[Baby Maybe?] [2]

 

冗談めかしに子供が欲しいって言って見たの。
スコールはきっと相手にしてくれないんだろうなって思ってた。
でも…真剣に考えてくれてたんだね。
何だか…悪い事しちゃったかな?
でも私、すごく嬉しかったよ…。

 「リノア!」
セルフィが心配そうな顔で顔を覗き込んでいる。リノアには何があったのか分かっていない様子。
覚えのない頭の痛みに目が冴える。
アルコールの匂いが鼻を突く。心地良い日の光が体を包みこむ。
 「セルフィ…?私…」
 「よかったよ〜!急に倒れちゃったからびっくりしちゃった」
痛む頭を押さえて体を起こす。
 「ごめん…何も憶えてない」
 「ああ、意識が戻ったようだね」
奥からカドワキ先生と学園長夫人・イデアが姿を見せた。
 「図書室で倒れたんだよ。頭を強く打ってたみたいだから急いで運んだのさ。
調べて見れば胃の中空っぽじゃないか。ダイエットでもしてんのかい?」
思い出した。新しく入った本を読もうと思って図書室へ行ったんだ。
そしたらセルフィから本の整とんの手伝いを頼まれて…全部終わった後に急に眠たくなって。
 「ここの所食欲無くて。食べる気しないんです」
 「食べなきゃ駄目だよ〜!風邪でもひいたの〜?」
 「…」
リノアは首にかかったグリーヴァの指輪を強く握り締めた。
 「分からない…」
今まで一言も言わなかったイデアがようやく口を開いた。
 「2人で話をさせて頂いてよろしいでしょうか?」
カドワキ先生は黙って頷き、セルフィを引っ張りつつ部屋を後にした。
 「ね〜先生。リノアは大丈夫なの?」
カドワキ先生は渡り廊下までセルフィを引きずって来て、ようやく止まった。
 「これは…私の直感なんだけどね、あんまり人に言うんじゃないよ。騒ぎになったらリノアがかわいそうだからね」
カドワキ先生はセルフィの耳元に口を寄せて囁いた。
セルフィはその言葉に思い切り目を丸くした。

 「リノア、時々吐き気がする事がありませんか?」
2人きりになった保健室。窓からは変わらない太陽の暖かい光が流れこんでくる。
 「あります…」
 「食べる気がしないというよりも、食べ物に嫌悪感を抱いている…そうでしょう?」
イデアの言葉にリノアは驚きを隠せない。全ての言葉が的確に当てはまっている。
 「どうして分かるんですか?」
イデアは優しく微笑む。
 「お母さんになる人が皆、同じ経験をしているからよ」
リノアは不思議だと言うような顔でイデアを見た。
 「まだ、確定はして無いけれど…近いうちに一緒に病院へ行きましょう」
リノアはグリーヴァの指輪を再度強く握り締めた。そして不安な面持ちでイデアを見た。
イデアは相変わらずの優しい目でリノアを見据えている。
自分が望んでいた事だったけれど、急に言われてもピンと来ない。
そして何より――――
 「…魔女は子供を産めますか?」
リノアは震える声でイデアに訊ねた。過去にそのような記録が無い事は知っていたし、
元魔女・イデアにも子供はいない。リノアに不安の波が押し寄せてくる。
 「大丈夫よ。魔女といっても何ら他の人と変わらないもの」
リノアが少し安心した顔をする。
 「でも、まだそうと決まったわけじゃないのよ。期待しすぎると――――分かるわね?」
 『期待するだけ無駄だ。期待しなければどんな事だって受け入れられる。傷つかなくて済む』
以前、スコールに言われた事を思い返す。あの頃はこの言葉に怒りを憶えたが、今は正にその通りだと思った。
 「全てわかってから喜びなさい。その方があなたにとってもスコールにとっても良い事だと思ってるから」
 「はい…」
リノアはいつもの変わらない笑みでイデアを見た。

 「リノア〜ご懐妊おめでと〜」
自分の部屋に戻るなり、セルフィに花束を渡された。
 「…え?」
 「子供、できちゃったんでしょ〜?」
何処からそんな事を聞き出したのか?
 「まだ、そうとは決まってないよ?」
 「大丈夫大丈夫。確実だって〜。2人の子供は可愛いんだろ〜ね」
セルフィは相変わらずの能天気さでリノアに期待感をそそる。
 「スコール、きっと喜ぶよ〜」
 「だからっ…」
そんなの分からないってば!そう言いかけて言葉が詰まった。
戸口でスコールが放心した状態で立ち尽くしている。タイミング悪すぎ。
 「リノア…本当なのか?」
 「みたいだよ〜。良かったね、スコール」
 「セルフィ!」
リノアの叱咤に耳を貸さずにセルフィはそのまま後にした。
部屋にはスコールとリノアの2人だけになった。少し、気まずい雰囲気。
スコールは後ろ手に戸を閉め、リノアの前に立つ。
 「今日…倒れたって聞いて心配した。もう大丈夫か?」
 「うん、もう平気……。スコール…何処から聞いてた?」
 「セルフィが『2人の子供は可愛いんだろ〜ね』ってところからだ」
何て悪いタイミング。リノアは顔を伏せ、上目遣いにスコールを見た。
 「本当なのか?」
 「…わかんない。だから今度一緒に病院へ行きましょうってイデアさんが…」
スコールが大きく息を吐く。それは安堵の息か落胆の息か。
 「びっくりした。もし…本当だったらどうしようかと思ってた」
スコールが目をほころばせる。
やっぱり…スコールは不安なんだね。
 「もし…本当だったら?スコールどうするの?やっぱり…逃げたくなる?」
リノアは恐る恐る訊ねる。
 「…心配するな。ゆっくりとでも父親になる努力をするから。…逃げたりなんかしない」
スコールの言葉にリノアは安心した気持ちになった。
顔一杯にあふれる笑顔でスコールに抱きついた。スコールもそれに答える。
期待すればするほど裏切られたときにできる傷は大きくなる。
それがわかっていながらも止められないのは人間としての性か。
雪の降り注ぐ季節は終わりを告げ、やがて生命の息吹を感じる春になる…。

 

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