Mysterious


 夏の夕方、海からの涼しい夜風が吹いてくる学食の窓辺。このごろ夕食の後、僕はいつもこの席に座っている。僕の周りのいくつかの テーブルからは、ガーデン生達のこんな声が聞こえてくる。
 「じゃあ、俺はこのカードだっ!」
 「ええっ?!そこでそうくるか〜…じゃあ、俺はこれだっ!」
 「げっ、やられた〜!」
テーブルの上に色鮮やかなデザインのカードが並べられ、それを前にして一喜一憂するガーデン生徒達。 ”Triple Triad−second Edition−”、僕たちがアルティミシアと闘っていた頃流行っていた ”Triple Triad”の第二版で、今、世間で流行中のカードゲーム。もちろん、ガーデン内でも第一版のころから のファンが多く、CG団もキングのキスティとクイーンのシュウが中心となってまだまだ健在だ。そして、食堂のこの場所は このガーデンで常にカードゲーム好きの生徒達が集まる場所、僕がここに座っているのもカードゲームをするためだ。だけど、 まだその対戦相手が来ない。退屈しのぎに周りの生徒達の様子を見ていると、僕と同じように対戦相手を探している生徒、 カードのコレクションを見せあったり、トレードをしにくる生徒、勝負を見物する生徒…十人十色様々だ。
 「おい、アーヴァイン、なにぼ〜っとしてるんだ?」
名前を呼ばれて視線をテーブルの正面に戻す。対戦相手のご到着だ。
 「やあ、ゼル。遅かったね〜」
 「わりぃわりぃ、急いでくるつもりだったんだけど、スコールにとっつかまってよ〜。『報告書に不備があるから書き直せ』 とかど〜とか、小言の嵐、あいつまたリノアちゃんと喧嘩してんじゃね〜の?」
 「ははは、ごくろ〜さま〜」
 「ま、そんなこといいからよ、ちゃっちゃと勝負と行こうぜ!!」
待ちきれないとばかりに、ゼルはズボンのポケットからゼルご自慢のカードで組み上げたデッキを取りだした。
 「いいよ〜。でも、悪いけど今日も僕が勝たせてもらうからね〜」
僕もテーブルの上に置いていたデッキを取り上げると、カードをシャッフルし始める。
 「おお〜?言ってくれるじゃね〜か!よ〜し、じゃあ今日も負けたヤツは晩飯おごりな!」
 「望むところっ!」

数分後…

 「…むむむ…」
 「う〜ん…今日はやるじゃん、ゼル」
意気揚々とゲームを始めたものの、序盤は予定通り僕が押していたが、途中からゼルに盛り返され、その後状況は一進一退。 現状はどっちが勝ってもおかしくない。次は、ゼルのターンだ。と、手札から一枚カードを取りだした、ゼルがそれを見て満面 の笑みを浮かべた。
 「…へへへ、アーヴァイン、これまでお前に20連敗、今まで何度涙をのんだか…しかし、それも今日で終わり! こいつで年貢の納め時だ〜!」
 「え?えええ〜〜〜!?」
ゼルが自信満々で出したカードで状況は一転した。僕のカードが次々とコンボで裏返されていく。
 「っしゃ〜〜〜!!これで今夜の晩飯はアーヴァインのおごりだ〜」
ゼルはもう勝った気でいる。僕も、その様子にさすがに今日ばかりは負けを覚悟した。
 「さ、アーヴァイン最後の悪あがきでもしれくれ、はっはっはっ!」
 「あ゛〜もう…このカードにかけるっ!」
一か八か、目を瞑って自分のデッキの山からカードを引くと、おそるおそる目を開けてそれを見る…
 「!?」
 「な、なんだよ、アーヴァイン、そのにやけ顔は!?」
 「へへ〜ん…残念だったね、ゼル。今日もやっぱり僕の勝ちだっ!!」
僕は今引いたばかりのカードをそのままテーブルの上に出した。
 「げっ?そ、そんなのありか〜!?!」
僕が出したカードのおかげで、さっきゼルに裏返された僕のカード、そして、元々ゼルのカードまでだったものまでを 次々と裏返していく。
 「あ〜もういいだろ〜、俺の負けだ負けっ」
ゼルは僕がテーブルの上の最後の一枚のカードを裏返そうとする手を制止すると、さっさと自分のカードをまとめ始めた。
 「ははは、じゃ約束どおり晩ご飯おごりね〜。あ、おばちゃ〜ん、カルボナーラとコンソメスープ、 あ、あとほうれん草のサラダね〜」
僕はといえば、それを横目に今回の賞品をさっそく食堂のおばちゃんに注文していた。

 熱闘から10分後、僕とゼルの目の前にはちょっと遅めのディナーが並んでいた。
 「…くっそ〜…ったくなんだって…んぐ…こんなカードいきなり引くんだよ〜」
豚カツとご飯をほおばったまま、ゼルは僕が最後に出したカードを手にすると、それを恨めしそうに眺めた。
 「お、おいおい、大事に扱ってくれよ〜。それレアカードだよ〜。汚したりしたら…」
 「わ〜ってるって。ほい」
ゼルが僕に返そうと差し出したカードを、奪い取るようにして彼の手から受け取った。
 「でも、ちょっと気にしすぎだぜ〜。まぁ、お前にとってそのカードが、ただのレアカードじゃないのはわかるんだけどよ〜。 それならずっと大事にしまっておけばいいじゃね〜か」
 「あ〜わかってないな〜。大事だからこそ、いつもお守り代わりに持ってるんだよ〜」
僕は誇らしげにそのカードを天井の灯りに向けて掲げて眺めた後、大事に上着の内ポケットにしまい込んだ。
 「へ〜へ〜、そうですか〜…。で、あっちのほうはどうなんだ?」
 「え?あっちのほうって?」
カードに気を取られていた僕は、ゼルの質問の内容をすぐに理解できなかった。
 「決まってるだろ〜、そのカードの”本当の”持ち主とだよ。お前のことだ、勝算はあるんだろ?」
 「…あ、セフィのこと?…まあね…」
 「おいおい、ど〜したんだよ、冴えない答えだなぁ。あ、そういや、最近、お前、携帯のメールあんまり打たなくなったよな〜。 ちょっと前はメシの途中でもカードゲームの途中でもやたら打ってたのによ〜」
僕がテーブルの隅に置いていた携帯電話を見たゼルが、久々に懐かしい想い出を思い出したかのようにつぶやいた。
 「うん…携帯、変えたんだ。で、セフィ以外、他の女の子に携帯の番号とかメールアドレスとか、教えてないからさ…」
 「じゃあ、何か?お前のその携帯の番号とメールアドレス知ってるのって…」
 「そ、女性ではセフィだけ…かな?…」
 「そうか〜そうか〜。お前もやっと本命一筋にしぼったんだな!うんうん…あ、でもそれだと逆に気にならないか? 鳴らない電話ってのはよ」
 「別に、そんな気にならないよ…。セフィもSeeDだしね、多忙なのは承知済み…ってところ?それじゃさ、 僕、明日は朝、早いから」
 「そうか?じゃあな。また勝負するときは連絡すっから」
 「うん、分かったよ。じゃ、おやすみ…」
僕はそう言うと、ゼルを一人残して食堂を後にして、自分の部屋に戻ると部屋の灯りもつけずそのままベッドに横になった。
 「気にしてないわけないのに…何言ってんだろ、僕…」
手探りで、上着の内ポケットからさっきのカードを取りだすと、今度は窓から部屋に射し込む微かな月明かりの中にかざしてみる。
 「…セフィの心と一緒と似てるよねこのカード…」
カードのイラストに描かれた天使の少女が食堂で蛍光灯の明かりの中で見たときとは、また微妙に違う感じで見えた。
 「この笑顔は、本当に天使の微笑みなのか、それとも小悪魔の嘲りか…」
この些細な疑問は、その夜、僕の眠りを妨げた。僕にとっては嫌な夢でも良いから、セフィの笑顔と、その声が聞きたかったのだけど…。

 「あ〜美味しかった♪」
 「だろ〜?」
 僕が眠れぬ夜を過ごした数日後、久々のオフに、僕はセフィを誘ってティンバーの街に遊びに来た。 手始めに、僕らは雑誌やTVで最近評判のラーメン屋でちょっと早めのランチを食べ、暫く何気ない話題の会話を交わしてから席を立った。
 「…っと、じゃ、そろそろ行こう、セフィ。あ、おじさん、お代ここに置いておくから〜」
僕はカウンターにラーメンの代金を置くと、『ちょっとまってよ〜』と携帯電話をバッグにしまっていたセフィより一足先に、 店の外に出た。さっきまで、冷房が効いていた店内から外に出ると、いきなり夏の暑さに襲われて思わず”暑い”と言う言葉が 口をついて出る。そして、それはセフィも同じだった。
 「うわ〜あっつ〜い…」
 「ホント今年は暑いよね〜。じゃあさ、ちょっと予定変更してどっかで冷たい物でも食べよっか?」
 「あ、さんせ〜い。あたしパフェがいいな〜♪」
 「はいはい、わかったよ〜」
僕の提案に無邪気に喜ぶセフィの笑顔…それを見た瞬間、僕の心にあの数日前の疑問が唐突に蘇ってきた。 彼女の、セフィの笑顔の本心は…。一度蘇ったその疑問は、場所をパフェを食べようと入った喫茶店でも僕の心の隅から消えなかった。
 「どうしたの?あたしの顔何か付いてる?」
僕があまりにもセフィの顔をじっと見つめていたのが気になったのか、セフィがパフェを食べる手を止めて、 不思議そうに少し首を傾げながら僕に問いかけてきた。
 「あ、いや、別に?ちょっとね、考え事」
 「ふ〜ん…あ、あたしでよかったら相談にのってあげようか?」
 「い、いいよ別に〜。ほんと、たいした事じゃないからさ…」
 「あ〜そういう言い方ががいかにも怪しい〜。何か隠してるな〜?あ、さてはまた女の子泣かしたな?」
曖昧な言葉でごまかそうとした僕の思惑は見事にはずれ、逆にやぶへびをつついてしまったらしい。
 「そ、そんなんじゃないよ〜。今の僕はセフィ一筋だもん」
 「じゃあ何を隠してるのよ〜?白状しなさい、アーヴァイン・キニアス君!」
セルフィはキスティのモノマネで僕に詰め寄ってくる。僕はその問いかけにどう答えるべきか迷った。 本当のことを話すべきか?それとも、適当なウソでごまかすか?でも、すぐにその迷いは無くなった。 本当のことを言うべきだ…そう覚悟を決めた。
 「じゃあ、話すけど、一つだけ約束して、ちゃんと真面目に僕の話を聞くって。大丈夫だよね?」
 「え…う、うん、いいよ」
 「…あのさ、セフィは僕のことどう思ってるの?」
 「い、い、いきなり、なに言い出すねん!!あ、あたし…あの…その…」
僕の質問に驚いて、答えに詰まったセフィは恥ずかしそうに顔を赤らめるとパフェのスプーンをテーブルに置いて黙ってうつむいた。
 「あ、そうだよね…ごめん、急に僕のことどう思うかだなんてね…。…でもさ、これまで僕が付き合ってた 他の女の子のときはその子の思ってることが僕なりにだいたい分かったんだよね。あ、この子は僕のことホントに好きなんだな〜とか、 この子は…ちょっと言い方悪いけどさ、僕のこと遊びだなって…」
僕の話をセフィはじっとうつむいて聞いていた。
 「…でも、それがさ、セフィだけはわかんないんだよね。セフィが僕のことをどう思ってるのか、なんとかそれを聞き出したくて、 いろいろかけひきしてもテクニック使ってもセフィにはお手上げだし…」
と、黙ってうつむいていたセフィがうつむいたままやっと聞こえるぐらいか細い声で口を開いた。
 「…ほんとごめん、アービン。でも、今すぐは…アービンへの気持ち、どうまとめて言葉にしたらいいのか全然…わからへんし…」
 「いいよ、別に今無理して答えなくても。セフィが僕への気持ちをはっきりできるまで、僕はずっと今のままの 関係でいいと思ってるからさ。それに、まだはっきりしてないってことは、僕にも可能性は多いにあるってことだろ?」
僕は今にも泣き出してしまいそうなセフィを慰めようと精一杯の笑顔でそう答えた。
 「でも…ほんまにそんなんで…ええの?」
 「あ〜もう、そんな落ち込んだ顔セフィには似合わないよ〜。…って僕が悪いのかなこの場合。…よしっ、じゃあ、 気分転換にカラオケでも行って大声出す?」
 「…うん。よ〜っしっ、今日は歌いまくるで〜!」
 「そうそう、やっぱりセフィには笑顔だよ」
そのあと、喫茶店を出てカラオケボックスに向かうときに、僕はセフィの手をそっと握った。
 『そう、セフィ今はこれで良いんだ。だから…まだもう少しこの手を離さないで。』
と心の中で願いながら。


END


☆あとがき いつもお世話になっております、Kallです。残暑厳しい中、皆様いかがお過ごしでしょうか?さて、メールでこのアドレスをお知らせしたとおり、21世紀初(笑)の残暑お見舞い作品第一段です。約一年ぶり(爆)にアーセルを書きましたが、駄文ですねぇ(をいをい)…というか書きながら思ってましたが、なんかこれだとアーセルと言うよりアービンの切ない片思いの様な気も^^;(苦笑)でも、本編(FF8の中)にてトラビアガーデンでアーヴァインがさりげなくセルフィに告白したところでも半分玉砕でしたからね〜…ま、こんなカンジもいいんじゃないかと…。あ、そうそう毎度の事ながらストーリーのイメージ曲紹介ですが、Janne Da Arcのアルバム「Z−HARD」の”Mysterious”って曲です。