Fairy Story
小さな部屋の狭いベッド上、俺は眠れないでいた。疲れていないわけじゃない、かといってなにか用事があるから
起きているわけでもない。何故か眠れなかった。いや…もし、眠れない理由をあえてあげるなら、それは俺の隣で眠る、
まだ少しあどけなさの残る少女の瞼に光る涙と、彼女が眠る前に呟いた言葉だった。
『離れてしまうその前に…』
8月の空、夕暮れ迫る街並みに覆い被さる雷雲を見上げて、俺は足を早めた。
「…こりゃそろそろ降り出すかぁ?」
にじみ出る汗と蒸し暑さに耐えかねて、シャツのボタンをはずし胸元をはだける。
「くそっ、なんで俺が張り込みなんぞしなきゃいけないんだ…」
いまさらどうしようもないことではあるが、気にくわない任務とその煩わしさで苛立ち、俺はくわえていたタバコを噛みしめた。
三日前の夕方、バラムの街に繰り出すつもりで部屋で支度をしていた俺の携帯に着信が入った。
『くそっ、こんな時間に呼び出しかよ…』
SeeDになったとき、勤務時間外での不定期な呼び出しは覚悟していたつもりだが、いざ本当にそうなるとつい本音が口をついた。
とりあえず気を取り直して、なるべく平常心を保とうと一息ついてから携帯の通話ボタンを押した。
『…サイファーか?』
電話の向こうの声は俺の良く知る人物だった。同時に改まって電話にでた自分が少し滑稽に思えて、苦笑いしながら相手の問いに応えた。
『ああ、俺だよ。で、SeeD派遣業務の統括であられるスコールさん直々に、こんな時間に何のようだ?』
『…その呼び名はやめてくれ。俺自身、わけのわからないままやらされてるんだ。』
『ああ、わかったわかった、スコール派遣業務統括殿。さっさと用件言ってくれよ。』
スコールがどう反応するか、わざとやめてくれと言われた呼び名を使ったが、その反応は意外に素っ気なかった。
ただ、その理由はまだそのときの俺にはわからなかった。
『…ほんとにそれはやめてくれ、サイファー。で、用件だがこんな時間で悪いんだが今から、
ガルバディアに行ってもらいたい。詳しい任務の内容は後で連絡する。以上だ。』
『あ、おい、こら、それだけかよ…・ちっ、切りやがった。』
わけがわからないままではあったが、とにかく俺はガルバディアに向かうために、簡単に荷物をまとめるとバラム駅からの最終列車に飛び乗った。
翌朝、ガルバディア駅に降り立った俺は、ガルバディアガーデンからの使いという人物から、任務用の携帯端末、任務内容の書類、
そして支度金としては破格の300万ギルという大金を渡されると、そのまま路地裏の古びたホテルの一室に案内された。
『くそっ、なんだよここは、支度金あんなによこすんならもっと良いホテルにしろっての。帰ったらスコールに文句言ってやるからな。』
荷物を片づけながら昨日のスコールの曖昧な命令や、ガルバディアでの不思議な待遇に疑問と怒りを抱いていた。
ただ、昨日のスコールの態度も含めた疑問のほうだけは、その後すぐに任務内容の書類に目を通したとき全ての謎が解けた。
”任務内容:ガルバディア軍の機密情報漏洩取り引き現場の張り込み及び、取り引き現場を確認次第、犯人の逮捕”
”期限:犯人が逮捕されるまで”
『なんだとぉ…張り込みぃ?それも犯人が逮捕されるまで無期限だと?!ざけんじゃねぇよ!…あ、まさか!?』
俺はまさかと思って部屋の窓を開けた。案の定、俺の目に飛び込んできた物は手元にある書類に書かれていた、取り引き現場
となっているバーの看板だった。
『くっそぉ、それであのとき、俺の挑発にも…スコールのやつ、覚えてろよっ!』
「あ〜、もう、思い出すだけで腹が立つ…」
考えを振り払おうと頭をかいた俺の手に一粒の雨粒が当たったかと思うと、すぐさま土砂降りとなって降り注いだ。
「なんだよ、もう降り始めやがったのかよ」
濡れたくない一心で近くの建物の軒下に逃げ込んだ。雨はいっそう強く降り、さっきまで通りを賑わせていた人々の姿も、
蜘蛛の子を散らすように居なくなった。気が付けば、通りにいるのは俺1人…のはずだった。
「くっそぉ、全然、やまねぇじゃねぇか」
それからどれくらいの時間だっただろう、灰色の雲に覆われた空と雨粒が叩きつける通りの石畳を見るのにも嫌気がさした。
街の看板や街灯にはネオンが灯り、近くのチャペルの鐘が日暮れを告げる。
「え〜い、もう、このまま帰ってやらぁ!!」
濡れることを決心して、土砂降りの雨の中に飛び出そうとした俺の手を誰かが掴んだ。
「あん?」
驚いて振り向いた俺の目に映ったのは1人の少女だった。ぱっと見た感じは歳は俺よりも2,3歳ぐらい下で、
まだその顔は幼さが抜けきっていないが、背中の中程まである艶やかな黒髪や、薄青色のワンピースが濡れてピッタリ張り付いている
その肢体、そして鮮やかな赤いルージュがひかれた唇は大人の女性らしさを十分備えていた。
「な、なんだ…あんた?」
自分以外に誰も居ないと思っていただけに、その少女の存在に俺は戸惑った。
「…雨、止むまで…ここに居たほうがいいですよ」
透き通るような声だったが、その何処かに悲しさのようなものが混じっているような気がした。
「あ?そう言われてもな…いつやむかわかんねぇし、それならいっそ濡れてホテルまで帰って、後でシャワー浴びたほうが…」
「…そう…ですか…ごめんなさい、引き留めてしまって。どうぞ、気にせず行って下さい…」
そう言うと、少女は掴んでいた俺の手を離して軽く会釈をした。
「あ、ああ、じゃあな…」
わざわざ引き留めておきながら意外にあっさりと解放されたことに拍子抜けしつつ、俺もとりあえず軽く
少女に向かって頷くと、改めて土砂降りの雨の中に飛び出し、一気にホテルの方向に向かって駆けだした。
激しい雨にさらされてあっという間にずぶ濡れになった。それでも、最初の内は夏場ということもあって、
雨の冷たさが心地よい部分もあったがしばらくすると、その水の冷たさに次第に体温を持って行かたことと、
すでに日没後であることも相まって寒さに襲われ始めた。
「う〜、しゃれになんね〜ぜ、こりゃ」
思わず、両手で肌が出ている二の腕をさすった。そのとき、俺は左腕に覚えのない赤い線が有るのに気付いた。
「なんだ?」
血?それとも傷跡?しかしそれにしては、痛みはない。不思議に思いつつその線を指先で触るとそれはあっさりと
取れて消えた。いったい何なんだ…俺は、寒いのも雨にさらされていることも忘れその場で立ち止まって
今日あったことを思い出した。
「…そういや、さっき雨宿りしてて、左腕を掴まれたて…」
そう思った瞬間、あの少女の姿がファラッシュバックのように頭の中に蘇ってきた。ほんの二言、三言、
時間にすれば数十秒のやりとり。そして、俺の人生で、いや今日一日で考えたってそんなにたいした出会い
じゃないはずなのに、何故かその少女のことが気になった。
「…な、何考えてんだ。あんな女、俺には関係ねぇ…」
そう自分に言い聞かせようと声に出してから、俺は再びホテルに向かって歩き出した。と、ホテルのある
路地裏の通りまで後少しというところで横切ることになった大通り、その交差点で信号が変わるのを待つ俺の横を、
相合傘で寄り添っている恋人風のカップルや、買い物帰りの家族連れが幸せそうな笑顔で通り過ぎていった。
「けっ、見せつけてんじゃねぇよ。こっちは一人で傘もねぇってのに…?!」
そのとき俺は、何故あの少女が俺の手を掴んだのか、あの透き通る声の中にあった寂しさが何だったのか、そして、
あの俺の腕に残った赤い線が何だったのか、その全てがわかったような気がした。
「そうか。俺もあの女も一緒だな。こいつらはきっと、凍りそうなこの街で、ずぶ濡れで震えて生きている人間が居ることを
知らない…」
信号が赤から青に変わったとき、俺は交差点を渡らなかった。元来た道を走り、雨宿りした場所に戻った。そして、少女はそこに居た。
「…戻って、来たんですか?…」
「…ああ、俺と一緒に来い。雨宿りの場所、貸してやるよ」
俺は、そう言ってその少女の腕を掴むと再び雨の中、俺の泊まるホテルに向かって歩き出した。
「よく降るねぇ…」
窓際でタバコを吸いながら、俺はすでに真っ暗になった空を見上げる。少し視線を落とせば、そこは昼と見まがうばかりの明るさ、
ネオンの洪水だ。ずぶ濡れになった服はすでに脱ぎ捨てて、さっきホテルの客室係にクリーニングに出させた。ただ、脱ぎ捨てた服の
代わりに俺が着替えたのはズボンだけだ。上に着るシャツの着替えも無いわけではなかったが、それはすでに先約がある。
雨足が弱まったと錯覚させるかのように、雨音に混じるように聞こえてきていたシャワーの音が止まり、バスルームのドアが開いた。
「…あの、何か着る物、ありますか…」
そう言って、バスルームから顔を覗かせたのは誰であろう、あの少女だ。
「そこにある、俺のシャツを勝手に使え。少々大きいが、何もないよりはいいだろ」
「…はい、ありがとうございます」
そう言って、少女は俺のシャツを手にバスルームの中に消え、しばらくしてそれを着て、再びバスルームから出てきた。
「あ…お風呂、あきましたよ…」
「わかった…じゃ、俺も浴びてくる。ま、適当にくつろいでてくれ」
「はい…」
少女がベッドに座ったのを横目に俺は、バスルームに入った。さっき着替えたばかりのズボンを脱いで、濡らさないように
ドア越しにバスルームの外に出すとドアを閉めてシャワーのコックをひねった。さっきの雨とは違い、温かいお湯を体中に
浴びてとりあえず一息ついた。
「今のところはいたって普通…か。ってことは、このあとだな…」
「あ〜、さっぱりしたぜ」
髪の毛をタオルで拭きながらバスルームから出てきた俺に少女が冷えた缶ビールを差し出す。
「あ、これ…どうぞ」
「お、気が利くな…」
俺はそれを受け取ると一気に飲み干す。そのとき、俺はわざと少女から視線を外し、さらに目を閉じた。ただ、
それ以外の感覚は、すべてその少女のほうに向けた。少女のどんな変化でも感じ取れるように。そして、俺がもう少しで
缶ビールが空になりそうなときだった。
「きゃっ!」
俺は微かな気配の変化を感じて少女の手を掴み、さらにその少女の手は少女が着ている俺のシャツの裾を掴んでいた。
「…シャワーは俺より先に浴びただろ?それとも、お前にはそれ以外に服を脱がなきゃいけない理由でもあるのか?…」
飲み干した缶ビールの缶を部屋の隅に投げ捨て、振り向いた俺の視線を避けるかのように少女はうつむいた。
「お前にどんな事情が有るのか、俺は知らん。が…その若さで、身体を売るってのは感心しないな」
俺の言葉に少女は何も反応しない。ただうつむいて相変わらずシャツの裾をじっと握りしめて黙っていた。
「まぁいい、話したくなければ話さなくても言いさ。それと、一応言っておくが、俺は警察とかそういうんじゃねぇ。
だから、別にお前がこれからこういうことを続けようと続けまいと、それはお前の自由だ。勝手にすればいい」
そういうと、ようやくシャツの裾を握りしめていた少女の力が緩んだ。そして、それまで黙っていた少女がやっと口を開いた。
「…私、どうしてもお金がいるんです。だから…」
「ふん、金か…それなら、普通に働けば…」
「普通に働いていたんじゃ間に合わないんです!その間にお母さんが…お母さんが!」
少女は俺の言葉を遮りかき消すほどの大きな声でそう言うと、俺に抱きついてきた。長い黒髪から香るほのかなシャンプー
の香りとともに、少しアルコールの臭いがした。どうやら、俺がシャワーを浴びている間に飲んだらしい。そして、
俺に抱きついた少女はそれからしばらく泣き続けた。俺はどうすることも出来ず、少女が泣きやむまでずっと抱きしめていた。
その後、泣きやんで落ち着きを取り戻した少女は、自分の境遇のすべてを俺に話し始めた。ずっと孤児院で育ってきたこと、
最近それまで死んだと思っていた母親が生きていたのを知ったこと、その母親が今、病に苦しんでいて手術に200万ギルという
大金が必要なこと、そして、その金を稼ぐため自分の身体を売ろうと決めたこと…全てを話し終わったとき、緊張の糸が切れた
のか少女はうとうとしながら眠そうにベッドに横になった。
「ごめんなさい。私のつまらない話を最後まで聞いてくれたのに…お酒、初めて飲んだから…急に…」
「ふん、別にいいさ。こっちは初めからなにかしてもらおうなんて思っちゃいない」
俺はベッドの隅にたたんでいた毛布を広げると、横になっている少女に掛けた。
「…じゃあ、なんで私に声を?」
「…俺もガキの頃、孤児院で世話になってた。だから…ってわけじゃねぇが、俺の腕を掴んで引き留めたときの
お前の声や仕草でなんとなく気付いたんでね。ま、確信を持てたのはもうちょっと後だけどな」
「そうなんだ…やっぱりあなたも、孤児院で…」
「なるほど、やはりお前もそれは気付いてたようだな。そうじゃなければ、俺の腕に口紅が付くはずがないからな。
お前、遠目に俺を見てから声をかけようと決めて、急いで直したんだろ?」
少女の話を聞く間ずっと飲んでいて、酒に酔ってずいぶん饒舌になっていた俺は、得意になって少女について気付いたこと
をいっきにまくし立てた。
「ふふっ、それもバレてたんだ…あなたって凄い人ですね…私のことなんでもお見通しで…まるで、おとぎ話に出てくる
王子様みたいに私の心を奪っていく…」
少女は笑みを浮かべて、ずっと俺のほうを見つめていた。
「おいおい、よしてくれ。俺はそんな理想の固まりで出来た人間じゃねぇ。それに教えることは出来ないが、
俺の真実の姿を知ったら…そんな幻想は一発で吹っ飛ぶだろうな」
「…そんなの関係ないですよ。私にとっては、目の前にいる貴方が真実ですから。たとえ、貴方がジキルとハイドの
ような人であってとしても…」
「…くくく…ジキルとハイドか、上手く例えるもんだ。ま、くだらない話はこれぐらいにして、さっさと寝な」
「はい…でも、あの眠る前に一つだけ…いいですか?」
「ん?何だ?言ってみろ?」
「明日の朝、離れてしまうその前に…その…もう一度だけ抱きしめてくれませんか?」
結局その夜、俺は一睡もすることなく、少女はずっと眠ったまま、そして、目覚める朝になっても
お互いに素顔も名前も知ることなく、長すぎる夜を繋いだ。明け方、俺はまだ眠っている少女の枕元に支度金として
手元に残っていた金のうち250万ギルと”これで母親を助けてやれ”というメモを残してそっと部屋を
跡にした。ホテルから出ると、昨日の雨が嘘のように晴れ渡り、ビルの隙間から朝日が射してきているところだった。
「く〜、睡眠不足に日の光は辛ぇなぁ…」
俺は片手でその朝日を遮りながら、タバコに火を付けると朝の新鮮な空気と共に思いっきりそれを吸ってから、
朝靄に包まれた路地裏をゆっくり後にした。
(一応、シリアスに締めるならここでENDで^^;ただ、この下の空白部に実は後日談@おまけオチのようなものを…。
読みたい方はマウスでドラッグして反転させてくださいませ。)
一ヶ月後、任務を終えてバラムガーデンに帰った俺を待っていたのはスコールとバラムガーデンの監査係の詰問だった。
「サイファー、君は一体300万もの大金何に使ったんだね?それに、宿泊先のホテルも張り込みに一番良いポイントを押さえて
置いたのに勝手に変更しただろ」
「あん?もう、そのことはいいじゃねぇか?任務はちゃんとこなしたんだしよ〜。それに、金の使い道はちゃんと、
報告書に書いてたハズだけどぉ?」
「報告書だと?ふざけるのもいいかげんにしたまえ!何が”薄幸の少女とその母親を助けるために募金した”だ!
君は、幸せのあしながおじさんか?」
「しゃあねぇじゃん、真実なんだからよ〜。なぁ、スコールからもなんとかこいつらに言ってくれよ〜」
「…とりあえず、サイファー、これから半年間30%の減給な…」
…俺も、身体…売れるわけねぇよな(苦笑)
END
あとがき
え〜、どもども、Kallです。久々の新作@リクエスト作品、書きましたよん。え〜っと、5500ヒット
(うわ〜、すっげぇ、過去だなぁ^^;)のキリ番を踏まれていた劉星さんのリクでサイファーメインってことで書
いた物っす。いや〜どうでした?ちっと、キザすぎでしたかね?でも、サイファーならもしかしたら有りえるかも
ってことで書かさせていただきました。さて、僕の小説でほぼ毎度の如く有るイメージソングですが今回は
GLAYの「Fairy Story」です。実は、原曲は冬をイメージして(歌詞の中で”12月”とか”雪”
って言葉がある)いるんですが、今回は季節を今にあわせようと強引に夏バージョンにしてます。
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