死神のKiss(前編)
「いらっしゃいませ」
ドアをくぐるとすぐに中年の男性の声に迎えられた。ここは繁華街の裏路地にある静かなショットバー、さっきの声の主はこの店の
マスターだ。いつものようにカウンター席に座ると何も言わないでも、すぐに一杯のカクテルが差し出される。
「隣に座らせてもらうぞ…」
と、不意に私の隣にサングラスをして上下を黒のスーツで見に包んだ黒ずくめの男が座った。私は男を横目で見るとカクテルを飲み
干してすぐに返事を返した。
「…仕事ね。で、今回のターゲットは?」
「この写真の少女だ」
そういって男は一枚の写真を私に差し出した。
「この子……」
「そうだ、あんたも知っているだろ…」
「ええ」
そこに写っているのは一人の少女だった。その少女には見覚えがあった。理由は二つ、一つはその少女が「魔女」と呼ばれているから、
そしてもう一つは私にとってその少女が邪魔な存在だから……。
「?!…これは…どういうこと?!」
その少女の写真を私が初めてみたのは半年前だった。なにげに見た朝刊の一面にあった少年と少女の2ショット写真、
一人はその「魔女」と呼ばれる少女、そして一緒に写っていた少年は、幼い頃から私が良く知っている人物だった。
「嘘でしょう…どうして……??」
最初は、にわかには信じれないことだった。昔からその少年は、誰にも心を開かなかった。正確には私がその少年に出会う前、
少年には姉がいてその姉にだけは心を開いていたと言う話は耳にしていた。が、ある日少年の姉が居なくなってから少年はまた
その心を閉ざしていた。しかし、私が目にしたその新聞の記事には、まるでそんな過去を思わせるような言葉は無かった。
どう見ても幸せ一杯の交際中の有名人カップルが写真に撮られたという風にしか見えなかった。私はその記事がウソであることを祈り、
必死にその少年と少女についての情報を集めた。しかし、私の手元に集まってきた資料は記事を否定するものなど一つもなかった。
「何故?何故なの?わからない…誰にも心を開かなかったあの子が…こんな女に!!」
それ以来、私にはその少女の顔が忘れられなくなっていた。
「あんたも知っているだろう。魔女の魔力はかりしれない。そんな存在が中立とはいえ、傭兵集団であるSeeDと行動を共にしている
のは我々だけでなく全世界の人々にとって驚異なのだよ」
「…でもいいの?この子、この国のカーウェイ大佐の娘だっていう噂を聞いたことがあるけど?」
噂…というよりも事実だ。以前、私が情報を集めた時に手に入れた戸籍謄本でそのことは確認済みだった。
しかし、親子の間には大きな溝があり、ほとんど勘当状態だという話も同時に入手していた。その質問はいわば、
私にとってクライアントからの依頼内容の最終確認だった。
「ふん、そのことか…そんなつまらぬ噂など気にするな。あんたは我々の依頼を遂行すればいい!!」
「…まあいいわ。ちゃんと報酬が貰えれば私は誰の依頼でも受けるし、何でもする、もちろん人だって…。それと、いつもの
ことだけど手段と方法は私に任せること、いいわね」
「ああ。わかっている。一応、前払いと準備金にこれだけ渡しておく」
そういうと男は席を立って帰ろうとする私に小切手を差し出した。私はそれを無言で受け取ると店を後にした……
「誰か助けてぇ〜!!」
報告書作成のデスクワークに疲れた深夜、ストレス解消にと訓練施設でモンスターを相手に軽い運同をするつもりで訪れた
俺達を出迎えたのは、女性の悲鳴だった。
「おい、スコール、今の…」
「わかってる、行くぞ、ゼル、アーヴァイン」
「OKっ!!」
俺達は急いで悲鳴の聞こえてきた方に駆け出した。
「おい、あそこだっ。アルケノダイオスに襲われてる」
ゼルが指さす方向を見ると女生徒が一人アルケノダイオスに壁際に追いつめられていた。
「よし…アーヴァインとゼルであいつの気を引きつけろ。俺がその間に女生徒を助ける」
「了解っ、いっくぜ〜」
まず、ゼルがアルケノダイオスの前に飛び出すといまにも女生徒に噛みつこうとしているアルケノダイオスの顔面に、
回し蹴りを叩き込んだ。と、同時にアーヴァインがやつの背後から波動弾をお見舞いした。
「今だ、スコール」
「ああ」
アルケノダイオスが怯んでいる隙に俺がが壁にもたれかかってへたり込んでいる女生徒に駆け寄った。
「おい、大丈夫か」
「え、ええ。ありがとう」
「礼は後でいい、それより早く逃げろ」B
「そ、それが、足が…」
見ると右足のふくらはぎの辺りが真っ赤な血で染まっている。たぶん、アルケノダイオスのツメで引っかかれたのだろう。
「しょうがない…ここを動くなよ」
動けないとなると助ける手だては一つしかない……俺はアルケノダイオスに向けてガンブレードを構えた。
「ゼル、アーヴァイン…俺がやるっ、どけっ!!」
「ちょ、ちょっとタンマ!!」
ゼルとアーヴァインがアルケノダイオスの前から飛び退いたのを確認するとガンブレードに精神を集中させる。
「…エンドオブハートっ!!」
一気にアルケノダイオスとの距離を詰める。俺が振り降ろすガンブレードの斬激が次々とアルケノダイオスに吸い込まれていった。
周りで見ているゼルとアーヴァインにはその斬激は一筋の閃光にしか見えないだろう。そして、最後の一閃がアルケノダイオスに
消えていった直後、その巨体は地面に倒れ込んだ。
「ひょ〜、相変わらず手加減無しってカンジだね〜」
「あたりまえだろ、スコールがそんな言葉知ってたらリノアも俺達も苦労ねえよ」
「そりゃそ〜だね」
「何か言ったかお前ら…」
「い、いや別に…な?アーヴァイン」
「う、うん」
まったく、思いっきり聞こえているんだ。どうせ言うなら俺が聞いてないところで言えよな…
そんなことを思いながら俺はまだ座り込んでいる女生徒の所に歩み寄った。
「おい、大丈夫かあんた」
「ええ、なんとかね。もう少しで危ないところだったけど。あなたのおかげで助かったわ。
ありがとう、スコール・レオンハート君」
「?あんた何故俺の名前を?」
「ふふっ、バラムガーデン生なら伝説のSeeDと言われるあなたの名前はみんな知ってるわよ」
そんな物なのか?一瞬不思議に思ったがそう言われると何も言えない。実際、俺の名前は思いとは裏腹にバラムガーデン生、
いや他のガーデンや一部の軍関係者にも知れ渡っている、それも伝説のSeeDという通り名付きで。
「そりゃそうだよね〜、あと伝説のSeeD以外にもリノアとのラブラブカップルぶりもみ〜んな知ってるしね〜」
「アーヴァイン…お前…」
「じょ、冗談だよ〜。やだな〜、そんな怖い目で見ないでよ〜」
「ふふっ、あなた達仲がいいのね」
と、不意に助けた女生徒が俺達の会話に割り込んできた。
「だからどうした?それよりあんた、なにしてる?そういやケガは大丈夫なのか?」B
「ええ、まあね。一応、ケアルで出血は止めたんだけど傷の手当は完璧じゃなくて…それでねスコール君、助けてもらったついで
で悪いんだけど、私を保健室まで送ってくれない?」
「な、お、俺がか?」
「ええ、ダメかしら?」
女生徒はゆっくり立ち上がると俺にもたれかかってきた。まったく、やめてくれ、そういうことをされると……
「あ〜、いいな〜、僕と代わってよ〜、スコール」
ほらみろ…アーヴァインが羨ましそうに俺の方を見ている。しかし、俺もこういうのはあんまり相手にするつもりはない。
この場はアーヴァインに引き渡すのが賢明だな。
「そうだな…俺よりもアーヴァインの方が…」
「あら?いいじゃない。私はあなたに連れていってもらいたいの…お願い☆」
いきなり女生徒が俺の腕にしがみついてきた。これ以上絡まれるのは鬱陶しくてかなわない。
アーヴァインとゼルの手前、平静を装っていようと努力していたのだが、さすがにこれには俺も驚いて
女生徒の方を振り向き、しがみつかれている腕を振りほどこうとした。
「あんた、いいかげんに……して…く……」
その女生徒の瞳を見た瞬間、不思議な感覚に捕らわれた。まるで、溶けてしまそうなほど甘い花の香り
を嗅がされたかのように頭の中が真っ白になった。
『罠か…』
気付いたときにはもう手遅れだった。必死に平静を取り戻そうとしたが無駄なあがきだった。空っぽになった
俺の思考回路は虚無感と脱力感、そして不思議な幸福感に満たされていた。
「ね、いいわよね?スコール君……」
「…ああ…わかった」
次の瞬間、俺の発した言葉にゼルとアーヴァインは驚きの表情を見せた。しかし、俺にはもうそんなことはどうでもよかった。
完全に停止した思考回路では自分の発した言葉の意味さえも理解できていなかった。
「お、おいおい、スコール??」
「聞いたとおりだ。お前ら二人とも先に戻っててくれ。俺はこの人を保健室に送ったらすぐ戻る…」
自分でも何故そんなことを言ったのか不思議だった。俺はアーヴァインとゼルの方を振り返ることもなく、
彼女を見つめたままそれだけ言うと、その女生徒を連れて…いやむしろ俺のほうが手を引かれるようにして、
訓練施設の出口へ歩き出した。
「いったいどうしちまったんだスコールのやつ?」
ゼルがクビを傾げながらアーヴァインに問いかける。
「何か妙だね…あのスコールがリノア以外の女の子に…それに、あの女の子、何処かで見た覚えが…」
「あ〜ん?どうせまたお前が昔どっかでナンパしたんじゃねえの?」
「あのね〜、それなら相手の子も僕のこと覚えてるよ〜」
ゼルの冷やかしに反論するアーヴァイン。
「は〜?じゃあ何処で見たんだよ?」
「う〜ん、何処なんだろう…でも、なんか嫌な予感がするんだよね…」
なにげに振り返った俺の目にそんな二人の様子を目にした。そして、俺の方を見つめるアーヴァインの
表情にいつもの笑顔は無かった。
保健室、昼間はカドワキ先生や保健委員が常駐しているし、ケガや病気の生徒が訪れてくることも多い。
また本来の目的以外に保健室に遊びに来る生徒も多くにぎやかだが、深夜、生徒が全員寝静まるとさすがに
静寂に包まれる…下調べ、いえ、私のいたころと何も変わらないのね。
「ふふ、伝説のSeeDっていうからどれほど成長したのかと思ったけど…まだまだ子供ね」
虚ろな瞳をしているスコールをベッドに座らせるとその上着をそっと脱がす。催眠術にかかっているので起きて
はいるがその意識はかなり朦朧としているはずだ。少なくとも私の話す言葉の意味や目にした物を判断する能力は
無くなっている。そして、私が術をかけている間の記憶は彼には残らない。上着を脱がせるとそっと彼をベッドに寝かせる。
「さあ、それじゃ……」
私はスコールの首筋にそっとキスをすると軽く歯をたてる。しばらくしてから、唇を離すとそこには小さな、それでいて
はっきりとした赤い傷跡が残った。
「ふふふ、これでいいわ。そろそろ夢からさめてもらおうかしら…」
そういうと、スコールの頬を軽く叩きながら優しく声を掛ける。
「ほら、スコール君、起きて……」
「く…ん…あっつ、頭が……あんたは…お、俺は一体??」
「大丈夫?、あなた私を保健室までに連れてきたらいきなり倒れちゃったのよ?どうも貧血みたいだったから、
私がこうして看病してあげてたの」
私は平然とスコールにウソをつく。でも、彼には私の催眠術にかかっていた間の記憶はない。もちろん、
彼はそれを素直に鵜呑みにした。
「わるかったな…迷惑をかけた。それよりあんたの傷の方はいいのか?」
「ええ、あなたが寝ている間に保健室にあった回復魔法で完全に直したわ。それより、さっきからあなたの
携帯電話が鳴ってたけど…もしかして彼女からじゃないの?何か用事があるのかも知れないから会いに行って
あげたほうがいいんじゃなくて?」
と、スコールに私が着信履歴が入った携帯を見せた。もちろん、これも私がさっき偽造した物だ。
「そ、そうか…じゃあ、悪いが俺は行くぞ」
「ええ、それじゃあね。スコール君」
ふふふ…面白いようにはまってくれたわ…。彼は上着を着ると私のほうを振り向かず急いで保健室を出ていった。
私が付けた死神のKissにも気付かず……
「おい、リノア?いるのか?」
「む〜なによ〜…こんな夜中に…」
ベッドでウトウトと夢見心地だったあたしはドアをノックして呼びかけるスコールの声で現実の世界に引き戻された。
昼間なら眠たいときは諦めて帰るまで放っておくんだけど、静まり返った真夜中のガーデンの寮の廊下にはわずかな
物音でもかなり響く。他の部屋の人に迷惑をかけるわけにもいかないから、あたしは眠い目をこすりながらドアを開けた。
「う〜ん…な〜に、スコールぅ…こんな夜中に…」
「あ…?寝てたの…か??」
「うん…で、どうしたのあたしになんか用事?」
「あっ、いや…それならいいんだ。さっきお前が俺の携帯になんども連絡入れてたみたいだから…」
「え?あたしが?」
「ああ、だって、これ見ろ。ほら…」
スコールの差し出す携帯のディスプレイをのぞき込む。おっかしいな〜、電話なんてかけた覚えなんて無いんだけど…
でも、その番号、確かにあたしの携帯の番号なんだよね〜……
「あれ?あたしは掛けた覚えないんだけど…う〜ん、いつも携帯枕元に置いてるから寝返りうったときに
リダイヤルボタンでも押しちゃったかな?」
「そうか、俺はてっきりあんたが俺に用事があるものだと…わるかったな、こんな夜中に起こして…」
「あ、いいよべつに…ん〜?あっ、だめだめっ、まだ帰らないでっ!!」
夜中に無理矢理起こされたうえにただで帰すなんて……なんか損した感じがした。帰ろうとしていたスコールを
強引に引き留めて部屋の中に引き込む。
「な?なにするんだ、リノア」
「ふふ〜ん、眠ってたところを無理矢理起こされちゃって目が覚めちゃったて〜、眠れそうにないの、だから…」
「だから?」
も〜、照れちゃって〜あたしの言いそうなこと見当付いてるくせに〜。
「ゆっくり眠れるようにお休みのハグハグして〜♪」
「やっぱり……」
「ぎゅ〜〜〜っとね、ぎゅ〜〜〜っと」
「ああ、わかってるよ」
ふにゃ〜、スコールはあたしをそっと抱き寄せるとゆっくり背中に手を回して抱きしめてくれた。あたしは目を瞑って
スコールに身を任せてその胸に顔を埋める。
「うにゃ〜〜〜暖かいにょ〜〜…?!」
へ…なに、これ…こんなところに傷?!ううん、違うこれ…傷じゃない!これは…それにこの香水の臭い…
「どうした?」
「スコールの服から香水の臭いがする…それも女物…」
「香水??あ、ああ、たぶんそれは…」
スコールはさっきの訓練施設と保健室であったという出来事をあたしに話しはじめた。
「…というわけだ」
「…ふ〜ん…じゃあ聞くけど…その首筋にある傷跡は何?」
to be continued…
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