No12

     詰  も  役  い  終  焼                 間          
     め  う  場  た  戰  け                 の  田        
     た  勤  の     の  残                 空  村        
     元  務  二     御  り     八           地  長     八  
     氣  隊  人     放  の     月           を        月  
     は  移  の     送  資     十           借  田     十  
     一  転  女     を  材     五           り  実     四  
     気  の  職     拝  を     日           受  藏     日  
     に  必  員     聴  運                 け  氏        
     抜  要  は     し  ん                 て  に        
     け  も  泣     た  で                 修  御        
     て  な  き     全  口                 理  願        
     し  く  伏     員  田                 所  ひ        
     ま  な  し     不  役                 の  し        
     っ  っ  て     動  場                 移  て        
     た  た  し     の  に                 転  役        
        今  ま     姿  却                 を  場        
        日  っ     勢  下                 決  と        
        ま  た     の  中                 定  學        
        で        ま                    し  校        
        の        ま  正                 た  の        
        張        泣  午                             
                                                  

              の  と  後  駒    大                 か  ら  技  修  焼  新          
              如  で  に  村    本                 ら  れ  術  理  跡  軍  任        
              く  あ  二  軍  が  営                 始  ず  者  所  で  司  中        
              勤  っ  千  医  あ  跡     八           ま  逃  ば  の  着  令  に     八  
              務  た  四  部  っ  に     月           る  亡  か  兵  任  官  敗     月  
              し  が  百  長  た  天     十           終  者  り  達  式  谷  戰     十  
              た  私  位  の     幕     七           戰  等  で  は  を  孝  と     六  
                 自  で  注     舎     日           業  は  あ  年  か  雄  決     日  
                 身  危  意     を                 務  一  っ  を  ね  中  っ        
                 自  険  で     造                 も  人  た  と  て  将  た        
                 覺  だ  白     っ                 楽  も  の  っ  行  の           
                 症  か  血     て                 で  な  で  た  は  声           
                 状  ら  球     毎                 あ  く  部  人  れ  涙           
                 は  注  の     昼                 っ  よ  内  も  た  下           
                 何  意  検     食                 た  く  に  あ     る           
                 も  す  査     に                    団  終  り     訓           
                 な  る  を     は                    結  戰  殆     辞           
                 い  様  受                           し  の  ど     が           
                 の  に  け     食                    て  動  が     司           
                 で  と  た                         い  揺  温     令           
                 平  の                            て  は  厚     部           
                 常  こ                            之  見  な     の           
                                                                       
                                

           之  代  尾  機  總  又  国  無     す  誤  前     然  を  っ  代  あ  も       
           で  金  道  K  動     庫  償  八  る  っ  の  八  る  廻  た  衣  り  の  央     
           私  の  船   ° 員     納  で  月  と  て  通  月  に  っ  が  ・     は  部     
           の  支  舶  K  と     金  出  廿     い  牒  廿     た  忙  麻  即  速  の  八  
           直  拂  金   ° し     し  し  七     る  は  日        し  綿  日  や  指  月  
           接  等  物     て     て  た  八     こ  取  と        か  等  夜  か  令  十  
           の  を  K  広  自     貰  も  日     と  消  思        っ  を  を  に  で  八  
           終  実   ° 島  活     う  の  頃     を  す  ふ        た  掃  徹  民  残  日  
           戰  施  K  の  兵     諒  は        知  と           私  ひ  し  間  存     
           業  し   ° 宍  器     解  有        っ  の           は  下  て  に  兵     
           務  た  等  戸  製     を  償        た  通           中  げ  近  無  器     
           は     に  鋳  作     得  と           達           野  た  郷  償  類     
           終     連  物  の     た  せ           が           ・     八  で  の     
           了     絡  K  小        よ           あ           畑  手  ヶ  で  中     
           し     し   ° 野        と           り           賀  分  村  出  民     
           た     て  K  田        の           中           ・  け  を  す  間     
                 材   ° 市        指           央           口  し  廻  様  に     
                 料     の        示           部           田  た  り  に  流     
                 の  鞆  富        で           の           の  つ  本  と  用     
                 拂  の  士        若           指           三  も  綿  の  出     
                 下  鋲  輸        干           令           ヶ  る  ・  命  来     
                 げ  螺  送        宛           の           村  だ  手  令  る     
                 製  ・                                                     
                 作  釘                                                     
                    組                                                     
                                                                
                                                                         

        は  そ  焼  三  と  は  家  行  死        方  ン  私  を  頃  其  治  二  佐  員          
        亦  の  け  〇  言  れ  屋  方  亡        だ  の  の  聞  に  の  療  日  藤  二  の        
        奇  一  た  〇  ふ  爆  は  不  者  十     っ  三  家  い  は  后  法  に  淳  十  間        
        跡  粁  の  度  か  心  約  明     一     た  人  で  た  私  は  の  其  見  餘           
        と  位  だ  以  は  地  九        月        が  は     の  死  判  他  習  人  福        
        言  以  か  上  ガ  一  万  1  7  一        死  二     持  亡  ら  の  士  計  屋        
        っ  内  ら  で  ソ  粁  の  3  8  日        亡  男     っ  率  ぬ  兵  官  五  ・        
        て  の  想  あ  リ  位  内  9  1  頃        し  嘉     て  も  ま  士  八  十  日        
        よ  野  像  っ  ン  で  六  0  5  の        て  孝     い  減  ま  も  月  餘  赤        
        い  外  に  た  類  は  万  0  0  或        丁  ・     る  っ  に  重  十  人  な        
           に  餘  と  に  瞬  二  名  名  る        度  四     名  て  散  い  三  が  ど        
           居  り  思  す  時  千        調        半  男     簿  此  っ  火  日  八  で        
           て  あ  う  ぐ  の  戸        査        數  嘉     外  の  て  傷  に  月  修        
           火  る  又  に  発  が        で        だ  忠     に  稿  行  の  狩  末  理        
           傷  高  頭  引  熱  崩                 か  と     二  を  っ  者  野  迄  所        
           一  温  髪  火  と  壊                 ら  昇     三  整  た  は  曹 └   員        
           つ  で  が  し  言  焼                 近  地     の  理  の  全  長  に  三        
           な  あ  瞬  た  ふ  失                 所  の     死  し  で  員  は  死  十        
           い  っ  時  程  か  し                 で  オ     亡  た  あ  死  八  亡  名        
           私  た  に  だ  爆  た                 は  バ     者  十  る  亡  月  し  兵        
           夫  ろ  全  か  発  と                 多  ア     の  二     し  二  た  器        
           婦  う  部  ら  熱  言                 い  サ     噂  月     た  十     部        
                                                                                
                                     
八月十四日 昭和20(1945)年8月14日火曜日
八月十五日 昭和20(1945)年8月15日水曜日
八月廿 昭和20(1945)年8月20日月曜日
八月廿七 昭和20(1945)年8月27日月曜日
なかのむら
中野村
はたかむら
畑賀村
中野村
畑賀村
瀬野村
昭和31年
瀬野川町
昭和48年
広島市
昭和55年より
広島市安芸区
N012-3
くちたむら
口田村

小田・矢口の2ヶ村が合併した時2文字を継承したことが由来。
明治22年から昭和30年まで口田村と呼ばれ、昭和30年高陽町の一部となり同町の大字名として継承され、昭和61年から安佐北区の町名として呼ばれる

N012-1
玉音放送

(終戦の御放送)

とおじさんは言っている
昭和20(1945)年8月15日正午から、昭和天皇自らが太平洋戦争終結の決定を国民に伝えるために行った録音放送。
それまで、天皇は神聖なものであるからラジオに出ることはなかった。昭和20年7月26日に日本の無条件降伏を要求するポツダム宣言が出されたが、日本政府はこれを拒否した。8月6日広島市、8月9日長崎市に原爆が投下され、8月9日ソ連の参戦があって、8月14日の御前会議で天皇の決断によってポツダム宣言受諾が決定された。その席上、天皇は、国民に呼びかけるために自らマイクの前に立ってもよいと表明し、同日深夜宮中で、天皇がポツダム宣言受諾に関する詔書を読み上げて、2組の録音盤にとった。このとき陸軍将校の一部が降伏に反対して録音盤奪取、放送中止を謀って宮内省と放送会館を襲撃する事件があったが、放送は無事行われ、太平洋戦争は終結した。
N012-1
とものびょうら・くぎ
鞆の鋲螺・釘組合
(現・鉄鋼協同組合連合会かとも思いますが?)
(鉄鋼団地の)現住所標示:福山市鞆町後地26-91
鞆の鉄鋼業は鞆鍛冶を発祥と明治に軌条用品が大正には鍛工品向素材(角鋼)が造られて次ぎに平鋼、丸鋼、異形棒鋼が生産され戦後は「鞆鉄鋼団地」で鍛工品生産地帯を形成している。
ビョウ、ネジ、クギの生産も盛んだったと思われますが・・・
N012-3
原爆被害 おじさんが書きとめた数字は広島県警察部調査(昭和20年11月30日現在。軍関係含まず)のものと合致します
死者数  7万8,150人
行方不明者  1万3,983人
重軽傷者  重傷者9,428人  軽傷者2万7,997人
罹災者  17万6,987人
 30万6,545人
N012-4
原爆被害
死者数
広島平和記念資料館の資料
約14万人(誤差±1万人)の方々が死亡したと推計されている。現在も正確にはつかめていない。
【上記の數字は放射線による急性障害が一応おさまった昭和20(1945)年12月末までの数字です】
建物被害
昭和21年度市勢要覧によると
被爆前の建物7万6,327件のうち、
原爆により
5万1,787件が全壊または全焼(一部損傷以下の建物は僅か6,180件)
熱線による被害 爆心地周辺の地表面の温度は摂氏3,000〜4,000度(鉄の溶ける温度は1,536℃)に達したそうで、強烈な熱線で焼かれた人々は重度の火傷を負い、多くの方々が亡くなり、火傷は熱線に直接面していた部分にのみ生じて、爆心地から3.5km離れたところでも、素肌の部分は火傷を負ったそうです。
高熱火災による被害 原爆炸裂時の高温の熱線により市内中心部の家屋が自然発火、続いて市内各所で、倒れた家屋の台所等での火気を原因とする火の手があがり、午前10時頃から午後2〜3時頃を頂点に、(この原爆記にある様に)終日、天を焦がす勢いで燃え続けたそうです。


No1 (前段) No2(八月六日その1) No3(八月六日その2) No4(八月六日その3) No5(八月六日その4)
No6(八月六日その5) No7(八月七日) No8(八月八日) No9(八月九日) No10(八月十日)
No11(八月十一・十二日) No12 No13妻の場合 No14原爆症その1 No15原爆症その2



原爆記・表紙 広島ぶらり散歩