説教要旨

2001年9月30日(日)
 [説教題] 主はわが牧者
 [聖書] 詩篇第23章全
 「主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。」

 詩篇第23章は詩篇の真珠といわれるくらいすばらしい箇所で力強い神への信頼を
詩っています。
 羊飼いは羊を導き牧草を与え、命がけで羊を守ってくださる。これはイスラエルの砂漠の
出来事であり、草が豊富にあるところではなく羊の命は牧者にかかっているのです。
 羊と人間とは、群をなすこと、武器を持っていないこと、一度迷うと戻れないことなどで
よく似ています。1節「主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。」とあり
ますが、主が牧者であってくだされば万事思うようになるという訳ではなく、死の陰の谷を
通るような場面に会うこともあるのです。しかしそんな中でも6節「わたしの生きているかぎ
りは必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。」と述べられています。主イエス様の御臨在が
あるなら、わたしの生きている限りアガペ(恵みといつくしみ)があり、とこしえの主の宮に
導いてくださるという王ダビデの信仰告白だったのです。

5節「あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け、わたしのこうべに油をそそがれ
る。」とあります。クリスチャンは順風満帆ではなく多くの敵の前で生活しており悪魔が巧妙
に仕掛けてきますが、そんなときにも主は宴を設けてくださるのです。人はいいときはつき
合うが悪くなるとさよならということがありますが、主は苦しいときにも宴を設けてくださるの
です。そして喜びの油を注いでくださるのです。物事が良きに変えられていくのです。こうべ
に(はっきり分かる形で)あぶらが注がれるのです。

 5節「わたしの杯はあふれます。」とありますが、あふれるほどの恵みを与えてくださるの
です。それは、押し入れる愛、揺すり入れる愛とも言われています。地上の生涯が恵みあ
ふれた者になり、その後天に移してくださるのです。主の愛は無償であり、人はその愛が
与えられたとき喜びと感謝を持って応答するのです。

 主を信ずるなら私たちには永遠の命があることを思い、そのように生きてきた先輩クリス
チャンを想いその足跡に習いたいと思います。

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