≪SHAKE!?≫ 〜前編〜
それは、暖かい春の一日。
春の陽が優しく地上を照らし、空気を吸い込むと胸いっぱいに春が満たされるような、そんな日。
そんな穏やかな日に・・・・・・暴風雨はやって来たのである。
「リ〜ノ〜ア!!」
「キャッ!」
図書館で本を読んでいたりノアは、突然後ろから抱きつかれた。
驚いて振り返ると、鮮やかなグリーンの瞳が笑っている。
「も〜、セルフィったら、びっくりするじゃない。」
「えへへ〜、ごっめーん。なあなあ、一緒にお昼ご飯食べに行かへん?」
「えっ?もうそんな時間?」
セルフィの誘いの言葉に驚いて腕時計を覗き込むと、時刻はもう一時近かった。
「あ、ほんとだ。うん、行く!」
読みかけのページに栞を挟むと、リノアは席を立った。そう言えば昼時だからか、図書館内の人影もまば
らだった。
対照的に、食堂は大混雑していた。まだ午後の授業までは時間があるし、食事の後におしゃべりしている
生徒達も多い。
「あちゃ〜、やっぱ多いなあ。どうする?」
食堂中を見渡しても、空いている席はなさそうだった。
「ねえ、中庭で食べようよ!お天気もいいし、あったかいし。」
「おっ。リノア、ナイスアイディアや。そうしよ、そうしよ。」
ふたりは食堂のお弁当を購入すると、中庭へ向かった。
中庭には春の花々が咲き乱れていた。柔らかく甘い香りが漂って、辺りには春の空気が満ちている。
木陰になっているベンチに腰を下ろすと、買ってきたお弁当を広げた。
「食堂が混んでてむしろよかったかもね〜。お天気いいし、お花はキレイだし、気持ちいいね。」
「せやな〜。」
木漏れ日の射すベンチで、ふたりは雑談しながらお弁当をつまんだ。話の内容はくだらないことが多いの
だが、この年頃の女の子同士の会話なんてそんなものである。
話に夢中になっていたリノアがふと正面に目を向けると、廊下を横切る学生服の一団が目に入った。
「ねえねえ、セルフィ。」
「なに〜?」
「見て、あそこ。あんな子達いたっけ?」
「え〜?」
リノアの視線を追ったセルフィは、しばらく首を傾げていたが、ポンッと掌を打つと笑って言った。
「あの子達、新入生や。昨日、入学式あったやん。」
「え〜?そうだったっけ?」
「リノア、知らんかったん?今日、オリエンテーションや言うてたから、今、校内案内してるんちゃう?
ほら、シュウがおる。」
確かに、制服集団の先頭にはシュウがいて、何やら説明しているようだ。
なーんだ、とリノアがひとりで納得している間にも、シュウが新入生達を引き連れて、中庭に面した渡り
廊下にやって来た。それを見ていたセルフィが、リノア服の袖をツンツン引っ張ってきた。
「なあなあ。」
「なあに?」
「なんか、すっごいキレーな子がおるで。ほら、あの子。」
セルフィが指差す先に目をやると、さっき見た時には他の生徒の影になっていた女生徒がいた。
「うわ。ほんとだ〜。すっごく綺麗。」
世の中に美女は幾らもいるだろうが、これほどの美少女はそう多くないであろう。それほどの美少女であ
る。
リノアにも負けない白い肌に、制服の紺色が対照的だ。薄いラベンダー色の瞳が美しい。彫刻のように整
った顔立ちで、キスティスよりも淡い金色の髪をポニーテールにしている。おまけに、スタイルまで抜群
であった。背はそれほど高くはなく、リノアとあまり変わらないが、ほっそりとしていて、その割に出る
ところはしっかり出て、締まるところはしっかり締まっている。
制服のミニスカートから伸びた脚線美も、見事なものだ。
何もよりによってガーデンに入学しなくても、モデルや女優にでもなれるだろう。
「リノアに負けへんな〜。」
そう呟いたセルフィの言葉に、リノアは赤くなった。
「も〜、私、あんな綺麗な子と比べられるような美人じゃないよ。」
「ひゃ〜、リノア相変わらずやなあ。でもまあ、そんな自覚なしのところがまた可愛いねんけど。男子生
徒の中にリノアに好意持ってる子、多いねんで。せやけど皆スコールが怖くて、声掛けられへんねん。」
セルフィがカラカラと笑う。
「けど、あの子見たら、男子生徒も騒ぐやろなあ。」
「だね〜。」
学園という場所では、美少女やハンサムは半ば神様扱いだ。それがあれほどの美少女なのだ。
「あっ。セルフィ、リノア!」
ふたりの姿に気付いたシュウが、新入生を置いて中庭に下りてきた。
「ちょうどよかった。さっき連絡があって、スコール、予定よりも早く帰って来れそうよ。アーヴァイン
とキスティスのふたりと合流して、夕方には帰って来るみたい。」
「えっ、ほんとですか?」
「よかったな、ふたりとも。」
そんな言葉を残してシュウは戻っていった。新入生を連れているし、そう長く立ち話も出来ないだろう。
そのシュウの後姿を見送っていて、リノアはハッとした。先程の美少女が、何やらすごい眼つきでリノア
を睨んでいたのだ。しかしそれも一瞬のことで、驚いたリノアが見直したときには、全然違う方向を向い
ていた。
「ねえ、セルフィ、あの綺麗な子、何か今こっち見てなかった?」
「えっ?そう?全然気付かなかったよ〜。それよりリノア、スコール早めに帰って来られそうやって。よ
かったなあ。」
「アーヴァインもでしょ?」
「アーヴァンは元々その予定やったし、それにな〜、あたしらは・・・・・・。」
言いかけたセルフィの言葉をリノアは笑いながら遮った。
「はいはい。あんまり意地張らないの。それより、久し振りに皆揃うんだから、夜皆で一緒にご飯食べよ
うよ。」
「あ、ええな、それ〜。」
それから話はまた別の方向に流れていった為、リノアはその美少女のことをすっかり忘れていた。
しかし数時間後、嫌でも思い出すはめになるのである・・・・・・。
「おかえりなさ〜い。」
報告を終えて学園長室から降りてきた四人に、リノアは駆け寄った。いや、正確にはスコールに駆け寄っ
たのだが。
「おう、ただいま。」
スコールではなくて、ゼルから返事が返って来る。キスティスがその横で苦笑している。
「ゼル、リノアはスコールに言ったのよ。」
「あ、そうか・・・・・・。」
「違うよ〜、皆に言ったの。皆お疲れ様。」
リノアはそう言うと一番逢いたかった人の隣に並んだ。今度は彼だけに言う。
「おかえりなさい。」
「・・・・・・ただいま。」
初めはこの一言をスコールは言わなかったものだ。これが言えるようになったことは彼にとって、非常な
進歩と言えるであろう。もちろん、その進歩の為にリノアが払った努力は並々のものではない。
後ろから、セルフィも駆け寄って来た。
「皆、おっかえり〜。」
キスティスが笑いを噛み殺す。
「セルフィは最初から、皆あてにおかえり、なのね・・・・・・。」
その言葉を聞き咎めたアーヴァインが、セルフィに抱き付いた。
「セルフィ、会いたかったよ〜。」
「ちょっ、何すんねん、こんなところで!」
セルフィは、あっと言う間にアーヴァインの腕の中から抜け出すと、皆に向って言った。
「皆で一緒にご飯食べよう思て、デリバリー頼んだんや。ごめんアーヴァン、勝手に部屋借りたけど、ア
ーヴァインの部屋に用意しとるから、皆行こ。」
「セルフィなら喜んで〜。」
そう言いながらセルフィと並んで歩き出したアーヴァインを先頭に、皆が移動を開始する。
他愛ない話をしながらSeeD寮の入り口付近まで来た時、アーヴァインがいきなり足を止めた。心なしか、
顔が引き攣っている。皆が不審に思って足を止め、視線の先を見るとひとりの女子生徒が立っていた。
「あれ、あの子・・・・・・?」
リノアとセルフィには見覚えのあるその姿は、昼間見掛けた新入生の美少女であった。
ふと、その子がこちらに顔を向けて、満面の笑みを浮かべた。
そして、誰もが予想だにしなかった行動に出た。
「スコールさん!!」
そう叫ぶと、ものすごいスピードでスコールのところに駆け寄ったのだ。まるで抱き付かんばかりの勢い
である。
「待ってたんです。よかった、会えて。」
皆が驚いて見つめる中、スコールはいつもの無表情で少女を見ている。
しかし、どう見ても見覚えがないと自分の中で答えを出したスコールは、無言で目の前に立つ少女を避け
て寮の中に入ろうとした。相変わらず、リノア以外の女の子には冷たいスコールである。
ところが。その少女が、スコールの腕をがしっと掴んで引き止めたのだ。いや、両腕で、スコールの左腕
に抱き付いたと言ってよい。驚いたスコールが邪険に振り払ったが、少女は全く気にしていない。
「待ってください。私のこと、覚えてないんですか?」
潤んだような瞳でスコールを見上げている。普通、こんな美少女にこんな瞳で見つめられたら、男だった
ら彼女がいてもぐらつきそうなものだ。しかし、スコールは普通ではなかった。
「あんたなんか知らない。」
聞く者に寒気を覚えさせるような冷たい声できっぱり言い切ると、またも少女を避けて行こうとした。
しかしそれを読んでいたように、少女はスコールの前に立ちはだかった。
「一年くらい前に、デリングシティの近く会ったの、覚えてないんですか!?私がモンスターに襲われて
た時助けてくれたじゃないですか!」
そう言われて、スコールは一応、記憶の糸を辿ってみた。しかし、そんな覚えはなかった。
少女にそのことを言おうと口を開きかけたその時、少女が機先を制した。
「あっ、やだあ、ごめんなさい。私ったら、こんな皆さんがいる前で。恥ずかしいですよね?でも、照れ
てるスコールさんも素敵です〜。」
何やら思いっきり違う方向に話が捻じ曲げられている。
スコールはそう思ったのだが、彼が口を挟む暇もなく、少女は先を続けた。
「ほんと、私ったら気が付かなくてごめんなさい。今度は、スコールさんがひとりの時に来ます〜。そし
たら、照れないでお話してくださいね。あっ、それからこれ、もらってください。」
そして彼の手に何かを押し付けると、「それじゃあ、また。」と言い残し、誰が止める間もなく走り去っ
ていった。
呆然とことの成り行きを見守っていた一同が口を開いたのは、それからである。
「なんだったんだ、アレ・・・・・・?」
「制服着てたけど、あんな生徒いたかしら?随分綺麗な子だったけど・・・スコール、知り合いなの?」
「違う。あの子、新入生やで。けどまさか、スコールと知り合いや思わんかったわ。」
スコールに返事をする暇も与えず、好き勝手なことを言っている。
と、スコールの隣に立っていたリノアが、いつもに似合わずドスのきいた声を出した。
「スコール・・・・・・どういうことなの・・・?」
どうと言われても、スコールは本当に彼女を知らなかった。しかし、どう言ったものか。もともと無口な
彼は、眉間に皺を寄せて黙り込んだ。
再びリノアが口を開こうとした瞬間、それまで顔を引き攣らせて黙り込んでいたアーヴァインがボソッと
呟くように言った。
「何でダイアナ・ファウリーがこんなとこに・・・・・・。」
それは小さな声だったのだが全員の耳にしっかり届き、スコールに向って何かを言おうとしていたリノア
までが、口を閉じてアーヴァインを見つめた。
「アーヴァイン・・・あの子と知り合いなん?」
セルフィの不審さを滲ませた問い掛けに、アーヴァインは我に返った。
「いや・・・・・・知り合いって程じゃないよ〜。ちょっと、知ってるだけで・・・・・・。」
どうも、歯切れの悪い返事だ。顔にも、何だか苦笑とも何ともつかない表情を浮かべている。
それは、かなり珍しいことのように思えた。大体、アーヴァインはセルフィ一筋なのだが、スコールと違
って女の子には優しいし、愛想もいい。特にあれだけの美少女となれば、そんなに嫌がるとは思えないの
だが、どう見ても彼女に対して好意的とは思えなかった。
「どーゆーことなん?」
セルフィが更に問いを重ねたが、アーヴァインは苦笑している。
「ねえ、いつまでもここで立ち話も何だし、部屋で話しましょうよ。食事が用意してあるんでしょ?」
キスティスが現実的な意見を述べて、取り敢えず皆でアーヴァインの部屋へ向かった。
「話は食事が済んでからにしようよ〜。」
というアーヴァインの提案が皆にも受け入れられて、まずテーブルいっぱいに並べられていた食事を皆で
片付けた。その後、食後のお茶を飲みながら、アーヴァインの話が始まった。
皆は興味津々という感じだが、ひとりスコールは全く興味がなさそうだ。
「あの子はね〜、ダイアナ・ファウリーって言うんだけど・・・・・・ドールのファウリー家って知って
る?」
「代々、神聖ドール帝国の皇帝の重臣を輩出したっていう、あのファウリー家のことかしら?」
「そうそう、そのファウリー家だよ〜。まあ、今じゃ名前が残るだけの名家だし、彼女の場合、その分家
の分家くらいの家の子なんだけど・・・・・・まあ、とにかくお嬢様って訳だね。」
「そんな子と、何でアーヴァインが知り合いなん?」
「だから〜、知り合いって程じゃないんだよ〜。実はね、ガルバディアガーデンにいた頃・・・・・・、
もう二年くらい前のことなんだけど、僕と寮が同室だったジェフリー・スペンダーっていう男が、まあ、
顔良しスタイル良しのアイスホッケー部のエースでね〜。性格もいいし、女の子にかなりモテててた訳な
んだよ。学園内にファンクラブもあったしね。」
「ちょっとちょっと、アーヴァイン、何か話が逸れちゃってない?」
何だかスコールに関係があると思うので、真剣に話を聞いていたリノアが口を挟む。スコールはその横で
相変わらず興味がなさそうな顔で、聞いているのかいないのかもよく分からない。
アーヴァインは心の中で、「ちゃんと聞いてた方がいいよ〜、恐らくこれからの君の生活に関わってくる
話なんだからね〜。」などど思いつつ、話を続けた。
「逸れてなんかないよ〜、リノア。まあそれでね、どうも彼女、ホッケーの試合をたまたま見に来てて、
ジェフリーに一目惚れしたみたいなんだよね〜。最初は、ジェフリーもあんな可愛い子だしさ、悪い気は
しなかったみたいで、何度か会ったりしたらしいんだけど・・・・・・そのうち性格についていけなくな
ったとかで、会うのをやめたんだ。そしたら、そこからがさ〜。」
「どうしたの?」
「彼女、ガーデン生じゃなくって、デリングシティで寮のある女子校に通ってたんだけど、毎日ガーデン
に来るんだ。ジェフリーのところに。」
「「「「毎日!?」」」」
スコール以外の全員の声がハモった。
「そうなんだよ〜。もう、毎日来ては、ジェフリーにずっとくっついてるんだ。ジェフリーがどんなに冷
たくしても、邪険に扱っても、ぜ〜んぜん気になんないみたいでさ〜。態度がすごいんだよね〜、私のこ
と嫌いな訳ないわよね!?って感じでさあ。まあ、あのルックスだから自信あるのは分かるけどね〜、聞
いたところじゃ頭も運動神経もいいらしいって話だったし〜、でも性格がね〜。どこをどう勘違いしたら
そうなるのか分からないけど、ジェフリーが自分のことを好きだって思い込んでてさあ。そんなんだから
ファンクラブの子達ともすごくって、ジェフリー、毎日すっごく疲れて帰って来てたよ〜。」
「まじかよ・・・・・・すげえ・・・。」
「それでさ〜、寮にまで押し掛けて来るんだよね〜。ガルバディアガーデンは校則厳しいから、寮への異
性の立ち入りは絶対禁止なんだけど〜、特に外部の子だしね〜。でも、あのルックスだろ〜?寮長を味方
に付けてさあ。僕も同室だったから結構迷惑したよ〜。一時、ジェフリーほんとにやつれちゃってさあ。
真剣にバラムかトラビアに編入しようかって悩んでたんだよ〜。」
「で、で?どうなったん?」
「それがある時ね〜、ファンクラブの子達とケンカしてて、偶然なんだけどファンクラブの子がひとり怪
我しちゃったんだよね。って言っても大したことはなかったんだけど。それまでは先生達も、ファウリー
家のお嬢様ってことであんまり強く言えなかったみたいなんだけど、さすがに怪我人が出ちゃあね〜。そ
れで学園内に立ち入り禁止になっちゃって、それでもしばらくはホッケーの試合に来たり、しつこかった
らしいんだけど、ある時からパッタリ止んで、それ以降は音沙汰も無しだったみたいだよ〜。」
「す・・・すごかったのね・・・・・・。」
「あんなキレイやのに〜。」
語り終えたアーヴァインはカップに残っていたブランデーティーを一口啜ると、言い辛そうに、再び口を
開いた。
「それで、あのさあ・・・・・・言いにくいんだけど〜、さっきのあの子、ジェフリーにくっついてまわ
ってた時と同じような感じがしたんだよね〜・・・・・・ひょっとするとスコールに・・・・・・。」
さすがにその先を口には出せず、アーヴァインは黙り込んだ。
「ねえ、そう言えばさっきスコール、あの子に何かもらってなかったかしら?」
キスティスの問い掛けに、全員の視線がスコールに集中する。
「・・・・・・・・・・・・。」
「あ〜っ!あんなとこに!」
セルフィの指差した先は、部屋の入り口の棚の上だった。そこに、先程の包みが無造作に置かれている。
と言うより、放り出されている。
セルフィが立ち上がって急いでその箱を取ってきた。
「ね、開けてもいい?」
セルフィが箱を持ち上げながら言うと、スコールはそれを見もせずに答えた。
「勝手にしろ。それは俺のじゃない。」
いや、どう考えても貴方のでしょう。と皆の視線が語っているが、気付いているのかいないのか、スコー
ルは相変わらずだ。
「じゃ、開けるよ〜。」
ピンク色の包装紙と赤いリボンで可愛くラッピングされた箱を、セルフィがテーブルの真ん中に置く。
皆、かなり興味津々の体だったが、リノアは興味以上に、緊張して苦しいような気分だった。
リボンをほどいて包装紙を取ると、箱のふたを開ける。その瞬間、甘い香りがふわっと広がった。
「あ、なんや、パウンドケーキやん。」
セルフィが箱の中の物を取り出すと、それはセロファンに包まれたパウンドケーキだった。
リノアは、少しほっとする。だが。
「ねえ、これ、どう見ても手作りじゃない?」
「あ、ほんまや・・・。」
キスティスとセルフィの言葉にリノアの顔が微妙に引き攣る。更に。
「あ、まだ何か入ってるぜ・・・手紙だ。」
箱の中からゼルがつまみ上げたのは、淡いピンク色の封筒だった。
ゼルはそれをスコールに差し出したが、スコールは受け取るどころか見向きもしない。
「おい、読まないのか?」
「必要ない。」
「読むだけ読んであげたら?」
「じゃあ、ゼルが読め。お前にやる。」
おいおい、そういうことじゃないだろ。と全員が思ったが、誰も突っ込めない。
スコールはおそらく、それがラブレターであるということを分かっていないのだ。分かっていても読まな
いだろうが。
「それにしてもスコール、貴方本当に彼女のこと知らないの?彼女は明らかに知ってる風だったけど。」
スコールは眉間に皺を寄せてしばらく考え込む様子だ。皆が、真剣な表情で見守っている。
だがやがて、きっぱりと言い切った。
「知らんな。」
一同が、ふうっと大きく息を吐き出す。
「じゃあ、何なんだろうね〜?」
「何か、助けてもろたって言うてなかった?デリングシティの近くで。」
セルフィが言い終わるか終わらないうちに、ゼルがあーっと大声を上げた。
「な・・・なんやの?」
「思い出した!去年、ガルバディアに訓練合宿に行った時だ!!あの時、デリングシティからガルバディ
アガーデンまで、班別でモンスター倒しながら移動して、タイムを競う訓練があったんだよ!!その時俺
スコールと一緒の班でさ。確かデリングシティ出てすぐに、モンスターに襲われてた女の子達がいて、そ
れ助けたのスコールだったぜ。」
「ゼルは助けなかったのか〜い?」
「いや、その時近くにも他にモンスターがいて、俺達がそれにかかりっきりになってるうちにスコールが
助けてたんだ。その女の子達の中にあの子がいたぜ、確か。なあ、スコール!!」
ゼルは思いきりよくスコールを見たが、スコールは僅かに顔をしかめて言った。
「知らん。」
「マジかよー。あの時あの子、スコールに跳びついてきそうな勢いでお礼言ってなかったか?」
「そういうことがあったのは覚えているが、あの子は知らんな。」
きっぱりはっきり言い切るスコールに部屋は静まり返った。
何も言わない皆の目が、やっぱりスコールはスコールなんだ、と語っている。
そんな静かな室内に、突如電話の呼び出し音が鳴り響いた。
アーヴァインが慌てて立ち上がり、受話器を取る。
「はい。・・・・・・あ、はい、います。・・・・・・・・・分かりました。はい、失礼します。」
受話器を置くと、アーヴァインはスコールに顔を向けた。
「学園長からの呼び出し〜。スコールだけでいいって。」
「・・・・・・行ってくる。」
無表情に言うと、スコールは無駄のない動きで立ち上がり、部屋を出て行った。
その姿を見送って、皆は一息吐いた。
「スコールって、恋愛関係鈍いってゆ〜か〜、冷淡やなあ。」
「その頃まだリノアと出逢ってないものね。最も出逢ってたとしても、スコールにとっては女の子はリノ
アだけだから、彼女には何の興味もないでしょうけど。」
「それにしたってね〜。」
「それより、どーすんだよ、コレ。」
ゼルが、相変わらず自分の手にある手紙を振ってみせた。
「読んでみていいんじゃないかしら?」
「えっ?キスティス、それはちょっとまずいんちゃう〜?」
「だってその手紙、スコールに渡しても、読みもせずに捨てるわよ。昔からそうなのよ、スコールって。
昔からラブレターたくさんもらってたんだけど、いつも読みもしないで捨てるのよ。もらった直後に教室
のゴミ箱に捨ててるのも見たことあるわ。」
「え〜、ほんとかい、それ?」
「おう、俺も見たことあるぜ。それに、学生寮の時って、当番がごみ集めするだろ?俺、当番の時にいつ
も封も切らないで捨ててある手紙見たぜ。」
「わ〜、スコールって・・・・・・。」
皆が好き勝手言っているのをぼんやり聞きながら、リノアは手紙を黙って見つめていた。
・・・・・・どう考えてもラブレターだよね、やっぱり。
そう考えると、心のなかに黒い靄が広がっていくようで、苦しい。
「とにかく、読んでみましょうよ。悪いとは思うけど、アーヴァインの話じゃ、どうも普通の子じゃなさ
そうだし・・・。リノアだってこのまま捨てられたりしたら、逆に気になるでしょう?」
ボーッと考え込んでいたリノアは、突然話を振られて驚く。
「えっ?・・・・・・う、う〜ん・・・。」
はっきりしないリノアの正面でセルフィが腕を組んだ。
「まあ、そう言われればそやなあ。じゃ、開けてみよっか〜。」
いつの間にか手紙はセルフィの手に移っている。
封筒から取り出された便箋が、カサカサと小さな音を立てて広げられた。
五人は、頭を寄せ合ってテーブルの上に広げられたそれを覗き込んだ。
『親愛なるスコール・レオンハートさま
今日は私がずっと胸をときめかせて待ち望んできた日。
そう、あなたに会える日。
スコールさんはずっと気付いていなかったでしょうけれど、
私は初めて会った時からずっと、この気持ちを暖めてきました。
でも今日まで、そんな気持ちを分かってもらえる機会は巡ってきませんでした。
それどころか、お会いすることもお話しすることもできませんでした。
なんて辛く、悲しい日々だったことでしょう。
でも、そんな日々とももうお別れです。
だって、今日からあなたとひとつ屋根の下で生活できるんですもの。
あなたがこの同じ屋根の下にいると思うだけで、私は眠れません。
嬉しさに、胸が張り裂けんばかりです。
この胸の高鳴りが、あなたに分かって頂けるかしら?
ああ、私ったら、一番大事なことを書けずにいるわ。
そう、私は内気な乙女。
だけどきっと、スコールさんなら私の気持ちを分かってくださると信じています。
何だか深刻な書き方になってしまったけれど、大丈夫。心配しないで。
また明日会った時には、いつもの変わらない素敵なスコールさんでいてください。
私の思いが、あなたに届きますように・・・・・・。
愛をこめて。
あなたのダイアナ・ファウリー』
読み終わった四人は、何とも言えない表情を浮かべて、美しい顔を顔を引き攣らせているリノアにそれぞ
れ声を掛けた。
「こ、こんなの気にすることないよ〜。」
「おう、スコールはリノアしか見てないって。」
「これから何かと大変かもしれないけど、頑張って。私達も協力するわ。」
「あたし達は、何があってもリノアの味方やで!」
四人四様の励ましに、リノアは泣きそうな顔で無言の返事を返した。
こうして、スコールとリノアの受難の日々が始まる・・・・・・。
END
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