Beautiful Life


 注:これは、Kallの作品、「a Day of Garden」の続編作品ですので、先にそちらを読んでからこの 作品を読まれることをお勧めします(Kall)



 午後9時、ティンバー駅を出発した列車は家路を急ぐ人を満載していた。新聞を読んでいるサラリーマン風の男性、手鏡を見な がら化粧を整えるOL風の女性、手元の携帯電話の画面を見ながらメールを打ったり、とりとめもないおしゃべりに夢中になる若者達。 そのなかで、ひときわ目立つ女性の姿があった。黒を基調として、肩口と腕のところに施された光沢を抑えた金色の刺繍と 胸元の黄色のリボンが印象的な上着、そして明らかにその上着とセットにすることを意識してデザインされている黒色で 膝丈ほどのスカート。一言で例えるなら、そのものズバリ学校や軍隊の制服といったカンジでかなり特異で目立つ。しかし、 周りの人々は彼女のことを気にするわけでもない。なぜなら、この列車の終点はバラム、そしてそこに住む人々にとって彼女の着ている 服は普段から見慣れているものなのだ。バラムにおいてもっとも有名で街の中心的な存在である、バラムガーデン、その中でも 厳しい試験をパスした者だけがなることができるSeed、彼女が着ている制服こそ、その証の一つなのだから…

 『バラム、終点のバラムです。どなた様も、お忘れ物の無いようお気をつけ下さい〜。』
 列車がバラムに到着すると乗客は次々と列車から降りていく。そんななか、Seedの制服を着た女性の姿は、 まだ列車の中にあった。座席に座ってうつむいているその姿は、電車に揺られて心地よく眠りに落ちてしまったように見える。 が、彼女は眠っているのではなく、ただ呆然とその虚ろな視線を電車の床に向けていた。と、残っている乗客をチェックするために、 列車の中を見回っていた車掌が彼女に気付いて声をかけた。
 「お客様、もう終点に着きましたよ」
 「…あ…はい。すいません…」
声に反応して彼女はやっと席を立つと、一番近くの出口から列車を降りた。
 「はい、ど〜も」
切符を駅員に渡して改札を抜ける。いつもの彼女なら、ここで笑顔で会釈の一つでもするのだろう。 しかし、今日の彼女にそれをするだけの気力は無かった。
 「…これで20連敗かぁ…」
駅の階段を下りながら、彼女は今日の昼間の出来事を思い出した。今日、彼女がSeedの制服を身に着けて出向いた先は ティンバーのTV局政治報道部、目的は入社試験の面接だった。本来、バラムやガルバディア、トラビア等のガーデンの 卒業者は各国の軍隊や警備会社、警察といったガーデンとの関連が強い組織や会社に就職する。もしくは、ガーデンでの経験や 知識を生かしてフリーの探偵や賞金稼ぎといった業界に進むのが一般的だった。しかし、先の魔女アルティミシアの事件以降、 世界的にそれほど大きな戦争や事件と言ったものは起きず、いずれの就職先についても状況は厳しいものになっていた。 そこで、昨年ごろからはガーデン側も方針を変え、生徒に普通の企業などにも就職活動を行うように勧めていたのである。
 さて、話を彼女のことに戻す。彼女は同学年のガーデン生徒の中でも入学時から成績優秀で、難関と言われているSeeD 試験にも一回で合格した才女である。さらにいくつか実践での任務をこなした経験もあり、本人も周囲も楽に就職が 決まると思っていた。ところが、その予想は大きくはずれた。理由は三つ。一つは思ったより軍事、警察関係の就職状況が悪化 していたこと。二つ目は一般の業種ではやはりガーデン出身者よりもその分野を専門的に学んで技術や知識を持っている学生 の方が好まれたこと。そして、三つ目としてはその両方においてやはり女性より男性の方が好まれたことが理由だった。
 「ここはだめだった。あ、ここもだめ…」
携帯電話のメモリーにチェックしてある企業や採用担当の電話番号からすでに不合格にされたものを消す。これが彼女の最近 の日課になっていた。自分を採用しなかった相手に相手に対するささやかな仕返し…と、いうよりもそういうところでたまった ストレスを少しずつでも発散していかないと本当にどうにかなってしまいそうな…それほど彼女にとってこの日々はうんざり する毎日だった。
 「あ〜あ、もう…ほんっと、やんなっちゃうなぁ…明日は何処だっけ…?」
彼女は携帯番号の画面を電話番号のメモリー表示からスケジュールのページに変える。
 「…っと、明日は8月の…あ、日曜日だ…」
明日が何曜日か忘れてカレンダーや携帯電話にに曜日を教えられたのは何度目だろう…そんなことを思いながら彼女は バラムガーデンの寮にある、自分の部屋までの疲れた家路を辿っていった。

 ジリリリリリリ。早朝のガーデンの寮に目覚ましのけたたましい目覚ましの音が鳴り響く。
 「う、うう…くぅ…」
ベッドの上の膨らんだ布団から手だけが出てきてベッド脇のサイドボードの上にある目覚まし時計に向かった。しかし、 手探りではなかなか目覚まし時計の場所をとらえられない。
 「え、あれ…このへんじゃなかったっけ?」
布団の中から声が聞こえる。声の主は昨日の電車の彼女だ。そう、ここはガーデンの寮にある彼女の部屋、今日は日曜日 なのだが目覚まし時計は、彼女が毎日の習慣でつい昨日の夜もセットしてしまっていた。
 「あれぇ、おっかしいなぁ…う〜ん…!あ、あった!」
何度目かのチャレンジで、遂に彼女は自分の安眠を妨害した犯人を捕まえて目覚まし時計のベルのスイッチを切った。
 「よ〜し…これで…ふぁぁあ…ゆっくり…zzZZ」
静かになった目覚まし時計から離れた手は、ベッドの上に戻ったところで止まった。そして、変わりに布団からは 彼女の安らかな寝息が聞こえてきた。

 ちょうど、そのころガーデンの寮にある別の部屋でも同じ様なことが起きていた。
 「ぬ…ぬおぉお!」
目覚まし時計を捕まえた手は、それを壁に向かって投げつけた。ガシャンという音とともに 目覚まし時計から電池が飛び出し、鳴り響く音が止まった…というよりも、傍目には壊れたようにも思える。 ただ、こちらは目覚まし時計を止めた手はベッドに戻ることはなく、布団を掴むとそれをはね飛ばし、 さらにベッドからは一人の青年が起きあがった。
 「あ〜ぁ、眠ぃ〜…でも、せっかくの日曜だし…さて、何すっかなぁ〜?」
伸びをしながら彼はそう独り言を言うと、手元にあったTVのリモコンのボタンを押した。TV画面に映るバラエティ 番組をよそ目に、パジャマ代わりのTシャツと半ズボンを脱ぎ捨てた。とりあえず何処かに行く宛ても誰かと 出会う予定も無いが、外出用の服に着替えてバラムの街に向かう。いつもなら、休日に一人で出かけるような彼では無い。 しかし、友人はほとんどみんな就職活動中。かく言う彼も一ヶ月前までは友人達と同じ立場だった。試験と面接の連続の 日々に一息付ける日曜日、ゆっくりしたい気持ちはわかるので誰かを誘うのも気が引ける。ちなみに、彼の場合成績は ガーデン入学時はともかく、それ以降はほとんど落第ギリギリ、SeeD試験も一回目は不合格、二回目で合格したのだ がそれもほとんどオマケ的な合格という成績だった。しかし、何がどう幸いしたのかわからないが先週、彼はトラビアの衛 星都市の一つで彼の出身地の街にある中堅の警備会社の内定を見事に手にしたのである。
 「何処行くかなぁ…ゲーセンか?それとも、服でも買いに行くか?いや、やっぱりここは…う〜ん…悩むよなぁ…」
8月といえば夏休み、それも休日ということで街は相当にぎやかだった。通りにも店にも家族連れ、カップル、友達同士、 幸せそうな笑顔と楽しい談笑が溢れている。一人で街に出てきた彼にとってみれば、そんな雑踏の中に入っていくのは少し 辛いものがあった。
 「しかし、何もしないで帰るってのもなぁ…。とりあえず、無くなってたワインでも買いに行くか…」
冷蔵庫に入れていたお気に入りの銘柄のワインが無くなっていたことを思い出し、彼は近くの酒屋に入った。と、 いつも買っている銘柄ののインは運悪く品切れでどうしようか悩んでいると、たまたま近くに居た店員に別のワインを 勧められた。それは、多少今の彼にとって値段が高いシロモノ。とりあえず、店員は無視して他に何か良い物は無いか といろいろ品定めしていたが、”このワイン、最近大人気なんですよ〜”とか”お値段に見合った味は保証しますよ〜” という店員のなれなれしいセールストークの波状攻撃が止むことはなかった。結局、彼が根負けした形で、 そのワインを店員から奪い取るとさっさとレジで勘定を済ませて店を後にした。しばらく歩いたところで、改めてレシートと 財布の中身を確認する。
 「やっべぇ、こりゃメシは帰ってから食うかぁ…」
部屋を出るとき、あれほど余裕があると思った財布の中身が、今や近所の子供のお小遣いにも負けそうな勢いである。 どこかで食事でもして帰ろうと思っていた彼にとってこれは大きな誤算だった。しかし、今日という休日はまだ半日以上ある。 考えたあげく、無理して買った上等なワインを片手に抱えたまま、ガーデンの近所にある顔馴染みのレンタルビデオ屋で 気になる映画を数本借りてから、彼はガーデンへの帰路についた。

 そのころ、目覚ましを止めてもう一度眠っていた彼女もさすがに目を覚まして、頭まで覆い被さっていた布団から 顔を出した。
 「う、う〜ん…眩しいなぁ。今何時ぃ?」
数時間前、自分で止めた目覚まし時計を手にとって時間を見る。
 「えっ、うそ、もうお昼すぎ?せっかくの日曜日なのに〜…あ〜あ、どうしよっかなぁ〜、 このまま夜まで寝てようかなぁ…」
枕に顔を伏せて三度彼女は目を瞑る…が、さすがにもう眠れそうにもない。しぶしぶベッドから 起きあがる。ついでに、さっきまで寝ていたから当然なのだが、昨日の夜ガーデンに帰ってきて から何も食べていない…
 「あ…」
パジャマから普段着に着替えている途中、お腹が鳴って空腹に気付いた。学食でランチでも食べよう… 着替え終わった彼女は財布と携帯電話だけを手に部屋を後にした。

 学食はガーデンの学生の間でも人気がある。メニューは豊富だし、味も量も若者向けにちゃんと 考えられている。営業時間も、朝早くから夜遅くまで、ガーデン内の寮に住んでいる学生も多いので休日にも 開いている。さらに、ガーデンの学生だけの利点として学生証と銀行口座があれば、料金が引き落 としできるのサービスもある。
 「え〜っと、日替わりランチね…450ギル。あ、カード?…はい、いいですよ」
レジで精算をすませて、トレーを持ったまま彼女はどこに座ろうか辺りを見る。窓際、中央、入り口の側… どこのテーブルも人影はまばらだ。平日なら昼過ぎとはいえこの時間帯なら、食堂はガーデン生でごったがえして、 座る場所を見つけるのにも苦労する。しかし、休日となると利用するのはガーデンの寮生がほとんどで、 さらに外に遊びに出かけた人数を差し引けば、その状態はなんら不思議なものではない。しばらく悩んで、 彼女は窓際の席に座ることにした。
 「はぁ…いただきます…」
席についていざ食べようとしたときだった。
 「あら?ため息なんか付いて、珍しいわね。あなた一人?」
聞き覚えのある声に、彼女は視線を上げる。視界にうつった見慣れた女性の笑顔に安心して、彼女も笑顔を返す。
 「あ、キスティス先生、おはようございます」
キスティスはガーデンに入学してからずっと彼女のクラス担任だ。
 「おはようございますって、もうお昼よ〜。まだ寝ぼけてるの?あ、もしかして…就職活動、上手く行ってない?」
そう言って、彼女の正面に座ったキスティスの顔から笑顔が消えた。
 「はい。昨日もまた…もう、20個も受けたんですけど…」
 「そう…そうね〜、時期が時期ですものね…どうする?もっと他の所受けてみる?」
 「いえ。もう、今申し込んでるところだけでなんとか…。もし、それが全部ダメになったら、また考えます」
なるべくキスティスに心配をかけさせまいと、彼女はできるだけ明るい調子で返辞をした。
 「そう?ま、いいわ、気が向いたら。進路指導室か私の部屋に来てね。相談には乗るわよ」
 「はい、ありがとうございます、キスティス先生」
 「じゃあ、頑張ってね」
キスティスは再び笑顔になると、彼女に励ましの言葉をかけて学食を後にした。
 「じゃあ、あらためて…いただきま〜す」
キスティスと話したことで少しは気分が楽になったのか、さっきより明るい声でそういうと、 彼女は卵焼きの部分がとろとろで半熟のオムライスをスプーンで口に運んだ。

 「しっかし、このワインど〜すっかなぁ…」
 ガーデンの中庭を学食に向かって歩きながら、彼は自分がおかした愚かな散財を悔いていた。
 「こら、少年。なに凹んでるんだ?!」
 「わっ!!!」
いきなり誰かに背中を叩かれて、危うく右手で持っていたワインを落としそうになったが、なんとか左手で受け止めた。
 「な、なにするんっすか、リノア先生!あ〜怖っ…心臓止まるかと思ったっすよ」
ワインを抱きかかえたような格好のまま振り返った。と、リノアだけかと思いきやその横にはセルフィの姿もあった。
 「えへへ〜、ごめんごめん。なんか後ろから見たら随分凹んでるようにみえたからさ〜…何か悩み事でもあるのかな〜って。 ね?セルフィ」
 「そうそう、生徒の悩み相談を受けるのも教官の大事な仕事の一つやからな〜。ま、こんだけおもろい反応が あるってことは、別に悩みがあるってわけでもなさそうやな。う〜ん、けっこう、けっこう♪」
 「は、はぁ…まぁ、確かに悩み事は無いっすけど、これ買わされたせいで懐がちょっとサミシイかな〜って…」
そういうと、彼は手にしていたワインをリノアとセルフィに渡すと、店での一部始終を話して見せた。
 「へ〜、どれどれ…あ、でも、この銘柄のワイン、ほんま最近人気あるんやで〜。まぁ、確かに値段的には学生にとって 高い買い物かも知れへんけど…別に、ぼったくりとかそ〜言うんではないって。ま、ちょっと高い買いもんしたと思っときや」
セルフィは彼にワインを返しながらそう言った。
 「あ、そ〜なんすか〜。まぁいっか、別に今月の生活費全額もってかれたってわけでもねぇし。とりあえず、 一日一食にでもすれば来月のバイト代が入ってくるまで乗り切れるっしょ」
 「そうそう、何事も前向きに考えることはガーデンを巣立ってからは大事にだぞ〜」
リノアは微笑みながら彼の額に人差し指を当てた。
 「ですよね〜。いや〜、くだらない話に付き合ってくれてありがとうございました〜。 あ、そうだ、ついでにリノア先生、セルフィ先生、お昼ご飯、奢ってくれません?貧乏な学生に愛の手を〜」
 「なんでやね〜ん!」
ワインを足元に置いてから、調子に乗って両手を会わせて拝むポーズをした彼に、リノアとセルフィの 二人が漫才風のツッコミを入れた。

 「…懐かしいなぁ、これ、まだ私がガーデンに入学したばっかりのころだ…」
 アルバムをめくる手がところどころで感慨深げに止まる。学食でランチを食べた後、部屋に戻った彼女は、 何をする当てもなくただただベッドに座って、ぼ〜っとしていた。そのとき、壁掛けのコルクボードに貼って あった写真に目が止まった。幼い頃の自分と家族、そして無邪気な笑顔…あの頃は、ただ毎日が幸せだったなぁ… ふと、過ぎた昔が遠く懐かしいものに思えた。そして、気が付いたときにはベッドの下から、昔のアルバムを 取りだして眺めていた。ガーデン入学前、ガーデン生、SeeD入隊後、写真を取った当時は別段見る気すら 起きなかった。でも、今見るとその写真を取った頃の、もう過ぎさってしまった、楽しい思い出だけが眩しく見えた。 その理由は彼女にはまったくわからなかったが…。と、過去の想い出に浸る彼女を誰かがドアをノックする音 が現実に引き戻した。
 『はい』
と、返辞をしようとして彼女は自分の頬をつたう涙に気付いて口を閉じた。急いで、ティッシュで涙を拭う。 が、かなり長時間泣いていたのかすでに乾いてしまった涙の後と、少し充血した目はどうしようもなかった。 そんな彼女を焦らすようにまたノックの音が部屋に響く。とりあえず、これ以上訪問者を待たせるのは悪い気が して彼女は返辞をした。
 「ど、どちらさまですか〜?」
 「あ、居るんじゃん。俺、俺〜」
ドアの覗き穴の向こうで、笑顔で手を振る一人の青年。彼女にとって、彼はガーデンに入って以来ずっと同じ クラスで過ごしたクラスメイトであり親友であり…ほとんど腐れ縁と言っていいぐらいである。
 「きゅ、急にどうしたのよ…」
 「ん?いや、毎日就職活動大変そうだと思ってさ…ちょっと激励でもしようかなって…」
そう言って、彼は、右手でワインのボトルらしきもの、左手にレンタルビデオの袋を覗き穴の高さ ぐらいまで持ち上げている。
 「はぁ…、その気持ちは嬉しいけど今日はそんな気分じゃないの。それに、昨日も面接行ってきて疲れてるし。 悪いけど、帰ってくれる…」
とりあえず、適当な理由を付けて追い返そう…彼女は素っ気なくドア越しにそれだけ言うと、 ベッドに戻って枕に顔を埋めた。
 『いくら仲がいいからって…あいつに泣き顔を見せるのはイヤよ…』
自分にさえ聞こえないぐらいの小さな声でそう呟いた。
 「お、おい、なんだよそれ。ちょっとぐらいいだろ〜、お〜い…」
布団を頭から被ると彼がドアの外で叫ぶ声も聞こえなくなった。暗闇と静寂、目を瞑ると浮かんでくる想い出に 訳もわからぬまま閉じた瞼の隙間から涙がにじみ出した…

 『え〜っと、あなたはバラムガーデンのしかもSeedだ。ということは、あなたがこれまで学んで こられたことはまぁ、その…。う〜ん、そんな方がまたなんでうちのような所に?』
(やっぱり、この質問なの?どうして?Seedの、ガーデンの何処がいけないの?)
 『確かにそうですが、それでも、私の経験や知識は絶対こちらのお役に立ちます。お邪魔になるようなことはないはずです。』
 『しかしですねぇ、そのなんといいますか…あなたのような女性にはもっと他のふさわしいというかですね…』
(なによそれ、結局は女だからダメなんじゃないの?それならそうで、ハッキリ言えばいいじゃない。もういいわよ…)
 『…わかりました。それでは失礼します。』
(…え、何、これ…あ、足元が…揺れてる?!)
 『お、おい、君、どうしたんだ?大丈夫かね?』
(ダメ、何も聞こえない…何も見えない…誰か、助け…て…)

 「…おい、起きろって。おい…」
 彼女はうっすらと目を開けた。真っ暗な世界に一筋の光が飛び込んでくる。たぶん、天井の蛍光灯の光だ。 そこでやっと、さっきまでのことが夢だとわかった。しかし、そうなると疑問が出てくる。誰が部屋の蛍光灯を 点けたのだろう?そして、誰が自分の身体を揺すったのだろう?そう言えば、さっきの声には聞き覚えがあるような…
 「う、う〜ん…え!あ、ちょ、ちょっと、なんでここにいるのよ!」
ゆっくり目を開けた彼女が見た物…それは、眠りに落ちる前に追い返したはずの彼の顔。驚いて起きあがった彼女 はすぐに壁際に身を引いた。
 「なんでじゃねえよ、人がさんざ外から呼んでるのに急に返辞しなくなるし…何かあったのかなって思って 心配になってよ。でも、鍵かかってるしそれを壊して入るわけにもいかないだろ?ドアの前でず〜っと待ってたら、 たまたまキスティス先生とカドワキ先生が通りかかったんだよ。で、事情話したら…あ、そうそう、お前、昼間 キスティス先生と学食で会ったんだって?なんか元気なさそうだったって心配してたぞ〜。ま、それはいいとして、 それならってことでさ、寮の管理人さんに頼んで鍵開けてもらって3人で”大丈夫か〜”って勢い良く踏み込んでみたら、 ただ単に爆睡してるだろ?…もう、気ぃ抜けるぜ」
彼は笑いながら、そこまでいっきにまくし立てた。
 「だ、だからって、なんであんただけここにいるのよ?」
 「え?ああ、キスティス先生もカドワキ先生も忙しいからな。とっくに帰ったよ。それに言ったろ〜? お前の就職活動を励ましに来たんだぜ……って、言いたいところだけど…止めた」
 「え…?」
笑っていた彼の表情が、急に真面目になる。
 「励ますのはさっき止めた。お前…無理すること無いって」
 「な、急に何よ?!私がいつ無理したのよっ?!」
 「さぁ、それは俺にはわかんね〜よ。でも、何処かで無理してるんだろうなってのは、さっきお前が うなされてるのを見てたらわかったよ。いいんじゃね〜の?別にそこまでして就職先見つけなくてもさ?」
 「何度も言うけど、無理なんてしてないっ!仕事だって、私がやりたいから探してるのよ?!」
そう言うと彼女は枕やふとんを彼に向かって投げつけた。
 「うわっと、おい、ちょっと落ち着けって!」
 「だから…だから、もうほっといてよ!どうせ、私のことなんか誰もちゃんと見てくれてない…誰も……誰も…」
手元の物を投げ尽くして、彼女に残された術はもう…泣くしかなかった。と、両手で顔を押さえて泣く彼女の肩をそっと抱いた。
 「俺はずっとお前だけ見てた…」
 「えっ…」
思いもかけない彼の言葉に彼女は顔をあげた。と、そこにはこれまで見たこと無い表情の彼の顔があった。 微笑み、憂い、優しさ、悲しみ…そのどれとも違っているようであり、その全てが微妙なバランスの仲に同居しているような…
 「お前、昔のリノア先生に言われたこと覚えてるか?『誰にも未来の保証なんてできないんだよ』って」
 「……」
彼は彼女の肩から手を下ろすと、うつむいたまま黙っている彼女の横で煙草に火を付けて大きく一息吸い込んでから、 静かに話し始めた。
 「俺さ…運良く就職先決まっただろ。ってことは、来年からは、まぁ…いわゆる社会人ってやつになる。 でもさ、ぶっちゃけ、このままで終わらせるつもりはないぜ俺の人生。あ、もちろん、だからって今の就職先は とりあえずってことで決めたわけじゃないぞ。ちゃんと、やりたいから選んだ仕事だし、これも人生勉強の一つ…ってところかな」
そこまで話したところで、彼の吸っていた煙草が一本全て燃え尽きた。同時に暫く沈黙が続いた。その間、 彼は次の煙草に火を付けてそれを口に運んだ。煙草を吸いながらぼ〜っと天井を見つめる彼と、まだ下をうつむいたままの彼女…
 「…ねぇ、一つ聞いていい?」
 「ん?なんだ?」
彼女の声に反応して、彼は天井を見つめていた視線を彼女の方に向けた。そのとき、彼女もうつむいていた視線をあげて、 彼の方を見ていた。
 「前から思ってたんだけど…どうして、あんた、そんなに気楽に物事を考えられるの?」
 「ん?だって、永久未来続く物ってねぇだろ?」
 「……え?」
 「いいか?物事ってのは、何でも永久未来続く物じゃないんだぜ?良いことも悪いことも、楽しいことも嫌なことも、 何でも始まりが有れば終わりも有る。人生だってまぁ、せいぜい80年ぐらいだ。それならさ、その80年、なるべく楽しんで 生きなきゃ損だろ?人生は”Just Walk’in the Park!(気楽にいこうぜ)”悪いように考えてたって いいことねぇぞ?それに、何でも終わりがあると思えば、悪いことも嫌なことも、なんとか乗り切れるような気がしねぇか? ま、俺は俺、お前はお前だ。俺の考えを押しつけようとは思わねぇけどさ、参考ぐらいにはなればと思ってさ…。 で、どうだ、ちょっとは楽になったか?」
 「………ん?…うん…まだよくわかんないけど…なんか言われてみればそうなのかな〜…ってぐらいかなぁ…」
 「は〜…やれやれ…やっと何とか元気になったか…。でもまだ、なんか物足りねぇなぁ…」
そう言って、彼は彼女をじっと見つめた。
 「な、なによ…私、何か変?」
 「お、そうか!普段の明るさが足りねぇんだな。そうだ、面白い物見せてやるよ。これ見たら、ぜってぇ笑う。間違いなく!」
彼は携帯電話を取り出すと、その画面を彼女に突きつける。と、見る見る間に彼女の顔が真っ赤に火照っていく。
 「な、な、な…なんてもの撮ってるのよ、あんたは〜〜〜!!!」
次の瞬間、彼女は素早くベッドの側に置いてあったクッションを手に取ると、すっかり油断していた彼の顔にめがけて投げつけた。
 「!ふぐぅぁ…」
クッションの直撃を顔面に受けた彼の手から携帯電話がベッドの上に転がり落ちた。そのディスプレイには、 彼女が眠っている間に彼が携帯電話のカメラで撮った、彼女の泣き顔が映っていた。

 「……もう、ほんっとに、バカなんだから……。でも、ずっと私のことを見てくれていて、ありがと」


END


あとがき
ども、Kallでございます。久しぶりの新作でしたが…さて、いかがでしたか?なんかFF8作品というよりも、 オリジナル小説(爆)としての雰囲気が強くなってしまってる気もしますが…^^;まぁ、違う視点でのFF8小説として 受け取って頂けると幸いです(苦笑)で、ストーリーの方ですがこの時期に丁度いいカンジの作品になったかなって 思ってます。というのも、僕もまぁ、この春からいろいろと環境が変わりますが、皆さんにもそれは多少なりともあると 思います。そこで、自分と皆さんの応援になるような小説でもと思ってこんなストーリーにしてみました^^。 ちなみに、毎度のことですが小説のストーリーのモチーフ&執筆中のBGMですが、”SOPHIA”の”Beautiful Life”と ”Bump of chicken”の”ラフメイカー”です♪