[Baby Maybe?] [4]
病院から数分もかからない場所に公園があった。
いつもなら小さな子供が母親と一緒に訪れている時間帯。
しかし、今日は曇天と言う天気の悪さに誰も来ていなかった。
病院のTVで放送されていた天気予報で今冬最後の雪が降るという。
誰もいない公園のブランコに乗って空を見上げていた。
失意の気持ちでブランコに乗っているその姿はまるでドラマの一場面のようであった。
――――妊娠してませんよ。
ついさっき、医師の口からそう告げられた。
体調もその内、元に戻るだろう。心配は要らない。
見事に期待を裏切られて失意のどん底にいる。
私…何やってるんだろう。情けない気がして泣きそうになった。
胸元で揺れているグリーヴァ。強く握って空を仰いだ。
真っ暗な曇天の空。何時の間にか白い『妖精からの贈り物』が空から降り注がれていた。
「雪…。天気予報当たっちゃった」
何処か雪をしのげる場所はないか。リノアはあたりを見回す。
何かがフラフラとリノアの視界を遮って彼女の顔と真正面からぶつかった。
ゴツン。
その何かは地面をコロコロと転がっていった。
リノアは額を擦りながら転がる物体を目で追う。
雪とは相反する真っ黒な物体。
「チョコボ…?」
チョコボにしてはおかしい。従来のチョコボは黄色の羽毛と黄色のくちばし。
このチョコボは真っ黒な羽毛と紫色のくちばし。
リノアは昔読んだ事のある本を思い出した。
4人の英雄が空への移動手段に困っていたのを、自ら名乗り出て旅に同行した勇敢な黒チョコボ。
…にしては小さい。まだ子チョコボであろう。
「黒チョコボ…初めて見た」
リノアは黒チョコボを拾い上げると、ジッとその姿をながめた。
足に怪我を負っているのに気がついた。
「怪我してたんだね。今、治してあげる」
リノアはチョコボの傷口に手を当て、ケアルを唱えた。
傷は見る見るうちに塞がっていく。
「あんたのお母さんびっくりしただろうね。一緒にいたはずなのにいなくなっちゃって」
黒チョコボは首を傾げてリノアを見ていた。その姿はとてつもなく可愛らしい。
「さ、早くお母さんを安心させてあげないとね。今頃あんたの事探しまわってるよ」
リノアは手を掲げる。黒チョコボはその手の中でバサバサと翼を動かす。
ゆっくり、ゆっくりとであるがその小さな体は浮き上がっていく。
やがて完全にリノアの手から離れた。少しずつ,風に乗りながらだんだん小さな体は空の色と重なっていく。
リノアはいつまでもその小さな存在が、完全に姿を消してしまうまでじっと見送っていた。
車を降りて自分の足で公園へ出向いた。
いつも不安にさせていると分かっていたけれど、それほど深刻な事だとは思ってもみなかった。
――――もうリノアを待たしちゃダメだよ。もう…リノア疲れてるよ。
自分は以前誓ったはずではなかったか。彼女を離さないと。
彼女に自分の口から『俺の側から離れるな』と言わなかったか。
SeeDの忙しさにかまけて彼女を置いてきぼりにした。
本来、彼女に与えてやるべきものは安心感のはず。全く逆の不安ばかりを押し付けていた。
――――もう独りで待つのは嫌だから、一人ぼっちは嫌だからって…。
知らない間に彼女は独りぼっちになっていた。
クリスマスのあの日、「好きだ」という言葉を聞きたがっていたのも、変わらない愛情を確認したかったからで
「子供が欲しい」と言っていたのも、狭い空間でたった独り不安な気持ちで帰りを待ちたくなかったから。
何か形のあるもので安心感を得たかったから…。
馬鹿だな…今頃気づくなんて。
冷たい雪が降り注ぐ中で、まるで迷子になった子供のようにリノアは立ち尽くしていた。
その顔は絶望的なものだったか、それとも逆の顔だったか。
表情を示さない顔。手の中に何かを包み込んで、それを慈しむような、まるで母になった顔をしている。
スコールはずっとそんな彼女の顔を見つめていた。
動けないわけじゃない。ただ動かずにいただけだった。
声を掛けたら何処かに行ってしまいそうで、なかなか声を掛けられない。
「リノア…」
やっとの事で絞り出した声も小さくて彼女に聞こえたかどうかも疑わしくなる。
スコールの姿に気づいたリノアはいつもの変わらない笑顔でスコールの元に向かってきた。
「スコール、ほら!」
彼女の手の中には黒チョコボの羽根が1枚残っていた。
「さっきまでここにいたの。お母さんとはぐれちゃってて、それから怪我もしてたし、
一生懸命飛ぼうとしてて…」
あれ…上手く言葉にならないや。リノアはそう言って笑った。
リノアが顔を上げるとスコールがいつにもまして穏やかな顔をしていた。
見なれている顔のはずなのに何故か胸の鼓動が高鳴る。
「そのチョコボは…飛べたのか?」
「うん。ずっと向こうに行っちゃったよ」
リノアが少し顔を曇らせて曇天の薄暗い空を見上げた。
結果がだめだったこと、その事で落ち込んでた事、親になった気分で飛んでいった黒チョコボを見送った事。
リノアは空を見上げながらスコールには顔を一度も見せないまま一言一言かみ締めるように話し始めた。
あれだけ欲しがっていたものが簡単に手に入らないものと知った時、
彼女のガラス細工のような繊細な心はずたずたに傷ついていた。
本当は泣きたいのに泣けなくて、すがり付きたいのに足が動かなくて精一杯心の中でもがいていた。
リノアはスコールにいつもの変わらない笑顔を向けた。
「ごめんね、スコール。あれだけ無理言ってお願いしたけど…ダメだった。
スコールも楽しみにしてたんだよね。本当にごめん…」
「お前が謝る必要は無い…謝るのは俺の方だ。セルフィに叱られた。泣いてるって聞いた。ものすごい不安を俺は与えてたんだ。本来なら与えちゃいけないはずなのにだ。俺…このままじゃリノアを悲しませる事しか出来なくなってしまう。SeeDを辞めたい…ずっと、お前の側にいたいんだ。もう悲しませたくないから…」
リノアの表情はずっと固まっている。嬉しいはずなのに素直に喜べない。
「…だめだよ。辞めちゃだめだよ。皆、スコールの事すごく必要だって言ってるよ。
私…それを誇りに思ってるんだから…」
スコールはリノアの身体をそっと抱きしめた。
「俺を必要だと思ってくれるのはリノアだけでいいよ」
「だめ、それだけじゃダメなの!」
リノアがスコールの腕から離れた。
「私はスコールが無事に帰ってきてくれるだけでいいの。
抱きしめてくれて「ただいま」って言ってくれるだけでいいの」
「俺が無事に帰ってこなかったら…死んだら…どうするんだ」
リノアがスコールの頬に自分の手を当てた。蒼い瞳はしっかりと自分を見てくれる。
彼は一生懸命私のことを考えてくれてた。
世界を担う彼に、私がしてあげる事が出来るのは信じて待ってあげる事。
「未来に…保証は無いよ?そのときどうすればいいのかなんてその時にならなきゃわかんないってスコール言ってた。私には何もしてあげられないの。スコールを信じてあげる事しか出来ないの。スコールは…その私の願いを叶えてくれればいい。無事に生きて帰ってきてくれれば…」
何も要らないの。唇が重なって言葉は口の中に押しとどめられた。
「…愛してる」
微かに聞こえた。聞こえた気がしただけかもしれない。
リノアの目に涙が浮かぶ。アイシテル…ずっと頭の中でその言葉が回っていた。
「俺…もっとリノアを悲しませると思う。この道は絶対にリノアを悲しませる道なんだ。でも、置いてきぼりになんかしないから。今すぐ誓うよ。信じて待っててくれ…。いつか、ずっと一緒にいられる日がくるまで…」
スコールが再度リノアを抱きしめる。リノアはぼろぼろ涙をこぼしながらスコールの袖にしがみつく。
「ね…もう一回…『愛してる』って言って?聞き間違えたのかもしれないから」
「何度でも言ってやる。愛してる…リノアの事を愛してる」
人間は頭が良すぎるから。
未来に不安や希望がたくさんありすぎて
どうすればいいかなんてその時にならなきゃ分からないけれど
でも今日は大好きな人が側にいるから
手を繋いで安心させてくれるから
深く考えずに
明日は明日の自分に任せて
ゆっくりと眠ってしまおう。
END
☆★☆
後書き(言い訳とも言う)
これが長引いた理由
@期末試験があった。
A話のプロットにかなり迷った。
B折角書いたのにパソがフリーズして全て水の泡になった。
C風邪引いて微熱が続いた。
しかも最後の文章なんか無理矢理くっつけたようなもんだから文章になってない…。
前後編で終わるはずが4話になったのは星雁のワガママな思考の所為です。
どうしてもKallさんのクリスマスプレゼントの中身にある「子供が欲しい」と言う理由を付け足したかったのでした。
兄貴の理由と違ってると思うのでごめんなさい。深読みしすぎました。
どこかの海で水死体発見したら星雁だと思っててください(^^;)
長々とお付き合いありがとうございました。
1999.12.16 星雁
☆★☆
ども、Kallです。これは星雁さんより1000ヒット突破記念に頂いたものでKall作の「クリスマスプレゼント」の続編です。すっごくいいです!!Kall的に各章の見所を・・・1章はやはりスコールとラグナの会話でしょう。特にすっごくはまったのがラグナさんの「あったりまえだろ〜俺でもこうやって父親してるんだぜ〜」・・・・ラグナさんらしい台詞でなおかつとまどうスコールに対しての説得力がある名台詞です。2章はスコールの「…心配するな。ゆっくりとでも父親になる努力をするから。…逃げたりなんかしない」につきます!!もしKallがスコールの立場だったら言えないよこんなこと・・・・。3章はセルフィとスコールのやりとり。これ全部いいっ!!特に後半部分の女の子同士だからこそ、そしてずっと二人を見守ってからこそセルフィが自分が嫌われてもいいからスコールとリノアに幸せになって欲しいってところ・・・・・けなげだねぇセルフィ(涙)。そして4章、・・・・やられました、黒チョコボの子供、まさかここでそうくるとは・・・さすが星雁さん!!もう星雁さんの住んでる方に足向けて寝れません。けど、それだけじゃなかった!!スコールの『愛してる』・・・読みながらこたつから飛び出してPCの前で”な○びの当選の舞”ならぬ”Kallのスコリノ神に捧げる驚喜の舞@スコリノ万歳バージョン”を踊りました(超絶核爆死)。星雁さん、こんなに素晴らしい小説を書いていただき本当にありがとうございましたm(_ _)m。
|