First Love


 あれは、まだ私がこの村で自分の店を開いて間もないころだった。それまで村には、人が集まって料理を食べたりお酒が飲めるような所は無く、 物珍しさも手伝って開店初日から店は大繁盛、その日も店内はお客で一杯だった。畑仕事の後、仕事の疲れを癒しに来ている近所の おじさん達、友達の誕生日を楽しそうに祝っている若い男女のグループ、私はそんなお客達の様子をカウンターの中から眺めながら グラスを磨いていた。と、丁度カウンターの私の目の前に座っていた、私と同い年ぐらいの若い二人組の女の子のうちの一人が私に 話しかけてきた。
 「ねぇ、あなたもどう?一緒に少し飲まない?」
彼女達はこの辺りでは見かけない顔で、その服装やふるまいからもどことなく村の人間でないということにはすぐ気付いた。 話を聞くと、彼女達は私より2つ年下、ティンバーにある美術学校の生徒で、村には休みを利用してスケッチに来たということだった。 今思えば久しぶりに村の外の、それも自分と同じ年代の人と話せたことで私は少し飲み過ぎていたのかも知れない。 最初はお互いの生活や好きな音楽とかの話をしていたが、いつしか話題はやはり、好きな人や異性の話になってきた。
 「そうそう、男と言えば聞いてよ〜。この前の合コンで知り合ったヤツ。顔がちょっとイケてるな〜って思ってぇ、試しに 付き合ってみることにしたの〜。そしたらそいつ〜、ホントは彼女がいてさ〜、あたしと二股してんの〜。もうサイアク〜」
 「あ、そんなのならあたしもあるある〜。夏に友達と海行ったときにナンパされたんだけど〜、そいつら話ながらあたし達の 胸とかおしりとか、そんなとこば〜っかりみてんのよね〜。むかついたから海の家で食事奢らせてから、カクテルとかビールとか ガンガン飲ませてぇ〜、酔いつぶれてウトウトしてる隙にとんずらしてやったもん」
 「へ〜、やるじゃん。ねぇ、レインさん?」
 「そ、そうね、うん。すごいな〜」
こういう話題をしたことがないわけではなかった。ただ、村の同年代の女の子とするよりも、その内容は私にとって刺激的で なんとか話を合わせるので精一杯だった。
 「そう?結構みんなやってるよ〜。レインさんって、結構美人だし…そういうことあるんじゃないの〜?」
 「そ、それは…え〜っと、その〜…」
なんとかごまかそうとするが、その女の子はなかなか追及の手を緩めてくれない。
 「ね〜ね〜?ど〜なの?もったいぶらないで教えてよ〜」
 「う、う〜んと……」
 「ね〜、もういいじゃん、レインさん困ってるよ〜」
助かった…もう一人の女の子が間に入ってくれたことでこの話は終わると思った。しかし、お酒の力というものは時に人を気まぐれにする。
 「でもぉ…あたしもキョ〜ミあるな〜…ほんのちょっとでいいから、ね?いいでしょ?」
 「え、ええ〜っ…う〜…」
絶体絶命…そんな言葉が頭をかすめた。別に話したくないわけではない。むしろ、お客さん、それも同世代の女の子達、 できることなら同じ話題をかわして楽しい時間を過ごしてもらいたい。しかし、私には話すことが出来なかった。 そう…この時、私に彼女達の期待に添えるだけの話はなかった。他のお客さんからオーダーが入れば逃げれる、 微かな望みにかけて、彼女達に気付かれないように店内を見渡すが誰もそんな気配はない。そのとき、救いの手が意外な ところから私に差し伸べられた。
 「もう、二人ともホテルの部屋に居ないと思ったらこんなところに居たの?」
声の聞こえてきた方に私は視線を向けた。丁度店の入り口のドアが開いて、入ってきた一人の女性がこちらに向かってきていた。 服装こそ目の前にいる彼女達と同じ都会風のものだったけど、その雰囲気や口では彼女達よりあきらかに年上だろうと思った。
 「あ、先輩もど〜です、一杯?」
 「あらあら、かなり飲んでるみたいね。明日は海辺までスケッチに行くんでしょ?そんなんで大丈夫なの?」
 「だいじょ〜ぶれすよ〜。ほら、全然酔ってませんよっ…ととと」
先輩と呼んでいるその女性に、自分が酔っていないことをアピールしようと女の子の一人は勢い良く立ち上がってみせる。 が、その足元はふらついていて定まっていない。それを見た女性は彼女達をイタズラした子供を叱るような口調で、
 「ほら、どこが大丈夫なの、もうっ!二人とも先にホテルに帰ってなさいっ!お金は私が払っておくから」
と言うと、二人の手からグラスを取り上げた。叱られた彼女達はというと別段逆らうと言うこともなく、しかたないかと いうような苦笑いをして顔を見合わせてカウンターを離れた。
 「じゃ、レインさんまったね〜」
そう言って、笑顔で私に手を振りながら店を後にする彼女達を見送ると、私は彼女達の座っていたカウンターの片づけを始めようとした。
 「あ、グラス以外はいいわ。私も少し飲ませてもらうから」
さっきの女性がそう言って、彼女達の居た場所に座った。
 「え、あ、はい。じゃあ、新しいグラス、すぐご用意しますね」
 「ごめんなさいね、普段は二人ともとてもいい子なんだけど。お酒が入るとちょっとハメはずしちゃうから…」
女性は苦笑いしながら私にさっきの女の子二人組のことを謝った。
 「いえ、いいんですよ。私も街のこととか絵のこととか聞かせてもらって楽しかったですから」
 「そう?ふふっ…あなた、優しいのね」
私が差し出した新しいグラスを受け取りながら、女性は私の目を見た。それは不思議な感覚だった。 髪の色と同じ透き通るような黒色で、見つめられた瞬間まるで私の心の中を見抜いているかのようなその女性の瞳。 私は店の中で飛び交うお客のにぎやかな声やBGMさえ聞こえなくなるほどにその瞳に魅入ってしまった。
 「…羨ましいわ…」
 「え…何がですか?」
女性に話しかけられて私はやっと我に返った。
 「何って、もちろんあなたのことよ。あなたの瞳には幾つもの輝きがあるわ。生まれ育った村で心優しい人々と共に 生きる喜び、やりがいのある仕事をしていることへの満足感…これまで私もいろんな人の瞳を見てきたけど、あなたみ たいな人はそういなかったわ」
 「そんな、私、全然すごくなんてないですよ……」
人に誉められることに慣れてないわけではなかったが、これほどまでに賞賛されたことはなかった。そして、 もちろん私はそれにどう応えていいかわからなかった。
 「ふふっ、照れるのはわかるけど、あなたはもっと自分に自信を持って良いと思うわ。ただ…これは私の考えだけど、 もしあなたに足りない物があるとすれば、それはあなたの心の支えになる存在かしら…人は誰かの為に強くありたいと 願えば本当に強くなれるものよ」
 「…それってつまり、恋人…ってことですか?けど、私ってこんな田舎育ちだし、仕事がら男の人ともお客さんとか 友達感覚で話してばっかりだし。それに…」
その先を続けようとして私は言葉を詰まらせた。”それに…まだ、私、人を好きになるってことがどういうことか、 よくわからないんです。”だなんて…言えなかった。そんな私の心を見透かしたように、またその女性が私の目を見て微笑んだ。
 「いいのよ、慌てなくても。あなたはあなたのまま、いつか出逢うその人の為に、自分を磨いていくの。そして、 恋に落ちて、その人のことが涙が溢れるほど愛しいと思えるようになったら…きっとあなたはもっと幸せになるわ。きっとね…」
 「自分を…磨く、恋…、涙…」
 「そ、私がアドバイスできるのはここまで。あとはあなたが自分で答えをみつけなさい。あなたにはそれが出来るはずだから。 じゃ、そろそろ私も帰るわ。美味しいお酒と楽しいお話をありがとう」
グラスの横にお金を置くと、その女性は最後にもう一度私に微笑んで帰っていった。

 その日の閉店後、私は一人村の南にある浜辺に向かった。浜辺への小道を歩きながら私はさっきの女性に 言われたことを考えていた。
 「涙が溢れるほど愛しいと思える人かぁ。そんな人とほんとに出会えるのかなぁ…」
考えを巡らす間に耳を澄ませば、少しずつうち寄せる波の音がはっきり聞こえてくる。足元もいつしか 普通の土から砂に変わっていた。
 「でも、そんな大事な人と別れることだってあるかもしれないのに…どうして好きになったり するんだろ…別れたら絶対、悲しいのに…」
まとまらない考えに、私はサンダル履きの足元に冷たい海水が当たるまで、自分が波打ち際にきていることに 気付かなかった。それまで夜空を見上げていた視線を落とし私は周りの砂浜を見渡した。空にかかる三日月の月明かりは それほど明るくなかったけど、打ち寄せる波や海水に濡れた砂浜に反射したそれは浜辺全体を十分に照らしていた。 そんな砂浜に一カ所だけ暗い影が落ちていた。
 「あれ、何かしら?」
恐る恐る、私はその影に近づいていった。その途中、不意にその影が動いた。
 「?!…も、もしかしてモンスター…」
驚いた私はその場で立ち止まった。このころはまだウィンヒルの村の近くでは滅多にモンスターを見ることはなかったけど、 それでも暗闇の中、正体のはっきりしない動く影に近づく勇気はなかった。しかし、次の瞬間私は思いがけない物を聞いた。
 「…う…誰か…いるのか…」
紛れもない人間の声だった。私は再びその影に向かって歩き始めた。近づくにつれて少しずつ、遠くからは黒い影の固 まりだった輪郭が人の形になり、黒一色だった影が、少しずつ肌の色や服の色らしきものに変わっていく。 それはまぎれもなく、人だった。
 「…へぇ、驚いたな。こんな時間に人が居たこともだけど、それがあんたみたいな若い女性とはね…」
やっと私がその人影、いや、その人の前まで来て立ち止まったとき、それまで砂浜に流れ着いた流木にもたれて うつむいていたその人は、私の顔を見上げてそう言った。うつむいていて顔がよくわからなかったのと長い髪で、 最初は女の人かと思ったが、声と顔で男の人だとわかった。ただ、それ以外はまだ何もわからない…でも、 不思議とそのとき、私にはその人が悪い人のようには思えなかった。
 「あなたこそ…こんなところで何してるのよ。この辺じゃ見かけない顔だけど…!ちょっとまって、その服、 それにそのマーク…あなたガルバディア軍の人ね!なに?こんな畑しかない田舎の村まで自分たちの支配下に しようっての?!目的は何?まさか、あのわがまま大統領が”新鮮な無農薬野菜が食べたい”とでも言ったの?」
私はいっきにまくし立てた。いくらウィンヒルが辺境の村とはいえ、ガルバディアの悪い噂は知っていた。同時に 一瞬でもそんなガルバディアの兵士を、それも店のお客でもない、初めて会った見知らぬ男の人をいい人かも知れないと 思った自分に腹が立った。
 「…はぁ?無農薬野菜…くく…ははは、ホントにそうだったら傑作だよ、ははは…あ〜ぁ、笑いすぎて腹痛ぇ…」
私の剣幕をよそに、その男の人はしばらく笑っていたが、不意に髪を掻き上げると、傍らに落ちていたマシンガン を拾い上げて話し始めた。
 「…ま、あんた達、普通の人から見てみりゃ、こんなの持ってたら誰でも同じだよな。まして、最近評判が超〜悪い ガルバディア軍だし。ぶっちゃけ、俺もほんとはこんなのない方が良いと思うよ。あと、人間同士で争うのもほんとは 良くねぇよな…話し合いの余地がある相手なら、そうすりゃいいのによ…」
さっきとはうって変わって真面目な顔で、真っ直ぐに私を見つめながら話す様子に、私は怒っていたことを忘れて、 じっと聞き入っていた。
 「…でもさ、話の通じない相手もいるだろ。わかりやすいところだと、モンスターだな。それに、ティンバーの レジスタンスで自己満足のためだけに無差別的な破壊活動してる過激派…あと…エスタの魔女とかな。他にもいろいろと ぶっそうな時代だ…自分や自分の大事な物を守るのに、こいつは結構役立つんだぜ」
その男の人は、片手で海の方に向かってマシンガンを構えて見せた。月明かりが反射して鈍く光るその銃身と、 真っ直ぐ海の方を見つめるその男の人の瞳がとても印象的だった。
 「…ま、そんな必要も…もう無いかもしんねぇけどね…」
 「え…?」
その男の人が、マシンガンを構えていた腕を降ろしたとき、上着の袖口から一筋の赤いものが腕を蔦って流れ落ちた。
 「ちょ、ちょっと、あんたそれ!!」
 「へへ…、ちょいとドジってね。人間同志でドンパチやりたくなくねぇって日頃言ってたのが上司に聞こえたのか どうかは知らねぇけど、エスタ関係の任務に回されて…いやぁ、最近の機械兵って強いわ…」
 「何言ってるのよ、どこがちょっとなのよ!!」
強がっているようだけど、明らかにそれはウソだった。よく見れば最初に気付いていいぐらい、その男の人の身体は あちこち傷だらけで、服には破れたところや、いくつも血の跡があった。おそらくこのままにしておけばこの人は…。 たぶん、本人もそのことには気付いているはずなのに、目の前に私という助かるチャンスがあるのに…その人はただ ずっと私の方を見ているだけだった。
 「…ねぇ、あなた…人からバカってよく言われない…」
 「あれ?よくわかるね…まぁ、面と向かって言われたのは久しぶりだけど…」
苦笑いしながら、その人は私の質問に平然と答えた。
 「…それ…だけ?」
 「え?あ…ああ、そうそう、あんたそろそろ帰った方がいいぜ。あんまり長い間夜の潮風にあたってると、 風邪ひくかもよ…」
 「バカっ!!なんで?なんで、人の心配なんかしてんのよ!痛いんでしょ?苦しいんでしょ?やせ我慢しないで泣きなさいよ、 強がらないで素直に助けてって言いなさいよ!!」
 「…あ、あのさそれはいいんだけど…あんたが泣いてどうすんだよ…」
 「いい加減にしてっ!!そんなこと言ってる場合?!ねぇ…あなたはどうしたいの? 私にどうしてほしいの?ちゃんと答えて!!」
 「…う〜ん、ま、人間死ぬときには死ぬからねぇ…それに、泣きたいけどさ…やっぱ男が泣いちゃカッコ 悪いだろ?だからさ…って、痛ててっ、な、何するんだよ」
私は座っていたその人を強引に引っ張って立たせると、私が肩を貸すような形で歩き始めた。
 「…帰るに決まってるでしょ。あなたが、言ったんじゃない、”あんまり長い間夜風にあたってると風邪ひく”って」
 「あ、ああ…って、つ〜ぁ、痛ってぇ…あのさ、もうちょっとゆっくり歩いて…」
 「何?痛いっていうのとか、泣くのはカッコ悪いんじゃなかったの!?もう、男でしょ。ちょっとは黙ってなさいよっ!!」
そんなやりとりをかわしながら私は、その人を連れて月夜の小道を村まで帰った。それが半年前のある夜の出来事。 たとえ、まばたきのような一瞬でもいいから、”この人と恋をしたい”と初めて思った、大事な大事な初恋の想い出…


END


あとがき:ども、すっご〜く久しぶりに新作書きました、Kallです。ラグナとレインの出会いを書いてみたのですが… むぅ、なんか中途半端な終わりになっちまったような気が…^^;ま、あんまりにも気になったら、この続き (続編ってわけではなくて、純粋に追加orおまけストーリー)付け足すかも?で、今回はこれまた久しぶりに元ネタ (というかイメージ曲)は無かったりするので、ご自由に皆様の知ってる曲をイメージしてくださいませ (&よければ僕にも知らせていただけるとありがたいっす)。