Jealous Beast


 …俺はいったいどうしてしまったのだろう。昨日の夜まで、俺が自分の心の中で、憎んで嫌って、その存在を否定し眠らせ続けていた 俺が、心の中にいるいつもと違う別の自分それが今、心の中でずっと俺に囁き続ける『もしかしたら、リノアに…』と。募っていく 疑惑にとまどいながらも、俺にはもうこの気持ちを抑えることは出来なかった。


 「え…明日、ダメなのか…」
 一昨日の夜だった。”せっかくのオフだし何処かに行かないか?”という俺の誘いに対するリノアからの予想外の返辞に、俺は一瞬 自分の耳を疑った。年末年始、ガーデンに舞い込んだ依頼の処理に、一日と同じ場所に居ない様なハードスケジュールで世界中をかけずり 回った日々が遠い過去の事のように思える程、平穏で何事もない一月末から二月にかけてのこの時期、SeeDである俺達も少し遅めの 正月休みをもらうことができた。前にオフをもらったのかいつだったのか思い出せないほど久しぶりの休暇、やりたいことは沢山あったが、 俺は迷わずリノアとどこかに出かけるつもりでいた。普段でさえ、お互い、直接顔を合わせるよりもメールや携帯で話したりする事が多い、 それが今回はそのメールや携帯での連絡すらほとんどしてない状態…もちろん、お互いの顔など一ヶ月は見てなかった。
 「うん…ごめんね…だってもうすぐ、テストでしょ?私もホラ、一応聴講生ってことでガーデンの講義とか聞いてるし…レポートとか もあるし…」
世界中を巻き込んだあの戦いの後、リノアがバラムガーデンに来てからもうすぐ3年が経つ。俺や他のみんなは相も変わらず SeeDとして忙しい毎日を過ごしてきたが、リノアはと言えば名目上はガーデンに保護されていると言うことになっている。 ということはつまり、SeeDの任務に俺達と一緒に付いてくることはできず、必然的に俺達と一緒にいる時間は減る。最初のうちは 何をしても面白かったガーデン生活も、半年ぐらいたったころ、変化がない毎日を退屈な物に思い始めていたリノアの相談を 受けた俺は、リノア本人、シド学園長と三人で相談の上、リノアにガーデンの聴講生となることを勧めた。元々リノア自身、 自分の魔女としての能力を生かしたいと考えていたこと、聴講生とはいえ成績が良ければそれなりの資格や正式なSeeD候補生 としてSeeD試験を受けれること、そしてなにより、そうなればもし、俺やみんなと共に行動することがあっても大義名分が 建つというのが一番の理由だった。
 「そっか…わかった。悪かったな、いきなり誘って…」
 「あ、ううん。あたしこそゴメンね。来週にはテスト終わるから、そのときまた誘って…ってスコールその時お仕事…だよ…ね?」
どんな言葉で謝ったら良いのか…気まずそうにしているリノアの顔が見ていられなかった。
 「あ〜…大丈夫だ、なんとかしてみる。…明日のオフ、誰か他のヤツと代わってもらうよ。じゃあな、また連絡する」
それだけ早口で言って、とりあえずその場を取り繕い、リノアの表情から気まずさが消えたのを確認して俺は足早 にその場を後にした。リノアが聴講生になって以来、似たようなことは何度かあった。そのたびに、俺は、俺自身がリノアに 勧めたことでもあるし、何よりも”これがお互いのためになるなら”と、会えない日々の苛立ちを抑えていた、リノアの言葉 を一切疑うこともなく…この日も、そうやって自分の気持ちを治めながらの、リノアの部屋から自分の部屋へ帰る途中、 なにげなくガーデン生用の掲示板が目に入った。俺自身、ガーデン生、SeeD候補生のころは毎日見ていたものだが、 SeeDになってからは必要な情報が載っていることもないその掲示板を見ることはなくなっていた。
 「懐かしいな…」
講義の休講通知やレポートの提出期限の張り紙、それに混じって部活やCG団の勧誘ポスター、今やその活動が認められ、 初代名誉会長となったセルフィがバラムガーデンの予算委員会にさえ発言権を持つ、文化祭実行委員会の会報、自分が ガーデン生だったころを振り返って、一枚一枚の掲示物を見ていた俺の目が一枚の張り紙の所で止まった。
 「ど…どういうことだ?テストの日程が明日で終わってる?」
それは今期のテストの予定表だった。書かれている日付は明日まで、他のテストはすでに終わっていた。
 「…さっき確かにリノアは”もうすぐテスト”と…?!あ…」
リノアの言葉を思い出して俺は言葉を失った。リノアは”もうすぐテストでしょ?”と俺に尋ねただけで、”もうすぐテスト” と断言はしていなかった。リノアの言葉に、俺は自分がガーデン生だったころの体験から”もうすぐテスト”だと勝手に推測して、 一人で勘違していただけだった。しかし、何故だ?これまで、いつもリノアは俺のことを考えて自分が都合の悪い日のことを、 俺が聞こうとしなくても、ちゃんと教えてくれていたのに…まさか…。その瞬間、嫌な考えが頭をよぎった。胸の鼓動が高鳴り、 急に喉が乾いた。そして、ふっ…と目の前の景色が霞み、意識が遠のくような錯覚を覚え…気が付いたときは何処をどうやって 帰ったのかはわからないが、俺は自分の部屋の寝室にいた。灯りはついていなかった。真っ暗な部屋の中、窓から射し込む 月明かりが足元に散らばる砕け散った鏡の破片に鈍い光を与えていた。
 「…くそっ…」
血がにじんでいた右手の拳を握った…微かな痛みがぼんやりしていた意識をはっきりさせた。いつもの冷静な自分を完全に 取り戻したとき、ふと目をやった、床に散らばる鏡の欠片の一つ、そこに映る俺の顔が、パートナーを取られて 嫉妬に怒り暴れる獣のように見えた…。


 「…リノア、居るか?」
 深夜二時、静まり返っているガーデン生の寮、その中でもリノアの部屋は一番奥にある。
 「え?スコール…どうしたのこんな夜遅くに?ちょっと待ってね」
ドアの向こうからとまどったようなリノアの声がした。それから、しばらく何かの物音がしてから鍵が開いた。 ”何をしていたんだ”…これまで気にも止めたことたことながなかったことにさえ、今の俺は疑惑を抱いていた。 嫌な想像を振り払おうと、”いつものことだ”、そう自分に言い聞かせた。
 「おまたせ。どうぞ、入って。まだちょっと散らかってるけど…」
 「あ、ああ…」
リノアに招かれるまま、部屋の中に入っていく。綺麗に整理された部屋の様子はいつもと変わらなかった。
 「あ、そのへん適当に座って。今、コーヒーでも用意するから」
 「いや…別にいい。それより…ちょっと話がある」
キッチンに立とうとしたリノアを引き留めて、テーブルを挟んで俺の正面に座らせた。とにかく、早く俺がリノアに 抱いている疑惑の真相を確かめたかった。
 「え…う、うん…」
リノアも俺の様子が違うことに気付いたらしく、不思議そうに俺の方を見ていた。リノアの顔から笑顔が消えていた。
 「…テストの方…どうだ?」
 「え〜っと、うん、まあまあだよ。そんな出来なかった科目も無いし〜…やっぱり立派な先輩のノートとアドバイス のおかげかな?」
俺の質問に安心したのかリノアの表情に明るさが戻る。
 「そうか…じゃあ、今日は何の科目があったんだ?」
 「え?あ、ああ…そうそうキスティの講義のテスト。確かね〜、問題全問解きたかったんだけど、最後の問題 だけど〜しても解けなくて…」
 「…ふ〜ん、妙だな…」
 「え?ど、どしたの?」
 「キスティスは、昨日もうテストの採点を終わって学園長に成績を報告していたんだがな…」
リノアの表情が一瞬しまったという物にかわったと思うと、俺から目線をそらしてうつむいた。同時に俺も、 リノアから目線を外した…そして、上着のポケットの中からそっと一枚の紙を取りだして俺だけが見えるように テーブルの下で広げた。まだだ、まだこれが全部ウソだと決まった訳じゃない。それに、ウソだったとしても、 他の可能性だってある。仮にそうだったとしても、ちゃんと理由を聞いて、それでもダメならきちんと諦めるんだ… 心の中の憎い自分によって、今にも暴れ出しそうな感情を理性という鎖で何重にも抑え込み、俺は意を決して、リノアに訪ねた。
 「リノア、お前、俺の他に…」
突然、静かな部屋に鳴り響いた携帯電話の着信音に俺の言葉はそこで遮られた。
 「あ…ごめん、ちょっと誰からか見るだけ、いい?」
 「ああ…」
リノアはそういうと携帯電話を手に取り着信を確認した。
 「あっ、メールだ〜」
嬉しそうに携帯電話のディスプレイを見つめるリノア。そのとき、俺はメールの文章を追うリノアの漆黒の瞳が、 目の前に居る俺の存在を通り越して、まるで何処か別の所にいる誰かを見ている気がした。さらに、着信を確認するだけと 言ったはずなのに、返信メールを打ち始めたリノアの指先に俺は戸惑った。今や、リノアのすべてに俺の心は 完全に振り回され、混乱していた。そして、ついに心の中の憎い自分の囁きが、最後の理性の鎖を断ち切った。
 『リノアは他のヤツに渡さない!』

 「えっ?」
 物音に驚いて俺の方を振り向いたリノアをそのまま床に押し倒して、俺がリノアの上に覆い被さるような体勢になった。 その弾みで、携帯電話はリノアの手から滑り落ち、床の隅に転がった。
 「スコール、どうしちゃったの?今日のスコール変だよ?」
 「…どうしただって?それは俺が聞きたいことだ…リノア、お前俺の他に好きなヤツができたんだろ…」
 「そ、そんなことないよ、あたしが好きなのはスコールだけだよ!」
 「じゃあ、これは何なんだよ。俺が知らないとでも思ってるのか?昨日と会わせて、ここ最近だけでも少なくても3回! テストだとかレポートだとか言って、俺の誘いを断った理由は全部ウソじゃないか!」
俺は大声で怒鳴りながら、上着のポケットからさっきの紙、俺が調べたリノアのウソを証明するそれを取りだして、リノアのすぐ 顔のすぐ横の床に叩きつけた。知らない間に頬を涙が伝っていた。涙でリノアの顔が霞んでよく見えなかったが、 滅多に涙など見せない俺の泣き顔に驚いているようだった。その表情に一瞬ためらったが、それでも、 俺はリノアの顔を見ないようにしてさらに言葉を続けた。
 「それに、さっきのメールだって俺は大事な話が有るって言ったのに…誰なんだよ?俺以外に好きなヤツが居るなら 居るって、はっきり言ってくれっ…じゃないと…俺、どうすればいいのかわからないんだ!あんたにもう一度、 俺の方を振り向いてもらうようにすればいいのか、それとも俺があんたの事を諦めればいいのか…何とか言えよっ! どうなんだよ、リノ…」
突然だった。口唇に暖かさを感じて目を開けると、目の前にリノアの顔があった。そして、リノアも泣いていた。
 「ごめん…ごめんね。スコール、あたし…あたし…そうだよね、非道かったよね…ほんと、ごめんね、ごめんね…」
リノアの瞳からぼろぼろと涙が落ちて、俺が床にたたきつけた紙と、俺の手を濡らした。
 「リ…ノ・ア?」
 「あたし…一度で…良いからあたしのことでスコールに妬いて欲しかった…だから、ときどき本当に用事作って スコールの誘い断ってた…でも、それでもスコールはいつもあたしのこと信じてて…だから…今度はすぐばれるウソ付いて…」
 「…なんだって…で、でも、どうして…どうして、そこまでして…」
 「だって、だって…あたしは、スコールがガーデンに居ない間、ずっとスコールがどうしてるか気になってた。 それなのに、スコールからは携帯もメールもたまにしか連絡ないし…もちろん、スコールがそんな浮気とかしないのは信じてたよ… でも、浮気しないってことはもしかして、スコールはあたし以外に好きな子ができたら、あたしのことなんかもうどうでも よくなって知らんぷりするんじゃないかって…そう思うと、スコールが連絡してこないのも”あたしのことなんてもうどうでも よくなったからじゃないのかな?”なんて思えて…いろいろ考えてたら、頭の中ぐちゃぐちゃになって訳わからなくなって…」
 「…それで…俺を試した…」
うつむいたまま、涙を拭いながらリノアは無言で頷いた。リノアの気持ちが痛いほどわかった…俺と同じだ、 リノアも俺と同じように心の中で苦しんでいた。そして、その原因を辿れば大元は他の誰でもない俺だ。他のヤツから見れば変と 思うかも知れないが…俺からみればリノアに非は、ない。…そう思った瞬間、一気に体中から力が抜けた。同時に、 リノアに対する疑惑も、暴れていた感情も消え去っていた。そして、すべての元凶だった、俺の心の中に居る、 別の自分の一人も、以前のように俺の心の奥で眠りについた。俺はリノアの身体の上から離れると、そのままリノアの隣で 床に仰向けに寝ころんだ。
 「…まったく、ゾッとしないな…」
苦笑いしつつ、リノアの方を向いた。リノアはずっと天井を見つめていた。
 「……ほんとだね…あたしどうしてたんだろ…こんなんじゃ、あたしスコールと一緒のいる資格無いよね…」
 「…そうだな…」
 「……」
 「…と、言いたいところだけど、今回のことは元を正せば原因は俺だ。責任は俺にもある…。悪かったな、 お前がそんなに俺のことで悩んでいたなんて、思ってなかった。ずっと、少ない電話やメールでも俺の言いたいことを、 分かってくれてると思ってた。でも、そうじゃないんだって自分が体験してつくづく身に染みてわかったよ… これからは、もっとちゃんといろんなことを伝えるようにするよ」
 「…え…」
驚いたようにリノアが俺の方を振り向いた。
 「これからもずっと一緒にいてほしい。いいよな?リノア」
 「…スコール…大好き…」
寝転がったまま、リノアは俺の上に覆い被さるように抱きついてきた。久しぶりに抱きしめたリノアの感触に 安らぎを感じながら、横目で壁際にある鏡台にを見た。鏡の中に一昨日の夜目にした獣の姿はもう、なかった。


END


あとがき ども、あけおめことよろ〜(←もう一月半分終わるって・苦笑)Kallでふ。はい、ということで2002年一発目の 作品でございましたが、いかがでしたでしょう?え?正月早々ダークな(といってもちょっぴりですけどね)スコリノ 書いてんじゃねぇ?そ、そいつはまことにごもっともな意見…ですが、有る意味正月、というより今の時期だからこそって とこなんですよ。だって、後二、三ヶ月もすれば春、卒業、入学、就職、等々etc…人間関係や生活環境に多少なりとも 変化が起きる季節です。となると、やはり誤解なんかも生じたり、お互いに直接会える時間が減ったり…そんなときでも この二人のように…ってのはちとオーバー(?)ですが^^;とにかく、そんなことがないようにちゃんとお互い伝えたい ことは正直に言いましょうということで^^。ま、さらなる裏話としちゃ、単に今回のモチーフ曲のGLAYの「嫉妬」 が気に入って毎日聞きまくっていたらアイディアが浮かんだってだけのことなんですが(爆)