月夜の海


 眠れなくて、浜辺に足を運んだ。さらわれたエルオーネを探してウィンヒルを後にしてそろそろ1年、今頃レインはどうして いるんだろう…・。そう言えば俺がレインに大事な話をするのは決まって月の綺麗な夜だった…一世一代の大勝負だったプロポーズも ウィンヒルを離れる決意を告げた日も…。

 「急に海に行こうだなんてどうしたの?」
 あの日はもう少しで夏も終わるってころの蒸し暑い夜だった、俺は閉店時間を待ってレインのバーを尋ねた。
 「うん?な、な〜んとなくだよ。それにほら今日は蒸し暑いじゃん…あと、気分転換もかねてさ…」
レインは口では『あの子ならきっといつか戻ってくるわ…』って強がってた。けど、俺は知ってた。あの日以来、 毎晩彼女が自分の部屋で泣いているのを…。
 「まあ、いいわ。でも、ちょっと待って。靴このままじゃ汚れちゃうからサンダルはいていくね」
 「そんなのいいから早く行こうぜ〜」
 「でも…」
 「いいから、いいから……」
俺はレインの手を引っぱって村から海岸に続く、月明かりに照らされた小道を歩いていく。あたりの草むらでは虫の大合唱。 海に近づくに連れてすこしづつ吹いてくる涼しい海風が潮の香りを運んでくる。そして、村をでて30分程歩いた俺とレインの 目の前には海と砂浜が広がっていた。
 「もう、どうしてあなたそんなにせっかちなの?ラグナ。この靴高いんだからね」
 「わりい、わりい。じゃあ、脱いじゃえば?靴」
 「じゃあ、肩かして」
そう言って俺の右肩に体を預けながら片足ずつ靴を脱ぐと俺に向かって「ありがと」と言って微笑む。その瞬間、 俺が今レインに伝えたいことが間違いなくその笑顔を崩すことに罪悪感を覚えた。
 「ふう、でもさすがに夏でも海沿いは涼しいわね」
 「……」
 「たまにはあなたの言うことも聞いてみるものね…」
 「……」
 「ねえ、ラグナ聞いてるの?」
 「……」
 「ねえ!!」
 「ん?!あ、ああ…わりい、なんか言った?」
 「もう、知らない」
そう言いながらレインはそっと海の中に入っていくと掌で海水をすくって俺に掛けてきた。
 「レ、レインやめろよ〜」
 「なによっ、私の話ちゃんと聞いてくれないラグナが悪いんじゃない」
 「にゃ、にゃにお〜、え〜いお返しだぁ」
濡れた上着を脱ぎ捨てて俺も海の中に入るとお返しだとばかりに海水をすくってレインに掛ける。
 「や、やったわね〜、ラグナ」
 「おっ、やるってか?」
 「そっちこそっ!!」
それからしばらく俺はレインと水の掛け合いをしたり泳いだり、砂の城を造ったりして子供のころに戻ったかのように 水遊びを楽しんだ…ただ、子供のころと違うのは俺達を照らしていたのは、荒々しい夏の日差しではなくて淡い月明かりだった。

 「ねえ、どうしたの?もう泳がないの?」
 見上げると濡れた長い髪をその細い指で掻き上げながら砂浜に寝ころんでいた俺をのぞき込むレインの顔。
 「うん、俺、もういいや…」
 「…ねえ、ラグナ、あなた私になにか言いたいことがあるの?」
そう言いながらレインは寝ころんでいる俺の横に座る。
 「…別に」
 「ウソ、あなたいつも私に大事なこと言うときは外に呼び出すじゃない。前に私が大事にしてた花瓶壊したときも、 私の誕生日プレゼント渡すときも…それに、これくれたときだって……」
と、左手の薬指に光る銀の指輪を見つめる。その姿に、俺はついに全てをうち明ける決心をした。
 「……俺、エル探しに行くよ。それで明日、村を出るつもりだ」
 「ずいぶん急ね…」
 「だって、俺、あんたが泣いてるのこれ以上見たくないんだ」
 「……」
 「それで、最後にあんたと何か想い出が欲しくってさ…」
俺はそれ以上この話を続けたくなかった。
 「しばらくお別れだけど…元気でなレイン…」
それだけ言うと、話題にけりをつけようとレインに背を向けた。それが彼女を傷つけるとわかっていても、 そのときの俺はそれしか知らなかった…。

 こうして、月明かりが映るあの日と同じ色の海を見つめながら防波堤に座っていると、 すぐそこにレインがいそうな気がする…今すぐ会いたい、ただ抱きしめあいたい、そんな醒めない気持ちに駆られていた。
 「眠れないんですか?」
ふと後ろで女の人の声がした。
 「ああ、どうも……、俺が出てくるときに起こしちゃいましたか?」
 「いえ、お気になさらないでください。夜中に子供に起こされるときとかよくありますから慣れてますわ」
その女性は俺が今晩止めてもらっている孤児院の女性で子供達からは”まませんせい”と呼ばれていた。
 「ところで、何か気になることでもあるんですか?ご迷惑でなければ私にお話になっていただけませんか?」
俺はウィンヒルのこと、エルのこと、そしてレインのことをその女性に話した。
 「そうですか、それで旅を…」
 「ええ。でも、もう諦めようかなって…これだけ探して見つけられなかったんです。俺だけでも無事に帰ればレインも…」
 「それは、違いますわよラグナさん。レインさんがなぜあなたが村を離れると告げたときに引き留めなかったんだと思います?」
 「……」
 「それはレインさんがあなたなら必ずエルオーネを見つけて帰ってくると信じてるからですわ。あなただけが帰っても決して レインさんは喜んでくれません。確かにあなたが世界中隅から隅まで探して、ホントに一生懸命頑張ってもダメならしかたない かもしれません。でも、あなたにはまだやれることがやりのこしたことがあるはずです。それからでも遅くないんじゃないですか、 レインさんの所に帰るのは…」
穏やかに子供に諭すように話すその女性。いつしか俺のなかのもやもやしたものは吹っ切れていた。
 「…そうですよね。俺、頑張ったつもりでいただけでした。けど、本当にがんばんなきゃいけないのは一番苦しい今なんですよね…」
 「わかっていただけたようですね」
 「ええ、じゃあ。俺もう行きます」
 「そうですか。では、お気をつけて…」
いつしか夜が明け始めた空では消えそうな月が傾きだしていた。立ち上がって砂を払って歩き出す。 もう二度と無くさないと誓った、レインに胸を張れる生き方だけを持って……


END


ども、Kallです。これは以前、瑠璃幻想(管理人:ききりこさま)へ、HP開設記念&1999ヒットキリ番ゲット (正確には2000ヒットキリ番ゲッターの名乗り出が無かったので一番近かった1999ヒットのききりこさんに) リクエストで書かせていただいて寄贈していた小説です。そのとき特に「こういう風な小説に」とのご指定が無かったの でラグナさん、イデア、レインの3人を使って書かせていただきました。モチーフに使った曲は「LAZY KNACK」 というユニット(バンド?)の「Moon」と言う曲です。