≪SHAKE!?≫ 〜後編〜


入学式から早一ヶ月。
怒涛の如く開始されたダイアナ・ファウリー嬢のスコールへのアプローチは日に日に激しさを増していっ た。いや、既にもうアプローチなどという段階ではなく、半ストーカー状態だった。
とは言っても、スコールは各国から名指しでの依頼が絶えない有名SeeDなので、ガーデンにいることは少 ない。しかし、その少ない時間を一分たりとも無駄にせずくっついてまわっているのだ。
どう見てもスコールは迷惑そうで、氷点下を感じさせる冷たい態度なのだが、スコールのそんな態度など まるで意に介していない。それはそれで大物ではあるが、実のところそんなことを言ってはいられない。 ダイアナは、ちょっと類を見ないほどの美少女で、その彼女が、ガーデンのどこにいようとスコールにく っついてまわっていたから、当然ガーデンの生徒達の注目の的であった。彼女の場合、そもそもそれを隠 そうともせず、むしろ見てくださいと言わんばかりの態度であった為、噂は一日ごとに膨れ上がり、今や スコールとリノア、ダイアナの三角関係は誰知らぬ者とてない。しかし噂は噂で、実際のところ三角関係 と言うような関係ではないのだが、噂などというものは、事実より面白さやスキャンダル性が重視される のが常だろう。
その状況に、リノアはかなりうんざりしていた。
これまでも、はっきり言えばスコールはもてていたし、そうでなくとも司令官である彼は憧れと尊敬の的 であって、本人は全く気付いていなかったがガーデン一の人気者ではあった。
しかし、ダイアナの行動は明らかに行き過ぎているように思えるし、最初の頃は我慢していたリノアも彼 女がいることによって、ただでさえ多くはないスコールと一緒に過ごせる時間を、ことごとく邪魔されて はいい加減うんざりもするというものだ。
そして何よりリノアが嫌気を覚えていたのは、実は自分自身に対してだった。
気にしないようにしようと思っても、どうしても気にしてしまう。
胸の中に、黒い靄が渦巻いて、どうしようもなく苦しくなった。それが『嫉妬』という感情であることが 自分でも解るので、リノアは何度もそれを打ち消そうとしたが、その感情はなかなか消えてくれない。
自分が醜い存在になっていくようで、リノアは苦しくて、悲しくて、情けなかった。
何となく元気のないリノアを、皆心配してくれたり、何かと気を遣ってくれたりした。そしてそれは当然 一緒にいる時間が少なくても、スコールにも伝わってしまったようだ。
ただスコールの場合は、それが嫉妬が原因だとは全く気が付いていなかったが、元気がなかったり、悩ん でいるような態度を見せるリノアを、いつも心配してくれていた。
そんなスコールや仲間達の気遣いが、余計リノアを情けない気持ちにさせた。
もちろん、そうやって優しい感情を向けてもらうことは嬉しかったが、そんな優しさを実感する度、自分 の感情の醜さを自覚してしまうのだった。
何とか明るく振舞うリノアは、周りから見ていれば、健気ではあるが可哀想でもあり、初めの頃はこの状 況を興味半分で面白がっていた仲間達も皆、早くこの問題が片付くようにと願っているのだった。


今日は、十日ぶりにスコールが任務から帰還する日だった。
朝早く帰ってくるスコールを迎えようと、リノアは早起きした。
目覚まし時計を一個犠牲にして何とか起き上がり、身なりを整えるとアンジェロを連れて部屋を出る。
眠い目を擦りながら歩いていたリノアだったが、いきなり眠気を一気に吹き飛ばすような事態に見舞われ た。SeeD女子寮の廊下を出た途端、ダイアナと鉢合わせしたのだ。
「おはようございます、リノア先輩。」
礼儀正しいが明らかに挑戦的な態度で言われ、少々気圧されながらも挨拶を返すと、ダイアナは更に挑戦 的な態度で言った。
「待ってたんです。」
リノアはちょっと意外だった。この一ヶ月のダイアナのリノアに対する態度と言えば、挨拶くらいはきち んとするものの、それ以外は全く無視で、明らかに敵意を見せていた。リノアがスコールの恋人であると いうことは誰でも知っている事実なので、当然彼女もそのことは知っているだろうとは思うが、まるでそ んなこと知りませんという態度なのだ。しかし、リノアとスコールが恋人同士ということは事実なので敵 意を向けられるのは当たり前だよね、とリノアは思っていた。
「えっと、何かな?」
戸惑いながらも尋ねたリノアに、ダイアナは言った。
「はっきり言いますけど、私、スコールさんが好きです。絶対あきらめません。絶対スコールさんを振り 向かせてみせますから。」
一気に言い終えると、呆然としているリノアを残してダイアナは走り去った。
あまりのことにリノアが立ち竦んだままでいると、後ろから呆れたような声が聞こえてきた。
「すごいわね。あの自信はどこから来るのかしら。」
振り返ると、キスティスである。朝も早くから相変わらず美しい。
「おはよう、リノア。」
「おはよう。」
やっと呆然とした状態からリノアが抜け出したのを見ると、キスティスは笑って言った。
「気にすることないわよ。もともと、ああいう子みたいだし。」
「うん、大丈夫。」
「スコールを出迎えに行くところじゃなかったの?遅れてなければ、もうそろそろ着く頃よ。」
「あっ、そうだ。じゃ、また後でね、キスティス。」
キスティスに向かって軽く手を振ると、先に走り出したアンジェロを追ってリノアは駆け去っていった。 その後姿を見やってキスティスは呟いた。
「早く何とかならないかしらね。」


ゆるくカーブを描く廊下を、リノアは跳ねるように走っていた。
ところが、いきなり足が止まってしまった。それに気付いたアンジェロが自分も足を止めて、不思議そう に飼い主を見上げた。
リノアの視線の先には、今学園に着いたばかりのスコールとアーヴァイン、セルフィの三人がいる。
そしてスコールの隣には・・・・・・ダイアナ・ファウリーの姿があった。
スコールとダイアナの並んだ姿は、かなり綺麗だった。
もともと、スコールはかなりの美形だ。顔立ちは文句の付けようもないほど整っているし、痩身優美で、 遠目に見たって彼であることが一発で判る存在感もそなわっている。そしてその隣に立つダイアナも、稀 に見る美少女なのだ。
これまで、ダイアナがスコールにくっついているのは何度も見てきたが、改めてちゃんと見てみると、こ れ以上はないという程似合っていた。
リノアは胸が苦しくなった。視線の先にいるスコールは、相変わらず無表情で、ダイアナに対して冷たい 態度だったが、それでもリノアから見るとどうしても綺麗で似合いなカップルに思えて、どんどん苦しさ が増していく。
見ていられなくなって、リノアは踵を返した。後も振り返らずに自分の部屋へ走って戻った。
部屋へ着くと、ベッドに倒れ込む。こらえていた涙があとからあとから零れてきた。
アンジェロが心配そうに自分を見上げているのにも気付かずに、リノアは声を殺して泣いた。


「リノア〜。リーノーア。おらへんの〜?」
ドアをノックする音と、それに混じって聞こえてくる声でリノアは目を覚ました。
慌ててベッドから体を起こし、ベッドサイドの時計に目をやると、もうお昼近くであった。
どうやら、泣き疲れてそのまま眠ってしまったものらしい。
「いるいる〜。いるよ〜。ちょっと待って。」
少し大きめの声でドアに向かって答えてから、リノアは急いで洗面台に向かった。
鏡を見ると、目が少し腫れている。
「あ〜、やっぱり・・・・・・。」
顔を洗ってもう一度鏡を見る。多分大丈夫よね、と判断してリノアは部屋に戻るとドアを開けた。
セルフィである。
「ごめ〜ん。寝てた。」
そう言い訳するリノアの顔をセルフィがじっと見つめている。泣いていたことがバレたかな、とリノアは 一瞬ドキリとしたが、セルフィが口にしたのは別のことだった。
「いつまで寝とんの〜。もうお昼やで。あのね、今から皆でお昼食べるから、リノアも一緒にと思って迎 えに来たんや。」
「あ、ほんと?ありがと〜。じゃ、お財布取ってくるからちょっと待ってて。」
部屋の中に取って返そうとするリノアを、セルフィが腕を取って引き止めた。
「そんな物、いらんって。」
「え?食堂で食べるんじゃないの?」
「今日はね〜、会議室で食べよ思て。さっきまで会議あったから、キスティスがデリバリー頼んどいてく れたんや。たまにはいいやろ。」
「え?でも、私も行っていいのかな?」
「かまへん、かまへん。会議は終わっとるんやから。じゃ、レッツゴー!!」
セルフィに腕を取られたまま歩き出してから、リノアは気が付いた。ここのところ、食堂で食事をしてい ると、必ずと言っていいほどダイアナ・ファウリーが現れた。皆と一緒の時でも、スコールとふたりの時 でも、スコールがいると必ず。それを知っている仲間達が、気を利かせてくれたのだろう。
リノアが笑うとセルフィも笑った。
「な〜に笑うとるん?あ、久し振りにスコールに会えるから、嬉しいんやろ〜。」
セルフィの明るさはリノアに不思議な安心感をもたらして、自然と笑みがこぼれた。
そんなリノアを見て、セルフィは心の中で密かに安心した。リノアが泣いていたことが分かったので、心 配だったのだ。
会議室に入るなり、セルフィが言う。
「リノアとうちゃ〜く。何と寝てましたあ。」
皆が笑う中、スコールが椅子から立ち上がって近付いてきた。
リノアの前に立つと、じっと見つめてくる。その青藍色の瞳に心配そうな光が揺れた。
「・・・・・・ひょっとして、具合でも悪いのか?大丈夫か?」
真剣に心配してくれているその言葉を聞いて、リノアは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
しかし、ここでそんな表情を見せれば、更に心配させてしまうことは目に見えているので、笑顔を作ると 顔の前で手を振った。
「ううん、違うの。昨夜夜更かししちゃって、寝過ごしただけ。ごめんね、朝お迎えしようと思ったのに 起きれなかったの。おかえりなさい。」
「ああ、ただいま。・・・・・・本当に大丈夫か?」
「だ・い・じょ・う・ぶ!ほら、お昼ご飯でしょ?お腹空いちゃった。早く食べよ〜。」
スコールの背中を押して、椅子に座らせると、自分もその隣に腰掛ける。
ランチタイムは楽しくて、リノアはさっきまで泣いていたことが嘘のように笑った。
セルフィとアーヴァインが漫才のような会話を繰り広げ、キスティスとゼルが時々突っ込み役に回ってい る。スコールは相変わらずで滅多に口は挟まないが、話はちゃんと聞いているらしく、何か話を振られる と相槌を打ったり、短く返事を返したりしている。
皆がそろそろ食べ終わるという頃、ドアをノックする軽い音が響いてきた。立ち上がりかけたキスティス を手で制してスコールが立ち上がった。ドアを開けると、聞き覚えのある声が室内にも滑り込んできた。 「こんにちは、スコールさん。捜したんですよ。司令官室にもいらっしゃらないし。」
そこにいる者たちにとっては既にお馴染みになってしまった人の声だ。ダイアナ・ファウリーである。
「何の用だ?」
スコールが冷たい声で訊いている。
「一緒にお昼ご飯食べましょうよ!お話したいこともあるんです。」
「会議中だ。」
スコールは巧みに体の位置を変えて、室内の様子が彼女に見えないようにしている。彼は、ダイアナの気 持ちには気付いているのかいないのか、どちらにしてもつきまとってくる彼女を、本気でうっとうしく思 っていることは事実であった。
「え〜っ。朝、約束したじゃないですかあ。」
「そんな約束はしていない。」
「じゃあ、一分だけ時間ください。一分だけ。ちょっと訊きたいことがあるだけですから。」
「断る。」
きっぱり言い切るとスコールはドアを閉めようとしたが、ダイアナの次の言葉でそれを止めた。
「一分だけですから!もし今時間取ってくれなかったら、私、ここでずーっと待ちますっ。」
スコールは大きなため息を吐いて、片手を額に当てた。
「・・・・・・分かった。」
一言だけ言うと、部屋を出てドアを閉じる。室内に残されたメンバーは顔を見合わせると、無言で立ち上 がってドアに向かった。リノアもセルフィに引っ張られて連れて行かれる。
全員がドアに耳を寄せると、少しくぐもった声が聞こえてきた。
「〜〜〜〜。突然こんなこと訊くの、失礼かもしれないんですが・・・・・・単刀直入に訊きますね。あ の、スコールさんは今、好きな女性はいらっしゃいますか?」
扉の前に立ったスコールは、突然の不躾な質問に顔をしかめた。
「・・・・・・本当に失礼だな。あんたにそんなこと答えないといけない理由なんかない。」
ますます冷たい声で言い放ち、スコールは室内に戻ろうとしたが、ダイアナは必死の形相で引き止めた。
「待ってください。答えてくれなきゃ、答えてくれるまでつきまとっちゃいますから!」
別に今だって充分つきまとっているくせに、そんなことを言うダイアナ。
いい加減うんざりしたスコールは、ダイアナに向き直った。
「・・・あんた、何で俺につきまとうんだ?」
「いるんですか?」
「・・・・・・いる。」
「その人は、今ここにいますか?」
何だその質問は、とスコールは思いつつも、リノアは今この扉の中の部屋にいる訳だから、一応ここにい ることになるよな、と考えた。妙なところで正直になるスコールである。
「ああ。いるな。」
室内でそれを聞いていた全員が固まっていた。
「・・・・・・今の、誤解したんちゃう?」
「だよな。」
「まさか・・・大丈夫よ。」
「でも、あの子はリノアがここにいること知らないわけだし〜。」
皆が恐る恐るリノアを見ると、リノアは俯いていて、その表情は読み取れなかった。
スコールの方は、彼女の質問の意図が掴めない。そもそも、そんなことを訊いてこなくても、スコールに は恋人がいて、それがリノアだということはガーデン生なら知っているだろう。そう思った。
「解っていると思うが・・・・・・。」
スコールが何か言いかけるのを、ダイアナの嬉しそうな声が遮った。
「待って。何も言わなくても解ってるわ。貴方の気持ちは、解ってるわ。」
そうか、やっぱり知っているよな。別にスコールはリノアとのことを宣伝している訳でもないが、隠して いる訳では当然ないし、知られていて当たり前であった。
「解っているならいい。」
「ええ、貴方の気持ちは解りました。」
弾むようなダイアナの声は、もちろん室内まで届いた。
「今のは・・・完全に誤解したんじゃ・・・・・・。」
「みたいだね〜。」
「誤解が誤解を生んだわね。」
「も〜、スコール、何で気付かへんの〜。」
四人がそんなことを言っていると、ドアが開いて、スコールが入ってきた。
皆が冷たい視線で彼を見る。
「スコールっ!何であんなこと言うたん!?」
「お前は、馬鹿かっ!」
「スコール、何考えてるんだ〜い?」
「貴方、自分が何を言ったか分ってるの?」
四人から、捲くし立てるように責められて、スコールは訳が分らないという顔で答えた。
「・・・・・・本当のことを言っただけだ。」
その言葉に、四人はいっせいに脱力した。
「スコールって・・・・・・。」
「信じられないわね。」
四人のそんな態度をよそに、スコールはさっきから俯いたままのリノアに歩み寄った。
「・・・・・・リノア?どうした?大丈夫か?・・・やっぱりどこか具合悪いんじゃないのか?」
伸ばされた手を、リノアは力いっぱい払いのけた。
バシッという音が室内に響いて、皆が驚いたようにリノアを見た。
顔を上げてスコールを見上げた目には、涙が今にも零れそうなほどたまっていた。
「スコールのばかっ!!」
そう叫んでリノアは会議室を飛び出して行った。
呆気に取られて、スコールはその後姿を見つめたまま見送ってしまった。そもそも、なぜリノアが怒った のかも分っていない。
呆然と立ったままのスコールの前に、キスティスが立った。
「スコール・・・・・・貴方、今の状況、分かってる?」
返事を返せないでいるスコールに、キスティスは続けた。
「と言うより・・・ダイアナ・ファウリーが自分のことを好きだっていうこと、分ってる?」
「・・・・・・・・・誰だ、それは・・・。」
やっと返ってきたスコールのセリフに、四人は揃って大きなため息を吐いた。
「・・・さっきのあの子よ。あの子、貴方が好きなのよ。」
途端に、スコールの眉間に皺が寄る。
「・・・何だ、それは・・・・・・大体、何でそんなことを知っている?」
「ちょっとスコール、本気なん?見てれば誰だって分かるで。」
「ガーデン内で、知らない奴なんかいないぜ。」
「スコール、いくら何でもあんまりじゃないか〜い?」
キスティスは、もう一度ため息を吐くと、話を再開した。
「貴方、一ヶ月くらい前に、彼女からもらった手紙を私が渡したの、読まなかったでしょう?あれだけ、 ちゃんと読めって言ったのに。ちゃんと読んでいれば、貴方にだって分かった筈だわ。」
「・・・・・・・・・。」
正直なところ、スコールはその手紙の存在を覚えていない。読まずに捨てたのだが、そのことすら忘れて しまっていた。
「・・・・・・俺には・・・リノアが・・・・・・。」
「そんなこと、あの子に関係ないわ。恋人がいたって、好きになることはあるでしょう。恋をするのは、 自由よ。」
「・・・・・・・・・。」
「それなのに、あんなこと言ったりして。そりゃ、スコールは本当のことを言っただけかもしれないわ。 だけど彼女は、リノアが中にいることを知らなかったんだし、誤解されても仕方ないわね。」
スコールの眉間の皺がますます深くなったが、キスティスは続けた。
「あの子、ここ一ヶ月くらい、ずっと貴方にくっついてまわってたでしょう?リノア、ずっと気にしてた わ。貴方だって、リノアが元気ないことくらい気付いてたでしょう?それにもうひとつ言っておくけど、 リノアは今朝、ちゃんと起きてスコールを出迎えに行こうとしてたわよ。」
「・・・・・・・・・。」
スコールは黙って聞いていたが、キスティスの最後の言葉が終わらないうちに、自分が座っていた椅子の 背から上着を取り上げた。
「悪いんだが・・・・・・。」
「今日は、後は会議の報告書を作成するだけよ。貴方がいなくても大丈夫。」
「早よ行ってあげて〜。」
「急げ。」
「後は任せて〜。」
「恩に着る。後で埋め合わせは必ずする。」
四人の言葉に背中を押されて、スコールは会議室を後にした。
「埋め合わせって・・・なあ。」
「そんなのするほどの仕事じゃないのにね〜。」
「スコールってばホント、マジメやなあ。」
「まあ、それがスコールのいいところよ。さあ、そうと決まったら、お昼を済ませて、さっさと仕事を片 付けましょ。」
何だかんだ言っても、スコールとリノアのカップルを応援してしまう彼らだった。


「何やってるんだろう、私・・・・・・。」
バラムの街に向かう海岸を見下ろせる小高い丘の上で、リノアは涙を拭った。
あの後部屋に戻りかけたリノアだったが、スコールか他の誰かが来るかもしれないと思い、ガーデンを出 たのだった。
あの時、スコールが自分のことを言ってくれたのだということはリノアにも分かっていた。しかし、忘れ かけていた朝の光景が突然甦って、嫉妬してしまったのだ。
「もうやだ〜。」
嫉妬と自己嫌悪で苦しくなる。ガーデンを出るまで必死で我慢していた涙がぽろぽろと溢れ出した。
「朝も泣いたのに・・・・・・。」
涙も、嫉妬心も、自己嫌悪も、止めようとしたって止まらないものは止まらない。
その場に座り込むと、膝を抱えて思いっきり泣いた。
・・・・・・・・・どのくらい、そうしていただろうか。
春といえども、海から吹く風はまだ少し冷たい。
陽も傾きかけて、風が少し強くなった。薄着のままガーデンを飛び出してきたリノアは、寒気を覚えて軽 く身震いした。
と、その時。肩にふわりと暖かい物が掛けられた。スコールのジャケットだ。見上げると、スコールが少 し息を切らして立っていた。
「スコール・・・・・・。」
自分の顔をまじまじと見つめるスコールに気付いて、慌てて頬の涙を拭う。
スコールはリノアの前に片膝を付いてしゃがみ込むと、リノアの頬の涙を拭いながら言った。
「・・・・・・ごめん・・・。」
スコールの謝罪の言葉に、リノアは頭に血が上った。あれだけ泣いたと言うのに、また涙が出そうになっ てしまう。その場で立ち上がり、驚いているスコールに半分怒鳴るように言った。
「どうして?どうしてスコールが謝るの!?」
スコールも立ち上がる。
「どうしてって・・・リノアが怒ってるから・・・・・・。」
「私が怒ってると、全部スコールのせいになるの!?」
「・・・今は、俺のせいだろ?」
「違っ・・・。」
言っているうちに、また涙が溢れてきた。それに呼応したように、言うつもりがなかった言葉までが口か ら勝手に出てくる。
「違うの!スコールに怒ってるわけじゃないの!!怖かったの、スコールが取られるみたいで・・・・・ ・。」
「・・・・・・そんなこと・・・。」
「分かってるの!スコールはそんなことないって、分かってるよ。だけどあの子、すごく綺麗だし、積極 的だし・・・ふたりが一緒にいるとこ、すごく似合ってて・・・・・・悔しかったの!私はあの子みたい に綺麗じゃないし、魅力的でもないし、あの子が羨ましかったの!!スコールは何も悪くないの!私が勝 手に嫉妬しただけ・・・・・・。」
感情のままに言ってしまってからリノアははっとした。
スコールが驚いた目で自分を見つめているのに気付く。
「・・・・・・もう、何でこんなこと言わせるのよお・・・。」
涙がどんどん溢れてきて、スコールの顔がよく見えなくなる。
「私・・・そんな風に嫉妬してる自分が一番嫌で・・・こんな嫌なこと思ってるってスコールに知られた くなかったのに・・・・・・。」
スコールの長い指がリノアの頬に触れ、涙を拭おうとした。だが、リノアはそれを振り払った。
「やめて・・・今、私の顔見ないで。今、スコールと一緒にいたくない・・・・・・。」
自分の中の一番知られたくなかった気持ちをぶちまけてしまって、リノアは自己嫌悪に陥っていた。
肩に掛けられていたジャケットをスコールに押し付けると、くるりと踵を返して、走ってその場を去ろう とした。ところが、数歩も行かないうちに、スコールに腕を掴まれて、気付いた時にはスコールの長い両 腕の中にすっぽりと収まっていた。
「スコール・・・離して・・・。」
スコールの腕は、決して力を込めていなくて、柔らかくリノアを包み込んでいる。だが、リノアが逃れよ うとしてもスコールは離してくれず、かわりにリノアの顔を自分の胸に優しく押し付けた。
「・・・ひとつは、聞いてやる・・・・・・これで顔は見えないだろ?・・・でも、もうひとつは聞けな い。俺は今、リノアと一緒にいたいんだ・・・・・・。」
大好きな、少し低めの声で囁くように言われて、リノアは身動きするのをやめた。
「スコールずるい・・・・・・。」
「何がだよ・・・・・・リノアこそ、分かってるのか?・・・結構、ショックだったんだぞ・・・さっき と今と、二回も俺の手を振り払っただろ。」
「ご、ごめんなさい・・・・・・。」
「それに、一緒にいたくないって言われたのもショックだったな・・・。」
「それは・・・あんな嫌な私見られたくなくて・・・ごめんなさい・・・・・・。」
スコールの、リノアを抱きしめる腕に、少しだけ力が込められた。
「いいよ、もう・・・・・・それより・・・俺にとっては、綺麗なのも魅力的なのも・・・リノアだけだ から・・・・・・。」
スコールらしからぬその言葉は、ぽつりと呟くように、しかし確かに彼の口から発せられたもので、リノ アは驚いて顔を上げようとした。しかしそれと察したスコールの手が、軽くリノアの後頭部を押さえた。
「・・・今は・・・リノアも俺の顔を見ないでくれ・・・・・・。」
きっとスコールの顔は夕陽のせいだけじゃなくて真っ赤に染まっているだろう。そのことはリノアにも分 かった。
「ありがとう、スコール。」
その思いを込めて、リノアは力いっぱいスコールを抱きしめた。


その夜。
リノアは、自室にひとりの客を迎えた。突然尋ねてきたその客は、ダイアナ・ファウリーだった。
リノアは驚きつつも、彼女を部屋に上げた。出されたミルクティーに口も付けず、ダイアナは正面に座る リノアを見つめると、開口一番こう言った。
「私、本当にスコールさんが好きなんです。一年前会った時に一目惚れしたけど、名前も何にも分かりま せんでした。色々調べて、やっとバラムガーデンの人だって分かって、半年間必死で勉強して、ガーデン を受験したんです。なのにやっと会えたら、スコールさんにはあなたがいて・・・・・・。私だって、本 当に好きなのに・・・・・・。」
言いながら涙混じりになる彼女は、リノアが初めて見た姿だった。
けれど。
「うん・・・分かるけど・・・・・・でも、ごめんね。私もスコールのこと、本気で好きなの。この気持 ちは譲れないの。」
きっぱりと言い切ったリノアに、ダイアナは泣いていた顔を上げた。
「分かってます。・・・今日、スコールさんにはっきり振られました。俺には大切な人がいるって、わざ わざ言いに来られちゃいました。」
「え・・・?」
「お昼、会議室に行ったすぐ後です。いきなり私のところに来て、あんたの気持ちは迷惑だ、って言うだ け言って、どっか消えちゃいました。」
おそらく、リノアを捜す前に彼女のところに行ったのだろう。
「今日、会議室にリノア先輩いましたよね?私、知っててわざとああいう訊き方したんです。」
もう彼女の涙は止まっていて、少しだけ微笑を浮かべていた。ミルクティーに口を付けている。
「そうだったんだ。」
リノアもつられて微笑した。
「今までも・・・本当は、スコールさんに恋人がいるって、ガーデンに来る前から聞いてたんです。それ でも、ガーデンに来て、当たり前みたいにスコールさんの隣にいるリノア先輩見てたら悔しくて・・・そ れにスコールさんって、リノア先輩しか見てなくって・・・・・・だから、あんまり悔しかったから、見 せ付けるみたいにずっとスコールさんについてまわったりしたんです。」
「そっかあ。」
あのしつこさは半分は自分に対する当てつけだっだのかと、今更ながらリノアは納得した。
「でも、謝りません。私だって、本気でしたから。」
むしろさっぱりと言い切ったダイアナの言葉は、リノアには気持ちいいほどだった。
「ふふっ。いいよ、謝らなくたって。」
「それから、私、ガーデン退学しますから。」
「えっ?」
「あんなにはっきり振られちゃ、もうガーデンにいる理由もありませんから。」
「そうなんだあ。ちょっと寂しくなるかも。」
一ヶ月の間、散々悩まされたのに、リノアは何となく寂しさを覚えた。
「いいんですか?そんなこと言って。またスコールさんにつきまとっちゃいますよ。」
最後まで強気なダイアナに、リノアは笑った。
「いいの。私もつきまとうから。」
ふたりにつきまとわれて、げんなりした表情を見せるスコールの姿を思い浮かべて、ふたりはひとしきり 笑った。
「じゃあ、お邪魔しました。ミルクティー、美味しかったです。おごちそうさまでした。」
帰り際、ドアの前で礼儀正しく言ってお辞儀までして去っていくダイアナの後姿を見ながら、リノアはさ すがはいいところのお嬢様だと、自分のことは忘れて感心していた。
とにかく、こうして春の暴風雨は過ぎ去っていったのである。・・・・・・・・・かに、見えた・・・。


二週間後。
夕方、リノアが任務から帰って来た仲間達を迎えて、皆で寮に向かっている時だった。
途中で、制服姿のダイアナ・ファウリーとばったり会ったのだ。
「あっ、皆さん、任務から帰られたところですか?お疲れ様です。」
明るく挨拶してくるダイアナに、キスティスが不思議そうな顔をした。
「あら、貴方、退学する筈だったんじゃ・・・・・・。」
キスティスの疑問に、ダイアナは更に明るく答えた。
「はい。その予定だったんですが、実は好きな人が出来て・・・・・・。」
言っている途中で、顔中に満面の笑みを浮かべたかと思うと、「すみません、これで。」と言ってダイア ナは走り去った。
「サイファーさ〜ん!!」
彼女が駆けて行く先には、白いロングコートの後姿があった。ダイアナの呼び掛けを聞いた途端、後ろも 見ずに走り出している。
「あっ、どうして逃げるんですか〜?待ってくださ〜い!サイファーさ〜ん!!」
走り去るふたつの影を見ながら、一同は苦笑した。
「・・・・・・まあ、スコールの方が片付いてよかったよな。」
「次はサイファーに来たか〜。」
「根はいい子なんだよ。」
「まあなあ。けど、サイファー逃げてったで。」
「いいんじゃないの?少しは学園生活が賑やかになるんじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・。」
一同は、顔を見合わせて爆笑した。
ただひとり、スコールだけは無表情で、心の中でサイファーに向かって合掌していた。


神、天にしろしめせど   世はすべて事もなし・・・・・・か?


END


こんなもんでよろしゅうございましょうか、Kallさま?ドキドキ。
実はこれ、Kallさまの卒業&就職のお祝いと、サイトのリニューアル記念を兼ねて何か小説でも贈ろうと 思い立ち、Kallさまにリクエストを頂いて書いたものです。Kallさまのリクエストが具体的だった為、す ぐに書き始めることが出来たのですが、いざ出来上がると、コメディだか何なんだかよく分からない作品 に仕上がってしまいました。ダイアナは最初は、お淑やかで大人しい設定だったのですが、それではリノ アに対抗できないので、逆に極端なキャラになりました。本当はリノアはもっと強気でダイアナに対抗し たり、スコールを賭けた二人の勝負なども書きたかったのですが、上手く入れこめませんでした。反省。 因みに、ダイアナ・ファウリーの名前は、アメリカの某有名ドラマシリーズの主人公の元彼女の名前をそ のまま使用しました。ジェフリー・スペンダーも同じドラマの登場人物です。
(分かる方いるかなあ?私はこのドラマかなり大好きだけど、結構マニアックかも^^;)

イメージソングはCHAGE&ASKAのASKA氏の「One Day」とASKA氏のソロ曲「僕はすっかり」の二曲です。

Kallさま、こんな駄作でよろしければ受け取ってください。


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Kallの感想
あぁ〜、ARSLANさん本当にありがとうございます〜T▽T(感涙)
ということで、UPさせていただきました。僕がARSLANさんから頂いた作品の中でも メインと言っていいでしょう…スコール×リノアで前編・後編の二部作><
オリジナルキャラやストーリーの設定や流れはこれまでに掲載したARSLANさんの作品同様 魅力的で楽しい作品でした〜(^▽^)特に、やっぱり今回はメインになったスコール、リノア、 ARSLANさんのオリジナルキャラ、ダイアナの3人のやりとりが面白かったです〜。 最後のシーンでスコールがサイファーに手を合わせていたところがありますが…やはり今回は 懲りたようですね〜(笑)

ところで…これは僕の個人的な余談ですが、自分のことを”好きだ”って言ってくれるのは 嬉しいですけど、半分ストーカー状態はさすがに辛いっすよねぇ…って、僕はそういう目に あったことないので想像でしかいえませんが…皆さん、ほんと、その人のことが好きなら 相手が嫌がることはやめましょう^^;(←あ、なんか真面目だ・笑)