月のながめかた


 「この程度か…」
 アルケノダイオスが振り下ろした前足の鍵爪を、ガンブレードで弾くたびに キーンという乾いた金属音が訓練場に響き渡り、手元にはその衝撃が伝わってくる。 …さすがに訓練場最強のモンスター、今でこそ一人で相手をするのもさほど苦ではないが、 昔はずいぶん手こずらされたものだ…しかし、ダラダラと長引かせてもいい訓練にはならない。 そろそろカタを付けるか…
 「これで終わらせる…」
鍵爪は通用しないと判断したアルケノダイオスが、今度はその鋭い歯で俺を捉えようとする。 が、それより一瞬早く地面を蹴って飛び上がった俺は、ヤツの頭上でガンブレードを両手で構え、 今まさに振り下ろそうと……
 「ちっ…またかっ!!」
…というところで視界の隅に人影が見えた。構えていたガンブレードを左手だけに持ち替え、 魔法を使うために精神を集中させる。
 「…ストップっ!!」
まるでビデオの一時停止のように、一瞬でアルケノダイオスの動きが止まる。 それとほぼ同時にその止まったアルケノダイオスの側に着地したところへ、俺の 視界の隅に居た一人の男子ガーデン生徒が、申し訳無さそうに話しかけてきた。
 「す、すまない、スコール。訓練の邪魔しちまって。お、俺だけなら横を 通り抜けれるんだけどな…」
その男子ガーデン生がちらと後ろの方を気にするそぶりを見せる。つられてその方向を見ると、 扉の影に一人の女子生徒の姿があった。
 「気にするな…それよりさっさと行け、あいつが動き出しても知らんぞ」
 「あ、ああ、訓練のじゃまして、ほんとごめんよ…じゃあな」
そういうと、男子生徒は女子生徒を手招きすると「早くいこう」とかなんとか言いながら 手を繋いで俺の前を通り過ぎていった。
 「……今日は何なんだ?」
ガーデンの北側にある訓練施設、ここはガーデン生の実戦訓練用にモンスターを放し飼いにしているエリア… だがこれは表の顔と言ってもいい、その奥にはここのもう一つの顔、ガーデン生のカップルの深夜の待ち合わせ 場所として使われる通称『秘密の場所』がある。おそらくあの二人が向かったのもそこだろう。
そう判断する理由は二つある。
一つは今はもう夜の8時、そんな時間に訓練に来る物好きは…俺のような物好きを除外すれば滅多にいない。 ましてカップルで訓練に来ることなどあり得るはずがない…。 そしてもう一つは今日はこれまでに、10組近くのカップルに訓練の邪魔をされ、そのいずれもが 訓練施設の奥に消えていって未だ帰ってこないこと……
 「これ以上は止めておくか…」
今日の自主訓練を諦めることにした俺は、ストップで止めて置いたアルケノダイオスへ さらにスリプルをかけて眠らせると、さっさと訓練施設を後にしようと出口に向かっていた。
丁度その出口の前に立ったときだった。
いきなり自動ドアが開いて飛び出してきた人影とぶつかった。
俺の方はそれほど衝撃はなかったが勢いが付いていた相手の方は少し弾き飛ばされて、尻餅を付いていた。
 「きゃっ、いった〜〜い」
この声…まさかと思い、目線を足下へ落とした俺の目に飛び込んできた見慣れた鮮やかな水色の 服と黒いロングヘアー…。
 「…・・おい、あんたこんな所に何の用だ?」
 「へ…あっ、スコールっ!!おっハロー!!」
それはまぎれもなくリノアだった。
 「おハローじゃないだろ、今もう夜の8時だぞ…」
呆れつつも、リノアを助け起こそうとそっと手を差し伸べると、「ありがと」と言いながらはリノアは俺の手に 両手でつかまる。俺は軽く力を入れてリノアを立ち上がらせる。
 「挨拶なんてどうでもいいじゃない〜。そのときの気分よ、き・ぶ・ん☆」
 「…まあいい。それより、何かあったのか?ずいぶん急いでいたみたいだったが…」
俺のその言葉で何かを思い出したのかリノアは「あっ、そうそう」と胸の前でポンと手を叩くと 「ねえ、ちょっと一緒に来て!」と、俺の手を引っ張って訓練施設の奥に走り出す。
 「お、おいおい、ちょっと待て、あんたまで今日はなんなんだ?この奥で何かあるのか?」
 「えっ?スコール知らないの??あっ、わかった、また仕事と訓練ばっかりで最近TVとか見てないんでしょ??」
驚いた顔でこちらを振り向いたかと思うと今度は疑いのまなざしを俺に向けるリノア。
 「…政治と経済ニュースぐらいは…見た」
 「やっぱり…もう、今日はね、100年の一度のすっごく長〜い皆既月食がある日なんだよ。 で、あたしもそれが見たくてここに来たの」
 「…そんなの、自分の部屋からでも見れるだろ?」
 「はぁ〜、わかってないなぁ。こういうのは、ただ見るだけじゃダメなのっ! そのシチュエーションが大事、例えばね…って説明するより見た方がいいかな? とにかく一緒に来たらわかるからっ!!」
さらに強く俺の手を引くリノア。俺はそんなリノアに手を引かれて訓練施設内の人工のジャングルを進む。 そうして、辿り着いたガーデン訓練施設の奥『秘密の場所』、案の定、さっき俺が訓練を中断して横を通した カップル達の姿がある。
 「あっ、見てみて!!もう始まってるよ!!」
空を見上げて月を指さすリノア。確かに満月が左下の方がわずかでは黒い影に覆われて欠けている。
 「ね?綺麗でしょ?」
 「ああ…」
 「あ〜なに〜?その『俺は興味ないからそんなのわからない』みたいな顔?」
 「…そんなことを考えてるように見えるか?」
 「うん、めちゃくちゃ見える………違うの?」
疑い深かったリノアの表情が少し驚きとも不安とも付かぬ物に代わる。
 「それは…」
話しを続けようとしたが、自分が思っていることを上手く表現する言葉が見つからない。
暫く続く重苦しい雰囲気、その間にも夜空の月は少しずつ欠けていく。
 「…ねぇ、スコールっていっつもそう。都合が悪くなったりすると黙っちゃう。 それじゃあ、あたしはスコールが何を見ているのか何を考えているかさっぱりわかんないじゃない」
 「…リノア?」
 「こうして同じ月を見てても、あたしは本当にただ”綺麗”って思いながらここから見上げてるだけ… でも、スコールはまるであたしとは違う所から月を見てる…ううん、もしかしたらスコールは月にいて ”見上げる”んじゃなくてただ自分の足下を”見下ろし”てるみたい。そして、あたしはスコールの 側に行きたいけど、月はずっとずっと遠くにあって、それは絶対に叶わない夢物語…」
近くにあった植木の木の葉を一枚ちぎるリノア。
 「……」
 「でも、いいの。こうしてあたしとスコールは一緒にいる。同じ世界に、同じ空気の底に、 同じ地面の上に。それで、いいの…。だって…あたし、スコールのこと大好きだもん…」
最後はもう今にも消え入りそうな涙声でそこまで言うと、リノアは完全に隠れてその輪郭だけが ぼんやりと輝く月をそっと見上げる。そして、リノアの肩は少し…震えていた。泣いているのか、 それとも夜風に当たったせいかわからない。だけど…次の瞬間、俺はリノアをそっと後ろから抱きしめた。
理由なんてなかった、ただそうしなきゃいけないような気がした。
 「…す、スコール?!」
 「…リノアの言うとおり、昔は誰もがあの月までは果てしない距離があって一生辿り着け ないものだと思ってた。本当に、夢物語だった。もちろん、今は人間が月に行くことも可能になってる。 でも、そんな今と昔でも変わらないことが一つだけある。それは月はこの世に一つしかなく、 いつも月は俺達の見るこの風景のどこかにある…」
 「スコール…」
 「俺もずっと、リノアのことだけが好きなんだ……そして、その思いは月と同じでずっと変わらない…」
 「知ってる。さっき黙ったのも…それが言い出せなかったからでしょ」
俺の腕の中ですっと振り返るリノア。
 「もう、簡単な一言じゃない。もっとさらっと言ってよ〜」
 「すまない……」
 「…でもね、ちょっとじれったかったけど…ちゃんと言ってくれてすっごく嬉しかったよ…」
そのとき、お互いに見つめ合って気付いた。涙で潤んだリノアの瞳に、いつの間にか月食が終わって 満月に戻った月が映っている。そしておそらく、リノアには……
 「…ねぇ、もしかして同じこと考えてる?」
 「たぶん…な…」
 「……スコールも見つけたんでしょ?月のながめかた……」
俺はリノアのその問いに精一杯の笑顔で答えた。


END


 ども、Kallです♪
2000年夏休み作品in実家、第二弾。今度は超甘甘なスコリノでございます。 ほんとはこれ7月(?いや6月だっけ←物覚え悪)にあった20世紀最後の皆既月食の時に思いついた ネタだったのですがそのあとテストとかFF9とかでなかなか書き上げるちゃんすがなくいままで埋蔵されていた物でしゅ。 で、久々ながらモチーフに使ったCDの曲はROUAGEというバンドの「月のながめかた」 (小説のタイトルと同名)という曲っす。しかし、書き上げてつくづく思ったのですが…スコリノってこういう バカップルなやりとりがよく似合う(笑)
2005年10月23日 再掲載