SPY


 その日、たまたま夜明け前に目が覚めた俺は、外の空気を吸いに行こうと自分の部屋をそっと抜け出した。 誰も居ない男子寮の廊下を抜け、ガーデンの中央ホールの入り口まで来たときだった。女子寮の廊下をこっちに向かって 歩いてくる人影を見て俺は驚いた。
 「…リノアか?」
最初は遠目、しかも非常灯しか点いていない廊下で確信がもてなかったが、少しずつ近づいてくるうちに間違いないと 確信した。明るい色が好きな彼女にしては珍しく、茶色のロングスカートに白の長袖のセーターという地味な格好、 しかもサングラスと帽子まで…は足元にいた彼女の飼い犬アンジェロの姿と、長い黒髪でリノアだと気付かなければ、 例えば出会ってすぐの俺ならきっと見過ごしてしまっただろう。
 『じゃあ、アンジェロ…いい子にして待っててね』
自動販売機の陰に隠れて様子をうかがう俺の目の前で、アンジェロが部屋に戻るのを見届けるとそのままガーデンの玄関に向かっていく。
 「こんな時間に…あいつ、何処行くんだ?」
腕時計を見るとまだ朝の5時すぎだ。
 「そう言えば今日は俺が休みだって言うのはあいつも知ってるはずなのに  いつもみたいに『デートに行こう』って誘ってこなかったな?!もしかして…」
俺の頭の中に考えたくない光景が浮かぶ。リノアと見知らぬ男が仲良く街を歩く姿が…
 「…・なっ、俺、何考えてんだよ。そんなこと、あいつに限ってあるわけないだろ……」
そうだ、リノアがそんなことするわけないじゃないか。どうせ友達とでも遊びに行くんだ、そうに決まってる…。
「だけど…」
ぬぐい去れない不安のせいか俺にはふとある考えが浮かんだ。
 「リノアの跡をつけて行けば…」
次の瞬間、俺は部屋に戻るとベッドの上に脱ぎ捨てていた上着を掴んで彼女の後を追いかけた。

 いったい何処まで行くんだ?2,30mくらい前を歩くリノアを見つめながらふとそんなことを思う。 あれから俺はリノアに見つからないようにそっと跡をつけてきた。リノアはガーデンを抜け出し、 バラムの街から列車に乗り込んだ。そして列車に揺られること数時間、デリングシティで降りたリノアは さっきからショーウインドウをのぞきながら商店街を歩き続けている。ときおり、腕時計を見ているから 待ち合わせの時間までの暇つぶしなのかもしれない。
 「やっぱり誰かと待ち合わせ…いや、でも相手が男って決まったわけじゃないだろ…信じよう…あいつを…」
自分に言い聞かせるように独り言をつぶやく。そして、それを後押しするのはこれまでの二人の日々の想い出。 嫌な考えをうち消そうと必死に明るい事を考える。
 「…そうだ、もし待ち合わせの相手があいつの友達だったら、あとで驚かしてやろう、ガーデンにいたはずの俺から 『今日あの子と会ってただろう』なんて言われたらリノアの奴どんな顔するかな?」
そんな俺の目の前で予期せぬ出来事が起きた。不意にリノアが立ち止まったのだ…それも高そうな車の横で。 まさか…思いがけない出来事に俺の胸は急スピードで高鳴る。
 「な……」
愕然として立ちつくす俺の目の前ではさらに信じられない光景が繰り広げられる。 車の運転席に座っている人物が窓か上げた手がリノアに向かって振られている。 それは間違いなく男のものそして、リノアは周りを気にしながら車の方に……
 「う、嘘だろ…しゃれになんないぜ、リノア…」
き、きっとこれは悪い夢だ、そうだろ?早く醒めてくれ…これ以上見たくないんだ……。 いくら叫んでも無駄だった、これは夢なんかじゃない。現実だ、それも最悪の。 これまでなんどかSeedの任務でスパイや尾行をしたことがあったけどこれほど真実を知るのが辛いのは初めてだった。
 「こうなったら…」
ショックで冷静さを失った俺にはもうわき上がる衝動を止められなかった…

 「リノアっ!!」
急に現れた俺を見てリノアは驚きの表情を隠せない。
 「ス、スコール?」
 「リノア、あんたには悪いけど今までおれあんたの跡ずっと付けてきてあんたのこと見てた… けど、これはどういうことだよ?あんたにとって俺ってなんなんだ?ただの遊びなのか? それとも本気だからこそ嘘を付いてでも欲しい幸せなのか?ここではっきりさせてくれ」
まくし立てて話しているうちに涙が出てきた…でも、俺はそれを拭わずに話を続けた。
 「どっちなんだよ?リノア…聞いてるのかよ…」
 「…はははははっ、何を勘違いしてるのかね?」
誰だよ?今俺のこと笑ったの?今の俺は機嫌が悪いんだ…ただじゃすまさな…
 「カ、カーウェイ大佐…?」
 「…私を誰と間違えたのかね?スコールくん」
 「な、もしかして…」
あまりのことにリノアの方を振り向く。
 「えへへ、ごめんね黙ってて、今日はパパと親子水入らずですごそうと思って… もしかして、あたしが誰か他の男の人と会うと思って跡つけてきたの?」
 「………いや、別にそんなこと…」
勘違いしたてリノアを疑った自分が恥ずかしかったのと泣き顔を見られたくなくてそっぽを向いた 俺の顔を下からリノアがのぞき込む。
 「うそっ、図星でしょ。顔に書いてあるぞっ、ん?…きゃっ!!」
そのリノアの視線に耐えきれなくなった俺はリノアに顔を見られないようにリノアを抱きしめた。 両腕がジンと熱くなるくらい強く……
 「ちょ、ちょっと痛いよぉ…」
 「ご、ごめん…」
珍しく口にしたその言葉は抱きしめた力が強すぎたのとリノアを少しでも疑ったことに対する俺の心からの謝罪の言葉だった。

 「じゃあ、今日はスコールも一緒に行こっ、別にいいよねパパ?」
 「…まあ、いいだろう。さ、二人とも早く乗りなさい」
俺はリノアとカーウェイ大佐に促されるままに車に乗せられた。連れて行かれた先は街のはずれにある教会。 カーウェイ大佐は教会の中には入らずその裏手にある墓地に向かう。俺とリノアもその跡をゆっくりと付いていく。
 「実はね、今日ママの命日なんだ。だから、パパと二人でお墓参りに…」
 「そうだったのか…」
それで、地味な服装にしてたってわけだ…
 「おい、リノア早く来なさい。スコールくんも、こっちだ」
 「…はい」
それは小さいながらも綺麗に掃除されて赤いバラの花束が手向けられた墓碑。
 「あれ?パパもうお掃除しちゃったの早いね?」
 「いや、まだだ…」
 「じゃあ、いったい誰が、そういえばこの花束だって誰が持ってきたんだろ?」
不思議そうに首を傾げるリノア…でも、俺には花束を持ってきた人物がわかっていた。 その赤いバラ花束の中にあった、たった一本のライラックがその何よりの証拠だった。 どうしてかって?それは俺にその人物がリノアの母の話をするときには、きまってそいつ が無理矢理自分の仕事場のベランダに作らせた小さな温室で育てているライラックを見つめながら話すからだ…
 「初恋の痛み…か…」
 「?!なにそれ?」
 「ライラックの花言葉だ」
 「へぇ〜、そうなんだぁ…けどスコールが花言葉知ってるなんて意外〜」
 「悪かったな…。知り合いが教えてくれたんだ」
そういや、あいつこんな事も言ってたな  『結局、俺はいろいろあってジュリアとの初恋を実らせられなかったけど、 お前はあの子と上手くやれよ。お前みたいな素直じゃない、不器用な男を好きに なってくれる物好きな女の子、そうめったにいないんだからな…』


END


ども、Kallです。なちこさんリクエストの「●あまめのスコリノ」と「●リノアが変装」… ”あまめ”ってのは十分満たせた(どころか、かなりあまあま)なスコリノになった気が(汗))… ”変装”って方は使用法にちょいと苦労して結果リノアの服装を変えてサングラス (変装っていわれてその程度の発想しかできんヤツ=アホ)をかけさせた程度にとどまってしまいました(笑) 。あと、この作品他サイト様に寄贈用として書いた作品の中で初のモチーフ曲搭載(余計なモノを… とお怒りの方すいません(平謝))作品です。それはタイトルに使った”SPY”という曲で 歌ってるのは槇原のりゆき(漢字知らず)です。それとすっごく余談ですが「ライラック」の 花言葉「初恋の痛み」は某サウンドノベル「弟●草」で見て知ったんです(ほんとに余談)