない(書けない)でしょう。

中国塗料を勝たす理由は皆無です。裁判所がどのように中国塗料を勝たすのか、知りたい気持ちもあります。

 

来年新しい裁判のページが開かれると思います。どうかご期待ください。18年間戦うことができたのも皆さんのご支援の賜物です。厚く御礼申し上げます。

 

第15回 判決(平成23年3月15日) 敗訴

「ひとりでも多くの方に読んでもらってください。」と送った控訴審敗訴報告 

前略

長期間私の裁判を応援いただき、厚く御礼申し上げます。

みなさんのご期待にそえず、申し訳なく、心からお詫び申し上げます。

余震、原発破損、放射能被害拡大中の裁判敗訴、明るい報告ができなくてすみません。

一日も早く皆さんへの報告をと思いながら、遅くなってしまいました。

どのようにして勝つかを考え裁判に取り組んできましたが、敗訴判決を受け、どうして負けたかを考えながら、この報告書を書きました。すべてをかけ取り組んだ裁判でしたので、さすが打たれ強いヤスもショックが大きく、多くの方々から慰め、激励をいただきましたが立ち直りに時間がかかっています。被災した東北地方の方々の頑張りから力を得て立ち直ろうとしているヤスです。何とか以下のとおり敗訴報告を何とかまとめました。ご高覧いただければ幸いです。

塩月秀平総括裁判長宛に「確かな証拠に基づいた正しい判決が行われることをお願いします。」という請願ハガキを全国から500枚以上送っていただきましたが、何が何でも私を敗訴させようとする知的財産高等裁判所(以下、知財高裁という)中野哲弘所長と塩月秀平総括裁判長には通じませんでした。裁判の傍聴ちらし、「請願ハガキ」などを含め、この裁判を完璧に行うことができました。これも皆さんのご支援のおかげです。厚く御礼申し上げます。

 

敗訴でわかったことは、知財高裁所長と部下の総括裁判長裁判官が2年5ヶ月14回も職権で裁判を使い、私をもてあそび、下した判決だったということです。

 

地裁が職務著作だとした判決に対する控訴審で、一度も職務著作を争うこともなく2年5ヶ月、14回も裁判をやる理由はありません。単純な私は、中野哲弘所長が公正な裁判をやってくれると感謝していました。腹立たしい限りです。ただ、私をもてあそんだということです。こんな裁判を知財高裁トップとそれに続く総括裁判官が行ったのですから、この事実を裁判史上に残さねばなりません。

日本に一つしかない知財高裁中野哲弘所長とそれに続く塩月秀平総括裁判長がこのようなことを行い、判決を下したのです。天が民事裁判の改革に取り組んでいる私に与えてくれた贈り物と思います。これからも戦い続けることが私の使命です。この贈り物を有効に活用する方法を皆さんの知恵を借り、ともに考え、民事裁判改革に生かし、控訴審判決を覆すことに繋げるようがんばります。どうか、情報、お知恵をお貸しください。

 

Ø       3月15日 判決裁判の模様

東京には2月26日午後1時過ぎに出て翌朝27日午前4時20分頃着きました。27日は東京マラソンで日比谷通りはランナーで一杯でした。

28日(月)、3月1日(火)は雨でしたので裁判所での傍聴チラシ配りは3月2日から始めました。3月1日正午から尾崎弁護士事務所で裁判後の取り組みについて話し合いましたが、すべて勝訴後、どのように取り組むかということでした。

火曜日からのチラシ配りは、平成20年10月から2年5ヶ月、15回もやっている私の裁判ですから、弁護士先生を含め関心は高く、手応えは十分ありました。しかも今もっとも注目を集めている知財高裁が控訴審を14回もやったことは、地裁判決は覆るとの期待が伝わりました。

東京に出向く前、2月24日尾崎弁護士から「傍聴券配布について裁判所から問合せがあった。手配してもらいましょうか」とのメールがあったので、必要はないのではと答えていました。

東京で傍聴チラシを配り、傍聴するという方が多いことがわかり、3月8日司法記者クラブに取材要請を行った時点で、先生に傍聴券配布を裁判所にお願いしてもらいました。

3月11日(金)地震後、茨城、千葉など遠方の方々や都区内の方からも、傍聴する予定だったが、計画停電で電車が心配で出向けないという電話、メールが10人以上あったので、尾崎弁護士に傍聴券配布を取消してもらいました。

15日裁判にどれだけの方が傍聴してくれるか心配でしたが26名の方が傍聴してくれました。計画停電で電車も満足に走っていない中、個人の私の裁判にこれほどの方が傍聴してくれたことに胸がつまりました。

尾崎先生から地震がなければ傍聴券が必要でしたねと言われました。

長年民事裁判を訴えたチラシ、傍聴チラシを配った効果だと思います。

中国塗料関係者は一人もいませんでした。

裁判後、家庭・簡易裁判所地下食堂でのミーティングに判決文を5部コピーし、臨みました。ミーティングには、15名近くの方が集まってくれました。

尾崎弁護士は、結審まで14回も裁判をやったが、一度も職務著作の審議を行っていない。職務著作とした判決は間違っている。このような判決で泣かされている人が多いと話されました。

私も負ける場合、職務著作以外はないと思っていたので、控訴審では職務著作について、訴状で訴えた以外に控訴理由書、そして私の前任岡弁護士も準備書面で職務著作について十分主張し、訴えていました。しかし裁判所は職務著作について中国塗料にも、私にも何ら釈明を求めることはありませんでした。何のための裁判を14回もやったのか。懸命に裁判所が求める証拠、準備書面、陳述書、上申書を弁護士とともに作り、提出し、徹底的に中国塗料のウソ、デッチアゲ証拠類、準備書面、中国塗料山崎陳述書を粉砕した裁判でした。この判決を素直に受け入れることはできない。これからどのような取り組みができるか、皆さんの知恵を貸して欲しいとお願いしました。

尾崎弁護士退席後もミーティングは続き、Mさんから判決は、明らかに@不作為の違法、A弁論主義違反、B不告不理原則違反、C審理不尽が明らかであり、上告を含め、取り組むべきとのありがたいアドバイスをいただき、@からCまでを調べたら、まさにMさんの言われたことが的中していました。

大した方です。豊かな知識を持った方が苦しいとき私に力を貸してくれるのです。本当に恵まれています。ありがたいことです。これから私の戦い(裁判)は、私が平成13年から裁判所前で訴えているとおり、民事裁判そのものを訴えることになりました。

16日午後3時 尾崎弁護士事務所で上告状、上告受理申立書をお願いしました。

・・・・・

Ø       上告について

上告については、最高裁が受理する可能性は皆無に近いですが、このような職権を乱用し、私をもてあそんだ2人を許せませんので徹底的に戦うため、まず、上告しました。

Ø       もう一つ不思議なこと

それは15日の中国塗料の株価です。

判決当日15日は日経平均が1015円下がり、下落幅は史上3番目で、東証一部上場170弱の銘柄中100を越える銘柄が昨年来安値を更新した日です。

中国塗料株価は、私が判決に関する各種情報を塗料業界、船舶業界、日経連ほか各種団体、マスコミ関係、証券会社などにメールし始めた3月始めは738円だったが下がり始め、14日は619円まで下がっていた。中国塗料の株価は15日当日の始まり値は、70円高の689円、高値は699円で、終わりが46円高の665円だった。中国塗料株価が上がるようなニュースは前日発表されていない。判決後も3月23日まで上がり続けた。判決当日15日は、関西ペイントほか全塗料メーカーが軒並み下がっているのに中国塗料だけが上がっています。中国塗料が裁判に勝つという情報が流れた結果とも思われる。誰がどのような操作をしたか、証券等取引委員会に調査依頼を行ってやろうと思っています。・・・

 

上 告 ・受理申立て理由書

上告理由書で訴えたことで、このHPに以下のことを特に書きました。

 

「10.・・・10月27日第13回で証人、本人尋問を行ったが、塩月秀平裁判長以下裁判官も「職務著作」に関する尋問を上告人本人にも被上告人証人にも一切行っていない。「職務著作」という判決を行うのであれば、裁判官は結審前の証人・本人尋問の法廷で「職務著作」について双方に何らかの尋問を行うべきだろうと上告人が思うのは当然であろう。 

11.控訴審は12月22日第14回結審のための口頭弁論を行い、平成23年3月15日判決を行った。何故被上告人が職務著作について主張(抗弁)していないことを判決に書いたのか、理由を明らかにすべき責務を有するのは当然である。

12 2年5ヶ月、14回も長々口頭弁論、弁論準備を行ったが職務著作に関する審議は一度も行わず、ただ広島在住年金生活者の上告人を71歳から73歳まで15回東京に呼び出し、職権で無用裁判を続け、上告人に不要な出費、労力をこれでもか、これでもかと費やさせ、上告人をもてあそび、上告人の基本的人権を侵害した。

13.このような裁判、判決の違法は、司法における正義の死滅以外のなにものでもない。司法における正義は、司法の存在意義、存在目的そのものであって、正義に反する判決などこの世にあってはならないものである。」と。

 

上告理由として、控訴審判決には「不告不理」の大原則、「弁論主義」、「不作為による職権濫用」、憲法第31条、同第32条、同第99条、同第76条3項 、同第12条、同第11条に違反すると19頁わたり、判例も付け、訴えました。

 

上告受理申立て理由として、審理不尽、理由不備又は法令解釈の誤り(著作権法15条、著作権法12条、民訴法224条)、及び期待権侵害があり民訴法第312条6「上告理由」に該当すると判例とともに14頁訴えました。

 

添付資料として

1.地栽・高裁第1回から判決まで裁判報告並びにチラシ類(傍聴、民事裁判及び中国塗料チラシ)を1冊に製本し、各アイテムにイデックスを付けたもの、

2−1甲第153号証 元T電機工業、コンピュータ部々長MK氏塩月秀平裁判長宛意見書。

2−2甲第152号証の1サイバーミュージアム ムーセイオン代表 サイバー美術館のシステム構築、運営者のTK氏がWEBサイト運営者として塩月秀平裁判長宛意見書。

2−3甲第154号証E J プランニング(株)代表 JM氏塩月秀平裁判長宛意見書。

3甲第143号証 「マスタメンテナンス、マスタリスト対比表」被控訴人は使用中NECシステムは控訴人が作成したという主張システムとの対応関係はないという主張を繰り返している。よってシステムの根源であるマスタ類について、被控訴人使用中NEC作成マスタ類が控訴人が開発、IBMシステムで使用していたものだということを立証するため作成した被控訴人乙27号証「プログラム仕様書」に基づいた対比表。この対比表をみれば、被控訴人が控訴人開発マスタ類をNECに丸投げして作らせたものだということが理解できる。

4甲第145号証 「NECシステム及び控訴人「活用画面(出力)類」対比表」被控訴人が提出した「プログラム仕様書」、「CDROM」からの出力類、画面類と控訴人が裁判所に提出したシステム甲号証類を一覧表にまとめ、被控訴人がNECに作らせたものが控訴人か開発、稼動させていたものを丸写しにしたものであるということが一目で理解できるよう作成したもの。甲143号証「マスタメンテ、マスタプログラム」と一対になるものである。

5甲第146号証 「NECプログラム納入時系列表」本来システムはマスタ類、入力プログラムから作られ、納入されるものであるが、被控訴人乙27号証「プログラム仕様書」によるとNECが納入されたプログラム類は応用、加工プログラム類から納入され、マスタ類、入力プログラムが後になっている。これは控訴人が稼動させていたIBMシステムを丸々NECに変換させたということを証明するため作成したもの。等を読めばすべてがわかると添付しました。

 

尾崎弁護士は私の上告・受理申立て理由書を基に以下の上告・受理申立て理由要旨を提出しました。

    本件は、上告人原敏恭(以下「原敏恭」という)が開発した船舶情報管理システムが職務著作であると誤判された事案である。

    一審は、わずか4回の口頭弁論で、職務著作であると認定した。原敏恭が主張立証した船舶情報管理システムが著作物であると認めた上で、それが被上告人中国塗料株式会社(以下「中国塗料」という)に存在するか否かは判断を留保して、仮に存在したとしても、それは中国塗料またはその子会社の職務著作であるという判決であった。

    これに対し、原敏恭は、「自分が作成した船舶情報管理システムは、中国塗料に存在する。そして、それは職務著作ではない」との理由で控訴した。

    控訴審である知的財産高等裁判所は、異例とも言うべき14回の口頭弁論、進行協議、弁論準備を重ねた。原敏恭は、自己の作成した船舶情報管理システムが中国塗料に存在することを懇切丁寧に主張立証した。

    その間、船舶情報管理システムが職務著作と認められか否かについての審議は一切行われなかった。したがって、原敏恭は、職務著作でないことを必要な程度に主張したが、それ以上の立証は不要と考えた。

    また、原敏恭が作成した船舶情報管理システムが中国塗料に存在するか否かについては、中国塗料は、単に「存在しない」と答弁するのみで、裁判所のこれに関する釈明命令に最後まで抵抗して釈明しなかった。中国塗料が裁判所の命令を無視するのは、存在を認めざるを得なかったことからと認めるほかない。

    中国塗料代理人は、上記の釈明を拒否する一方、裁判所に対し、「御庁は、控訴人に対して以上の点につき釈明を求めることもなく、不適法と思われる控訴人の主張を野放しにするばかりか、控訴人の主張にただただ盲目的にしたがっている。このような弁論主義に悖る訴訟指揮に被控訴人は異議を唱えてきたのは至極当然のことである。」と激しい非難を加えた。中国塗料が原敏恭に対し釈明を求めた点は、現在中国塗料で稼動しているシステムと原敏恭が開発した船舶情報管理システムの同一性についてであるが、これはまさに裁判所が中国塗料に釈明を求めたことである。それを拒否しながら、逆に原敏恭に対し、釈明請求をするのは本末転倒である。裁判所も、これにつき原敏恭に対し釈明を求めることはなかった。

    以上の経過により、原敏恭は、勝訴を確信した。なぜなら、自己の著作物である船舶情報管理システムが中国塗料に存在することは十二分に立証し得たし、その職務著作性については全く審議されなかったのであるから、これを理由としての判決は弁論主義上あり得ないと考えたからである。

    ところが意外にも、控訴審判決は職務著作であるとして原敏恭は敗訴となった。そのような結論であるならば、他の控訴事件のようにただ一回の口頭弁論で足りるはずである。そして中国塗料代理人の前記の激しい裁判所批判は、皮肉にも正当ということになる。

10        以上により、不告不理の原則及び弁論主義違反、審理不尽、釈明権不行使などの憲法第31条(法廷手続きの保障)違反、憲法第32条(裁判を受ける権利)違反、憲法99条(憲法尊重擁護義務)、憲法76条3項(裁判官の良心)等が認められることは明かである。

 

上告の状況

上告関係書類は5月15日知財高裁に提出した。書記官も代わっていました。これで私の控訴審をはじめからやった裁判長、裁判官、書記官すべてが代わった。何もかも理解できない裁判・判決だった。

 

裁判を正す会、冨嶋会長からのメールには、「裁判所前でチラシを配り、民事裁判を批判している原さんを裁判所が勝利させることはない。」と書いてあった。

 

通常上告理由書提出後2〜3週間程度で記録送達通知が最高裁から届くものだが、10月になっても届かなかった。送達通知が届かなかったので、まだ送られていないものと安心していた。

 

中野、塩月に対する国賠償請求訴状、証拠説明書、証拠類が完成したので、尾崎弁護士に送り、弁護依頼をお願いしたところ、尾崎弁護士には6月20日には届いていた、最高裁から私のところにも送達通知が届いているものと思っていたので送らなかったとの返事を聞き驚いた。

尾崎弁護士は、中野、塩月裁判を引き受けることは、裁判所を敵に回すことになるので、弁護士として考えさせてくれというもっともなご返事だった。

 

送達通知が届いていればいつ棄却通知が来てもおかしくないので、返事を待たず、訴状提出のため急ぎ10月23日から東京に出向き、25日東京地裁に提出した。

 

東京地方裁判所民事37部、事件番号は平成23年()34620号と決まった。

 

その後、その足で知財高裁に控訴審事件記録閲覧に出向いたら、すべて最高裁に送った。高裁にはないと言われ、翌日最高裁に茨城県鉾田市Iさんと閲覧に出向いた。

 

Iさんは身分を証明するものは免許証を持っていたが、印鑑を持参していなかったので入れてもらえなかった。Iさんは後刻、印鑑を購入し閲覧室に来ることができた。最高裁に事件記録閲覧を出向く際は、印鑑、身分を証明するものが必要。

 

裁判記録は9冊、すべて知財高裁から届いていた。高裁から裁判記録が全部送られない場合があるので確認したほうが良いとアドバイスを受け、心配していた。

資料整理も完璧にすべて送られていた。首の皮が残っていた。

 

最高裁事件番号は、上告が平成23年(オ)第1066号、上告受理申立てが平成23年(受)第1203号となっていた。

 

担当は、最高裁第3小法廷、ミスター法務省と言われている寺田逸郎裁判長の下で行われていることがわかった。寺田逸郎最高裁判事をインターネットで調べたら、寺田治郎最高裁長官の子で、親子2代の最高裁判事、赤レンガ組みという超エリート裁判官だった。赤レンガ組みは天皇、キャリヤーは庶民とまで書かれていた。

調査官は、山田調査官となっていたが、名前、履歴は不明だった。

 

高裁(知財)裁判官は、中野知財高裁所長、塩月部総括裁判官というトップ裁判官二人が担当。最高裁は最高裁長官寺田次郎の子息で、親子2代最高裁判事の超エリート島田逸郎判事が担当、地裁を本人訴訟でやった事件になぜこんな大物裁判官たちが担当するのか、ヤスが大物か、事件がそれだけの価値を持っているのか、わからない。

 

寺田逸郎判事 履歴

寺田 逸郎(てらだ いつろう、19481月9 - )は、日本の裁判官司法官僚最高裁判所判事広島高等裁判所長官などを歴任し、2010年から最高裁判所判事。東京都出身。

 

法務省に勤務していた経験を持つ、いわゆる「赤レンガ組」の一人で、20年以上もの本省でのキャリアがある。この経歴から「ミスター法務省」とも呼ばれる。父親は元最高裁判所長官寺田治郎で親子二代の最高裁判事です。

 

略歴

東京都立日比谷高等学校卒業

東京大学法学部卒業

1972年 司法修習生

1974年 東京地方裁判所判事補任官

1976コロンビア大学ロースクールLLM

1977年 札幌地方裁判所札幌家庭裁判所判事補

1980年 大阪地方裁判所判事補

1981年 法務省民事局

1985年 駐オランダ大使館一等書記官

1988年 法務省民事局参事官

1992年 民事局第四課長

1993年 民事局第三課長

1996年 民事局第一課長

1998年 法務大臣官房秘書課長

2001年 法務省大臣司法法制部長

2005年 法務省民事局長

2007年 東京高等裁判所部総括判事(第2民事部)

2008年 さいたま地方裁判所所長

2010  広島高等裁判所長官

同年  最高裁判所判事

 

主な判決

時津風部屋力士

 

赤レンガ組について、ヤフーに載っていたことは以下のとおり。

キャリア組は日比谷公園で散歩しています。赤レンガ組は皇居を散歩しています。

したがって、赤レンガ組=天皇>キャリア組=庶民と、散歩力学では分析されています。

 

※注 法務省の建物が赤レンガですからこの言葉ができたと考えます。この建物は現在も法務省旧館として皇居お堀端に建っています。法務省新館は旧館の裏で、その前は日比谷公園です。この言葉は含蓄があります(ヤスの感想)。

 

寺田逸郎所信メッセージ 「裁判官としての心構え」

・・・司法は、新しい時代にふさわしい、より身近で頼りがいのある存在を目指して、10年来の取り組みのなかにあります。そんな次代の裁判を担う者の一人として、一つ一つの案件と向き合い、裁判のありようが求められている正義への期待とかけ離れたものとならないよう心がけて、努めていきたいと思っています。

 

この心構えのとおり、私の事件も判断してほしいと思った。

 

中野知財高裁所長、塩月秀平部総括に対する国家賠償請求 「訴状」

上告関係書類提出後、職務著作を訴えた裁判で、高裁で2年5ヶ月判決まで14回も裁判をやりながら、一度も職務著作の審議を行わず、しかも中国塗料の脅しに屈服し、中国塗料も主張していない「明示・随意の発意」があったと、裁判所が勝手に創作した理由付けを行い、職務著作だとした判決を行った中野哲弘知財高裁所長、塩月秀平部総括裁判長に対し、無駄な裁判のため、広島から東京に出向いた費用、371日間に及ぶ東京での無駄な生活費・準備書面・チラシ作成などに要した費用合計12,393,425円に対し、内金500万円の支払を求めた国家賠償裁判―国家公務員の加害行為を原因とした損害賠償請求事件―訴状にとりかかった。

 

まず、完璧な証拠類を整えることからはじめた。付けた証拠は甲第1号証の1から甲第8号証の2まで157。 証拠説明書は20頁になった。

 

甲1号証から甲6号証をそれぞれコピー製本し10冊作った。またそれぞれにインデックス、頁通し番号を付けた。証拠類だけで3ヶ月近くかかった。

 

訴状に付けた証拠は以下のとおり。

(1)甲第1号証の1〜5まで(58頁) 

上告関係文書類(上告理由要旨、同理由書、上告受理申立て要旨、同理由書、地裁、高裁 判決比較表など。)

(2)甲第2号証の1〜25まで(192頁) 

平成22年度分裁判所提出文書類(判決、中国塗料証人及び原告本人尋問調書、中国塗料証人尋問調書に対する支援者裁判長宛意見書、原告、原告代理人準備書面(10から最終まで)、上申書類、陳述書(5)及び主要証拠類、証拠説明書など。)

(3)甲第3号証の1〜24(119頁)

平成20、21年度分裁判所提出文書類(控訴理由書、訴えの変更申立て書、文書提出命令申立書(1,2)、準備書面(1から9)、陳述書(1から4)、質問書、主要証拠類、証拠説明書など。)

(4)甲第4号証の1から13及び証拠説明書(37頁)

中国塗料答弁書、準備書面、証拠説明書など。

(5)甲第5号証の1〜22の6(105頁)  

地裁第1回から控訴審敗訴まで裁判報告及び原告が裁判に際し裁判所前で配った傍聴など各種チラシ類

(6)甲第6号証の1〜16(119頁) 

大阪地裁提出、準備書面(1から9)、裁判官忌避申立て、即時抗告、特別抗告、裁判官更迭請願書、罷免請求、弁論再開申立て、検証申出、訴えの変更申立てなど。

(7)甲第7号証の1 

現在最高裁判所の権威を失墜させているのは、最高裁判所調査官といわれている。よって、支援者が原告に送ってくれた記事、「門前払い」や審理方針でやりたい放題 独善 目に余る最高裁の黒子たち」を証拠として提出する。 

(8)甲第8号証の1〜2 

全国の原告支援者に依頼した被告塩月秀平宛「請願ハガキ」及び常総市花井吉宅氏が原告のため知人に要請した「請願ハガキ」記入要領書

 

10月25日、東京地裁に訴状提出後、11月10日星野担当書記官から訴状、証拠説明書、証拠類を副本として各2部送付してください、届いたら裁判日時を決めますと電話があった。また代理人をつけますかとも聞かれたので、現在上告をお願いした先生に頼んでいるが、判決を出した裁判官を訴える裁判の代理人を行えば、裁判所を相手にすることなので、弁護士として良いことにならない、時間を欲しいと言われていますと答えた。

 

早速送ろうと思ったが、早く送り、早く裁判日時が決まっては、いろいろ準備ができなくなり、困るので、まずHP改訂作業などの後に送ることとした。

 

今後の予定

「職務著作」に該当するかどうかを訴えた裁判で、「職務著作」の審議を全く行わず、事実・証拠を無視し、中国塗料の虚偽主張を全面的に受け入れ、「職務著作」だと判決を下した塩月秀平部総括裁判長に対し、訴追委員会へ罷免請求、最高裁事務総局へ更迭請願を行う。

 

裁判が始まるまでに、パネル板の作り替え、ロシナンテの化粧替え、阿修羅になったヤスPART2―路上はヤスの法廷だ!の直し、準備書面、中野所長、塩月裁判官及び私に対する人証の申立て、マスコミ各社、全国の大学法学部長、法科大学院々長宛への訴えなどなど、やらねばならないことが控えている。とにかくがんばるだけ。

 

 

 

平成13年以来裁判所前で民事裁判について訴えています。

 

4枚のパネル板(157cm×90cm)

 

パネル板を作りなおしたので、ぜひ読んでください。

 

パネル板には次のものを貼り、訴えています。

 

またパネル板の前で配ったチラシは100万枚を越えます。

東京の裁判官でヤスを知らない人はいないとも言われています。

 

このパネル板に貼っているものを読むだけで、

民事裁判に対する知識・免疫が出来ます。活用してください。

 

u    欠陥民事裁判の現状

      判決は、裁判官次第で変わる

      良い裁判官、悪い裁判官に当たるも運次第

      裁判官は強い者、大きいものが正しいと判決する

      個人や弱い者の味方の裁判官は少ない

      提出された証拠類も審査せず、証人申請も、理由も無く却下する

      ウソを言っても、咎めようとしない

      判決は、自分を評価するところを見て下す

      民事裁判では勝てる方程式は、無いに等しい

      判決に対し、無責任・気楽だ

      弱い個人には、控訴・上告・再審があると思うな、今の民事裁判は一審制

      控訴してもすぐに結審・判決言い渡す。間違った判決を変えようとしない(裁判官仲間主義)

      2年で3人も変わった裁判官

      事件の引継ぎもなく、常にゼロからはじめる後任裁判官

      大銀行や生保など大会社は、裁判官の天下り先

      民亊裁判官は、適当な和解案で和解させる仕切屋・談合屋

      団子3兄弟、一卵性三つ子の裁判村では本人訴訟で勝つのは難しい

      最高裁に訴えても「違憲をいうが単なる法令違反、事実誤認だから上告の事由に該当しない」という棄却定文で終わる

      上告、特別抗告などは書いてるだけのお題目

      堕落の元凶は最高裁!

      さらに加えれば、今の裁判制度では社会・生活常識のない出世だけを考えたずさん・無責任民事裁判官しか育たない 

      今回追加事項: 脅しに弱い裁判所。文書提出に応じたくなかったら、出さないと脅せば、それ以上提出を求めないし、裁判も勝利させてくる。

 

u    日本経済新聞が平成8年10月28日から11月13日まで9回連載された『サラリーマン433話 55歳の反乱』の拡大・コピー。

@    独立阻む会社を提訴(平成8年10月28日)

A    社長特命、難題に挑む(10月29日)

B     突然の異動 独立決意(10月31日)

C    最後通告、会社去る(11月1日)

D    怒りから戦う気力(11月4日)

E    反対の中、提訴準備(11月5日)

F    長引く裁判に焦り(11月9日)

G    敗訴、認定に不満(11月12日)

H    伴りょは戦友だ(11月13日)

これだけやっても大阪高裁の3人の裁判官は、私の訴えを「失当」とし、地裁判決を追認し、付加した判決文は小学生でも書けない支離滅裂なお粗末な追加判決文も貼っている。

u     日本経済新聞が最初の連載が好評だったので、翌年(平成9年)9月29日から連載した『サラリーマン446話 続・55歳の反乱』@からFまでと日本経済新聞が中国塗料の抗議に屈し、連載を7回で中断し、謝罪記事『続・55歳の反乱」取材班から』の拡大と連載中断と謝罪記事に至った経緯を貼っている。

@    控訴棄却 やがて怒り(平成9年9月29日)

A    裁判への不信感のこる(平成9年10月2日)

B     信義問えず「なぜ」(10月3日)

C    気が付けば妻と2人(10月4日)

D    怒りの炎 収まらず(10月6日)

E    記録なくとも記憶に(10月7日)

F    一個人で組織に挑戦(10月8日)

「続・55歳の反乱」取材班から (11月月25日)

 

u    中国塗料顧問弁護士小山雅男が行った私の妻の従兄弟の叔母の自筆遺言書を無効とし、小山弁護士自身が証人、遺言執行人になり、赤の他人にすべての遺産を相続するという遺言公正証書を作り、現金1830万円余を下ろし、私や相続人たちから下ろした現金を戻さされ、その後私から広島弁護士会、日弁連に懲戒請求された事件の顛末

 

u    今回パネル板に新たに貼ったもの

@ 中国塗料船舶塗料データベース 著作権確認訴訟顛末

―2年5ヶ月、14回、訴えを一度も審議せず下した裁判―

A 脅しに弱い裁判所

この裁判で、中国塗料は「御庁(裁判所)は、控訴人に対して以上の点につき釈明を求めることもなく、不適法と思われる控訴人の主張を野放しにするばかりか、控訴人の主張にただただ盲目的にしたがっている。このような弁論主義に悖る訴訟指揮に被控訴人は異議を唱えてきたのは至極当然のことである。遺憾ながら、御庁は、この異議を黙殺し、控訴人の求釈明をすべて受け入れるかのごとく、被控訴人に対して、根拠も明らかにすることなく、NECが被控訴人の受注に基づき作成した「船舶情報システム」に係る資料の提出等を求め続けているが、被控訴人としては「第2」に掲げる諸事項が明らかにされないことには、これ以上は応ずるか否かについての検討すらでき兼ねる。」

という脅し「求釈明申立て書」で、提出するとした文書類を出さず、裁判に勝った。裁判所は脅せば文書提出を免れ、裁判に勝つ、誰がこんなことを信じますか。こんなあきれる裁判を行ったのは、日本を代表する知的財産高等裁判所のトップ二人の知財高裁中野哲弘所長、塩月秀平部総括裁判官の二人です。

裁判所を脅し、勝った中国塗料もあきれるが、こんな脅しに負ける裁判所は日本の恥です。

B 裁判・判決を下した二人の裁判官を国家賠償で訴えました。

これから裁判は、東京地裁、民事37部で始まります。応援してください。
C 上告の現状

担当は第3小法廷、ミスター法務省寺田逸郎判事、寺田逸郎判事経歴、心構え

D 「民事裁判を考える会」の立ち上げ。

 

 

 

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