核のない平和な21世紀を!
被爆体験を通じて
(副題 被爆生徒とその家族の証言)
太平洋戦争の末期1945年8月6日に原爆がヒロシマに投下された。
これによってヒロシマは焼け野原と化し、14万人ともいわれる人々が被曝死した。
降り注いだ放射線によってその後も多数の被爆者が原爆症の恐怖に脅かされた。
(放射線の人体に及ぼす悪影響は、長い年月を経ても残存する場合があり、
多くの被爆者が現在なお原爆症で苦しんでいる。)
これは、核兵器が実際に使用された人類史上始めての出来事であり、
その悲惨な被曝の実相は、今後も世界平和のための
教訓として永く語り継がれなければならない。
私はこのホ−ムペ−ジで被爆体験についてお話します。
私は中学一年生の時広島で原爆に被爆しました。
0.9Kmという近距離で被爆しましたが、幸い九死に一生を得ました。
しかし沢山の友人を原爆で失いました。
爆死・焼死・全身熱傷やその後の放射線障害で
同級生の九割以上が亡くなったのです。
核兵器は誠に恐ろしいものです。その凄まじい
破壊力は勿論ですが、放射線と言う魔物を持っているのです。
まず私自身の被爆体験を紹介し、平和への思いを述べ、
更に、あの時倒壊した校舎から脱出を果たしながら、
後年になって原爆の後障害などで亡くなった級友の脱出の手記を、
そして原爆の強烈な熱線や放射線をまともに受けたため、
急性の放射線障害を起こして早々と犠牲になった友人達の最後を看取られた
遺族の方々の無念惜別の証言の数々を併せて紹介します。
このペ−ジを読んでいただき、
あるいはヒロシマの原爆資料館も訪れていただき、
原爆被爆の実相や、被爆者の苦悩、核兵器の恐ろしさを知り、
皆で核兵器の無い平和な世界の実現に
努力していただきたいのです。
これは我々ヒロシマの被爆者の願いです。
リンク
HSO(HIROSHIMA SPEAKS OUT)
被爆者・ヒロシマからのメッセ−ジ
1999/9/23作成
2009/7/21更新
ご訪問有り難うございます