[Baby Maybe?] [1]
「あたしね〜コドモが欲しいなぁ」
リノアのその一言が冗談ではない事をスコールには分かっていた。
隣でスコールの腕に頭を乗せているリノア。嬉しそうな、期待した面持ちで彼の返事を待っている。
「…本気…か?」
分かっていても聞き返してみる。
「うん」
予想通りの返事。
「あのな…子育てって大変なんだぞ?アンジェロを育ててるみたいにするわけじゃないんだぞ?」
「何?スコール…子供欲しくないの?」
欲しい。欲しいけど…親になることはそれ相応の責任感という物が必要。
リノアにそれがあっても、自分には無い。
「俺たち…まだ成人してないしさ、結婚もしてない。子供は欲しいけど…俺は親になれる自信が無いんだよ」
分かるだろ?そう問い掛ける表情をしてリノアを見る。苦しい言い訳に聞こえたかもしれない。
スコールは今まで生涯の伴侶となるものを持つことを拒絶して生きてきた。1人で生きることを望んでいた人間だった。
リノアが現れて、その考えは無くなった。でも伴侶の存在に未だに慣れていない彼に、子供の存在はちょっとした重荷だ。
「もういいです」
リノアがそっぽを向いた。スコールに背中を向けてすねている。
「おい」
「…」
「リノア…」
「…」
「何怒ってるんだ?」
「…怒ってないもん」
「じゃあ…こっち向けよ」
腕を伸ばしてリノアを後ろから抱きしめる。互いに顔が合うと、恥ずかしそうに笑う。スコールは優しく彼女に口付けた。
バラムの街には白い粉雪が微塵に降り注いでいて、ホテルの外は雪一色の世界になっていた。
一夜明けてガーデンに帰ってきた。
周りのギャラリーの目が気になる所だったが感情的なればなるほどかえって怪しまれる。
だから出来るだけ平然でいられるように、ずっと生徒とすれ違う度にそれだけを務めてきた。
普段なら上手くポーカーフェイスを作る事が出来るのに、こういう時には作れなくて、顔が赤くなって気恥ずかしい気分になる。
リノアは…こういうときは自然にポーカーフェイスを作って平然と歩いている。
慣れているんだろうか、それともただ単に堂々としていられるだけなのか。
後で昼食を取ろうと約束をしてそれぞれの部屋へ帰った。
部屋に着くなり荷物を無造作に放り出して、ベッドに腰掛けた。
窓にかかるブラインドの隙間からは青空と雲。その雲と雲の間には2、3羽の鳥たちが飛び交っている。
――――あたしね〜コドモが欲しいなぁ
彼の心にはずっと彼女の言葉が引っかかっていた。
子供が欲しいと言えども簡単にできるわけじゃない。できたらできたで大きな責任を伴う。
それ以前に抱えている恐怖…。
クリスマスプレゼントはまだ渡していない。準備もしていない。
(何も渡さないっていうのも…悪いよな)
スコールは決起してそのまま戸口に手をかけた。
戸は何か鈍い音と共に開いた。戸口には鼻を押さえてうずくまるアーヴァインの姿。
「…すまない…何か用か?」
「あたたたたた…いってえ…僕の美貌が台無しだよ〜」
「……」
アーヴァインは鼻を押さえて立ちあがって言った。
「あのさ〜ラグナさんが来てんだけど。君に会いたいんだってさ〜」
学園長室に通された。そこにはラグナとシド、イデアの姿があった。
「よっ!元気だったか?」
(どうだか)
「…大統領閣下。ご用件は手短にお願いします」
「わかってるって。SeeDも流石に折角の休みを潰されちゃかなわんもんな」
聖夜の日から正月の間、SeeDは完全休業となっている。この間はどの国もSeeDの派遣要請は出せない。
例えどんなに大きな内戦が起ころうとも。
「ま、とりあえず座ってくれ」
ラグナに言われるまま、スコールは会談の席に座った。
来年度の世界情勢、ティンバーの独立、トラビアへの支援…話は淡々と進んで行く。
スコールは時計に針を気にしながら話に臨んでいた。既に約束の時間は過ぎている。
話がまとまるなりスコールは立ち上がって3人に敬礼し、部屋を立ち去ろうとする。
ラグナは急いでいるスコールを引き止め、2人きりにして欲しいと学園長夫妻に席を外してもらった。
「お前、進路決まってんのか?」
「…いや、まだ」
「早めに決めとけよな。世界中はみんなお前を欲しがってるみたいだからよ〜」
(そんな事を言いにわざわざ呼びとめたのか?)
「お前がエスタに来てくれたら一番俺としては嬉しいんだよな〜」
スコールは自分の将来を真剣に考えてくれる父親の姿を目の当たりにする。これが…親の愛なのだろうか。
「…父さん。どうして…俺を作ったんだ?」
「はあ?」
「だから…どうして俺は生まれてきたのか…ってことだよ」
ラグナは少し考え込み、しばらくしてから相づちを打つ。
「そんなのレインを愛しているからに決まってるだろ?彼女が欲しいっていうからその望みを叶えてやったまでよ」
「それだけか?」
「んあ?うん。そんだけ」
(そんなもんか?ただ与えてやるだけで良いのか?責任とか…必要なんじゃないか?)
考えこむスコールをラグナは不思議そうにしげしげと眺める。
「リノアに言われたんだろ?子供が欲しいとかって」
スコールは面食らった顔でラグナを見る。
「何だよ!図星かよ!」
「…悪かったな」
ラグナは真っ赤になっているスコールを見てくすくす笑う。
「なんだよ」
「いや〜かわいいな〜と思って」
(男に言われると変な気分だ)
「なあ、スコール悩む必要なんか無いんじゃないか?女が子供を欲しがる時ってそりゃ母性に目覚めた証拠さ。
どうせお前の事だから責任とか難しい事考えてるんだろうけど、リノアはお前が心配するほど子供じゃねえよ。
立派な大人だぜ。大人の俺が言うんだ、間違いねえ」
自分が逃げていた理由は責任だとかそういう理由じゃなかった。リノアを失ってしまうような。
――――子供がリノアを奪ってしまうような。
リノアに限ってあり得ない事だと分かっているけれど、子供を産んだことが原因で死んでしまった女性の例は幾つかある。
それはリノアを魔女だからという偏見。魔女が子供を産んだ例は聴いたことは無い。
もし、それが原因で彼女を失う事になってしまったら。
そんな恐怖にかられて1歩前へ踏み出せない。
「魔女は…子供を産めるのか?」
「さあ…?でも、そんな例は聴いたこと無いから五分五分ってとこだな。やってみなきゃわからん」
(確かに。未来に…保証は無い。俺だって次の任務で死んでしまうかもしれない。そういう不安…リノアだって持ってるんだよな。
どちらか一方が自分より先に死ぬ不安…互いに持ってるのが普通だよな。俺…リノアをこんなに不安にさせてるのに…)
自分がよけりゃそれでいい。そんな独り善がりで彼女の母性を否定しようとしたのかもしれない。
「俺も父親になれるかな」
「あったりまえだろ〜俺でもこうやって父親してるんだぜ〜」
ラグナは1つ伸びをして立ち上がった。そして戸口に向かう前に一度スコールに振り返った。
「今度、リノアも連れてレインの墓参りにでも行くか」
ラグナを見送り、自分の部屋へ帰る。リノアと約束した時間はとっくに過ぎていて、もう日も傾きかけている。
(リノア…怒ってるんだろうな)
自分の部屋のドアノブに手をかける。かかっているはずの鍵は開いていた。
「…リノア、いるのか?」
案の定リノアは少しすねた状態でスコールに背を向けて立っている。
「何処行ってたの?私、ず〜っと待ってたんだからね」
「悪かった。ちょっと仕事してたんだ」
リノアが怒った顔で振り返る。
「お正月が終わるまで仕事は無いって――――!」
抱きしめられていた。
「お前…ずっと待ってたのか?…身体がこんなに冷たい」
スコールが冷え切ってしまったリノアの身体を温めるように抱きしめていた。
「私…怒ってるんだからね」
そう言っているリノアの顔はほころんでいる。しばらくずっとそのままでいた。
2人の規則正しい息遣いと心臓の鼓動しか聞こえない、静寂の中にいた。
「子供…欲しいか?」
リノアが目を丸くして腕の中からスコールの顔を見上げた。
「欲しいか?」
「……欲しい」
スコールは腕の中にいるリノアを限りなく、精一杯の優しい目で見据えた。
「俺も…欲しいな。欲しいって思う事もあれば…このまま二人で過ごして行きたいって思う事もある。
子供はただの授かりものだと思ってた。自然に任せれば…産まれてくるって無責任に考えてた。
でも、お前が望んでるなら…」
「いいの?スコール…これからもっと大変になるよ?」
「守るものが1つ増えるだけだ」
そう言い切ると唇を重ねる。そしてそのまま彼女を抱き上げた。
静寂の中で月の光に見守られながら、影は1つになった。
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