TRABIA幻想


 ガルバディア国の首都デリングシティ、その都心部の一角にある一件の立派な邸宅。手入れの行き届いた庭や二階にある広いテラス、 その外見をぱっとみただけでもここに住んでいる人物の想像図は描けてくる。企業の社長か?はたまた有力な政治家か?とにかくそうとう 資産を持っているのだろうと。確かにこの家の所有者である普段の主はガルバディアに無くてはならない、いやガルバディアで実質的に No.1と言っていいVIPである。しかし、今この家の主となっているのは、その想像にはまったく当てはまらない、一人の少女である。


 「ふ、ふぇ〜っくしゅん…寒っ…」
部屋の外まで聞こえるのではないかと思うほど大きなくしゃみ。ベッドの上で丸まって眠っていたアンジェロは、 ご主人様のくしゃみに驚いて飛び起きベットから床に降りた。
 「…う〜、もう3月になってるんでしょ〜?なんでこんなに寒いの?」
布団の中から壁に掛けてあるカレンダーを眺めて、誰のせいでもない寒さに八つ当たりをする。
 「もう少し、日が昇って暖かくなるまで寝てよ〜っと」
自分に言い聞かせるように決心を呟くと、リノアはなるべく体が布団から出ないように乱れた掛け布団を直して、 もう一度目を瞑った。さっきまでは布団が乱れていたせいで寒かったが、掛け直して数分、徐々に体温で暖かくなってくる。 同時に彼女の意識も少しずつ夢の中に…
 ”ピンポ〜ン”
 「…」
 ”ピンポ〜ン”
 「う、う〜ん…」
 ”ピンポンピンポンピンポンピンポン…”
 「あ゛〜っ、もう誰よ。早朝から五月蠅いわね〜!!」
まどろみかけたところを呼び鈴に強襲されたリノア、愚痴りながらパジャマの上にカーディガンを羽織ると一階に下りていって インターホンに出た。ちなみにリノアは早朝と言い切るが時間はすでに午前10時、一般的にこれは早朝では…ない。
 「あ、おはようございます。毎度お世話になっております、黒チョコボ宅急便ですけど、お荷物が…」
受話器を取るとそんな明るい声が聞こえてきた。モニターに映っているのは確かに宅急便の制服に身を包んだ若い青年だ。 後ろに見える家の前の通りには、トレードマークの黒チョコボが描かれた車も止まっている。
 「荷物〜?あ〜…玄関に置いておいてよ〜。後で取りに行くから」
そう言ってインターホンの受話器を置こうとしたが、相手も仕事だ。とっさに上手く食い下がってきた。
 「それが、そうはいかない規則でして〜。受け取りサインをいただきませんと荷物はお渡しできないんですよ。 それに、差し出がましいようですが、お荷物、なるべく早くお引き取りいただいた方がよろしいかと…」
 「え?何?もしかして生もの?」
 「はぁ、まあそんなものですかねぇ…」
モニターの中の青年は懐から伝票の束を取りだして苦笑いしながら答える。
 「ま、それじゃ仕方ないか。いいわ、じゃあ今行くからちょっとまってて」
そう言うと手近にあったボールペンを手に取って、廊下を小走りで玄関に向かう。
 「お待たせ」
鍵を開け、チェーンロックを外してドアを開けると、外の冷たい空気が一気に流れ込んできてその寒さで震えた。 空を見ると、ところどころ晴れ間はあるが大半は灰色の雲に覆われている。そんな天気の中でも、リノアの目の前に 立っている宅急便の青年はインターホンの中のモニターと同じ笑顔だ。
 「あ、すいませんねぇ。あ、こことここにサインを」
そう言って宅急便の青年はリノアに伝票を差し出す。
 「ここと、ここね……っと、はい。これでいい?」
 「あ、はい。確かに、それじゃこれ、お荷物です」
伝票のサインを確認すると、青年はおもむろに足下に置いてある包装紙にくるまれた箱を抱え上げてリノアに手渡す。 と、彼女が思っていたよりもずしっと荷物の重さが手にきた。
 「…っと、これ結構重いよ〜」
 「そうですね。じゃあ、中までお運びしましょうか?」
 「あ、気にしないで。持てない重さじゃないから。それよりも、後ろ、いいの?」
 「え?」
リノアに指摘されて後ろを振り返る青年。と、宅急便の車の窓から40代ぐらいの男性がこっちを睨んでいる。
 「げっ、親父!!やっべぇ、ありゃ怒ってるぞ。…あ、っとと、ご利用ありがとうございました〜」
慌ててリノアにお辞儀をすると青年は走って車に戻っていった。
 「ふふ、面白い宅急便…、ふぇ、ふぇ、ふぇ〜っくしゅん…う〜寒っ。早く暖まろうっと」
いろいろあって忘れていた寒さの感覚がいきなり戻ってきて、パジャマにカーディガンを羽織っただけのリノアには、 ドアを開けたときよりもいっそう寒く感じる。とにかくその寒さをなんとかしようとドアを閉めて鍵をかけた。
 「さ〜ってと、とりあえずは…」
手に持っている荷物をまずはリビングのテーブルの上に置くと、エアコンのスイッチを入れる。 さらに、その足でキッチンに向かう。
 「何にしようかな〜?」
冷蔵庫を開けて朝ご飯になりそうな物を探す。ヨーグルト、卵、野菜をいくつか…とりあえず、 朝ごはんのメニューによさそうなそ物を次々に取り出していく。
 「ふむ、あとはトーストでOKかな?」
準備が一段落したところで、キッチンのテーブルの上のかごに入れてある食パンを取りだして、適当な厚さに切って トースター放り込む。
 「じゃ、その間にと…」
リビングに戻るとさっきの宅急便の荷物を改めて確かめる。大きさはだいたい小型のTVぐらい。箱の上にはさっき サインをした伝票の写しが貼ってある。
 「え〜っと、送り主は…あっ、スコール!!ってことはこれトラビアから?」
送り主の住所を見ると彼女の予想どおりトラビアガーデンとなっている。
 「へへへ〜、な〜にかな〜♪」
鼻歌混じりで包装紙を開けていくと、段ボールかと思っていた箱は発泡スチロールだった。さらにその蓋の上には一通の封筒、 中にはリノアあての手紙が入っていた。しかし、その手紙は小包の送り主、スコールの書いた物ではなかった。 手紙の差出人はリノアの父、そして今彼女が居る家の主、フューリー・カーウェイ大佐だった。
 「ったく、なんでお父さんの手紙がスコールの小包と一緒に出てくるわけ?」
一瞬、読まずにゴミ箱に捨てようかと思ったが、それはさすがに”今は”気が引ける。封筒から便箋を取りだして目を通す。 それに、スコールの小包からカーウェイ大佐の手紙が出てきた理由も解らないではない。というのも現在、 トラビアガーデンではミサイル攻撃で大破したガーデン本体の本格的な復旧について各国、各都市からのサポート及び完全復旧後の トラビアガーデンの対応についての会議を行っていて、スコールもカーウェイ大佐もそれぞれバラムガーデンと ガルバディアでは中心的な人物である。この会議の出席者に選ばれないわけがない。もちろん、 会議の出席者は他にもゼルやキスティスを中心としたバラムガーデンの中枢となるトップクラスのSeeDやガルバディア軍の若手で、 将来有望とされる将校で元SeeDやガーデン生だった者、さらにエスタ大統領のラグナやドール、ティンバー、 FH等の主要中核都市の代表者、シュミ族の代表までもが今、トラビアガーデンに集まっているのである。 それほどの人数が集まるのだから会議も2・3日で終わるわけがない。リノアもスコールに送られてきた招待状に 同封されていた日程表を見せてもらったが、総日程10日にも及ぶ大規模な会議となっていた。
 「ふ〜ん、や〜っと会議終わったんだ〜…じゃあこの豪邸生活も終わりか〜」
父からの手紙を読みながら少し残念そうに部屋を眺める。そもそもリノアがこの家に居るのも父から留守番を頼まれたからである。 頼まれたとき、最初は断ろうかとも思ったが、リノアもバラムガーデンが春休みの今、ただでさえ友人の大半が実家に帰ったりして 時間を持て余すのに、そこでさらにスコール達がその会議で居ないのではバラムガーデンに居ても死ぬほどつまらないことが 目に見えていた。そこで、”留守番中はお手伝いさんや軍の関係者を追い出して一人で自由にさせてくれること”という条件付きで、 彼女は留守番を引き受けたのだ。
 「あ〜あ、結構楽しい生活だったのになぁ…ま、いっかガーデンに帰ったらまたスコールと一緒にいられるしね」
とりあえず、気を取り直して手紙の続きを読む。
 「え〜っと…?!え?スコール達もう帰ってくるの?一体どういうこと?」
何故そこまで急いで帰ってくるのか?理由がリノアには全く解らなかった。少なくとも留守番をする前日、念のために聞いて 置いたスコールの予定は、会議終了の翌日はその疲れをとるためにトラビアで休暇を過ごすということになっていたはずである。
 「もしかして、あたしの知らないところでまた事件が?それとも会議でなにか…」
漠然とした不安に襲われ動揺するリノア。とりあえず、訳を直接スコールに聞いてみるのが一番かも知れない。 そう思って、自分の部屋にとって返すとベッドの脇のテーブルに置いてあった携帯電話を手にする。 スコールの携帯電話の番号をメモリから呼び出してコールする…一回、二回、三回…
 「もしもし…・」
四回目のコール音の直前、スコールが電話に出た。
 「あ、スコールっ!!今どこ?」
 「リノアか。どうした?何かあったか?今は、ラグナロクの中だ。トラビアガーデンからデリングシティに向かってる最中だ」
 「もうこっちに向かってるの?」
 「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
何故リノアがそのことで驚いているのかスコールにはまだ理解できない。困惑しているスコールへ畳み掛けるように、 気になっていることをぶつけるリノア。
 「だって、スコール達明日オフでしょ?それなのにそんなに急いで帰ってきて」
 「…あ、もしかして、小包届いたか?」
リノアの質問を聞いていて、なんとなくスコールにも少しずつ事情が飲み込めてきた。
 「そう、それよ。その中に入ってたのあいつの手紙読んだの。そしたら…」
 「ふ…ふははは…」
と、リノアの心配をよそにスコールは電話の向こうで笑い始めた。
 「な、なにがおかしいのよスコールっ!!」
 「はは…悪かったな。急いで帰ってるが別に何もないさ。SeeDへの依頼も来てないし、 ガルバディア周辺でも何も起きちゃいない。もちろん、会議も何事もなく無事終わった」
 「そ、そ〜なの?」
スコールのその言葉を聞いて一気に力が抜けてるリノア。とりあえず、ぺたりと力無くベッドに座り込む。
 「ああ、カーウェイ大佐の手紙を一緒に送ったのは、俺が小包をあんたに送るのを知った大佐の頼みでな。 そこで、交換条件に俺達が帰ることも手紙に書いてもらったってわけだ。だから何も心配するな。それに、 急いで帰ってるのはあんたのタメだぞ」
 「へ?あたしの?」
 「…解らないのか?」
 「全然」
 「…おい、あんた毎日カレンダー見てるんだろ?」
 「ふにゃ?カレンダー?」
スコールに促されてカレンダーを眺める。カレンダーの示しているのは3月。
 「…今日は何日だ?」
 「今日…」
さっきまでの急激な状況の変化でストップしていたリノアの思考回路が少しずつ活動を再開する。 とりあえず、久しぶりにスコールと話す嬉しさでカレンダーを見ていていろいろ思い出したことを彼に話し始めた。
 「え〜っと、確か昨日だよね〜、3月になったの。一昨日寝る前に”明日から3月〜♪”ってカレンダー破いたから。 で、昨日は一日暖かかったからアンジェロとお庭でひなたぼっこしたり読書して、今日も暖かいかな〜って思ってたら、 真冬みたいに寒くて…」
楽しく話すリノアの言葉を遮るように、黙って聞いていたスコールが口を開いた。
 「…どうやら十二分に一人暮らしを満喫してたようだな。で、やっと解ったか?今日が何日か?」
 「あ、なにその人をバカにした言い方〜。最初から解ってるわよっ!!今日2日でしょ、3月2日っ!!」
 「ん、ご名答。じゃあ、明日は?」
 「明日?そんなの子供でも解るじゃない。3月3日に決まって…あ!!」
そこまで口にしてやっとリノアも気が付いた。
 「やっと思い出したか。そう、明日はあんたの誕生日だろ?リノア」
不意にスコールの口調が優しくなる。
 「じゃ、じゃあ、あたしの誕生日のために?」
 「ああ、しばらくあんたの相手が出来なかったからな。みんなとも相談してあんたのバースデーパーティーを開くことにしたんだ」
スコール達の想いに胸がいっぱいで言葉を詰まらせるリノア。暫く沈黙が続いた。
 「…あ、そう言えばさ。小包の中身まだ見てないんだけど。何が入ってるの?」
 「ん?まだ開けてなかったのか?」
 「うん、手紙だけ読んで焦って電話したから…、あ、ちょっと待って今、開けるね」
携帯電話を繋いだまま階段を急いで駆け下りる。リビングに入るとエアコンをつけっぱなしにしていたせいでかなり暖かい。 とりあえず、エアコンのスイッチを切ると小包の発泡スチロールの箱をテーブルの上を滑らして目の前に持ってくると、 蓋の封をしているガムテープをはがした。
 「開けたか?」
 「ん、まだ今から…」
発泡スチロールの蓋をそっと開ける。と、中にあったのは白いボールのような固まりが二つ、発泡スチロールの箱の 内側の型にぴったりとはまっている。よく見ると一方には黒い紙で顔のようなものが形作られている。
 「なにこれ?」
その不思議な物体に恐る恐る手を伸ばしてみるリノア。
 「?!冷たっ…これ雪じゃない!あ、もしかして、この形…わかった、これ雪だるまでしょ?」
 「ああ。こっちは会議の間、酷い寒波で毎日雪が降ってたからな。一日早いけど、誕生日プレゼントの一つにと思って送ったんだ」
 「ありがと〜、ガルバディアじゃ雪なんて滅多に降らないからね〜」
もう一度雪だるまに触ってからその冷えた手を頬に当てると、暖房で少し火照っているのでその冷たさが心地いい。
 「そうか…喜んでくれてよかったよ。…っと、悪いがそろそろ切るぞ。ラグナロクが海の上に出ると携帯、圏外になるからな」
 「あはは、海の上にはアンテナないもんね〜…あ、じゃあ最後に一つだけ。こっちには何時頃着きそう?」
 「そうだな、ちょっと待てよ。おい、セルフィちょっといいか?あ、いや、たいしたことじゃないが、あとどれくらいで…」
スコールの声が遠くなり、かすかにセルフィと話している声が聞こえてくること十数秒。
 「…そうか…わかった。待たせてすまない。セルフィの話だとあと5〜6時間ってところだから夕方には着くと思う」
 「夕方ごろね、ありがと。じゃあ、途中まで迎えに行くからね〜。待ってる場所はいつもの所でいい?」
いつもの所…デリングシティにはまだラグナロクが着陸できる民間空港はない。そこで、市街地にあるガルバディア軍の 空港に着陸させて、そこから列車を使ってデリングシティ駅に到着する。そこでリノアがデリングシティに来るスコールを 待つときは”いつもの所”=”駅前の広場”ということになっていた。
 「ああ、それじゃ後でな」
 「うん、それじゃね〜」
なにもなくてよかった…スコールの声を聞けたことと、自分が感じた不安が取り越し苦労だったことに安心して、 電話を切ってしばらくぼんやりするリノア。と、キッチンの方からなにやらいい匂いがしてきて条件反射的に 彼女のお腹がぐ〜と鳴った。
 「あ、朝ご飯まだだった」
とりあえず雪だるまが暖房の熱で溶けないように蓋をしてキッチンに走る。
 「できてる、できてる♪」
まず、綺麗に焼けたトーストを取りだしお皿に乗せてリビングに持っていく。次に先に作っていた サラダとヨーグルト、さらに冷蔵庫からサラダのドレッシングを取りだしてこれまたリビングへ。 最後にフライパンに卵を落として目玉焼きを作って、これまたそのフライパンのままリビングに持って いってトーストの上に置く。
 「よ〜っし、で〜きたっ、いっただきま〜す♪」
かぎりなく昼食に近い朝食をリノアが食べ始めたころ、デリングシティの市街地上空の雲は さっきよりも厚くなり、晴れ間もすっかり無くなっていた。そして、すでにデリングシティ周辺の山々の 山頂部には白い雪が降り積もりはじめていた。


 「う〜ん、お腹いっぱい〜♪」
朝食を食べ、その後かたづけも終わり、リビングのソファーに横になって伸びをするリノア。 服もパジャマのままでは寒いのでセーターとロングスカートに着替えた。
 「さ〜って、とりあえず夕方まではTVでも…」
テーブルの上のTVのリモコンを手に取りスイッチを入れて、とりあえず見たい番組があるかどうか 適当にチャンネルをいじってみる。
 『お昼休みは〜♪ドキドキウォッチング〜♪…』
 『今日はですね〜、奥さん…』
TVから次々と流れてくる見慣れたお昼のバラエティー番組。と、天気予報が流れているチャンネルで リノアのリモコンを操作する手が止まった。
 『…ガルバディア地方は全体的にトラビアから流れ込んできた寒気団の影響で、本日は曇りがちの天気、 場合によっては雪となる…』
 「雪〜?どうりで寒いはず〜。あ、じゃあこの雪だるま外に出して置いても大丈夫かな?」
思い出したようにテーブルの上にさっきから置きっぱなしのスコールから贈られた雪だるまの入った箱を開ける。
 「せっかくスコールから贈ってもらった雪だるまだもんね〜。こんな箱の中じゃなくてできるだけ外に出して見てたいもん」
箱を持って庭に面した窓を開けて外に出ると、箱の中から雪だるまをとりだして蓋の上に乗せてそれを軒下に置いた。
 「う〜ん、これだけ寒ければ溶けない…よね?」
心配になってそのまま雪だるまの様子をじっと見つめる。いざとなればスコール達には止められているが冷気系の魔法で 何とでもできる。しかし、なるべくなら最初の状態に近いままであって欲しい。リノアのその願いが通じたのがどうか わからないが、どうやら雪だるまが溶ける様子はない。と、雪だるまを眺めていた彼女にあるアイディアが閃いた。
 「ふふふ、我ながらナイスアイディア♪」
自分の思いつきに満面の笑顔を浮かべて庭の芝生を数枚ちぎるリノア。その中で丁度いい形の葉を一枚選ぶと、それを 雪だるまの顔の眉間の部分にその葉っぱを張り付ける。それはさながらスコールの顔をデフォルメしたカンジである。
 「へへへ、完成!!雪だるまならぬ、スコだるま!!」
想像どおりの出来映えに満足するリノア。とりあえず、雪だるまが溶けないこともわかり、これ以上外にいる理由もなくなり 彼女は家の中に入る。と、それを待っていたかのように白い礫が一つ、また一つと空から舞い降り始めた。
 「あ、雪だ…」


 そのころ、ラグナロクでデリングシティに向かうスコール達にある問題が持ち上がっていた。
 「なんだと?天候不良で市街地の軍の空港が使えない?」
まずいな、リノアとの待ち合わせ大丈夫か?…その報告をセルフィから受けたスコールにさっきの電話での約束のことがよぎる。
 「なんとかならないのか?」
 「う〜ん、無理ちゃうか〜?滑走路は雪で凍結、管制塔からの視界も不良や言うてるし…」
 「デリングシティ周辺にある他の施設はどうだ?」
 「だめね、さっきラグナロクが着陸できそうな広さのある基地や演習地に問い合わせてみたけど、何処も雪のせいで使えないそうよ」
操縦席横の通信機器を使っていたキスティスが答える。
 「そうか。となれば、後は私有地にでも着陸するしか…いやまて、ガルバディアガーデンの跡地はどうだ?あそこはそれなりに広いし、跡地は確か今は政府の管轄下にあると カーウェイ大佐が言っていたような…」
 「ちょっとまって、今聞いてみるわ」
 「待て、俺が直接伝えよう」
キスティスが席を立つとそこに入れ替わってスコールが座る。
 「こちらラグナロク。ラグナロクの着陸にガルバディアガーデンの跡地を使いたい…」
しばらくスコールとガルバディア側の交渉が続く。そして…
 「…・そうか、了解した。それではよろしく頼む」
 「どうだった?」
交渉を終えて一息ついているスコールにキスティスが訪ねる。
 「大丈夫、なんとかなるそうだ。あそこも雪は降っているそうだがデリングシティほどは酷くないらしい。 それに、今からいくらか手の空いてる兵を動員して雪かきをしておいてくれるそうだ」
 「よかった〜。そしたら、リノアのパーティー予定どおり明日できるな〜」
そう言って、操縦をしているセルフィがスコールに笑顔を向ける。
 「そうだな。あそこからなら駅も近いし、列車に乗ればデリングシティはすぐだ。が、とりあえず少し急いだ方がいいだろう。 なるべく雪が少ないうちに着いたほうが何かといいからな」
 「そやな、いいんちょ〜は早うリノアに会いたいんやからな〜」
 「あのな…まあいい、そう言うことにしておいてやる」
スコールをからかいながら、セルフィがコクピットのコンピューターにエンジンの出力アップの命令を打ち込んでいく。 その横でその様子をじっと見つめているスコール。彼の心の内にはさっき口にしなかったとある不安が渦巻いていた。 いや、軽口を叩いているセルフィや通信席に戻って詳しい気象情報とデリングシティとその周辺の情報を集めているキスティス、 そして別室で待機しているゼルとアーヴァインさえももしかしたら同じ不安を多少なりとも感じているかも知れない。 今、デリングシティを中心にガルバディア一体を覆っている寒波は、彼らがトラビアガーデンでの会議期間中に大雪を降らせ、 雪の対処に慣れているはずのトラビアでも交通のマヒやいくつかのトラブルを引き起こしたのだから。


 ボーンボーンボーンボーン…リビングの片隅にあるアンティーク柱時計の音が四時を告げる。
 「…あ、もうこんな時間?」
本を読んでいてリノアはすっかり時間が経つのを忘れていた。そろそろスコール迎えに行く準備を始めないと… そう思って寝転がっていたソファーから起きあがった彼女の目にすでにうっすらと白く雪化粧をした庭の様子が飛び込んできた。
 「うわ〜、もう積もってる〜。これならもっと降れば明日は雪だるま、あれよりも大きいの作れるかも?」
まだ見ぬ等身大の雪だるまを想像しながら二階の自分の部屋に戻ると、クローゼットから沢山の洋服を取りだし、 とっかえひっかえ鏡の前で試してみること小一時間。
 「よっし、これでOK」
やっと納得のいく服が決まり、その上からお気に入りの茶色のコートをはおって首元はスコールの上着に付いているのと 同じ子チョコボの羽のファーで防寒対策も完璧にする。時計を見ると五時少し前、丁度良い時間だ。家中の戸締まりをして 最後に玄関の鍵をかけると、リノアは雪が降り積もる通りを駅の方向に向かって歩き始めた。


 「おい、まだ列車動かねぇのかよ?!」
 「はい、なにぶんこの大雪で線路が至るところで埋まってしまいまして…今、除雪車両で必死に作業はしているんですが…」
ゼルの問いに申し訳なさそうに答える車掌はただただ頭を下げて謝るばかりだ。ガルバディアガーデン跡地にラグナロクを着陸させ、 その足でガーデン東駅から列車に乗り込んだスコール達だったが、列車は除雪の都合でたびたび途中で停車を余儀なくされ、 今も何度目か解らない停車をしてすでに十数分が経った。
 「まあ、この大雪なら無理もないが…それより、デリングシティまで後どれくらいかかりそうだ?」
 「さあ……距離的には雪がなければ十数分で付く距離なんですが、なにぶん除雪作業が終わりませんと…」
 「んだとぉ?これくらいの雪、さっさとなんとかしやがれっ!!」
車掌の態度にいらだち、今にも殴りかかりそうなゼルを見て一緒にいたスコールが間に入る。
 「やめろ、ゼル。こんなところで喧嘩をしても仕方ないだろう」
 「だけどよ〜、こいつらがしっかりしてれば。第一お前は悔しくねぇのか?」
 「いいから、こっちにこい」
ゼルを引っ張って車両の乗降口のある部分にいくスコール。ゼルの剣幕から解放された車掌は軽く会釈をしてそそくさと 別の車両に移っていった。
 「俺だって…怒ってるんだ…」
車掌が居なくなったのを見て、スコールはゼルにだけ聞こえるぐらいの声でそう呟くと、ゼルに背を向け、 乗降口の窓の部分から雪が降る外を黙って眺め始めた。
 「お前…。…だよな、お前が一番リノアに…」
スコールの心中を察して、列車が動かないことぐらいで苛立っていたゼルの気分が少しずつ落ち着いてきた。 そのとき、黙っていたスコールが口を開いた。
 「…ゼル、頼みがある」
 「なんだ?俺に出来ることなら言ってくれ」
さっきスコールに迷惑をかけた礼をしないと…そう思って、自信満々にゼルは自分の胸を叩いた。
 「俺は先にデリングシティに行く…」
 「な…どうやって?!おい、まさか!…」
ゼルの言葉が終わらないうちにスコールは非常用のドア開閉レバーを引いていた。目の前のドアに少し 隙間が出来てそこから冷たい外の空気が入ってくる。
 「おい、正気か?いくらなんでも無茶だぜ?」
 「大丈夫だ、別に吹雪いているわけでもないし。見ろ、ここからならデリングシティの灯りも見える」
スコールが指さす方向をゼルが見ると、確かにその先にはデリングシティのネオンがしっかりと見える。
 「う〜ん、しゃ〜ねぇな〜、ま、どうせ言っても聞かねえだろう、お前。行けよ、その代わりちゃんと彼女、 掴まえておけよ。パーティーは主役が居ないと始まらないんだからな。あ、そうだ、ちょっと待ってろよ…」
スコールを待たせてゼルはどこかに行く。しばらくして戻ってきた彼の手にはチェック柄のマフラーが握られていた。
 「ほら、これ。お前のだろ?リノアからバレンタインデーにもらった…。寒いんだし、していけよ」
ゼルの差し出した受け取ってスコールはそのマフラーを首もとに巻く。
 「すまない。じゃあな…デリングシティで会おう…」
スコールがドアの隙間に手をかけて少し力を入れて引くとあっさりドアは全部開いた。 そして、スコールはそこから外に出ると、真っ白な雪に覆われた雪原をデリングシティに向かって駆けだした。


 デリングシティ駅前広場、いつもなら夕方から終電の時間までバスターミナルや目印の噴水もあることから 待ち合わせや仕事帰りの人々が沢山行き交い、週末ともなると夜明けまで人影が絶えることはない。 が、今日は天気が天気だけに人影はまばらだ。
 「やっぱ雪が降るといつもと街の様子って違うよね〜」
駅構内のベンチに座って雪が降り積もった街並みを見渡すリノア。
 「それにしても…遅いな〜、スコール達」
駅の時計はすでに六時過ぎを刺している。時刻表どおりなら列車はとっくに到着していなければならない。 と、なにやら改札口付近の掲示板に沢山の人が集まっている。気になってリノアも近づいてみるが人垣に遮られてよく見えない。
 「あの〜何かあったんですか?」
とりあえず、側にいた三十代ぐらいの男性に訪ねてみる。
 「え?ああ、列車が雪で動かないんだってさ。今日はもう残りの列車は運行取りやめにするそうだよ」
素っ気なくそれだけ言うと、その男性は駅を後にしていった。
 「そんなぁ〜〜。とりあえず、スコールと連絡取らなきゃ!」
すぐさま、バッグから携帯電話を取りだしてスコールの携帯の番号を呼び出す。コール音が数回してから繋がる、が、 今朝とは違い聞こえてきたのはスコールの声ではなかった。
 「現在、お客様のおかけになった電話は電波の届かないところか、電源が入ってないため…」
無情に聞こえてきた案内アナウンスの女性の声に落胆して電話を切る。
 「きっと今、スコール列車の中なんだ…それなら、あたしに出来ることは一つだよね」
スコールはきっと来る…リノアはそう信じて携帯電話をバッグにしまうとマフラーを巻き直して近くのベンチに座った。


 「はぁ…もう少しだ、もう少しで…」
列車から降りて二時間弱、雪の積もった雪原を線路沿い、そして街のネオンを目指して歩き続け、スコールはすでに デリングシティの街外れにまで辿り着いていた。しかし、今になって彼の脳裏には別の不安が生まれてきていた。
 「リノアのやつ、もしかしたらもう…」
諦めて独りで帰ってしまったかも知れない…でも、もしかしたら…いや、きっとリノアは待っている、そう信じて不安を ぬぐい去りながら細い路地裏をいくつか駆け抜けたスコールの目の前に広がったものこそ、雪に覆われたデリングシティの メインストリート、目の前に見える凱旋門の奥にある建物こそリノアのとの待ち合わせ場所のデリングシティ駅であった。
 「…リノア…今行くからな…」
呼吸の乱れを少し整えてから、またスコールは走り出した。リノアに会いたい、その思いだけを胸にして。


 「…もしも…、…さん、お客さん?起きて…」
 「ん…ん?あ、すいません、あたしちょっと人待ってて。で、眠っちゃって…」
駅員に起こされて、寝ぼけまなこで駅を見渡すとはもうリノア以外誰もいない。
 「そうですか。でも、今日はちょっと早いですけどもう列車も動かないんで、駅閉めようと思ってるんですよ。 ですから、すいませんけど…」
そう言うと、駅員はリノアに手を差し出し、リノアも駅員の言いたいことを察してその手を借りてゆっくりと立ち上がって答える。
 「はい。それじゃあ、もう帰ります」
リノアはゆっくりと駅を出ると駅前広場を見回した。しかし、駅の構内と同じで誰もいない。
 「…雪のバカ…」
と、丁度その時路線バスが駅前広場のロータリーに入ってきた。これに乗れば家の前まですぐに帰れる。 リノアはバスに乗ろうとバス停に向かって歩き出した。そして、バスの乗降口の手すりに手をかけようとしたときだった。
 「リノアっ!!」
自分の名前を呼ぶ声に動きが止まる。そして、この声の主はリノアには一人しか思いつかない。
 「リノア…俺だ…」
もう一度、自分の名前を呼ばれて声のした方向を振り向くと、リノアはそこに立っていた人物の所へ走り出した。
 「スコールっ!!」
孤独のバスに乗る一歩手前、リノアを呼び止めたその人物は、まぎれもなくスコールだった。駆け寄って抱きついてきた リノアをスコールは強く抱きしめる。
 「スコール、本物のスコールなんだね?」
 「ああ、本物だ。遅れて悪かったな、リノア」
 「でも、スコールどうやって…ううん、そんなの今はどうでもいい…とにかく、会えて良かった」
スコールの胸に顔を埋めるリノア。彼女の目から堕ちた涙がスコールの上着のファーに落ちて吸い込まれていく。
 「ああ、俺もリノアに会えて良かった…ん?寒いのか?少し震えてるぞ…」
 「大丈夫…もう、寒くないもん…」
 「強がるなよ、ちょっと待ってろ…」
スコールは自分のしていたマフラーをリノアにも巻いてあげようとする。
 「あ、これ、あたしがバレンタインデーにあげたやつ…してくれてたんだ…」
 「こら、動くなって…上手くまけないだろ?」
 「いいよ〜…それに、マフラーよりこっちのほうが暖かくなるもん♪」
 「え?」
スコールが反応するよりも一瞬早く、リノアの唇がスコールの唇に重ねられた。
 「ね?暖まるでしょ?」
 「…ああ」
雪景色にライトアップされたプラチナの闇に浮かぶ摩天楼の街の片隅で、二人はその後暫く黙って見つめ合っていた。 そして、もう一度二人の唇は重ねられた。


 翌日、リノアのバースデーパーティーは他のメンバーも合流し、予定どおりガルバディアホテルの会場を貸し切って盛大に行われた。 そしてそこには、もちろん主役のリノア、そしてスコールの姿もあった。
 「いや〜一時はど〜なるかと思ったけどよかったよかった〜」
テーブル一杯に並ぶ豪華な料理に浮かれるゼル。
 「ほんとだよね〜ゼル。お、リノア、これ美味しいよ〜」
 「え〜どれどれ、アーヴァイ…は、は、は〜っくしゅん」
 「うわっと、びっくりした〜、大丈夫〜?リノアも風邪?」
 「う、うん。ちょっとね、くしゃみだけだから大丈夫だよ〜」
 「けど、二人そろって風邪とはね〜。スコールは雪の中、走り回ったんだから解るんだけど、リノアはどうしたの?」
 「え…、いや、その…あ、そうそう今朝、布団けっ飛ばしちゃっててさ〜、あははは…」
アーヴァインの質問に笑顔で答えたあと、スコールの方を向いて人差し指を唇に当てるリノア。すべては二人だけの秘密、 スコールがトラビアからリノアに送ったプレゼントを、リノアが駅に迎えに来ていたことを。そして、なによりあのキスのことを……


END


 いや〜、久しぶりの新作でございます(久しぶり過ぎだって^^;)ども、Kallです。キリ番10000をゲットされた、 なおこさんのリクエストも兼ねてリノア誕生日記念小説@甘甘スコリノでございます。久しぶりの新作と言うこともあって、 僕の書いた作品では長い作品ですね〜、かなり。そして、毎度おなじみモチーフに使った曲ですが、今回はタイトルを見て ”何故トラビアが英語のスペル?あ、まさか?”と、ピンと来た人はご明察、リュシフェルの「TOKYO幻想(イリュージョン)」 です(^▽^)ところで、余談ですがこの小説を執筆していたとある日の夕刻、三月というのに雹が降りました(笑) そして、それはリノアの誕生日の翌日だったりするのです。だからといって雹が「誕生日に小説をUP出来なかったスコリノ神の怒り」 だと思って自問苦悶したりしませんでしたよ、断じて(自爆)