なごり雪


 ”セルフィ、元気にしてるか?”
 そんな書き出しで、その手紙は始まっていた。差出人の名前の無い、あたし宛の手紙。 先週、モンスター退治の仕事で出かけていたエスタから帰ってきたとき、出迎えてくれたシュウから受け取って、 そのときは不思議には思いながらも見ようとは思わずに、ずっと自分の部屋の机の上に置きっぱなしにしていた。 実際、翌日からも学際実行委員会の会議に報告書の制作、スコールはんちょとリノアの喧嘩の仲裁etc.… やらなければならないこともたくさんあって、あたしにその手紙を読む暇はなかった。 そして、手紙を受け取ってから一週間経った今日、あたしはやっとその封を切った。
 ”僕…いや、俺は元気そのものです。あ、その前に俺のこともう覚えてなかったり?まさかね〜(笑)”
 「え…?」
唐突だった。手紙の文字になんとなく見覚えはあった。しかし、差出人が誰か、私にはまだ見当が付かなかった。
 ”ところでさ、バラムってまだ寒い?トラビアのほうはね、まだまだ毎日寒いのよ、これが ̄□ ̄”
トラビア…懐かしい地名だった。あたしがバラムに来る前、物心付いたときからいたのがトラビアで、そこのガーデンだった。 しかし、SeeDになるためにあたしはトラビアを離れ、ここバラムに来た。それがもう三年前だ。その後、 トラビアに帰ったのは二度、一度目はここに来てから一ヶ月も経っていないとき、アルティミシアとの戦いの巻き添えで トラビアガーデンが被害を受けたすぐ後に、もう一度はそれから一年ほどして、その戦いが過去の記憶になり始めた頃だった。 それからは、SeeDの仕事が忙しかったことや、バラムでの生活になれてしまっていたことで、なかなかトラビアに帰ることもなく、 トラビアの友達や仲間とはメールや手紙でもやりとりしていたが、ここ最近はそれもおざなりになっていた。
 ”ま、それでもさすがにもう三月も終わるから、雪は山の方以外は溶けちゃってるけど。”
トラビアは確かに北の方にある土地だが、春が来るのは案外早い。雪も二月の中頃には平野では降らなくなる。 三月末の今頃ともなれば桜が咲き始めている年も多い。
 ”そういや、雪と言えば覚えてるか?セルフィがバラムに行くときも降ってたよな、俺が見送りに行った駅のホームでさ。”
 「!!?…」
あたしはその一文に目を奪われた。あたしはやっと思い出した。この手紙の差出人が誰なのか。 それと同時に、もう一つあたしは大事なことを思い出した。それを確認するために、あたしは久しぶりの帰郷を決めた。

 「…で、なんで、僕も一緒なわけ?」
両手に旅行鞄をもったアーヴァインが予約していたSeeD専用のコンパートメントに入ってくるなりあたしに質問してきた。
 「ええやんか〜、アービン、退屈で死にそ〜や、ゆ〜てたやんか。それに、一人では持ちきれへんもん、この荷物」
あたしはアーヴァインから受け取った荷物を棚に持ち上げながら答えた。
 「そりゃ、退屈だとは言ったけどさ〜。これじゃ、旅の供っていうより、君の荷物持ちだもん。あ〜あ、 途中の駅で降りて帰ろうかなぁ〜」
 「あ!、も〜、そんなこと言わんといてや〜。このとおり、お願いっ。一緒にトラビアまで来てよ。ね?」
 「う〜ん…まぁ、確かに他でもないセフィの頼みなんだけど…」
両手を合わせて拝むようにして頼むあたしの姿を見ながらアーヴァインはなにか考えているようだった。
 「あのさ、一つだけ、質問していい?これに答えてくれるなら、僕も一緒に行くよ」
 「え?うん。ええよ、付いてきてくれるなら何でも答えるから」
 「どうして急にトラビアに帰る気になったの?」
 「あ、そ、それは…」
どう言っていいのか答えに詰まった。何でも答えると約束している以上、なにか理由を考えなければ… 必死に思考力をフル回転させるけど焦れば焦るほど、上手い言い訳は出てこなかった。
 「もしかして…この手紙が何か関係有るの?」
そう言って、アーヴァインが取りだしたのはあの手紙だった。
 「あっ!それ……」
 「さっき、荷物持っていたとき鞄のポケットから封筒が少しはみ出ててさ。悪いとは思ったんだけど 気になって見ちゃった。これ、僕の見たカンジでだけど男の人からの手紙だよね。誰からなんだい?」
 「……」
真っ直ぐあたしの目を見つめているアーヴァインと視線を合わせたくなくて顔を背けた。あたしはまだ迷っていた。 アーヴァインに真実を話すべきかどうかということを。
 「…あ、ごめん…セフィがどうしても話したくないならいいよ、うん。あ、この手紙返すね。とりあえずさ、 最初の質問のトラビアに帰る理由だけでも聞かせてくれたらさ…」
アーヴァインが申し訳なさそうに持っていた手紙を差し出したのを受け取ったとき、うつむいていたアーヴァインの 表情がどこか淋しそうに見えた。それはまるで、あの時、動き出した列車の中から見た、あの人の表情にそっくりだった。 それを見てあたしは、アーヴァインにすべてを話すことを決めた。
 「…アービンの思ってるとおりや。あたし、この手紙の人に会うために帰るねん」
そう言って、あたしは手に持った手紙をがくしゃくしゃにならないように少しだけ強く握り締めてから答えた。
 「あ……そ、そうやっぱりね…うん…」
 「でもな、あの人は、この手紙の人はもう…」
 「そ、それってまさか……」
あたしが話し始めた真実に今度はアーヴァインが黙ってしまった。
 「うん、アービンの想像してるとおり、例の戦いの時に、ガルバディアからのミサイル攻撃で怪我して…」
 「あ……ご、ごめんね、僕が手紙見て余計なこと聞かなきゃセフィにこんな辛いこと言わせなくてよかったのに…」
あたしに悪いことを聞いた様な気がしたのかアーヴァインの表情が更に曇った。
 「あ、ええねんそんなん。死んでしもたっていう事実は、自分でも受け入れられてるから。ただ…」
 「…ただ?」
 「ただ、この手紙読んでたら…この人と最後にあったときのこと思い出してしもて…」
そう言って、あたしは窓の外を見た。いつの間にか、列車は動きだしていた。見慣れたバラムの街並みが流れていく 様子をあたしはじっと見つめていた。アーヴァインの方をちらと見ると、そんなあたしの姿を黙ってじっと見ていた。 不意に外の景色が真っ暗になったので(バラムからティンバーまで列車は海底トンネルを通る)あたしは視線を手元 の手紙に戻した。と、それを合図にしたかのようにアーヴァインが口を開いた。
 「あのさ、さっきの最後の想い出のこと…よかったら、それ聞かせてもらってもいいかな?」
 「…ええよ、おもろないかもしれんけど…それでも良かったら聞いてんか。それがあの人の 供養にもなるかも知れへんし…」
あたしは静かに話し始めた。三年前、あたしがトラビアを後にした日のことを。


 『…あ〜あ、いざ離れるとなるとめっちゃ名残惜しいな〜。』
 三年前、荷物を担ぎ、トラビア駅のホームに立ったあたしは辺りの景色を見渡していた。 駅と言ってもトラビアのそれは、大陸横断鉄道の支線でだいたいホーム以外には小さな駅舎があるだけで お世辞にも立派とは言えない。元々、トラビアまで大陸横断鉄道の本線は来ていないので、それはしかたなかったけど、 あたしはその方が気に入っていた。
 『お〜い、セルフィ〜〜っ!』
ふと、誰かに呼ばれたような気がした。声のした方を見ると…駅舎の側のホームにあの人が立っていて、 あたしが振り向いたのに気付くとこちらのホームにへの渡り通路の階段を上ってこっちへ向かってきた。
 『ど、どうしてここに?見送りはいらへんって言ったのに…』
 『ま、いいじゃないの?な?それに、時間はまだ少しぐらいなら列車まで時間あるんだろ?』
そう言って、あたしの横であの人は腕時計に目をやった。
 『ま、まぁそやけど…ほんま、よかったのに見送りなんて。』
 『なに言ってんだよ。ほんとは来て欲しかったんだろ?でも、それじゃあみんなの前で泣いてしまいそうだった。 だから断ったんだろ?』
あの人はいつもあたしの気持ちを見抜いていた。そのころから、あたしは泣いてお別れというのははあんまり好きじゃなかった。 だから、前の日、あたしのお別れ会でみんなで大騒ぎして笑ってさよならしたこと、それを最後にしたかった。
 『セルフィらしいよ。いつも明るく、そして元気でいたい…。確かにそれは良いことだと思うよ。悲しいときにも 辛いときにも、笑顔を絶やさないでいることは難しいことだもんな。でも、時にはいいんじゃないか?友達、仲間、恋人、 心を許せると思える相手にまでいつも無理に笑顔を作らなくても。作った笑顔より、素直な表情の方が…』
そこまで話したところであの人は急に喋るのを止めてしまった。続きが気になったあたしが、  『え?・・・続きは?』
と聞いてみたけれど、あの人には笑ってはぐらかされてしまった。あたしも、それ以上聞くことができなくて そのままお互いに会話を再開するきっかけもつかめずに時計を見たり、手元のケータイ電話をチェックしたり… どれくらいそんなふうにしていたのかわからなかったけど、きっとそれほど長い時間じゃなかったと思うけど 今思えばあのときもっといろいろ話しておきたかったな…なんて少し後悔してる。
 ”間もなく、上りホームに列車が入ってきます。白線の内側まで下がってお待ちください…”
駅舎の庇にぶら下がっている寂れたスピーカーからアナウンスが流れて程なくすると、地方ローカル線なら ではのたった1両編成のワンマン電車がホームにゆっくりと滑り込んできた。窓から覗いた車内に列車の乗客はまばらで、 ドアが開いても降りる人影はない。あたしは列車に乗り込んで自分の座る席を決めると、そこの窓越しにあの人が荷物を 渡してくれたので、それを自分の席の足元に置いた。列車はまだ動き出さない…あたしは席を立ち上がると乗降口のところ に戻った。最後にあの人を、あの人の姿をちゃんと見ておきたかったし、あたしの姿も覚えておいて欲しかった…  『向こうでも元気でやれよ、セルフィ。お前なら、きっとSeeDになれる。』
 『うん・・・あたし頑張って絶対SeeDになるから。』
たった数分前には普通に交わせていた言葉、でも今は続かない。また、お互い軽くうつむいて黙っていた。不意にあたしの 視界に白い物がふわりと舞い降りてきた。
 『あ、雪や。』
 『ほんとだ。もう、三月なのにな…』
季節はずれの雪は、次々とホームに落ち、しばらく残っては少しずつ小さくなって儚く消えていった。
 『そろそろだね…』
あたしがなごり雪に見とれていると、あの人はまた、時計を見ていた。そして、列車のドアから一歩離れた。
 『今度会えるのは、夏休み…いや、来年の今頃かな?』
 『うん…そのくらいやと思う。帰ってきたら連絡するから、またみんなと一緒に遊ぼな。』
 『ああ、楽しみに待ってる……それと、セルフィ、実は俺…』
あの人の声はそこで途切れた。その瞬間列車のドアが閉まり、ゆっくりと動き始めた。あたしはあの人が何を言おうとしたのか 聞きたくて必死で窓に顔を近づけて出来るだけ大きな声を出した。
 『ねぇ、何?何を言おうとしたの?もう一度言って!』
あたしの声は届いていなかった。あの人はあたしのほうを見ることなく、ホームに立ちつくして下を向いていた。 ただ、わずかに見えたあの人の淋しそうな横顔だけだった…


 「…さっき、あたしに手紙を返すときのアーヴァインにそっくりやった。何かを怖がってるような、 どこか淋しそうにも見える、そんな悲しい顔……こんなとこかな、あの人との最後の想い出の話は」
すべてを話し終えて、あたしは深いため息を一つついた。それと同時に、今まで背負っていた重い荷物を降ろし 終えたような…そんな気がした。
 「そう…バラムに来る前にセフィにそんなことがあったなんてね…」
 「うん、バラムに来てからすぐSeeD試験にアルティミシアのことにいろいろあったから…あの人が死んじゃったのは 戦いの途中でトラビアに立ち寄ったときに知ったんやけど、その時はあの人のことを思い出すほど余裕無かったし…」
 「でも、その手紙のおかげで思い出したんだろ?あ〜あ、きっと僕なんかより頭も顔も良くてめっちゃ格好いい人 だったんだろ〜な〜。もう亡くなった人にこんなこというのは良くないと思うんだけど、そこまでセフィに想われてるなんて、 勝ち逃げだよなぁ…」
アーヴァインの最後の言葉の意味がよく分からなかったあたしは、なにげに問い返した。
 「?それど〜いう意味やねん、アービン」
 「え?だって、その人、セルフィの彼氏だったんだろ?え、え?違うの?」
アーヴァインの言葉にあたしは思わず立ち上がって大声で反論した。
 「な、何言うてんねん!!その人は、トラビアガーデンの教師見習いの人で、その時もう奥さんや 子供だって居たのっ!!」
 「?!ええ〜っ、じゃあ、もしかして不…」
 「それもちっが〜う!確かにその人、あたし達トラビアガーデンの女子からは人気あったけど、 その人はあたし達のこと生徒としか見てなかったし、あたし達もそんなことせえへんわっ!!」
そこから先はもう、何を言い合っていたかわからない。この事以外にもなにかいろいろ言い争った様な気がする。 言いたいことを言い合ってすっきりして、ふと気が付いたとき、外を流れる景色はあたしにとって懐かしいトラビア のものだった。

 「ここやねん…」
ミサイル攻撃を受けた面影を感じさせないほど見事に復旧したトラビアガーデンの片隅、ミサイル攻撃の犠牲者の 慰霊碑の裏手に、それぞれ個人の立派な墓地が作られていた。トラビアに付いてすぐ、出迎えてくれた友達や仲間 への挨拶もそこそこに、荷物を部屋に置いたあたしとアーヴァインはそこに向かった。
 「先生、久しぶり。ごめんな、忙しくてなかなか帰ってこれへんで。そや、まだちゃんと報告してなかったっけ。 あたし、約束通りSeeDになったで」
あたしはこの三年間の出来事を先生が眠っている場所に向かって全部話した。そして、最後にあたしはここに来る きっかけとなったあの手紙を取りだした。
 「この手紙のおかげで、ここに来ることができた。これ、先生が三年前にあたしに送ったもんやろ。これ、 何でかわからんけど、一週間前に届いたんやで。みんなにも聞いてみたら、たぶんミサイル攻撃の後の混乱で どこかに紛れてたからやろって言うてたけど…あたしには先生があたしに会いたいから今になったんやと思ってる。 この手紙を読んで思い出してからあたしも気になってた。あのとき、先生はなんて言うたん?なんであたしの方を 見ないでうつむいてたん?ねぇ?教えてよ先生…教えて…よ…」
絶対泣かないつもりだった。でも、いったん流れ出した涙は止まらなかった。
 「…”実は俺、お前にバラムに行ってほしくない。ずっと、トラビアに居て欲しい。”…先生はそう言いたんじゃないかな?」
 「…アービン?」
 「うつむいてたのはきっと、セルフィの唇が”さようなら”って動くのを見たくなかったから…そんな気がするな」
アービンはそう言うと、先生のお墓の前でしゃがんでトラビアの駅前の花屋で買った桜の枝を供えて、そのままあたしの 方を振り向かず話を続けた。
 「もちろんこれは全部、セフィの話を聞いての僕の推測だけどね。それに、僕だったら間違いなくセフィが何処かへ 行っちゃうってわかったら絶対引き留めるし」
 「……」
肩越しに後ろを振り返って、何も言えずだまっているあたしの表情を見るとアービンは正面の先生のお墓の方に向き直って そのまま続けた。
 「…まだ、納得できないって顔してるね。セフィが思ってるとおりその先生と僕は違う。先生は僕みたいにセフィの ことを一人の女性としては見てなかっただろうし、自分の教え子のセフィがSeeDになるっていうのを心から喜んでたと思う。 でも、それでも、やっぱり納得できない部分って誰でもあるからね。きっと、途中までは先生も言わないつもりだったんだよ。 先生もきっとセフィに合わせて笑顔で見送るつもりだったんだ。でも、最後の最後に先生は自分の本音を言うことにしたんだ。 作った笑顔より、素直な感情の方がセフィの心に届くと思ったから………これで、どう?」
 「…うん…一応、納得した。ありがと、アービン。一緒に来てもらってほんま、よかった」
涙を拭いているあたしを見て、アーヴァインがようやく立ち上がった。
 「いや〜そこまで誉められると照れるな〜、ははは〜。とりあえず、ご褒美はセフィの唇で…」
 「は?んなわけないやろっ!ま、そう言うても何もないんは可哀想やから、今晩はあたしが腕によりをかけて作る 美味しいトラビアの郷土料理、ごちそうしたるっ!」
そんなやりとりをかわしながらあたしとアーヴァインは先生のお墓を後にした。その日の夕方、 不意に降り始めた春の雨が、この時期には珍しく雪に変わった。それはまるで、あの日のなごり雪のように、 翌日あたしがトラビアを離れるときまでずっと優しく、降り続いていた。
END


(あとがき)ども、Kallです。久しぶりの新作!!…と言えたらどんなによかったか^^;(を)え〜っと実はこの作品は 2〜3年前の丁度今の時期にとあるサイト様の管理人さまのお誕生日お祝いの寄贈作品ということで書き上げた未発表 (公式的に未発表。非公式的にはアドレス直入力でうちのHPで読めていました)作品なんですよ。 ただ、最近掲示板でも触れていましたがTVでなごり雪を聞いたこととかもあり(何かのCMでも見たような気が…)もう 公式にUPしちゃえとまぁ…(苦笑)ただ、そのまま公式UPするのはあれなので一部リメイクを施していますので 新しい気持ちで読んでもらえればうれしいかなぁと(爆)そして言うまでもないかもしれませんが、モチーフはもちろん イルカ(かぐや姫)の「なごり雪」でございます♪